10話 迫る危機
武がレイの隠れ家に行っている頃。
神奈川県警の科捜研では、鑑識官が映像を分析する姿を、大戸野と2人の刑事が遠くから見ていた。
パソコン画面には、かつて水沼研究所跡で行われた沢又とブラックウィザードとのやり取りの動画が映し出されたウインドウの横に、その音声と連動したスペクトログラフが表示されている。
「どう、ブラックウィザードの声の分析は?」
大戸野が鑑識官に尋ねる。
「簡単です。相手の変声機はピッチを下げて声を低くしているだけですので、この音声のピッチを上げて元に戻せば、本当の声を特定することができます」
鑑識官はソフトを使って、動画から録音したブラックウィザードの声を再生しながらブラックウィザードの声の高さを徐々に上げる。
そしてついに、ブラックウィザードの本当の声を割り出した。
何度もリピート再生されるブラックウィザードの本当の声を聞いているうちに、大戸野はあることに気がついた。
「待って、この声何処かで……」
大戸野はこの声に聞き覚えがあった。
聞けば聞く程不快に思うこの声の持ち主。
そう、この声は――
「大下! 白摩署の大下よ。すぐに逮捕して!」
「待ってください。ちゃんと分析して――」
「――間違いない! 早く令状を取りなさい!」
確かに声は大下で間違いないが、それでも令状とかは無理だろう、と付き添いの刑事が眼を細めたが、それを言ったところで大戸野は耳を貸さないだろう。
それに今の大戸野の表情は、まるで鬼の首を取ったよう笑みを浮かべている。
刑事は「ハァー……」とため息をついて、仕方なく武を任意同行させる形で連行することに決めた。
〇
鬼柳がホテルの一室で休んでいると、テーブルに置かれたスマートフォンに着信が入った。
電話との相手は情報屋だ。
「どうした?」
『やばいぞ、クリーナーが日本から出ていない』
「何だって?」
『もしかしたら、黒富士が金を用意したのかも。気をつけた方がいいぞ』
「分かった」
『逃げないのか?』
「逃げて何とかなるのか? 奴の息の根を止めるまでは止めない」
『あんまり無理するなよ』
「心配してくれるのか?」
『いいや、まだ今月分の金を受け取ってないからな』
「そうか……」
鬼柳は目を細めた。
確かに腕はいいのだが、金の執着が強いのが残念のところだ。
『最悪、身を隠した方が良い、引き続き情報は集めてみるが』
「それならそっちも気をつけろ」
『わかってる』
そこで電話は切れた。
気になるのはクリーナーの動きだ。
もしかしたら、ここもバレているかもしれない。
鬼柳はそう直感し、すぐに部屋の窓から外へ出た。
ここは3階だが、万が一の時にすぐに逃げられるように、窓の外にある手すりにロープを結びつけてあった。
それを伝って降りると、駐車場に止めてあった自分のバイクに乗り、その場を後にした。
鬼柳が向かう先は、ヨットハーバーに停泊しているクルーザーだ。
クルーザーには、色々細工を施しているので、それを使えば数人程度なら返り討ちに出来るが、それでも完ぺきとは言えない。
例えば、ロケット弾や爆弾付きのドローンなど、遠距離や空襲からの攻撃には無力に近い。
とはいえ、何も無いよりはマシだ。
アクセルを捻り、先を急いだ。
〇
路地裏――
情報屋が通話を切った瞬間。
「うっ‼」
突然後ろから伸びた手に口を塞がれ、更に脇腹に激痛が走った。
(まさか……)
焼かれるような脇腹の痛みに、次第に目の前が真っ白になり、やがて暗闇に吸い込まれるように意識が飛んだ。
倒れる情報屋を見下すように1人の人影が立っていた。
人影は情報屋のスマートフォンを拾うと、何事も無かったかのようにその場を後にした。