8話 逆にドン引き
武と野々原がガレージに入ると、ピットスペースの一角にある机に向かった。
机にはタブレット端末と一機の小型ドローンが置かれている。
野々原がタブレットを起動している間、武は小型ドローンを手に取った。
「このドローンは?」
「お嬢様のリクエストで、追跡用のドローンです」
「なるほどね」
武が感心している間に、野々原がタブレット内のファイルを開き、武に見せる。
「こちらです」
「わお!」
武はドローンを机に置くと、タブレットを覗き込んだ。
タブレット画面に映し出されたのは、ダークスピーダーやレッドスピーダー、新車のレイドマスターに付けることを想像して書かれたガジェットのラフ画の数々。
まるで特撮ヒーローやムービーカーの設定資料のようで、見るだけで武の心は躍った。
野々原からタブレットを受け取ると、武は画面をスクロールしているうちに1つの設定画に目が留まった。
「この『EMP』って何ですか?」
「『EMP』は電磁パルスを意味します」
「そっちのEMPなんですか?」
電磁パルスとは、電子機器を破壊又は麻痺させる強力な電磁波。
核爆発などを起こした際に発生するが、コンデンサなどで発生させることも出来る。
「はい。専用の円盤を飛ばして、相手の車の下にくっ付くと、小規模の電磁パルスを発生させ、車の電気系統を完全に破壊できます」
「それメッチャ求めていたやつですよ! どうして先に付けなかったんですか?」
「あまり用途がないと思いまして……」
「いやいや……もしかして核燃料使いますか『EMP』?」
「いいえ、コンデンサを使って発生させますので。核燃料の方が良かったですか?」
「いいわけないでしょ!」
「ですね」
武は深々と頷いた。
放射能で死ぬのは流石に嫌だ。
その後も、ダークスピーダーに搭載できるガジェットの幾つかに目を留めたが、武が求めるガジェットは見つからなかった。
「攻撃範囲が広い武器があれば……」
「それでは、この遠隔のマシンガンが」
「遠隔は悪くないんだけど、運転しながらだとちょっと難しいというか」
「手放しで操作ですか」
「そう。何か手を使わなくても……――えぇぇぇー⁉」
周りを見渡しながら考えていた武の目に、ある《《物》》が飛び込み思わず声を上げてしまった。
それは人間をもミンチにしてしまうような強力な武器。映画ではよく見るが、まさか直に見る日が来るとは思っていなかった。
「こ、これも野々原さんが……?」
「はい。あとはレイドマスターに載せるだけです」
「ほわー……」
武は口を開けた状態で目を点にして固まっている。
野々原の技術力に対して、尊敬している武だが、こんな物まで作ってしまうのか、と尊敬を通り越して逆にドン引きである。
「少し地味でしたか?」
「いやいやいや‼ 軍で使うような武器を『地味』って、これなら暴力団どころか自衛隊だって‼ ――んっ! 待てよ」
武器と軍というキーワードで、武の頭にある機能が思い浮かんだ。
それを野々原に話すと、野々原も「なるほど」と頷いた。
「確かにその方法なら手放しでの遠隔操作が可能ですね」
「できますか?」
「少し時間は掛かりますが、可能ですよ」
「本当ですか⁉」
「はい」
ここまで有能だと関心を通り越して呆れてしまう。
こんな凄いメカを作ることができる才能を持ち、更にはレイの身の回りのことも熟す程のスキルも持っている。
主人と使用にという関係だが、レイのような美女とも同居しているのだから、男として色々負けているような気がする。
そんなことを考えているうちに、次第に野々原に対して嫉妬のようなものを覚え始めた。
野々原のスキルの高さに対してもそうだが、こんな完璧な男がレイの側に居たら、レイも気持ちが傾くのでは、と。
年齢はかなり離れているし、立場状あり得ないと思うが、それでも何処か焦る気持ちが湧いた。
「どうなさいました武様?」
「えっ?」
「いえ、思いつめたような顔をしていましたので」
「あー……、野々原さんは、その、レイと一緒に住んでて、何か意識したりするのかな、と思って?」
「どういうことでしょうか?」
「いや、野々原さんとレイって、お嬢様と執事の関係ですけども、他人ですよね。だからその……」
バカなことを訊いていることはわかっているが、どうしても気になる。
もしかしたら野々原もレイのことが。
「私の歳も考えてください武様。私とお嬢様では釣り合いませんよ」
「そうですか……」
少しだけホッとした。
「それに、恩人の孫娘に手を出すなど、罰当たりにも程がありますよ。それなら歳の近い武様の方がお嬢様と……」
「んっ?」
「いいえ……。出過ぎたことを言うところでした。忘れてください」
野々原はそっぽを向いた。
そこまで聞いたら流石に察しが付く。
しかし、レイとの交際は難しい。
何故なら、レイは犯罪者で自分とは立場が違う。それさえ無ければ……。
あれ?
武は冷静に考えた。
レイは美人だし、女子力だって高い。
犯罪者という立場に目を瞑れば、と考えると。
『ただいま』
『お帰りアナタ。今夜も新しい料理を作ってみたの』
帰宅した武をエプロン姿で出迎えるレイ。
綺麗に清掃された部屋のテーブルには、豪華な料理が並んでいる。
そんな生活も悪くない。武の妄想は広がり自然と笑みを浮かんだ。
(あれれー? 考えてみれば、レイって……)
自分の理想の女性ではないか⁉
「あの、どうされましたか?」
「ハッ! えっ、何かですか⁉」
「いいえ、随分と楽しそうだったので」
「あっはい……えーと……刀のことを考えていたら楽しくなってしまって」
流石に、レイとの生活を妄想していました、とは言えなかった。
武が誤魔化すように愛想笑いを浮かべていると、壁に掛けられた時計を見た。
時間は「10:15」を指している。
「門限‼」
いくら停職になっているからといっても、外泊許可が出ていないので寮の門限はまだ生きている。
駅からここまで大体1時間以上は掛かっていたので、今から出ればまだ間に合うだろう。
「野々原さん悪いけど、車出してください」
「わかりました」