11話 仇 第1章END
白摩署の刑事部屋――
武は襲撃時の聴取を終え、自分の席に座って視線を下に向けたまま俯いている。能力による頭痛は既に引いているが、まだ顔色は優れておらず、目の下には薄っすらと隈が見られる。
それよりも谷が回復を祈ることで頭がいっぱいだ。
宮元の席の前には、県警のマル暴の池田と他に3人の刑事、捜査一課の橘と西嶋が立っている。宮元も席には座らず、椅子の横に立っていた。相手が県警の刑事ということで気を使っているのだろう。
「それで、被害の方は?」
宮元が池田に訊いた。
「死者と重傷者が共に3人、加藤の横にいた2人は軽傷でした。あとは谷刑事がどうなるか……」
「それで谷刑事も襲撃者に?」
「違います。オヤッさんはホワイトウィッチに撃たれたんです」
武は視線を上げ橘の質問に答えた。
「ホワイトウィッチに間違いないのか?」
早々に橘が訊いた。
黒富士組の人間を暗殺するホワイトウィッチは、黒富士組を担当するマルボウの第二係は勿論だが、殺人を担当する捜査一課の第一係と合同で捜査を行っている。
橘たち一課にとっては、昨夜の事件によって、よりホワイトウィッチの捜査に熱を上げている。
「ええ、間違いありませんよ! 俺がこの目でちゃんと見ました。正面からオヤッさんに銃を向けるあの女を!」
強い口調で橘へ訴えかける武。本当なら、今すぐどこかに拳を入れたいほどの腹立たしい気持ちでいっぱいだが、武は何とかそれを抑えている。
橘たちも過去にホワイトウィッチによる攻撃で警官が負傷した事例も聞いていたため、ホワイトウィッチが谷を撃ったことにも納得した。
すると、菅原と松崎が資料を持って刑事部屋に入ると、菅原が資料を読み出した。
「課長。今までで分かったのは、死んだ覆面の犯人たちが使ったサブマシンガンは、イングラム・MAC10、マエはありません。恐らく車も盗難車の可能性があります。それで犯人の内、2人の背中に刺さっていた杭みたいな物は、ホワイトウィッチが使う武器の一種と分かりました」
菅原から資料を受け取った宮元。橘と池田も横からその資料を覗いた。
松崎が資料の続きを読み始める。
「それと他の覆面の男たちとオヤッさんの体内から摘出された弾は、9ミリ口径の『レンジャータロン』」
「レンジャータロン?」
「はい課長。ホワイトウィッチが使う弾と同じ種類で――」
「――ホローポイントの一種ですね。先が柔らかいので、体内に入ると頭の部分が潰れ、その衝撃で大きなダメージを与える弾です。その中でも『レンジャータロン』は殺傷性が高い弾で、捲れたジャケットがさらに細胞を傷つけて相手にダメージを与えます」
武は資料も見ずに銃弾について宮元たちに軽く説明する。
ガンマニアの武は、銃に関する知識が無駄に多い。名前を聞けば大抵のことは分かるのだ。
「これで分かったでしょ、ホワイトウィッチがオヤッさんを……」
「待てよ武、ライフルマークはまだ調査中でハッキリしたことは」
松崎がつけ足した。
ホローポイントのような先端の潰れた弾頭を調べるのには時間が必要だ。
「でも、レンジャータロンを使うのは、あの女だけだよ」
武の言う通り、レンジャータロンを犯行に使うのは、日本全国探してもホワイトウィッチの他にはいない。彼女の犯行と考えるのが自然だ。
橘も武の意見に頷いた。
「そうですね。宮元課長、白摩署から何人か協力をお願いできますか?」
「分かりました。うちの鹿沼と安藤を回します」
橘の要請に宮元が答えるが、そこに武の名前は無かった。
「ちょっと待ってください課長。自分にも捜査をさせてください!」
「駄目だ大下!」
「なぜですか⁉」
「谷の相棒である以上、お前を捜査に出すわけにはいかん!」
武が刑事になってから、まだ1年近くだ。感情に流されずに捜査が行える程の冷静な判断はできないと考えたのだろう。私情が入り捜査に大きな支障が出ることは誰の目から見ても明らかだ。
しかし武は納得できない。自分の恩師が重体なのに、誰がじっとしていられるだろうか。
その悔しい気持ちが、同時にホワイトウィッチに対する憎しみが一層深まる。
すると、宮元の席にある電話が鳴った。
「はい白摩署刑事課。……はい、私が宮元ですが――」
電話の相手は病院だ。
だが、話を聞くうちに宮元の表情がより一層硬くなる。
「……そうですか、分かりました」
宮元が受話器をそっと置くと、武たちと向き合った。
「谷が……息を引き取った……」
「そんな!」
谷が死んだ……。
それを聞いた瞬間、武の中に何かが伸し掛かるような衝撃が走った。同時に「何も恩返しができなかった」などの後悔の気持ちが波のように押し寄せる。
ホワイトウィッチに対する憎しみを超える気持ちが沸々と湧いてくる。
「他は加藤を探してくれ」
宮元が課員に命令を出すと、課員たちはすぐに動き出し、部屋を後にしたが、武の耳には入ってはいない。
「大下? ……大下⁉」
「あっ! ……すみません課長」
「お前は疲れただろう? 今日は帰って休め!」
棒立ちする武に、宮元が命令を出した。襲撃の後ということもあり、気を使ったのだろう。
しかし、宮元の硬い口調と捜査に関われないと命令を受けた後ということもあり、「今のお前は何も役に立たない」と言われたように武は感じた。
〇
日が傾き、街が橙色の光に照らされる頃。
襲撃現場となった道路は封鎖され、イエローテープで仕切られたその中では、橘たち県警の刑事たちが鑑識係と話しをしていた。
その光景を離れた場所にある電柱の陰から、武が覗いていた。
現場に足を踏み入れたところだが、お払い箱にされることくらい承知している。
このまま寮に帰ってふて寝をしてしまうところだが、大人しく帰る気も起らなかった。
何故なら――
〝頼む武……もう一度彼女に会ったら……〟
今でも谷が残した言葉が頭を過り、何もできない自分に後ろめたい気持ちが湧いてくるからだ。
最後まで言い終えなかったが、武は「ホワイトウィッチを逮捕しろ」と託されたと考えた。
本当なら今すぐにでも、ホワイトウィッチに追いたいが、命令で捜査から外されている以上、破ればホワイトウィッチの捜査は勿論、刑事を続けられるかどうかも危うくなる。
それでは谷の恩を仇で返すことになってしまう。
「どうすれば……」
やはり仲間に任せるべきだろうか。
だが長い間、何も手掛かりが掴めていない魔女を、すぐに逮捕できるとはとても思えない。
一体、どうすればいいのか?
何時もなら、アドバイスをくれる谷はもう居ない。
他の課員に相談したところで、答えは「命令に従え」に決まっているだろう。
任せることもできず、自分で動くこともできない。
経験したことのない迷いが、嵐のように武の心を荒らしていく。
命令――
その言葉を思い出すたびに、どこかに拳をぶつけたい思いでいっぱいになる。
未練を残して死んでいった人が居るのに、それを無視してまで守らなければならない大切な命令があるのか? と。
「くっ……!!」
我慢の限界を超えた武は、歯を食い縛り、意を決した。
心を覆う迷いを壊すように。
(任せてくれオヤッさん。あの女は、俺が絶対に捕まえてやる!)
第1章「魔女との出会い」END