6話 報告会
「……。そうだった! 日下のオッチャンにも鬼柳に関して色々情報を集めてもらっているけど、実は――」
武はキャンプ場の外れから対物破壊ライフルの弾が見つかり、その場所に鬼柳が現れたことをレイに話した。
「アンチマテリアルライフル⁉ ……って何?」
「アンチマテリアルライフルっていうのは、昔で言う対戦車ライフル。今だと対物破壊ライフルっていうけど」
「それを鬼柳が手に入れたの⁉」
「間違いなく。恐らく黒富士の防弾車に対抗するためだと思うよ。現場から穴の開いた厚さ3センチの鉄板も見つかったし、それに……」
「それに?」
「傷……」
「傷?」
「そう、爆発したみたいな……そんな傷が鉄板の後ろにいっぱいあったんだ。変だと思わないか、弾はフルメタルジャケットだったのに?」
武は難しい顔を浮かべた。
「もしかしたら野々原さんなら何か分かるかな?」
「かもしれないわね。それで、鬼柳は捕まえられなかったの?」
「……」
武は言葉を詰まらせる。暗い表情を浮かべる。
流石に言えない、塚元を殺してしまったことを思い出して、それが原因で鬼柳に攻撃が出来なかった、とは。
どうせ「鬼柳にボコボコにされたんでしょ?」と皮肉たっぷりに言われると思っていた。
「もしかして、塚元のこと?」
レイから思いがけない言葉が出てきた。
女の勘だろうか、武の様子を見て察したのかもしれない。
そのレイも、何か思うことがあるのか、暗い表情を浮かべている。
「お待たせしました」
用を終わらせた野々原がダイニングに来た。
「どうなさいましたか?」
「何でもないです!」「何でもない!」
武とレイが同時に、しかも同じように慌てて否定し、それを見た野々原は首を傾げた。
「そ、そうだジイ。実は武がね、殺人現場から変な弾丸を見つけたみたいなの」
「変な弾丸?」
武は現場で見つかった弾のことを野々原に説明した。
20ミリのフルメタルジャケットで弾頭の底からバネが伸びでいたこと、鉄板の裏に爆発したような傷が多く見つかったことなどを。
「20ミリ口径とは、また随分物騒な物ですね」
「ですよねぇ……」
武は目を細めて愛想笑いを浮かべた。全くもって同じ感想だ。
「爆発……」
武から聞いた弾頭の特徴から、野々原は答えを導き出した。
「エアバーストの機能を組み込んだ弾かもしれませんね」
「エアバースト……確かレッドスピーダーのロケット弾にも付いている機能よね。指定された距離で爆発を起こす」
「はい、お嬢様」
更に野々原はその詳細を武たちに説明する。
「恐らく武様が見つけた弾は、指定の距離になると、弾頭の底がスライドして、中の爆薬が外に出た瞬間に爆発を起こす構造になっているのではないでしょうか?」
「なるほど、フルメタルジャケットの貫通力を残しつつ、エアバーストで標的にダメージを……待ってください、爆薬の量が少なすぎるんじゃ?」
本来のエアバーストグレネードなどとは違い20ミリの弾に爆薬を入れるとなると威力はたかが知れている。
相手を傷つけることは可能だが、直撃かよほど近くじゃない限り、それでもかすり傷程度で済んでしまうだろう。
しかし、野々原はさらに考えを述べる。
「爆薬と一緒に破片を仕込めばどうでしょうか。例えば毒物とか」
確かに毒なら、少量でも体内に入れば大事になる物もある。
「そういうことか――って、俺、大丈夫か⁉」
武の突然のうろたえに、レイと野々原が首を傾げる。
「もし放射性物質とかだったら俺……」
「いや、流石にそれはないでしょう……」
青ざめる武に、いやいや、と横に手を振りながら否定するレイ。
「まぁ、とにかく鬼柳が防弾対策であのライフルを手に入れたのはわかった……んっ!」
「どうしたの?」
「なぁ、鬼柳が長峰を消そうとしたのは、黒富士を葬儀に出すためのなんだよな? だとすると変じゃないか?」
「何が?」
武は自分が抱いた疑問を話す。
「恐らくだけど、鬼柳がライフルを試したのは、長峰とチャイニーズマフィアとの取引の翌日だと思うんだけど、どうしてそれまでライフルの性能を試さなかったのかな、と思って?」
「届くのが遅れたとかじゃないの?」
「それならなおさら変じゃないか。今回は偶々長峰が生きていたから少しだけ余裕ができたけど、もし死んじゃったりしたら、葬儀に間に合わなかった可能性があるだろう? 鬼柳みたいなプロが、そんなヘマするかな?」
鬼柳ほどの奴なら、計画的にことを進めるはず。
すると、レイが武の疑問に答える。
「それなら多分、この連中の所為だと思う」
レイが写真を取り出した。
「どっから出した、写真?」
「ここ」
そう言ってレイの座る椅子の横に置かれた鞄を指差した。
それを見た武は、「あー」と納得し、写真を見る。
写真に写っている3人組は、いずれも男。
1人は茶髪の白人で、髪型はロングヘアー、顎鬚を生やして、黒のスーツを着ている。
もう1人は黒人で、モヒカン頭の大柄な黒人。服装は黒い縦縞が入った赤いスーツを着ている。
最後の男は、アジア系で髪型はリーゼント、赤いアロハシャツの上にジャケットを着ている。
3人組は全員、年齢は30代。そして、何より殺し屋特有の鋭い目つきが印象的だ。
「誰だ、コイツら?」
「クリーナー、と呼ばれる、世界を股に掛ける殺し屋集団よ」
「わお……」
世界を股に掛ける殺し屋集団、と聞いて武はマヌケな声を上げる。
今更だが、そんな映画や漫画でしか出てこないような連中が現実に居るとは思わなかったようだ。
「なるほど、長峰がクリーナーを雇う情報を得た鬼柳が、先手を打った訳か」
「そういうこと。恐らく長峰がチャイニーズマフィアと取引した時のお金を頭金にして、クリーナーを雇うつもりだったんでしょう。クリーナーは前金が支払われないと契約しないの」
「どの道、レイに金を奪われたから雇えない、ってことか」
武は鬼柳の脅威は去った、と考えているようだが、それは違う。
あくまで長峰に雇われる可能性が無くなった訳で、クリーナーを雇う人間が居なくなった訳ではない。
「そうでもないかも。黒富士が前金を払って雇う可能性もあるから」
「あー、それもあるか……。クリーナーのメンバーは全部で何人?」
「分からない。顔が分かっているのは、この写真の3人だけ」
「3人だけか?」
「一応情報屋にも詳しく調べさせてはいるわよ……――」
情報屋、と口をしたレイは、芋づる式にある言葉を思い出した。
――気になる人でも居るの?
レイの顔がたちまち真っ赤に変わった。
「どうしたんだレイ、顔赤いぞ?」
「な、何でもないっ! ちょっと部屋に行ってるから」
そう言って立ち上がると、レイはダイニングから出て行った。
「本当にどうしたんだ?」
突然出て行ったレイを見て、武と野々原は頭の上に「?」を浮かべた。
〇
自分の部屋に戻ったレイは、ドサッと飛び込むようにベッドに入った。
どうしても武のことを変に意識してしまい、顔が熱くなる。
(手を組んでるからって、相手は刑事よ。あり得ないから……)
その後も「年下だし、あんな男のことなんか……」や「唇を奪ったんだから……って付き合うとか有り得ないし……」など、様々な考えに、頭がパニックになったレイは、枕を頭に被り、ベッドに頭を埋めた。
(もう、こんな時は)
ベッドから降りると、レイは木製のチェストへ向かい扉を開けた。
中に入っていたのは、1本の酒ビン。しかも度数の高いラム酒。
困った時は酔って忘れる。大事な日以外は、ほぼ毎晩やっていることだ。
ビンの蓋を開け、豪快にラッパ飲みを……。
「――って、こんな時に空っぽなの⁉」
肝心な時に頼りになる酒が無い。
(もう、私としたことが……‼)
レイは再びベッドに顔を埋めた。