9話 昭和の刑事ドラマ?
鬼柳の乗るバイクが路肩に止まると、ヘルメットを被った。さすがにノーヘルでは手配されていなくても警察の厄介になってしまう。
幸いにも武たちの追跡が無いのも大きい。
それよりも鬼柳が許せないのが情報屋だ。
警察は引き上げた、などと曖昧な情報のせいで刑事に顔を見られた。恐らく弾も回収されてしまっただろう。
後で情報屋をしめてやろうと考えていると、パトカーのサイレンが耳に入った。
前方からパトカーが2台来る。
手配されてしまったのか、それとも別の件で現場に向かっているだけなのか。
パトカーたちがバイクの横を通り過ぎる。
〇
パトカーの助手席に座る警官が、シルバーのバイクが横を通り過ぎたことに気づき、バイクのナンバープレートを確認した。
――C-013
無線連絡にあったバイクのナンバーと同じだ。
「おい、例のバイクだ! ――こちら白摩3号車。手配中のバイクを発見、追跡します!」
警官は無線のマイクを取って、連絡を入れた。
突然通り過ぎたパトカーがUターンした。
「前方のバイク、ゆっくり左に寄りなさい」
バイクに向けて警告を出すが、当然止まるはずがない。
「ダメだ、全然聞かない!」
すると、無線に着信が入る。
「はい」
『こちら白摩22。バイクの現在地は?』
無線から武の声が聞こえた。
「現在、埠頭に向けて南下中です」
『了解。ただ気をつけてくれ、あいつはミラー越しでもバリバリ当ててくるから』
「当てるって何を?」
『銃だ』
「何ですって、武装しているんですか⁉」
『その通り』
「了解」
警官は無線のマイクを置いた。
〇
鬼柳のもとへ向かう武と鹿沼の覆面車。
「ここから近い埠頭と言えば……」
「お懐かしの白摩埠頭。あそこ良い思い出が無いんだよな……」
「大下にとっちゃそうだろうな」
「トシさんは何か良い思い出が?」
「無いよ」
「ですよねぇ……」
そう、危うくレイと一緒に前尾組に消されそうになったあの場所だ。
しかし、今回は追う側なのと応援のパトカーも居るので、少なくとも気が楽……かもしれない。
「埠頭の中でのカーチェイスは勘弁してほしいな。レ……ゴホン、ホワイトウィッチの車みたいに何か武器が付いてる訳でも、防弾でもないし」
「一体どこで車検受けてんだ、あいつらの車は?」
「受けるわけないでしょ……」
さすがに冗談にしても面白くない。
武も目を細めて呆れていた。
「ところで大下。『ミラー越しで当ててくる』って一体どういうことだ?」
「鏡を使って、後ろの敵を撃つテクニックがあるんだ」
「それを鬼柳が?」
「相当の腕だよアイツは……って黒い奴が言ってた!」
「なるほど」
段々この状況も慣れてきた。
大体ボロが出そうになった時に『ブラックウィザード』に関連する単語を出せば何とかなることに。
〇
鬼柳の運転するバイクは、埠頭の側の広い道路に差し掛かった。
バイクの後ろには、しつこく荷台のパトカーが追いかけてくるが、更に追い打ちをかけるように前方からも2台のパトカーが近づき、そして道を塞ぐように横滑りして停車した。挟み撃ちだ。
(面倒だな)
それでも鬼柳は諦めない。リアブレーキを踏み込み、後輪がロックされると、スピンする勢いで方向変換。
その間に鬼柳は、左手で腰に差した拳銃を抜くと、後ろを走っていた2台のパトカーと向かい合わせになった瞬間、それぞれハンドルを握る警官に向けて弾を飛ばすと、弾を受けコントロールを失ったパトカーたちは、止まっているパトカーに突っ込み、もう1台は勢いで、でんぐり返りする形でクラッシュした。
パトカーを避けた鬼柳は走り出す。
これでひと段落……と思ったが、再びパトカーのサイレンが耳に入る。
サイドミラーで後ろを見ると、今度は1台の覆面車が居た。
〇
武と鹿沼が乗る覆面車は、パトカーの情報から白摩埠頭付近に到着していた。
そこで2人が目にしたのは、大クラッシュした4台のパトカーたち。
「おいおい大丈夫か⁉」
「うわぁ……昭和の刑事ドラマみたいになってんじゃん……」
「早く捕まえないと」
鹿沼はアクセルを踏み込んだ。
武は無線のマイクを取り、現場に救急車の手配をしてマイクを置くと、武の視界に鬼柳を捉えた。
「もうトシさん、こうなったらぶつけてでも止めた方が良いんじゃないですか?」
「おい大下! いくらなんでもそれはマズいだろ⁉」
「このまま逃げられたらそっちの方がマズいでしょ? この先住宅街ですよ?」
「……」
武の言うことも一理あるが、このままに逃げられたら一般人にも被害が出る。アメリカなら当たり前のように追突するだろう。
しかしここは日本、そんなことをすれば、正当な判断だと証明されない限り、逆に非難を浴びる。
本当に面倒くさい。
「おい、応援のパトカーはまだかよ⁉ このままじゃ逃げられちまうぞ⁉」
『現在2台向かっています』
「急いでくれ!」
武は乱暴気味に無線のマイクを置いた。
住宅街に近づくと、鬼柳の乗るバイクの前に、応援のパトカーが到着した。
「これで袋の鼠だな」
「そうかなぁ?」
確保できると確信する鹿沼に対し、鬼柳の腕を知っている武は腕を組んで心配している。
しかし嫌な予感というものはよく当たる。
鬼柳は再び前から迫るパトカーに向けて拳銃を発砲。
ハンドルを握る警官は弾を受けコントロールを失ったパトカーは、もう1台のパトカーを巻き込んでクラッシュ。
その隙に鬼柳は逃げてしまった。
「仕方ない!」
このままではマズい、と鹿沼はアクセルを踏み込み、鬼柳のバイクに体当たり。
それを受けた鬼柳は、バランスを崩して転倒、鬼柳は道路を滑って行った。
その時、転んだ鬼柳を避けようとして鹿沼は急ハンドルを切ったため、こちらもバランスを崩し、スピンしたあげく道路の側溝に後輪が落ちてしまった。
「……大下、大丈夫か?」
「……痛いけど死んではいません。そっちは?」
「……頭がクラクラする」
頭を打ったのだろう朦朧とする鹿沼に比べて、武の方は意識がしっかりしている。
武は無線のマイクを取り、救急車を呼んだ。
その間に、鬼柳は黙々と立ち上がった。上手く受け身を取ったのか、それほど大きな怪我は負っていないようだ。
バイクに駆け寄りその場から逃げようとする鬼柳だが、故障したのかエンジンをかけようとしてもかからない。
仕方なくバイクを乗り捨て、住宅街の方へ逃げて行った。
「待て!」
大下の声に、鬼柳が拳銃を撃つが、武は咄嗟に伏せ銃弾を避けた。
その後、鬼柳は拳銃の引き金を引くが、カチカチ、と拳銃から虚しい音だけが響く。
(5発か!)
鬼柳の拳銃の弾数が分かり、少しだけ気持ちに余裕が出来た武。
それに対して鬼柳は、慌てて走り出した。
「逃がすかぁ!」
武は鬼柳を追った。
「……待て、大下!」
鹿沼は覆面車から降りることはできたが、朦朧とするせいで上手く動けない。
その間にも武の姿は遠のいて行った。