5話 中島という名の少年
とあるヨットハーバー。
幾つか並ぶクルーザーの内の一艘の中で、鬼柳は自分の拳銃の手入れをしている。
拳銃はS&W M36、2.5インチと短めの銃身に装弾数5発と少なめ、護身用か予備として使うことの多い銃だ。
テーブルには、この拳銃に使う弾薬が並んでいた。
弾頭は「ホローポイント」と呼ばれるもので、先の部分が鉛むき出しで窪みがあるのが特徴。その他にもテーブルには鬼柳愛用のベレッタが置かれている。
すると、同じくテーブルに置かれたスマートフォンが鳴った。
相手は情報屋だ。
「何か掴めたか?」
『長峰は生きてる。意識不明の重体らしいが』
「あれで生きていたか……。まずいな、アイツらが来るか?」
『それについても情報がある。現場から金が消えたんだ。どうやら魔法使いたちが持って行ったんだろうな。アイツらは金が無ければ動かない』
「なら問題ないな。計画が狂わずに済みそうだ」
『何かあったのか?』
「ライフルが予定よりだいぶ遅れて、今朝届いたところだ。本当はライフルのテストが終わってから長峰を殺るつもりだったが……」
『あれじゃ先手を打つしかないよな。俺の情報が役に立っただろう?』
「ああ。引き続き頼む」
『任せな』
そこで電話は切れた。
○
ヨロヨロと白摩署に出勤してきた武。
十分な休息が取れていないため、目の下に隈ができている有様だ。
「……おはようございます」
武は挨拶をして刑事部屋に入る……のだが、全く返事が返ってこない。
刑事部屋をよく見ると、武だけじゃない、他の課員たちも同じように、疲れています、と疲労感全開の顔をしていた。
「大丈夫かみんな?」
武が尋ねると、他の課員たちは、ギロッ、と武を睨みつけるような目つきで答えた。
「大丈夫じゃないよ武。あの大戸野とかいう警視の所為で夜中まで捜査してたんだから!」
松崎が答えると、武も眼を細めた。
「俺もだよ隆太。休憩なしでブラックウィザードに似た人物を割り出せって、無茶苦茶言われたよ」
そう言って武は自分の席に着くと、顔を机に埋めた。
「それで、魔法使いは見つかったの?」
「見つかる訳ないでしょ。――っていうか、そんなに直ぐに逮捕れるならとっくに逮捕ってるよブラックウィザードを」
(っていうか本人が本人を逮捕できるかよ)
「だよな……」
「ところで、そっちの成果は?」
松崎たちは、鬼柳の捜査を担当している。
塚元の会社もそうだが、鬼柳の仕業と思われる犯行現場周辺の捜査を行っていた。
本来なら白摩署の管轄じゃないのに、何故か大戸野の命令で色んな場所に連れまわされ、それも夜中まで続けられていた。
「まったく冗談じゃねぇよ。労働組合に訴えてやろうかな……」
武が文句を言っていると、突然電話が鳴り、菅が受話器を取った。
「はい、白摩署刑事課――殺し、場所は⁉」
また鬼柳の仕業だろうか?
それ以外なら、仕事が増えるだけだ。
最悪の予感が頭を過り、武は再び机に顔を埋めた。
菅が受話器を置いた。
「シナトラキャンプ場跡近くの林で、少年が殺されたらしい!」
(少年⁉)
○
シナトラキャンプ場跡――
現場には既に警官と鑑識係が到着し、現場は封鎖されていた。
その近くには、少年の仲間だろうか、数人の若い男女が居る。
そこに武たちが到着。武たち刑事課は勿論だが、今回は少年課も同行していた。
少年たちの話によれば、キャンプ場の奥にある林で仲間が倒れているところを通報したらしい。
鑑識の調べが終わるまで武たちはイエローテープの外で待っていると、鑑識の調べが終わり、死体が担架に移された。
年齢的に10代後半、格好も普通のどこにでもいる少年に見える。
「中島⁉」
鹿沼が死体の顔を見て言うと、死体に駆け寄った。
武も鹿沼の後へ続く。
「やっぱり中島だ!」
「トシさん、知り合い?」
「あぁ……」
一気に表情が暗くなる鹿沼。
「実は昔に――」
鹿沼が少年――中島との関係について話そうとすると、1人の少年が鹿沼に近づき声をかけてきた。
「――あの時の刑事さんですよね?」
こちらも年齢は中島と同じくらいだ。
「君は中島の……?」
「そうです」
「一体何があったんだ?」
「それがですね」
少年は事件について話し始めた。
元々季節外れのバーベキューが目的で集まっていたのだが、突然、ドンッ、という大砲を撃ったみたいな音と爆発したような音が続けて聞こえ、中島は1人で音が聞こえた方へ行き、しばらくして乾いた破裂音のようなものが聞こえた為、中島を心配して、全員で様子を見に行くと中島が倒れていたということだった。
少年の話を聞いていて武は思ったことがある。
「あのさぁ、何でこんな朝っぱらからバーベキューなんかやろうと思ったの? それにここは今営業していないはずだろ、ちゃんと許可取ったのか?」
武が少年に向けて訊いた。
このキャンプ場は人気が無くなり、今は営業していないはずだ。
それなのにここに居るということは、考えられる答えは1つ。
無断使用。
それを証明するかのように少年の目が泳いていた。
「キミっ‼」
鹿沼の一喝に、少年は勿論だが、隣に居た武も思わず、ビクッ、と体を跳ね上げ、少年は「すみません」と何度も鹿沼に向けて頭を下げる。
「まったくも、あいつは……」
「ところでトシさん、その中島……君とはどんな関係で?」
「数年前までここら辺では有名な不良グループのリーダーだったんだよ。私が捕まえてからは更生したと思っていたんだが――まだ色々やっていたみたいだな……」
鹿沼の思いつけたような顔を浮かべた。
「でも刑事さん、中島は何も悪いことはしてませんよ。ここに誘ったのも俺たちですし、あいつは何も知らないんです……」
その後も少年は中島を擁護するような話を続ける。
どうやら中島はちゃんと更正していたようで、鹿沼は少しホッとした表情を浮かべていた。
武は気になることを聞くために近くの鑑識官を呼び止める。
「ところで、目撃者が言っていた大砲みたいな音の正体は分かったの?」
「いいえ。もう少し捜索範囲を広げれば何か分かるかもしれません」
「お願い――おいおい……」
武の視線の先に、数台の車が止まっていた。全部県警の車だ。
すると、その中の1台から大戸野が降りてきた。
「どういう状況なの?」
「少年が殺されて今捜索範囲を広げているところ――です」
流石に事件となれば大戸野も偉そうに振り回したりすることは無いだろう、と武は思っていた。
「早速だけど、ここから引き上げてちょうだい」
それを聞いたその場に居た全員が固まった。
「はっ⁈」
突然の撤退命令に武が間の抜けた声を上げた。