3話 大戸野警視
翌日の白摩署の刑事部屋――
武は、自分の席に座り、大口を開けてあくびをしていた。
「何だ大下、眠れなかったのか?」
「そんな……ところれすぅ……」
否定しようとする武だが、明らかに虚ろな目や口調、ヤジロベーのように左右にユラユラ揺れる姿が「眠いです」と言っている。
それを見て少し楽しそうに松崎が訊いた。
「何だよ武。同居人のイビキでもかかれたか?」
「そんなんじゃ……れぇよ……先輩は別に移ったから、今俺ひとり……単に寝付けなくて……」
(本当は、襲撃で寝るのが遅かっただけなんだけど)
武は再び大きなあくびをした。
「大下、顔でも洗って目を覚ましてこい‼」
流石に武のだらしなさを目の当たりにした宮元が黙っていなかった。
武は返事をして宮元の言う通り、トイレで顔を洗うために刑事部屋から出ようとしてドアノブに手を伸ばした。
〇
白摩署とは打って変わって、こちらは朝から神奈川県警・捜査一課及び組織犯罪対策課は、まるで嵐のように大忙しだった。
片野が殺されてからそれほど時間が経っていないのに、今度は長峰が狙われたからだ――マフィアに重要書類が奪われることなく、更に逮捕できたのは良かったが、その件についても色々調べなくてはならない。
まさに、猫の手も借りたい、とはこのことだ。
その現場に居た橘は、黒こげでひっくり返った状態の車について報告を聞いていた。
鑑識の話では、この車の近くから小さな車輪が見つかったことから、遠隔で車の下まで爆弾を走らせて爆破したというのが結論だ。
「橘さん」
仲間の刑事が警官2人を連れて橘に近づいて来た。
この2人の警官は、昨夜ホワイトウィッチを追跡した警官たちだ。
警官たちから追跡した時のことを聞いているうちに、過去の記憶が蘇る。前にホワイトウィッチの車を追跡した際にも似たような方法で自分たちの追跡をかわされたことを。
○
すっかり日が暮れた頃。
捜査一課の刑事部屋にある電話が鳴った。
「県警捜査一課」
電話に出たのは課長の木暮だ。
「もしもし?」
『《コンテナヤードについてネタがある》』
電話の相手は機械で声を変えていた。
すぐに堅気の相手ではないと判断した木暮は他の刑事に向けて、逆探知、と指で合図を出した。
「コンテナヤード、なんのことだ?」
『《砦河署管内のコンテナヤードのことだ。長峰組のオヤジが爆破された》』
「何故知っている?」
『《俺も居たからな》』
「俺も居た? ――ブラックウィザードか⁉」
『《そういうことだ。それで話を戻すが、爆破をやったのは恐らく今も捜しているだろう、鬼柳の仕業だ》』
「何だって⁉」
『《それじゃ》』
「おい待てっ」
ここで電話は切られた。
「逆探知は?」
木暮が訊くと、逆探知の結果を聞いた刑事が首を左右に振った。
山梨県のとある高速道路のサービスエリア。
そこにはダークスピーダーが止まっていた。
中に居るのは変装した武――ではなく、レイだ。
本当は武が県警に報告しても良かったのだが、万が一に備え、武のアリバイ作りに協力していた。
ちなみに武は今、白摩署の刑事部屋に居る。
助手席には受話器が繋がれたノートパソコンが置かれていた。
これは通常の通話は勿論、変声機能や妨害装置も付いているので逆探知される心配はない。
(ハァー疲れる……)
○
翌日、神奈川県警で捜査会議が開かれた。
今回は報告することが山ほどある。
まず始めたのは長峰組とチャイニーズマフィアとの取引内容についての報告だ。
現場から大手製薬会社の新薬の極秘ファイルが見つかったことから、極秘ファイル盗難事件の犯人は長峰組でそれを依頼したのはチャイニーズマフィアであることが分かったと報告。
現場となったコンテナヤードから5.7ミリ弾の薬莢がたくさん見つかったことや捜査一課に電話でそう言っていたことから、ブラックウィザードが居たことは確認されており、チャイニーズマフィアと取引をしている最中に襲撃を受けたと考えられる。
しかし、爆破に関しては、ブラックウィザードの密告だけでハッキリした証拠は確認されていないが、殺し屋の鬼柳の犯行の可能性があると、報告。そして現在、長峰は意識不明の重体であることも伝えられた。
あとは、ほぼいつも通りだが、現場にいたホワイトウィッチとブラックウィザードが華麗(?)にパトカーをかわしたという報告だ。
報告を聞いた本部長の坂東は血圧が上がる思いだった。
新薬の極秘ファイルを奪還できたことについてはホッとしているが、その手柄を立てたのは警察ではない、よりにもよって犯罪者だ。
そこでだ。坂東は立ち上がり、あることを発表する。
「みんなよく聞いてくれ。何故今までそうしなかったのか、と思うかもしれないが、今から例の魔法使いたち専用の捜査チームを作ることにした」
突然のことだったので、それを聞いた刑事たちが一斉にざわめき出した。
「おい橘、聞いてたか?」
橘の相棒が訊いたが、橘は当然、首を横に振った。
坂東が「静かに」と一喝すると、続けた。
「その捜査主任を大戸野君に任せることにした」
そう言うと、1人の女性が立ち上がった。
彼女は捜査一課の大戸野 結良。
年齢は40代だが、年齢に関係なくなかなかの美貌を持ち、宝塚に居てもおかしくないような容姿を持っている。
グレーのレディーススーツを着こなす彼女の印象は、まさにエリートのそれ――なのだが、その場にいる他の刑事たちの表情は硬い。
それは、その場にいる殆どの刑事たちが、この女の本性を知っているからだ。
会議が終わり、刑事たちがそれぞれ会議室から出て行く。
橘が部屋を出ると、その表情は他の刑事同様、硬かった。
元々ホワイトウィッチとブラックウィザードは捜査の対象だったので、それに関しては何も文句は無いが、大戸野の元で捜査に出ることに不満がある。
しかし命令なのでどうしようもない。
ぼやきたい気持ちを抑えていると、橘のプライベート用のスマフォにメールが届いた。
メールの相手は、大学時代からの友人なのだが、少し困ったことがある。
受信したメールには画像が添付されており、橘がそれを開くと、そこにはポッチャリ系の男が、スラっとした女性と一緒に写っていた。
男は橘の友人だが、女性はその男の妻だ。
悪い人間じゃないのは分かっているが、嫁自慢が酷く、結婚して3年が経つ今でも、偶に妻との仲睦まじいアピール全開のツーショット画像を送って来るのだ。
仲が良いのは大いに結構だが、正直迷惑である。