10話 報復 第9章END
時間は遡り、黒富士組本部――
昔ながらの武家屋敷のような建物で、その周りは高い塀に囲まれた。
敷地内の広さも、2300坪は軽くあるだろう。
正面の出入口とは別に車両専用の門があり、離れた場所から県警の刑事たちが、覆面車の中から見張っている。
その中に組織犯罪対策課の池田と堀内が居た。
もしかしたら鬼柳が黒富士を狙うかもしれない、という情報を得たので警戒にあたっているのだ。
○
その周辺にある駐車場に、ダークスピーダーとレッドスピーダーが止められていた。
ダークスピーダーの中では、武がダッシュボードから伸びるタブレット画面を見ている。
本当ならまだ勤務時間内なのだが、流石のレイでも1人で黒富士を護衛するのは難しいということで、伯父が病院に運ばれた、ということにして何とか早退させてもらったのだ。
タブレット画面に映し出されたのは、門。これは車が出入りする車両専用の門だ。
事前にレイがカメラをセットし、様子を見られるようにしていたのだ。
武にとっても、黒富士を刑務所にぶち込めないまま鬼柳に殺されては元も子もない。
とはいえ、黒富士をガードしなければならないことに複雑な思いがあるのもまた事実だ。
○
レッドスピーダーの車内では、武と同じように、レイがレッドスピーダーのダッシュボードから伸びるタブレットの画面を見ている。
こちらも同じく車両専用の門が映し出されていた。
情報が少なく、どのタイミングで鬼柳が襲撃してくるか分からないので、出来るだけ黒富士をガード出来る形を取っているのだが、仇を守らなきゃいけないことに、武同様、レイも内心腹を立てていた。
それもしかたがない、他の奴に黒富士を殺されては、今まで自分がしてきたことが、無駄になるからだ。
しばらくすると、門が開き、車が姿を現した。
先頭はバンだが、その後ろには黒塗りの高級外車が出てきた。
外車はセダンタイプで、車内が見え難いように後部の窓は黒くなっている。
その外車の後ろをついて行くように、もう1台同じ外車と続いてバンが門を潜った。
どう見ても黒富士が乗っているような雰囲気だが、確証が持てない。車が囮で、時間をずらして出る可能性も有る。
しかし、時間的には今の時間に出ないと間に合わない。
もう一度タブレット画面を覗くと、車列を追いかける車が見えた。それも2台ほど。恐らく警察の車だろう。
「武、つけて。警察の車両もあるからそれも気をつけてね」
『《了解》』
無線から武に連絡をすると、ダークスピーダーは駐車場から出て行った。
車列を武に任せ、レイは黒富士の陽動があってもいいように、その場で待機した。
○
一般道に出て黒富士が乗っていると思われる車列を尾行する武。
その前には県警の車があり、気づかれ難いように、一般車を1台挟んでいる。
ただでも目立つ車だ。誰も後ろを見ないことを武は祈っていた。
今のところ異常はない。
このまま葬儀場まで難なく行けば。
そう考えていると――
ドーン‼
車列の最前にいたバンが突然爆発した。
見る限り爆発したのはエンジンルーム部分だけで車内までは被害が無いようだが、それで車列はストップした。
武は直感した、ここで鬼柳は襲撃するつもりだ。
そう考えていると、外車の右後部の窓ガラスに衝撃が走った。
狙撃だ。
「《クソッ、襲撃だ‼》」
『何ですって⁉ 何とかして黒富士を守って!』
「《あぁ!》」
ダークスピーダー車は、盾にするため対向車線に出て外車の横に止まった。
しかし、ダークスピーダーが横に来ても、銃弾は外車の窓ガラスに撃ち込まれる。真横からの狙撃ではないようだ。
外車の窓を見ると、ガラスは粉々に割れ、車内が見えていた。
黒富士の姿は無い。
相手もそれが分かったのか今度は、後続の外車の窓ガラスに、銃弾が撃ち込まれた。
しかし、後続の外車の窓は防弾ガラスになっているようでひびは入るが、割れる気配はない。
3発ほど撃ち込まれた後、狙撃は止んだ。
武はサングラスの暗視機能をオンにして、大体の弾道を予想し狙撃地点を探したが、ビルが多過ぎるので、特定が出来ない。
(クソッ、逃げられたか……)
「おい!」
突然の声に武がサイドミラーで後ろを見ると、車列の後ろの車から池田が降りてダークスピーダーに近づいている。
面倒になると考えた武はダークスピーダーを走らせ、その場を後にした。
○
池田が黒いデロリアンに近づくと、デロリアンは走り去ってしまった。
「おい、早く追ってくれ!」
池田は堀内に指示を出すと、堀内は車を走らせデロリアンを追った。
堀内を見送ると、外車に近寄り後部座席のドアをノックした。
すると、ドアが開いた。
まだ狙撃を警戒しているのかそれほど広くは開けなかったが、中に居る人物を確認するには十分だ。
乗っていたのは黒富士だ。
「怪我はありませんか?」
池田が訊いた。
「大丈夫ですよ刑事さん」
黒富士に異常はないようだ。
「防弾ガラスとは用意周到ですね」
「なんせ、魔女から理不尽な仕打ちを受けているんでね。それでは、葬儀に遅れますので、話は後で」
「おい、ちょっ!」
黒富士はドアを閉めると、外車はその場から走り去ってしまった。
○
翌日、県警で緊急の報告会議が開かれ、夕方には武たちの耳にもその報告が入っていた。
いつも通り、武は白摩署の屋上でレイと連絡を取っている。
『それで、爆発の原因は何だったの?』
「ドローンだ。爆破されたバン周辺からパーツが見つかったらしい。それで車列を止めて、ライフルで、ズドーン、って作戦だったみたいだけど……」
『どうして失敗したの?』
「黒富士が乗っていた外車の窓が防弾ガラスだったんだよ」
『用意周到ね』
「暴力団のトップならそのくらいの車の1台や2台は持ってるだろう」
『それは映画やドラマの話じゃ……』
「でも黒富士はそうだっただろう」
『うっ……』
反論が出来なくなったレイに、武は少しだけ笑みを浮かべる。初めてレイに論破できたみたいで少しスカッとした。
「それより、これで鬼柳が諦めると思うか?」
『まず無いわね。武は今まで通り情報を集めて、私も出来るだけそうするから』
「分かった」
そこで電話は切れた。
すると、武は直ぐに日下に電話をした。
日下なら何か情報があるかもしれない、と思ったからだ。
「もしもし、オッチャン?」
○
数日後、深夜のとある陸橋の下にある公園――
1人のホームレスのようなみすぼらしい格好の男がベンチに座っている。
すると、そこに1人の男が何のためらいもなく座った。
男の左頬には大きな縦の傷がある。
鬼柳だ。
「長峰に関しての情報を頼む」
このホームレス風の男は、鬼柳の情報屋だ。
「分かった。詳しいことが分かったらまた連絡をする」
「頼むぞ」
鬼柳は金を差し出した。金額にして10万ほどだが、これはあくまで前金だ。
「どうも」
男は礼を言ってその場から立ち去った。
続いて鬼柳が向かったのは、とある港町。
そこにある海外雑貨を扱う店の前に鬼柳は車を止めた。
勿論お店のシャッターは閉まっている。
鬼柳は建物の裏に回った。勿論裏口も閉まっているが、鬼柳は裏口のドアをノックした。
すると深夜にもかかわらず、当たり前のようにドアが開いた。
中から出てきたのは、1人の白人男性。
「ウェルカム、ドウゾ」
男は鬼柳をあっさり中へ通した。
鬼柳が案内されたのは地下室だ。そこには商品の在庫だろうか、幾つもの段ボールが積み重ねられていた。
その一角に机と椅子がある。
「ミスターキリュウ、何ヲオ探シデスカ?」
「ライフルだ」
そう言って鬼柳は男にメモ紙を渡した。
この白人男性は、裏で銃の密輸をやっている。金次第でどんな銃も手に入れることが出来るので鬼柳もよく利用している。
夜中なのに普通に店に居たのは、事前に鬼柳から予約の電話を入れていたからだ。
電話でも注文は出来そうだが、それは何処で誰が聞いているか分からない、という鬼柳なりの用心のためだ。
男は鬼柳に渡されたメモを見て顔をしかめた。
「Oh、無茶苦茶、Impossible(無理)ダヨ」
「すぐに頼む」
そう言って鬼柳は金の包みを出した。
厚さにして数十万は入っているだろう。
大金を見た瞬間男の表情は少しだけ明るくなった。
「OK。5日デナントカスルヨ」
「頼んだぞ」
そう言って鬼柳は店を出て行った。
第9章 END