9話 狩る者
流れのせいで加藤の様子が掴めない襲撃者たちが、運河に気を取られていた。
すると――
「うっ‼」
襲撃者の1人が、自分の背中に激痛を感じた。
自分では分からないが冷たい何かが、自分の背中に刺さっている。だが、それを感じたのは一瞬だ。襲撃者は意識を失い、その場に崩れた。
「……‼」
もう1人の襲撃者も、仲間の異変に気付く間もなく、同じように背中に激痛を受け、その場に倒れる。
「何だ、一体⁉」
前方を塞いでいたワンボックスカーの運転手が、窓から身を乗り出し、倒れた襲撃者を凝視した。
そこには、背中に3センチ位の太さの後端部分に安定翼の付いた金属製の丸い杭が刺さった襲撃者が横たわっている。
ピクリとも動かない所を見ると、死んでいるのは間違いないだろう。
一体誰が?
ワンボックスカーの運転手の目が襲撃者たちの死体に奪われた。自分に銃口が向いているとも気づかずに。
バンッ!
拳銃を構えていた武と谷は、銃声の聞こえた方へ顔を向いた。
すると、人影が県警のミニバンから乗用車の屋根、そして武たちの覆面車の屋根へと移った。
人影は武たちの覆面車の屋根に軽やかに着地すると、左膝をついて低い態勢を取った。
勢いで舞い上がった女の長い髪が美しく下りる。
黒いロングコートに身を包み、雪のように白くて長い後ろ髪、少し細身の体系から見ると、女性なのは分かった。
「敵か⁉」
突然現れた女に、武は咄嗟に拳銃を構えた。
しかし顔を上げた女の視線に武の姿は入っていない。
彼女が狙うのは襲撃者たちだ。
明らかに自分たちに殺意が向けられている。そう感じた襲撃者たちは、女にイングラムを向けるが、先に火を噴いたのはイングラムではなく、女の拳銃・ワルサーP99だ。
女の放った弾は、襲撃者の眉間に撃ち込まれ、崩れるようにその場に倒れた。
ワンボックスカーの運転手は咄嗟に拳銃を女に向け、引き金を引くが、既に弾は残っていない。
「冗談じゃねぇ!」
後ろを塞いでいたワンボックスカーの運転手が慌てて車を発進させようと、セルを回そうとキーに手を掛けた。
すると、女が運転手に向けて発砲。
「うぅっ……‼」
弾は運転手の右の肩に撃ち込まれた。
まるで焼け石を打ち込まれたような熱さが、激痛となって襲ってくる。
だが、そんなことに構っていては殺られる。
運転手は、何とか生き残ろうと必死の想いで右肩を抑えながらもキーに手を伸ばした。
後は回すだけ――。
カチャッ!
不吉な音の方へ運転手が外を見た。
得物を捕捉する獣のような女の目と拳銃の銃口がこっちを向いている。
運転手は、命乞いしようと口を開き――
バンッ!
容赦なく女は引き金を引いた。
銃弾を受けた運転手は、そのまま顔面をシートに埋めるように倒れる。
標的が動かなくなったことを確認した女は、拳銃を下ろすと、武と谷のところへ顔を向けた。
武は息を吞んだ。
「まさか、この女が……」
素顔を隠すために鼻の先端までの長い襟のロングコート。
人離れした純白の肌と長い髪。
獲物を狙う獣のような細い目の中には、冷たさを感じさせる輝きのない青い瞳が見える。
間違いない、彼女がホワイトウィッチ。黒富士組に手を掛ける暗殺者。
その女が今、自分の目の前に居る。
武は拳銃を握りしめ、車の陰から出た。
「動くな、銃を捨て――」
武が警告を言う前にホワイトウィッチが武に銃を向け、銃弾を放った。
銃弾が武に迫ると、武は能力を発動し、銃弾をかわした。
逃がさない。
武は銃を構える。
能力を発動している今ならホワイトウィッチでも逮捕できる。
そのはずだった――
ズキン‼
突然、武は自分の頭を抑えながら下を向いてしまった。
「どうした武⁉」
谷が武の異変に気付き、声を掛ける。
しまった!
何かの器具で頭の中をえぐられるような激痛が武を襲った。
武の能力は、脳に大きな負担を与えるらしく、使い過ぎると、まるで脳が悲鳴を上げるかのように、強烈な頭痛が起こる。
昨夜の加藤の時に使った能力による負担が十分に回復しないまま、襲撃者とホワイトウィッチの銃弾を相手に、能力を使ってしまったことで限界が来てしまったのだ。
その間に、ホワイトウィッチは武に躊躇なく銃を向けた。
徐々に引き金を引き始めるホワイトウィッチ。
「あぶない‼」
危険を察知した谷が武に走り寄る。
バンッ!
辺りに銃声が響き渡り、血が飛び散った。
だが銃弾を受けたのは武ではない。武は谷の体当たりを受け、地面に倒れていた。
武は頭痛と戦いながらも自分の上半身を起こした。
そこで武の視界に入ったのは、胸よりやや下の部分から血を流す谷の姿だった。
武がホワイトウィッチに視線を向けると、ホワイトウィッチが谷の方へ銃口を向けている姿。
「オヤッさん‼ てめぇー‼」
武は今にも意識が飛びそうな中、ホワイトウィッチに向かって走り出す。
ホワイトウィッチは、懐から丸いボールのような物を取り出し、地面に叩きつけると、そこから大量の煙が発生し、武の視界を奪った。
何とか両手で煙を払った武だが、煙が晴れたそこには、ホワイトウィッチの姿は跡形もなく消えていた。
武は谷に駆け寄ると、傷口を左手で押さえながら携帯を取り出し、119番を押した。
「白摩署の大下だ。……救急車を頼む。場所は……加賀西区4丁目、……柊工場運河付近だ!」
武は携帯を地面に置き、何とか頭痛を無視しようと、谷の傷口を必死に押さえた。
「頑張ってくれ……オヤッさん!」
「頼む武……」
谷は、血反吐を吐きそうな思いで必死に武に何かを伝えようとしている。
「……もう一度……彼女に会ったら……」
「しゃべるなよオヤッさん!」
谷は、全部言い切る前に意識を失ってしまった。
「オヤッさん⁉」
まだ大丈夫、助かる。
そう思いながら――いや、そう祈る思いで、武は谷の傷口を抑え続けた。
十字路の右の道、橋の所に止まる一台の黒いセダンが、その光景を眺めているとも知らずに……。