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第6話 冷血な人外公爵の求婚

 

 オディーリア伯爵宛に届いた書状には、伯爵家の第一令嬢であるエルヴィアンカと婚約したいこと、持参金はいらないこと、そして……結婚後にヴィルヘルム公爵家とオディーリア伯爵家が縁づく必要は無い、と書いてあったらしい。


 書状の内容を兄が説明すると、その横にいた義姉が微笑みを浮かべながら、立ち尽くしていたエルヴィアンカの手を優しく包み込んだ。


「あなたがいい子だって、ちゃんとわかってくれた方がいたのね。あなたの噂を気に留めない結婚相手が見つかって、本当に良かった」


「本当だね。明日はお祖母様が『最北の楽園(ノアナエデン)』で過ごす、最後の日だ。良い報告ができそうで良かった。……どうする? エルヴィアンカ」


 そう言うが、彼らは一度たりとも祈りのために聖堂へ足を運んでいない。


 今やこの家で喪に服し、朝晩のお祈りを行い、慣例通りに黒い衣服を身にまとっているのはエルヴィアンカだけだ。


 伯爵夫妻が裏ではエルヴィアンカを『不吉を呼ぶ令嬢』と呼び、フランチェスカを擁護することで社交界の地位を確立し始めていることを……門前払いされた屋敷のメイドたちの口ぶりから、なんとなく理解していた。


 学院卒業の箔もなく、雇ってもらえる場所もない。

『不吉を呼ぶ令嬢』と噂されるだけの伯爵夫妻のお荷物。


 せっかく軌道に乗り出したという事業も、このままではエルヴィアンカの存在が邪魔をしてしまうかもしれない。


(確かに、家族の邪魔をしている今の私には……幸せなる資格がないのかもしれない。それに、働き口を探すことで他の方にご迷惑をおかけしていたら、それこそ『不吉令嬢』だわ)


 この婚約は実質、オディーリア伯爵家からの追放、あるいは人外公爵への生贄だ。


(この婚約でお祖母様に会えるのなら、それもいいかも――…)


 この状況で、悩むまでもないだろう。


「ヴィルヘルム公爵様との婚約、お受けいたします」

「そうか、良かった。返事はここにサインをするだけで良いと書いてあるよ」

「わかりました」


(この書面にサインをするだけで婚約が整うなんて、高等魔術かしら)


 相手は精霊族の末裔だ。書物には載っていない魔術も多く扱えるのだろう。


 提示された条件に同意することを示す欄には、すでに兄の名前がサインしてある。そうだろうな、とエルヴィアンカの胸は少しだけ軋んだ。


 フランチェスカがクスクスと笑う声がする中、エルヴィアンカは羽ペンを使い、その場でサインをする。


 名前の最後の文字を書ききった。

 その時だった。床に、大きな円形の光輝く魔法陣が現れたのは。


「きゃあ、一体なんなの!?」

「クラーラ、こちらに。大丈夫だ」

「ライナート様っ」


 妹が兄の側へ駆け寄り、兄は義姉の肩を抱く。


「な、なに」


 エルヴィアンカはひとり、羽ペンを持ったまま立ち尽くし身を硬くした。


 見たこともないほどに精緻で、複雑な召喚魔法陣だ。

 一体なにが出てくるのかと身構えた瞬間、ぶわりと、室内に嵐のような大風が吹き荒れた。


「――迎えに来て正解だったか」


 そんな鋭利な刃物のように冷たい美声と共に、魔法陣上に人影が現れる。


 吹き荒れる大風が収まり、思わず目を瞑っていたエルヴィアンカが視線を向けると――そこには、紺青の黒髪を持つ美しい青年が佇んでいた。


(なんて綺麗なひと……)


 すっと通った鼻梁に、形の良い薄い唇。神が作ったとしか思えぬ、端正な輪郭。

 磁器のような肌は白く、長い睫毛は頬に影を落としている。

 金色に輝く瞳は満月のように妖艶で。襟足ほどの長さの紺青の黒髪は、夜明け前の空の色合いに似ていた。


 絶世の美貌と形容しても、その美しさの全てが伝えられないほどの(かんばせ)は、その場にいた全ての人間の視線を釘付けにする。


(まるでおとぎ話の本から飛び出してきたような青年だわ)


 生を感じない。それでいて、死も彼には訪れない。……そんな、ひたりとにじり寄る無の匂いがする。


 彼のような人間を、エルヴィアンカは見たことがなかった。


 意匠の凝らされた黒い衣裳を身にまとった長身の青年の、猛禽類のように鋭い金色の双眸が、そろりとエルヴィアンカを捉える。


 その瞳の奥に隠された激情をわずかに感じ取り、エルヴィアンカは人知れず息をのんだ。


「あなたは……?」

「ジュリアス・ヴィルヘルム。……エルヴィアンカ、君の夫になる男だ」



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