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第4話 妹の訪問


 王立魔術学院はいまだ休学したままで、通える目処は立っていない。


 なにせ今度は妹の持参金が必要になる。

 休学期間の上限は三年間までと期限は目前に迫っているが、こればかりは仕方がない。


 兄からは『また我慢をさせることになる』と申し訳なさそうに言われたが、エルヴィアンカは『ううん、いいんです』と首を横に振った。


 姉妹のどちらが伯爵家に嫁ぐにしろ、持参金は一銭も変わらず必要になる。

 それは最初から決まっていたことなのだからと、エルヴィアンカはやつれ果てた微笑みでその話を終えた。


「本当は自分で学費が払えるのが理想だけれど、そんなに簡単な話ではないわよね」


 十七歳のエルヴィアンカが稼げるお金で学費が払えたら、我が家の家計はもっと楽に回っているはず。


 それに学費よりも、問題なのは就職先だ。


 一般市民が利用する求人案内所では、身分証となっている指輪を見せるだけで、「貴族階級の方に紹介できる職は……」と断られる。


 かと言って貴族街にある紹介所へ行っても、ほとんどの貴族が王立魔術学院を卒業する中、休学状態のエルヴィアンカが就職するのは非常に難しい。


 今日も新しい求人先に足を運び掛け合ってみたが、結局すべて門前払いを食らう結果となってしまった。


(残念だけど、今日のところはこれでおしまいね。明日また新しい求人が来ていたら、それにかけるしかないかも)


 エルヴィアンカとて難しい魔術は扱えずとも、生活魔術は得意だ。

 生活魔術が使えたら御の字と言われているメイド職では、引っ張りだこになれる素質がある。


 そのうえエルヴィアンカには、庶民だった前世で培った生活魔術に頼らない家事の記憶もあるのだ。魔術厳禁の特殊な場所でも、十分に力を発揮できる。


「きっとどこかに、『不吉を呼ぶ令嬢』の噂を笑い飛ばしてくれるようなお屋敷があるはず」


 そう自分を元気づける。


 少しもつらくないと言ったら、嘘になる。

 前世の記憶のおかげで、自分を客観視できるからこそ、なんとか前を向いて励めているだけだ。


「とにかく、一歩でも前に進むしかないわ」


 エルヴィアンカの足は歩き疲れてすでに悲鳴をあげていたが、少しでもお金を節約するために辻馬車には乗らず、徒歩で家路についた。





 王都の郊外にやるオディーリア伯爵邸へ帰宅すると、屋敷の前には一台の馬車が停まっていた。

 フェルマン伯爵家の紋章が付いた馬車だ。


 学院は二学年から三学年までは全寮制だが、休暇には家に帰省できる。

 半年後の学院卒業に合わせて結婚式を挙げる予定の妹は、花嫁修行と称して休暇ごとにフェルマン伯爵家のお屋敷のひとつに住んでいるらしい。


 あんなことがあった後だ。彼女と顔を合わせずに済むだけでも、精神衛生上ありがたかった。

 だがこの馬車を見るに、フランチェスカが婚約者と一緒にやってきているのだろう。


(持参金関係かしら。それだけじゃなくて、また何か言われるんじゃ)


 エルヴィアンカは不安にかられる。

 外出用の衣服から室内用の黒いワンピースに着替えた彼女は、隠れるわけにもいかないので、慌てて客間に向かった。


「ただいま帰りました」


 ほとんどの家具を質に入れた質素な客間には、真紅の薔薇が咲き誇っているのかと見まごうほどに美しく着飾った妹のフランチェスカと、それを持て成すオディーリア伯爵夫妻がいた。


 元婚約者の姿が無かった分、ほんの少しだけほっとする。


 彼は王立魔術学院に入学するまで、エルヴィアンカに本当に優しくしてくれた。

 エルヴィアンカの心に恋の芽はまだ生まれていなかったが、将来は彼と添い遂げていくのだろうと、幼いながらに決意していた。


(でも確かに、今の自分には伯爵家当主となる彼を支える資格がない)


 学院を卒業していない伯爵夫人など、社交界の笑われ者だ。


 それだけじゃない。見た目だって、王国で三本の指に入る美貌と称えられ始めたフランチェスカの前では、石ころ同然だった。


「あらお姉様。どこへ出かけていたの? 学院にも通っていないのに、こんな時間に帰宅するなんて。非常識にもほどがあるんじゃなくて? 来客予定くらい把握していてちょうだい。早く紅茶を持ってきて」


 フランチェスカは二人掛けのソファに座り、高圧的な態度でエルヴィアンカに命令した。


「ごめんなさいね、エルヴィアンカ。私はあなたほど紅茶が上手に淹れられないものだから。お手伝いをお願いね」

「いえ。すぐに淹れて参ります」


 お義姉様が本当に申し訳なさそうな顔をするものだから、エルヴィアンカは『この方だけはやはり味方なのかもしれない』と、怯えや恐怖でざわざわと波立っていた心が少し落ち着いた。


 厨房でお湯を沸かし、温めたティーポットに注ぐ。三人分のカップとソーサーを生活魔術で温かくしてから、ティーワゴンに乗せて客間へ運んだ。

 茶菓子は今朝焼いたマドレーヌ。お義姉様が美味しいと気に入ってくれているものだった。


 紅茶を淹れて客間へ戻り、三人に給仕をする。


「フランチェスカ。さっきはああ言っていたけれど、エルヴィアンカは仕事を探しているんだよ」


「まあ。そう言えば、お義母様からこんな話を聞いたわ。不吉令嬢が使用人の求人を出した屋敷を回っていると。お姉様、そんなに出歩くものではないわよ」


 フランチェスカが哀れっぽい視線をエルヴィアンカへ向ける。


 扇子で口元を隠したフランチェスカは、「お姉様は不吉をばらまくんだから、ご迷惑になるでしょう?」と眉を下げながら、善意からの助言を強調するように言った。



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