第11話 この結婚に愛はいらない
静かな室内にカツン、カツンとジュリアスの革靴の音が響く。
彼は向かい側のソファではなく、エルヴィアンカの隣に腰掛けた。
再び縮まった距離に、エルヴィアンカはどぎまぎする。
ここにくるまでに何度も優しい気遣いを見せてくれたジュリアスだ。ひどいことと言われても、エルヴィアンカには彼が悪いことをするようには思えない。
(けれど、前もって言われると不安になるわ。なにを、されるつもりなのかしら……?)
「今からなにが起きても、絶対に声を出さないで」
不安げな様子を見せるエルヴィアンカに、ジュリアスはもう一度、懇願するように言った。
彼の長い睫毛に覆われた金色の瞳の奥に、仄暗く揺らめく危うげな熱がエルヴィアンカを捕らえて離さない。
(大丈夫です、心得ておりますから。ですから、あの、そんなにじっと見つめないでください……っ!)
その壮絶な色気に当てられ、顔に熱が集まるのを感じる。
エルヴィアンカは、壊れた人形みたいにコクコクと何度も頷いた。
そんなエルヴィアンカを一瞥したジュリアスは、テーブルの上に配膳されていたひとつしかない杯を手に取った。
精霊語が彫り込まれた特殊な金属製の細身の杯には、血のように赤い柘榴酒がそそがれている。
彼はこの王国の言語ではない言葉で短い呪文を詠唱すると、その杯に口をつけた。
ジュリアスのすらりとした首筋がさらされ、尖った喉仏が上下する。
「……次は君の番だ」
(えっ)
唐突に君の番だと告げられても、エルヴィアンカには何がなにやら理解できなかった。
彼は再び杯に口をつけ、おもむろにエルヴィアンカにその美しい美貌を寄せたかと思うと、ゆっくりと唇を重ねた。
(…………っ!?)
エルヴィアンカは驚きで目を見開く。
突然の状況に思考が追いつかない。
生まれて初めての口づけに戸惑い、思わず言葉を発しようと唇を薄く開いた。
その隙間から、甘くて熱い液体が流れ込んでくる。
「飲んで」
あの不思議な杯の柘榴酒を口移しで飲まされているのだと気付いた時には、ジュリアスは唇を離していた。
悪魔のように爛々と輝く金の双眸に見つめられる中、エルヴィアンカは羞恥心や緊張感や不安感でドキドキしながら、両手の指先で口元を隠しこくりと嚥下する。
嚥下する瞬間を見られるのが恥ずかしくて、せめて隠しながらと思ったが、あまり意味はなかったようだ。
ジュリアスは再び呪文を唱えると、エルヴィアンカの額にキスを落とした。
身体が、見えないあたたかなべールに包まれる感覚がする。
「これで君は正式に僕の婚約者だ。もう声を出してもいい」
「あ……はい」
「ひどいことをして、すまなかった」
「い、いえ、あの……驚きましたが、大丈夫です」
(まだ心臓はドキドキしているけれど)
と、赤くなった頬を隠すようにエルヴィアンカはうつむく。
ジュリアスはうつむいて顔を逸らした彼女を見て、なぜだか心臓のあたりが切なく痛んだ。彼は眉を寄せ、心臓の上を片手でぐっと押さる。
「ひとつ、君に伝えておくことがある」
「はい、なんでしょうか……?」
「――この結婚に愛はいらない」
「……え?」
「君は僕を愛そうとしなくていい。君がその生をまっとうするまで、僕は君の庇護者であり続けよう」
やっとタイトルのジュリアスのセリフを回収しました。
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