ナミダの尾をひいて
冬の童話祭の広告を見て書き始める。
宵が明けた! 悪政を引く王は死に、私腹を肥やし、貪ることしかない愚か者に幕引きを!
by 革命者 ロナンド
◇
昔々あるところに、一人の王女が居ました。王女は冷える夜に玉座で懸命に祈りを捧げてます。王女の国は、既に内側から崩れ、堅固な城壁も今では頼りないと思えるほど。城内には、騎士どころか、宰相、近衛騎士団長、王様、侍女の一人すらいません。
王女は、ノクス王国の象徴的な漆黒の髪と、ラピスラズリの瞳を閉じ涙で濡れさせています。
◇
「お父様、お兄様、わたくしが我が儘を言ったばかりに! 申し訳ございません!!」
王女は、天に昇ってしまった兄と父に懺悔する。もし、あの時にわたくしがお兄様に逢いたいからと、王宮で声をかけなければ、私を庇ってお亡くなりにならなかったのに! お父様も、そのまま逃げる先が玉座でなければ、近衛騎士団長と何とか鎮圧しきれたかもしれない。わたくしという、重荷がなければ!
でも、きっとその思いを否定してはならないのでしょう。だって、そうでなければ父様とお兄様が命を賭して守ったものが無価値になってしまう!
明日には、此処も陥落するのでしょう。もはや、誰もいない城には、誰かを守る事はできません。わたくしは、どうすればよかったんでしょう。
いつだって誰かを頼って生きてきた。其れが、上に立つものの務めだから。だから、わたくしは代わりに困ってる人に手を差し伸べ、側に置いたりもした。もう、誰も此処にはいないが。
間違いだった? 誰かを頼るだけでなく、全て自分でしなければならなかった? そんな筈ない! あの時に、見せてくれた彼らの笑顔に侮辱するな!
今更、考えても、もう、遅いのです、よ。いくら後悔しても、いくら懺悔しても、あの頃には戻れない。今の私にできるのは、ただ、無様に泣いて、あの頃の思い出に浸ることしかできない。
もう、いいじゃないか、もう、誰もいないのだから。
そう思って、わたくしは。ノクス王国、第二王女、ティアライズ・プレ・ノクターンの意識は、ポロポロと崩れた涙のように堕ちてゆく。
◇
「ティア、誕生日おめでとう!」
父様が、公務を抜けてわたしに笑顔を向ける。
「ほんと、子供の成長は早いわね!」
数年後に、病気で亡くなる母様が祝福してくれる。
「おめでとう! 妹の成長が見られて兄さんも鼻が高いよ!」
この時は、武術と乗馬、国の政治について他国で留学していた兄様もいた。
「よよよ、そろそろ私を見れなくて寂しくなるでしょう? ティア。貴方のためにプレゼントを丹精込めて用意したわ」
国で、変人と呼ばれながらも、他国の王様に気に入られ、この日の翌日に嫁ぎに行った姉様。
「はい! ありがとうございます。父様、母様、兄様、姉様!」
わたしは、家族の愛に笑顔で応じる。暖かい光景。誰もが幸福の中で揺蕩っている。
ふぅ、と蝋燭の火を消し、視界は暗転する。
◆
わたしの侍女、ミーフェルと会ったのは、わたしが城で散歩をしていた時、
「〜♪ 〜〜〜♫」
鼻歌を歌いながら、花に水をやる少女が目に留まった。
「ねぇ、そこの貴方? 一体何をなさっているのですか?」
少女がビクッとして振り返り、
「きき、聞いてました?!」
わたしは、にこりと微笑み、
「ええ、とても素敵な歌ですわ♪」
恥ずかしいのだろうか? 顔を赤らめながら、
「あ、ありがと」
手をほおに当て、モジモジしている。
「ここの花畑も、生き生きとしていて素晴らしいですわ! 花は歌に合わせて踊り、水はさながらダンスを申し込む所作の様に優雅に。土は、それを受け止める貴婦人の様に華やかに。それはそれは、可憐な花と繰り広げる舞踏会ですわね!」
少女は顔を抑え、
「ッ! もう!! もう、いいですからぁ!!!」
耐え切れないとばかりに、こちらのかたを掴み揺らしてきた。
「そ、それぐらぁっ! それぐらい素晴らしいと、褒めっ! 褒めてますのよ!!」
「うわあああああ?!?!!!」
叫び声が庭園に響き渡った。
◆
「むう、貴方のせいで、侍女長に怒られてしまったではありませんか」
「す、すみません! お姫様とは露知らず! とんだ御無礼を」
むむ、少し眉間に眉が寄る。
「もう! わたしと貴方の中ではありませんか! 堅苦しい口調など不要です!!」
少女は慌てて、
「あ、あって数秒ですよ?! それに余計な口なんて叩けませんよぅ」
むー、でも、凄くモヤモヤする。
「わたしたち友達ではありませんこと? そうですわよねぇ! ね!」
少女に詰め寄る。
「わ、分かりましたから! わたしの名前は、ミーフェル・ノイト。ミフェルとお呼びください」
「ええ、わたしはティアライズ・プレ・ノクターン。ティアでも、ティーラでも好きにお呼びなさい」
これが、わたくしの侍女との出会いだった。
◆
夢は流れ、ありし日を照らす。
「お父様の騎士団長様!」
かなりの老齢、シルバーの髪を纏めて、後ろから垂らしている。眼は、コーラルの赤く、威圧しながらも何処かついていこうと思える。
鋭い目からわたしを見ると和らげて、
「なんでしょうか?」
「もし、父様と騎士団長様と宰相さんで争ったら誰が勝つの?」
少し、難しい顔をした後、
「難しい問題ですね。確かに、武力なら私、政なら宰相、国の運営という点でお父様でしょうか」
宰相と父様が来て、
「どうした?」
父様たちが事情を聞くと、
「それなら俺であろう!」
「いや、吾輩ですな!」
「誤差をいれずにいましたが、やはり私です」
父様は、やや興奮気味に
「貴様ら国家反逆罪で訴えてやるぞ!」
宰相と、騎士団長は、
「くくく、娘の前だからと見栄を張るとは。稀代の賢王の名が泣くぞ」
「然り、ふふふ、親が板についてるじゃないか」
父様は、
「貴様ら覚えとけよ!」
と悪役の様な台詞を残していった。
◆
「ちっ、ダリなぁ」
「おい、上官に見つかると叱られるぞ!」
騎士が剣を振りながら、愚痴をこぼしている。
「ししし、冷やした水を背に…………」
ピチョン、
「冷たぁ! どこの馬鹿て、お姫様じゃないですか! 木に登って、悪戯とは。悪いことを覚えましたね!」
騎士がこちらに登ってくる。
「あはは! 騎士さんこちら、姫さんのもとへ!」
目を引っ張り、舌を出す。
「こんの! 姫がまた逃げた! 団長に伝えろ!」
片方がその場を離れ、水をぶっかけられた方が追いかける。
「全く、トビスも不幸よね! こんな日に冷水を浴びるんだから」
「姫様が言うな! クシュン、う、冬に流石にきついぜぇ」
「姫様! 待ってください!」
とミフェルも追いかけてくる。
この後、騎士団長に捕まり、こっ酷く叱られたなぁ。
◆
流れて、廻って、終着地へと。
五年前ぐらいだっただろうか。
「何が起きている?!」
「他国からの移民がこちらになだれ込んで来てます!」
「受け入れの手配、キャンプの土地を設けろ!」
「「「はい!」」」
慌ただしく駆けていく音がする。
「兄様、これは収まるのでしょうか?」
兄様は顔を顰めて、
「飢饉とは本当に厄介なものだ。私たちの国の生産力でも支えていられるかどうか。モラルの面の心配もある。それに、————。いや、何でもない」
と、兄様はわたくしから目を逸らした。
兄様が口に出さなかったこと、それは他の国の侵略行為なのではと言うことだろう。
ノクス王国は、大陸の中央から少し逸れた小国郡にある国だ。小国の王の誰もが野心を持ち、小国の群れを統一せんと動いている。今回の飢饉は、間違い無く自然現象だが、うまく難民を扇動したのだろう。他の国よりこの国に逃げてくるものが多すぎる。
他に近い国があるにもかかわらずにだ。
「何とかなりますよ!」
ミフェルは元気付けてくれるが————。
「穏便に済んでくれたらいいんだけど」
◆
「ついに、内乱が起きてしまったか」
父様はそう疲れたように呟く。
「父様、もうこれ以上持ちません。難民をここから追い出すしか」
兄様が提案して宰相が、
「しかし、忌々しいことにどこかのが裏で工作をしているようで、なかなか離れてくれません」
騎士団長は、
「武力で脅しますか?」
「そうなったら、もう終わらない。なにより、国民がこちらの敵になるやもしれん」
議題は煮詰まらずに終わりを迎える。
◆
「遂に、暴動の声がここまで」
ミフェルは泣き出しそうに呟く。
「ええ、兄様も、父様も、誰も余裕がない。わたくしも所々手伝ってはいても、焼け石に水」
悔しい、己に力の無いことが。足掻こうと思っても、歯痒さしか感じない。
「姫様、いえ私の親友、ティア。貴方はいるだけで他の人を支えているのです。私も! だから、貴方は貴方自身の手を精一杯広げられているのです!」
そうなのか。もし、本当にそうなのなら。
「会った時に、少しでも休んで貰え流ように頑張りましょう!」
「ええ、一緒に参りましょう」
よく見ると、ミフェルは泣きながら笑っている。
「少し無様ね、貴方は笑っている方が美しいんだから」
ミフェルの涙を拭った。
◆
ああ、ここまで来てしまった。いつだって楽しい時間は、夢のように儚く、一刻にも満たない。
此処からは、零れ落ちる涙のカケラ。もう、誰にも止められなかったのだろう。
◆
「兄様!」
わたくしは、出来るだけ空気を明るくするように手を打った。花を置き、苦労を労い、国への想いを共有した。
わたくしの声掛けに、
「ああ、ティアか。いつも有難う。助かってるよ」
微笑んで答えてくれた。
「いえ、わたくしの力を最大限活かそうとしただけですわ」
「それでも、場が明るさを持つことで全員が上手く回していられてる」
それなら嬉しい。そう思っていると、
ドオオーーン
突然、轟音が城を、国を駆け抜ける。
「何が!」
「城壁の一部に穴を開けられ、侵入者が! さっきのは侵入の合図のようです!!」
世界が反転し、大理石が赤く、紅く染まっていく。
「お前は玉座の方へ行け! 各通路があるはず。父様と一緒に」
「兄様は! 兄様はどうするんです!」
「殿を務める。俺のことは無視していけ!」
トビスが、わたくしを引っ張っていく。ここ数年で、わたくしの騎士になったのだ。ミフェルも、引っ張っていく。
「姫さん、逃げろ!」
トビスが暴徒からの攻撃に、わたくしを庇って貫かれる。
「トビス!」
「ミフェル、後は」
頭も槍に貫かれ、暴徒がそれを踏み台にする。
「うああああ!!!!」
悲鳴をあげながら、玉座の方へ逃げていく。
「ティア! 早くこっちへ!」
父様が、隠し通路を指してわたくしを連れて行く。
背後から暴徒の声が押し寄せる。
「お前は何としてでも生きなさい」
そう言って、父様はニヤリと笑い、隠し通路を閉じていく。
どんな声をあげただろうか。もう、覚えてない。ただ、ただ父の背に手を伸ばして。眩い光は閉ざされた。
◆
「ティア、大丈夫。あなたは生きなきゃならない」
ミフェルは、わたしを宥め続けた。体は紅く染まり、腹には矢が刺さっていた。
「あなた、あなたまでわたしを置いてくの?」
泣きじゃくりながら、ミフェルに問う。
「ううん、ティアの側で————」
そう言ってこと切れた。
◆
舞台は流転し、胡蝶が夢に舞う。懺悔を幾らしても、幾ら後悔しても、あの光景には二度と戻らない。
わたくしは、王座に座りあの人たちに祈るだけ。たとえ、何回あの時を繰り返しても、何回でも繰り返す運命。
望みは、既にわたしへの望みは潰えて。わたくしの望みは、願うには遅すぎた。だけど、祈ろう。わたしは既に消えて、わたくしは夢で歩み出す。
『せめて。せめて、誰もがこの箱庭を手放さないように』
願いを天へとひいていく。しかし、願いは受理されない。世界の悲劇は終わらない。繰り返す。繰り返す。いかに賢くなろうとも、いかに優しくなろうとも。全ては気のままに流れ、ただ不幸が起こるだけ。
革命者の行く末は、滅ぶときには全て前と同じ。ただ、無くなり、歴史に記されるだけ。永遠に続く楽園はもう、何処にも現れない。
彼女の涙は、天に垂れていく。想いを乗せて、蒼穹の彼方へ、暗闇の向こうで。頬からひかれる涙は地に落ちる。それが、せめてもの慈悲。人にできる限界点。
涙のかけらは、宙を揺蕩い、きっとあなたのそばへ寄り添ってくれる。
最後に確認していると、童話の定義的に残酷描写についてドキドキしてしまった。まあ、個人的にセーフ。