治癒と毒のポーション
「さ、付いたよ。倉庫になった元俺の家に」
「周りと比べても一回りでかくて、住心地良さそうな家なのに…ここ、倉庫としてしか使ってないんですか…」
確かに住心地は悪くなかったけど、如何せん店を行ったり来たりするのが面倒くさすぎるんだよねぇ…。
エイノアの残念そうな声に心の中でそっと反論しつつ鍵を開ける。
「ようこそ。家の中はホコリとかが増えないように対策しているから、多分きれいだと思うよ」
「お邪魔します」
「装備は2階の寝室にあるんだけど…他の部屋も見るかい?」
「いえ、今日はいいです」
「わかった」
玄関近くにある階段をのぼり部屋の前まで行く。
部屋には物理的な施錠の他に魔力による施錠も施されているので、その2つを解錠する。
大丈夫だとは思うけど…部屋、埃っぽくなってないかな?
一抹の不安をいだき扉を開ける。
「よかった。魔道具の効果は切れてないみたいだ」
「埃を発生させない魔道具なんてあるんですか?掃除いらずで便利ですね」
「実際便利だけどね、効果の維持とかに無駄にお金を使うからオススメはできないかな」
部屋は大きなベットと机と椅子。それにクローゼットしかなく。装備もクローゼットに収納されている。
「エイノア、俺が出した装備をベットの上に並べてくれるかい?あぁ、ベットにダニは居ないから安心して」
「分かりました」
眼球防護装備、オーバーコート、革鎧、ズボン、7つの装置、レッグポーチが4つ、革手袋、靴、そして背中に背負うポーション供給装置。どれも白色を基調とした色合いで作られた特注の専用装備。
「いっぱいありますね」
「あぁ、師匠が死んでからは大変だったからね。必要にかられてどんどん装備が増えていったのさ」
「どういう装備なんですか?」
「少し長くなるけど、順番に説明していこうか」
白夜の導(眼球防護装備)
眼鏡に似た装備。
光度を自動で調節する他特別な視界の拡張などができる。
極夜の外套(オーバーコート)
これは斬撃にも打撃にも刺突にも魔法にも耐性のある防具。
収納が多くついているのが特徴。
無月(革鎧)
胸のあたりに専用の装置を設置することが可能で、斬、打、刺、魔のどれにも耐性がある。
特に衝撃緩和に優れていて、強度はオーバーコートより上。
鐘霞む(ズボン)
収納は2つしかなく、斬、打、刺、魔のどれにも耐性がある。
特に魔法への抵抗が強く、最も耐久性がある。
喜雨(発射装置)
手首から前腕の半ば辺りにつける装置、発射口は4つ。総数は2つ。
中に特殊なガラス瓶に入れたポーションを設置し、魔力と詠唱によりこれを射出する。
詠唱は『イーチェリッヒ』。
時雨(放水装置)
手首から肘にかけて装着する装置。喜雨とは腕を挟んで逆側に装着する。総数は2つ。
ポーションをセットし、魔力と詠唱によってこれを放水する。
詠唱は『スウァロウ』
朧月夜(散布装置)
肩に装着する装置。総数は2つ。
空気に触れると気化するポーションをセットし、魔力と詠唱によってこれを散布する。
詠唱は『ファローブ』
有明月(生命維持装置)
革鎧の胸辺りにある専用の装着場所に装着する装置。
心拍数が一定数以下になると自動で作動し、セットされていたポーションを注入する。
御降(レッグポーチ)
装置にセットするポーション等を入れる物。
入っている物の劣化を抑制する。
腰に2つ、太腿に2つつける。普通のものより耐久性が高い。
梅雨払い(革手袋)
普通のものより耐久性が高い。総数は8組。
詠唱によって周囲の魔力を吸収する。ただし、吸収可能な上限がある。
詠唱は『キアン』
神渡し(靴)
一般的なブーツに酷似している。
詠唱とセットされた魔力石によって高密度の魔力で形成された板を作り出すことができる。ただし、回数制限があり、魔力石を交換することで再度使用可能になる。
詠唱は『レン』
初東雲(供給装置)
大きなタンクになっており、背負う必要がある。
大量にポーションを入れることができ、戦闘時にはこのポーションを注入する。
「とまぁ。こんな感じかな?」
「まぁ、何となくやりたいことはわかります。調合師の師匠らしい装備ですね。でも、頭を守る装備がないのはどうしてですか?」
「前はあったけど、壊されちゃってね。作り直してもらおうと思って製作者の所に行ったらまが悪いことにいなくてさ、しょうがないと思ってその時は帰ったんだけど、今の今まで壊れていることを忘れてたんだ」
「なる程」
「エイノアも欲しいかい?」
「いや、正直いらないです」
「そっか。じゃあ、これをトランクケースに入れて帰ろうか」
「そうですね。そうしましょう」
店に戻り装備の装着具合などを確かめてから、昼食にすることにした。
野菜や肉、それぞれ好きな具材を好きなソースとパンに挟んで食べるていると、エイノアの組み合わせに満足のいった時の顔を見て俺まで笑みが溢れそうになる。
「師匠、このソースとこのお肉の組み合わせ、凄くあいますよ。師匠もどうです?」
「んー、俺はもうお腹いっぱいかな?今度それで食べるとするよ」
「師匠は本当に全然食べませんよね。もしかして家計やばかったりします?」
「そんなことはないよ。今日行くことろみたいに、定期的にたくさんのお金を払ってくれる人もいるしね」
「あぁ、領主様のところに行くんですよね。一体どんなポーションを売っているんですか?」
今日はいつも売っているポーションとは別のポーションを売ろうとおもっているんだが…『売っている』ってことは今日売るポーションじゃなくて、いつも売ってるポーションの事だよなぁ。
ほんの少し躊躇してしまう。
私情を除けば、躊躇う理由など無いにも関わらず。
「治癒と毒の混合ポーションだよ」
「混合ポーション…確か、全く異なる効果をもつポーションを合わせて一瓶で済むようにしたやつですよね。でもなぜ毒を混ぜているんですか?」
「定期的にお金をいただくためさ。
元々、領主の娘が完治不可能といわれる病にかかっていたんだけど割と簡単に治せそうなことが判明してね。でもこれで普通に治すのは勿体ないと思って…病の症状と同じ症状が出る毒を作って飲ませているんだよ。毒を作る為に奴隷まで買って、あの時は苦労したなぁ」
同じ病にかかった奴隷を安値で買って実験までして、そしてできたのが人を長く苦しませるための毒。
エイノアはなんて思うだろうか。
恐る恐るといった様子で視線をエイノアに向ける。
…はぁぁ……。そりゃそうだ。
俯いたエイノアの表情は暗い。
「…どんな症状なんですか?」
「内蔵に裂傷ができて吐血するようになるんだ。病にかかって少しすると、食べ物を食べるのも辛くなって、そのまま放置すると内蔵が裂傷だらけになったり、自分の胃酸で溶かされたりして酷いことになるらしいよ」
「……それ、その娘さんはずっと苦しんでいるんですよね。心、やっぱり傷んだりしないんですか?」
「傷まないよ。傷んだら終わりさ」
「…いつか、その娘は私が治しますよ」
「え、あぁ…実はね。今日でそれも終わりにするために、普通の治癒のポーションも売るんだ。だから、エイノアが治すのは、無理、かな?」
エイノアは呆然としている。
話の流れ的にも俺が毒だけを渡すと思うのは仕方ないことだろう。
「えっ、でも…」
「エイノア、いつも売っているものは何だって聞いたでしょ?だからさっきは混合ポーションだって言ったんだけど、今日は追加で普通の治癒のポーションも売るんだ」
「はぁ…師匠、何ていうか、もう少し話し方工夫しましょうよ」
「あははは…ごめん」
エイノアは何とも複雑そうな顔をしている。
「もしかして、ですけど…」
「なんだい?」
エイノアは少し考えた後、「何でもないです」と言って部屋に行ってしまった。
…もしかして、この前の事考えてくれたのか。多分、言いたかった事はこれだろう。
人を助ける調合師か…。まぁ、君の望む形では成れないだろうけど、せめて悪意や私欲をもって毒物を売る事はやめようと思っているよ。
そんなことを考えて、もうすぐ来るだろ使いの出迎えをするために店の外に出た。
それから2刻程経った頃に、豪華な馬車が店の前に停まった。
御者台には身なりの整った50代後半のおじさんが座っている。
「ご無沙汰しております、アズリー様」
「ご無沙汰してます。今弟子を呼んできますので_」
カラン、カラン…
呼ぶまでもなく、店のドアが開かれた。
部屋に行ってからそこまで時間がなかったと思うが、髪型がストレートから、ふわっとしたアレンジが加えられてるハーフアップになっている。
「おまたせしました。初めまして、師匠の弟子をしております、エイノアです」
「これはこれは、美しいお嬢さんだ。さあ、二人共お乗りください」
「ええ、行こうかエイノア」
「はい」
先に馬車に乗りエイノアに手を差し出す。
エイノアは手をとり馬車に乗り込み、俺の正面に座った。
ワゴンの中は俺の希望で、誰もいないプライベートな空間にしてもらっている。
「そういえば師匠。どうしてこれを馬車と言うのでしょうか。魔導輪車と言うものがありますから、地上を移動する乗り物のことを『しゃ』と言うのはなんとなく分かりますが、引っ張っているのはバーガンですよね?バーガン車じゃないんでしょうか」
馬車が動き出して少しして、エイノアが素朴な疑問を投げかけてきた。
「正確な理由は判明してないと思うんだけど。一説では勇者がこの乗り物のことを馬車とよんで、発売元が他社より業績を上げるために『馬車』と言って売り出したんじゃないかって言われているらしいよ。因みに、他にも色々な言葉の語源がわかってないみたいだよ」
「なる程、勇者ですか。確か聖皇国で召喚されたんですよね?どんな人達なんでしょうね。というか、私達と同じ形をしていて、同じ言葉を喋るのでしょうか?」
「んー、確かに気になるね。でも、魔王を倒す存在なんだろう?俺も一目は見てみたいけど、怖いし関わり合いたくはないな」
「師匠が勇者とあったら退治されちゃいますね」
口元を緩めつつ発せられたその言葉に嫌な未来を想像しつつ笑い声を絞り出す。
「ははは、もう少し生きたいかなぁ。エイノアにまだ教えたいことがたくさんあるしね」
「そうですね、私ももっと師匠に教えてほしいことがありますし、そう簡単に退治されないでくださいね」
「ああ、頑張るよ」
こうやって、外の風景を見ながら談笑をするのは何か新鮮な感じがするな。でかけた時はバテないように必死だったし…馬車っていいな。
馬車に揺られながらエイノアと談笑をしているうちに館に到着したらしく馬車が停止する。
「ここが、町の中心。領主の館だよ」
「大きいですね」
「大きくないと駄目らしいよ。領主様もたいへんなのさ」
「御二方、到着いたしました。ささ、どうぞお降りください」
「あぁ、ありがとう」
馬車を降りると、黒髪を後ろで一つに結んだ美人のメイドが出迎えてくれた。名前は…何だったかな。
「お待ちしておりました、エスメアポーション店の方々。此処から先は私が応接室までご案内させていただきます」
「よろしくおねがいします」
「お、お願いします」
メイドに連れられるがまま綺麗な庭園を抜けて正面玄関から館に入る。少し廊下を進むと応接室に着き、ドアから一番遠い席で待つよう促される。つまりは上座に招待されたのだ。
毎度思うが、本当に腰が低い人だな…。
「今のメイドさん。凄い美人でしたね…」
「そうだね。大人の気品のようなものを感じられたよ」
「……後学の為に聞いておきたいんですが、師匠はああゆう大人の女性が好みなんですか?」
…後学ねぇ。俺のようなヤツの感性を後学として知っておいてほしくないんだが…。
「そうだねぇ…別にそう言うわけじゃないかなぁ」
「じゃあどんな人が好みなんですか?」
随分ずいずい来るじゃないか。しかし、今まであまり考えたことが無かったな、そんなこと。
「…俺のようなやつの感性を後学にするのは_」
「じゃあただの興味です。好奇心です」
顔を近づけ圧のようなものをかけてくる。
と、言われてもなぁ…。うーむ……あの人もそろそろ来るだろうし黙ってやり過ごすか…。
その予測は正しく
ドン、ドン、ドン
と、体重の重い誰かが早足で歩く音が聞こえてくる。
「う〜ん…そうだなぁ〜」
そんな言葉で時間稼ぎをしていると…
コンコン。とドアをノックする音が響いた。
ああ、来てくれた。
「残念、この話はまた今度ね。どうぞ」
「………」
「入るよ」という言葉とともにドアが開き、上等な服を着た背が低く小太りで優しい顔をした男性が入ってくる。
「やぁアズリー君、とお弟子さん」
「ご無沙汰しております」
「初めまして、エイノアです」
「初めまして、この領地の領主をしているヴォード・ウーランスだよ。聞いていた通り美しいお嬢さんだね…。
それで、世間話もなく急に本題に移って悪いのだが、アズリー君。完全な治療ができるポーションができたと言うのは本当かね?」
領主の目が真剣で真っ直ぐなものになった。
「…ええ、こちらです」
腰に付いてあるレッグポーチから紫色の液体が入った瓶を2つ取り出す。
「これが…」
「ええ、2つ差し上げます。一つを毒味と実験用の方に、結果が出たらもう一つをお嬢様にお使いください。そして、こちらが結果が出るまでの期間、お嬢様にご使用していただくポーションです」
追加で赤紫色の液体が入った瓶を一つ取り出す。
領主は感極まっているようで、微動だにしない。
少しして、涙を流しながら口を開いた。
「………ありがとう。ありがとうアズリー君。君のおかげでようやく娘は救われる…。ありがとう。本当に今までありがとう」
「いえ、ヴォード様こそ、よく今まで耐えてくれました」
「あ”いがどぉ〜!」
俺の手を取ってぶんぶんと振ってくる。
握手のつもりだろうが、領主の鼻水が飛び散っているせいでそれどころでは無い。
「ヴォード様。こうしている間にもお嬢様は苦しんでおられるのです。今日はもう解散して、後日お金を受け取ろうと思うのですがよろしいですか?」
「あでぃがどぉ〜」
長い間の苦悩が消え去って嬉しいのは理解できるが、俺の話を全く聞いてくれないのは困る。
はぁ…。この服、エイノアのとは一緒に洗濯しないほうがいいよなぁ。
それから暫くした頃に落ち着いて、
娘にあっていってくれだとか、せめて夕食をご馳走させてくれだとか、秘蔵のワインをご馳走したいだとか、色々誘われたが全て断って帰る運びとなった。
因みにポーション代は領主の娘が元気になった頃にいただくこととなった。その時には元気になった娘と丁重にもてなすと言われてしまったが、正直複雑な心境だ。とはいえ、本当のことを話すつもりもないが。
「はぁ…良かった、早めに帰ってこれた」
「師匠、領主様の嬉しそうな顔をみてどう思いました?」
エイノアが突然そんなことを聞いてきた。後ろを向いているため顔は見えない。一体何故そんなことを聞くのだろうか。
…どう、か。領主の娘の命を救ったのは事実だが、お金の為に長い間苦しめたのも事実。故に…
「救いはしたけど、長い間苦しめたしね、あそこまで感謝されるのは何というか…複雑だよ」
「それ以外は?人を不治の病から救ったのは事実じゃないですか。嬉しいとか良かったとか、そんな感じのことは思いませんでしたか?」
「…どうだろう。わからないや」
「そうですか…」
そういうと、エイノアはくるっとこっちを向いて笑顔を作り口を開いた。
「今はわからなくても、師匠ならきっと、人を助ける喜びに気づけますよ!」
…どうだろうね。多分だけれど、俺が死ぬ方が早いんじゃないかなぁ。
「そうなるといいね。じゃあ、俺は着替えて汚れた服を洗うから、エイノアは好きにしてていいよ」
「分かりました。___」
「?なにか言ったかい?」
「何でもないです」
「そうか」
用がないらしいのでそそくさと部屋へ行く。
ああ良かった。どうやらエイノアはあの話のことを忘れてくれたみたいだ。
エジィリィ
「最後まで読んでいただきありがとうございます」
エイノア
「良かったら感想、ブックマーク、評価等よろしくおねがいします!」
エジィリィ・エイノア
「それでは、またのご来店を心よりお待ち申し上げております!」
エイノア
「師匠、まさか領主様以外にも同じことしてないですよね?」
エジィリィ
「安心して。流石にあっちこっち、定期的に呼ばれるのは御免だから、あの人以外に同じ様な契約は結んでないよ」