青空の下をふたりで歩く
※町は上空から見るとおおよそ円形になっております。
主人公が冒険者ギルドの説明をする場面がありますが、興味のない方は流し読みをしてください。
「エイノア。用意はできたかい?」
「はい師匠。バッチリです」
「よし、じゃあ行こうか」
外壁が近く人気の少ない住宅区から町の中心へと進んでいく。
朝早いと言うわけでもないため、町の中心へ近づけば近づくほど賑わっていく。
「最初は何処から行くんですか?やっぱり、薬草屋さんとかですか?」
「いや、今日はいっぱい買う予定だからね。買ったものを指定した位置まで運んでくれるなんでも屋に声をかけに行くのさ」
「なんでも屋の店員さんはそんなに多いんですか?私達が独占したら悪いように思えますけど…」
「ああ多いよ。冒険者組合って知ってるかい?」
「冒険者……ええ、何度も相手させ_」
「ストップ。そういうことは言わなくていい」
忘却のポーションを改良して特定の記憶を消せるようにしよう。そうだ、もし実現できれば技術を教え終わったあと、奴隷だった記憶と俺の記憶を消せば…いや、俺の記憶を消すのは逃げるのと同じかな…?
そんなことより、エイノアを冒険者組合に連れてくのはやめたほうがいいのかな?
「師匠?」
「あぁ、ごめん。少し考え事を」
「そうですか。…あの、師匠?私、奴隷だった時のことあんまり気にしてませんよ?」
君が気にしてなくても俺が気になってしまうんだよ…。
でもまぁ、気にしてないっていうのなら、朝は人が少ないしこのまま行くか。
「そうか。まぁそれは置いといて、俺がなんでも屋と言っている冒険者組合のことだ。エイノアも後学の為に覚えておくといいよ」
「分かりました」
表情を見るにあまり興味はなさそうだが、役に立つかもしれない話だ。興味なくとも聞いておいてもらおうか。
「じゃあ今日は冒険者組合の成り立ちを説明しようか。冒険者組合は元々、大昔に領土があやふやになっていた地域でとある冒険家達が古代遺跡を発見した事で起きた、揉め事解消の仲裁役として第三者国が設立した機関なんだよ。その時は名前が違かったけどね。
で、その後、その問題は解決したんだけど、権利を手に入れた国が遺跡にある物品や資料によって大きく国力を上昇させた。そしてそれを見た周りの国の有権者は冒険家の育成と支援をして次々と遺跡を掘り出していった。
すると、当時は領土の規定や権利があやふやだったから次々と揉め事、と言うか戦争が起きてね。
それを収束させるためにいくつかの国が立ち上がって、長い時間と莫大なお金と悍ましい程の血を持ってして一時的に見かけの平和を実現させた。
それを見かけだけのものにしないように、国に縛られない組合の設立と、それを実現するために多くの国を加入させて、ようやく、大陸ほぼ全土を巻き込んだ戦争が終わりを迎えたんだ。
そしてそれから長い年月が経ち、組合の上層部が腐っていった。
関与した遺跡の数と、冒険者の総数、そして多くの国々の後ろ盾と言う武器を手にした上層部は、更に私腹を肥やす為に『冒険者になれば栄光を手に入れられる』なんていう売り文句と、一部の冒険者を陰ながら支援することによって実績を下々の者に見せつけ、更に勢力を増やしていった。
でもね、人の数は時代の安定によって増えるけど、遺跡や古代物品の数は次第に減っていくものだ。
冒険者は遺跡を発見できなくなったと知ると、今度はすでに発見されている遺跡に入り古代物品を盗掘するようになった。
でもね、古代遺跡は大抵の場合、自分達の研究成果等を取られないために、遺跡内に魔力毒霧を充満させているんだ。
これが厄介でね、遺跡ごとにその毒の性質や対処法が違うものだから、冒険者達は次々と死んでいった。
これで困るのは冒険者組合。冒険者に大量に死なれるだけでも痛手なのに、色々な国々から責められることとなった。
これを何とかするために資格の作成と遺跡の警備を実行した。
ついでに、新たな呼び込みも行ってね。
そして、資格を取れずあぶれた冒険者になんでも屋をさせるようになり、今じゃ子供でもなれる雑用係のたまり場になったんだよ」
と、聞く者が聞けば激怒するようなことを教える。
すると、思わぬ言葉を投げかけられた。
「2つほど質問いいですか?」
どうやら、思いの外ちゃんと聞いてくれていた様だ。
疑問があるというのなら答えない理由はない。俺は頷きと共に「勿論」と言葉を返した。
「まず、どうして当初の技術力より古代の技術力の方が上なのでしょう?」
「それはいくつか説があるけど、一番有力なのは魔王の存在だよ」
魔王。
昔実在したとされる、強大な力を持つナニカ。勇者によって打倒されたという話だが文献も少なく確実に存在したとは言い難い。また物語に多く登場することもあり、おとぎ話に出てくる悪役という一般認識がある。
「魔王?物語の本とかで出てくる、あの?」
「そう、古代文明は今とは比べ物にならない技術力を有していたけど、更に強大な力を持った魔王によって滅ぼされたっていう説だよ」
「それが最も有力な説なんですか?」
エイノアが怪訝そうな顔で聞いてくる。
現在の一般常識では魔王なんてものは物語上の架空の存在。エイノアが何を言いたいのかはわかる。
「まぁ、言いたいことは分かるけどね。例えばさ、俺がこの町を滅ぼそうと思ったら、できると思う?」
「…ええ。師匠に対して常に何者かが意識を集中させて監視していない限り、天級ポーションによって町一つを壊滅させるのは容易かと……まさか」
「そのまさかだと俺は考えてるよ、勿論俺は魔王じゃないし大陸の文明に壊滅的な打撃を与えることもできない。けどね、いつの時代にも化け物はいるものなんだよ。怖いよね」
多分だけど俺じゃあ大陸の文明を全て消すことなんてできやしない。幻想種と言われる最強の生物でさえ屠る'力'でさえ大陸を落とすには物足りないんだ。
じゃあ、古代に存在していた魔王なんて存在は、一体どれ程の存在だったんだろうか。
「…じゃあ2つ目です。冒険家と冒険者で呼び方が違うのは何故ですか?」
「時代の変化に合わせて何となく変えてる感じかな、特に意味はないよ」
「なる程、ありがとうございます」
「うん。……さて、ようやくついたよ。その他の冒険者組合の事についてはまた今度ね」
そう言って組合の建物を見上げる。
冒険者組合。
橙色を基調とした色合いの建物で他の建物より二回りほど大きい。
扉は両開きのものが全開になっており、これは現在受付等を承っているということだ。
しかし中を覗いても人はほとんど居ない。
「ここが…」
「じゃあ入ろうか」
エントランス部分は広く、日中人が沢山来ても収容できるようになっている。
内装は簡素で、入口近くに依頼が書かれた紙が貼ってある掲示板があり、奥にある5つの窓口で5人同時に対応できるようになっている。
うち一つは依頼者用の窓口だが。
「思ったより人がいませんね。いつもこのくらいなのでしょうか?」
「いや、少ないのはこの時間帯だけだよ。いつ行っても何かしらの依頼はあるからね。わざわざ朝行く必要がないってことなんだろうさ」
「なる程」
人があまりいなく、歩きやすいエントランスを奥へと進んでいく。
窓口には、バターブロンドの髪を後ろで一つに結んだ美形の女性が座っていた。
人が少ないこともあって、まだ受付嬢は一人しかいない。
女性のもとまで行くと、にこやかに挨拶をされた。
「おはよう御座います。今日はどういったご要件でしょうか」
「おはよう御座います。街に出ない範囲での荷物運びをしてもらおうと思いまして」
「ご依頼ですね、かしこまりました。時間はいつ頃にしますか?今からですと、見ての通り人があまり居ませんので厳しいかもしれませんが…」
「時間はお昼どきを過ぎた頃にと考えています。その頃に始点を書いた紙を持ってこようとも」
「なる程、では終点はいかがなさいますか?」
「第4区画にあるエスメアポーション店までお願いします」
その時、受付嬢がわずかに動揺した。
組合の受付嬢たるもの、街にある黒い噂の実態くらいは把握しているのだろう。
「かしこまりました。荷物の規模はどれくらいのものを想定されていますか?」
「荷馬車が一台か二台程あれば十分かと、馬車についてはそちらで手配していただきたいと考えています」
「荷馬車分の料金が追加で発生してしまいますが大丈夫ですか?」
「勿論」
「ではこちらに、依頼者名と冒険者の方々にお支払いいただく料金、そして雇う人数の方をご記入ください」
渡された紙に人数と料金を書いていく。
あ、新紙を使ってる…。最近量産体制が整ったって聞いたけど、こんな雑多に使用して…やっぱり儲かるのかな?冒険者組合って。
「終わりました。料金の支払いは後日一括でしようと考えていますが、大丈夫ですか?」
「ありがとうございます。後ほどの一括払いですね、大丈夫ですよ」
この人が俺の店を知っていて助かった。知らなかったら信用不足で担保がどうとか色々面倒なことやんなきゃならなかったからな。
「依頼の受理は完了しました。お昼どきを過ぎた頃、お待ちしております」
受付嬢に一言挨拶を言って踵を返す。
「さて、次はライカン商店へ行くよ」
「分かりました。…あの、先程お店の名前を言ったとき、受付の方が動揺していましたが、組合がお店の実態を把握しているということですか?」
「おや、気づいたんだ。よく見ているね」
「師匠にお客さんはよく観察するようにと言われていますし、空見の魔眼で魔力の揺らぎも確認しましたので」
「なるほど。で、把握しているか否かのことなんだけど、十中八九把握していると思うよ」
「では何故師匠は摘発されないのでしょうか、悪性ポーションの売買は罪ではないのですか?」
「摘発なんてされないよ。自分で言うのも何だけど、戦力として有用だからね。今は泳がせといて、戦争がおきたら利用するって、おえらいさんから手紙をもらったんだ」
「それ、手紙を暴露したら上の方もまずいのでは?」
「読んだら消えちゃったよ。どうやったんだろうね?」
「証拠隠滅もバッチリというわけですか…」
……質問して疑問をはらすことはいい事だとは思うけど、町並みに関しての話が一切ないな。
住んでいる区画とは違って、町並みも綺麗だし人も多くて賑やかだと思うんだけど…。エイノアにとってはどうでもいいことなのかな?
「ねぇエイノア。街の中心部に近づいたけど、何か思うことはあるかい?」
「えぇ勿論。お店の近くとは全然違いますからね。町並みを見ていたら、私も段々楽しくなってきました」
そう言って笑みを漏らすエイノアを見て少しホッとする。
どうやら街に一切の興味がないわけではないらしい。良かった、以前の俺みたいにポーションの事ばかり考えているわけではなさそうだ。
「退屈していないのなら良かった。あぁそうだ。なにか欲しいものはあるかい?用事は昼過ぎには終わるしね。せっかくだから買い物に行こうか。勿論プレゼントせてもらうよ」
「そんな悪いですよ!町並み見るだけでも十分楽しいですし大丈夫ですよ?」
「でも、君も年頃の女の子だ。美味しいものを食べたり、お洒落したいと思うだろう?それ以外にも欲しい本とか、無いのかい?よく読んでいるだろう?」
「本は別段欲しい物ありませんし、前者も……確かに思わなくもないですけど、それなら師匠も全然お洒落してなくないですか?アクセサリーはつけてませんし、服装は…シャツとニットベストって私はいいと思いますけど…髪もセットしてませんし、全体的にみて、周りの若い人達と比べるとちょっと落ち着いてません?」
それを言われあたりを見渡す。数人見つかった若い青年確かに、アクセサリーや髪のセットをしている。
「それに。私お化粧はしてませんけど、香水つけたり、ネックレスも一応、ね?付けてるんですよ?」
本当だ。ニットプルオーバーで見えなかったけど、ハート形のネックレスをつけている。
でも化粧はしていないのか。いや、まずやり方がわからないのかな?
「正直、師匠がいっぱいくれたのでお洒落に必要なものは全部揃ってますし、全部新品でしたし、新しいものが欲しいと思わないと言いますか…」
買ったのは俺じゃないけどね。にしてもそうか、確かに今のエイノアにサイズが合うものだけでも、二つも部屋を使う程度には沢山あるし、物欲もわかないのか。
「あぁでも。デザインの好みとかもあるだろう?」
「皆可愛いいので私は好きですよ?流行とかは私気にしませんし」
「…なる程」
「あ、でも。元の話は買い物に行くか行かないかでしたし、師匠がつけるアクセサリーでも買いに行きましょうよ」
「…そうしよっか」
一つ、認識を改めなければならないみたいだ。
彼女は子供じゃない、一端の女性で、もうあの頃とは全く違う。
頭ごなしに何かを買ってあげようだなんて、俺は彼女の保護者にでもなったつもりでいたのだろうか…。
…
………
いつもはあまりしない話。例えば俺の性格のことや、エイノアの好きな事とか。街の雰囲気に当てられて、そんな、少しお互いの距離が近くなるようなことを話しながら町を歩いていく。
話の途中、彼女の見せる笑顔にドキッとする自分がいて、そんな自分に気色悪さを感じつつ取り繕って微笑み返す。
きっと、関係性が違ったのなら、凄く充実した時間だったのだろう。
「着いた、ここがライカン商店だよ」
様々な店が連なっているため、ここら一体の建物は他より大きな物が多いが、その中でも一際でかい建物に着く。
店の色合いは落ち着いていて、少し高級感の様なものがでているこの雰囲気が、これまた他の店とは違う高揚感のようなものを抱かせる。
「大きなお店ですね。それに人もいっぱいいます」
「そうだね。まぁ買い物自体はすぐ終わるけど、欲しいものがあったら声をかけてね。じゃあ、行こうか」
そう言って、馴染みの店員に後ろから声をかける。
物腰柔らかそうな、60代程のダンディな人だ。
「こんにちは」
「ご来店ありがとうございます。おや、アズリー様でしたか。またいつもの御用で?」
「ええ、こちらが注文表です」
手に入れたい品物が書かれた紙を数枚、黒凰貨5枚と一緒に店員に渡す。
「承りました。ところで、そちらは?」
「あぁ、彼女はエイノア。私の弟子ですよ。私以上に才能もあって、将来有望な子です。エイノア、ご挨拶を」
「こんにちは。少し前に師匠の弟子になりました、エイノアです」
「ええこんにちは。見目麗しく、アズリー様より才能があるとは。貴女を育てるアズリー様も誇りに思うでしょうね」
「そんな、師匠より才能があるだなんて。私はまだ師匠には遠く及びません」
少し謙遜はするが見目麗しいと言われた部分は否定しない。確かに事実だとは思うが……自信があるようで何よりだ。
「まだ、ね。でもいつか必ず俺を超えるよ。あぁそうだ、彼女が店を継いだ後も、エスメアポーション店をどうかご贔屓に」
「勿論。これからも末永く良好な関係を築いていきたいと考えております」
腰を曲げ丁寧に礼をして、微笑む。
用も済んだのでここらへんで切り上げるとしよう。
「それじゃあ、今日はこのへんで」
「またのご来店を心よりお待ちしております。どうかアズリー様方に、幸多からんことを」
エイノアに一言声をかけて店を出る。
何かしらの魔道具で外の音を遮断していた店内から、日の光と共に賑わう外へ出たことで思わず少し瞼を閉じてしまう。
生誕祭が近いためぼちぼち遠出していた者も帰ってきているのか、以前来たときより少し賑やかに思える。
「次は何処に行くんですか?」
「あぁその前に。割と長い間歩いてきたけど、疲れてないかい?」
「大丈夫ですよ。師匠が直してくれた体。生まれ変わったみたいに調子がいいんです」
それは、奴隷だった頃と比べると調子がいいのは当然だと思うけど……使った再誕のポーションは2級なので人並み程度の体組織にしかなってないはずだし…。
まぁ、本人が疲れていないというのならいいのだけど……正直、俺は少し疲れてきたよ。
…けれど音を上げるにはまだ早いか。
「そっか、疲れたらいつでも言ってね」
「分かりました」
「それで、次は__」
魔力水や悪性ポーションの作成に使う鉱石や魔力石、
調合したポーションを入れる様々な形をした瓶、
紙とインクを売っている店に調味料店などなど様々な店をまわる。
そして一通り買い物が終わったあと、最近新しくオープンしたらしいパスタの専門店で昼食を取った。
「美味しかったですね!私、パスタは初めて食べました」
「でも上手に食べられていたよね、食べ方が独特だから食べづらいかと注文してから気づいたんだけど、エイノアが恥をかくことがなくてよかったよ」
「それ、普通もう少し前に気づきません?」
「ははは、ごめんごめん。俺、実は瓶のお店行ったくらいで体力がギリギリだったんだ。お店に入った時には細かいことを考えられなくなっていたよ」
「正直気づいてましたけど、何でもっと早く休もうと思わなかったんですか…?」
「手に注文表とかを持ったまま昼食にしたくなかったんだよ。邪魔だろう?」
「まぁ、確かにそうかもしれませんけど…」
『それでも普通休憩ぐらいするでしょう』なんてことを思っているだろうエイノアに気づかないふりをして町並みを眺める。
そういえば、エイノアはあんまり疲れていないように見えた。女性より体力が無いのはやばいかな…?
今度体力ずくりを……いや、面倒だからいいや。
「それじゃあ、冒険者組合に行こうか」
「分かりました」
「あぁでも、エイノアは適当なお店で待っていて、人が多いから二人で入るのは邪魔になってしまう」
「じゃぁ師匠がつけるアクセサリーを決めながら待ってます」
「…わかった。そっちは任せるよ」
正直、あまりチャラチャラした物は好きじゃ無いんだけど……まぁ、エイノアが楽しそうならいいか。
シンプルな物を選んでくれることを願いながら冒険者組合に向う。
「それじゃあ師匠。私はこのお店に居ますので、できればすぐに来てくださいね」
「わかった。できるだけ急ぐことにするよ」
エイノアと別れ早足で冒険者組合へと向う。
はぁ、いくつか持続性の高いポーションを飲んでくるべきだった。まさか、話しながら歩くのがこんなに疲れることだったとは。
なんてことを嘆いている内に冒険者組合につく。
組合の中は人で溢れていて、なにより_
この時間帯はいつも汗臭いな。
心の中で愚痴っていても仕方がない。あまり躊躇ってエイノアと受付嬢に怒られるよりは少しくらい我慢しよう。
行くか。
朝には受付がいなかった依頼者専用の窓口へ向う。
運がいいことに二人しか並んでいない。
少しして前の二人がいなくなり自分の番になる。
「こんにちは。今朝依頼したアズリーと言うものですが」
「ごきげんようアズリー様。冒険者の方は既に見繕っていますが、顔合わせいたしますか?」
「いえ、顔合わせは大丈夫です。こちら、始点と注意事項を書いた紙です」
「拝受します」
「それでは、後日依頼完了の報告書と報奨金をもってきますね」
「はい、お待ちしております」
急いでいる雰囲気を察してくれたのか。長ったらしい話はなしにしてくれた。
さて、ここから店に引き返すのだが…思ったより早く終わったし、あんまり急がなくていいかな?
いやでも、待たせる時間は短いほうがいいか。
今一度少しばかり早足で街道を進んでいく。
カラン、カラン…
店のドアを開け、優雅な音楽の流れる店内へ入る。
店の商品を一瞥するが、どれも高そうなものであった。
あまり余分なお金は持ってきていないし、手持ちのお金じゃたりなさそうだな。
そうおもっていると、店員との話を中断してエイノアが声をかけてきた。
「師匠。思ったより早かったですね」
「まぁ、ね」
「あら、貴方がこの娘のお師匠様ですの?話に聞いていた通り随分お若いのですね」
「え、えぇ。どうも」
気品の高そうな初老の女性店員に声をかけられた。
こういう店に誰かの付き添いではない形で入るのは初めてだから、少し緊張する。
「確かに、素材はいいのにアクセサリーを着けないのは勿体無いわ」
「ははは、そうでしょうか?」
「ええそうよ!さ、エイノアちゃん。彼に最高のアクセサリーを選んであげて」
「任せてください!さ、師匠。一緒に見ましょう?」
「あぁ。そうだね」
何か凄い仲が良さそうだな。エイノアが入店してから然程時間経ってないと思うのだが…。
やはり女性同士だからだろうか。
「これはどうです?」
エイノアが宝石で装飾されたドクロのネックレスを指差す。
値札には60,000,000とお洒落に記載されてる。
6千万は高いと思うのだが…。というか何よりドクロは趣味じゃないかな。
「もっと落ち着いたのがいいかな」
「ええ、そう言うと思いました。ちょっとからかっただけですよ」
「そっか、よかった」
こういうところを見るに、いつもよりくだけてくれている気がする。町に出て正解だったかな?
改めてエイノアはネックレスを選び始める。
自分が身に付けるわけでもないのに随分悩みながら選んでいるように思える。
「あ、こっちのはどうですか?」
今度は十字のネックレスを指差す。
これも煌びやかな宝石で装飾されている。金属も高級品だろう。
「んー、俺に似合うかな?これ」
「どうでしょう。あの、手にとって見てもいいですか?」
「ええ勿論」
ガラスケースから取り出された十字のネックレスを、エイノアは腕を伸ばし俺の前に出し、似合うかどうか吟味する。
「うーん…なんか違いますね」
「だろう?」
そして欲を言うのならもっと安いものを選んで欲しい。エイノアではなく俺が付けるものなら、正直露天で売ってる安いものでいいのだが…。
「次はこれをお願いします」
今度は星の形をした金色のネックレスを指定した。
宝石は星の中心にしかなく他のものと比べると値段もやすめだ。
「うーん、候補1といったところでしょうか。師匠はどうです?」
「いいと思うよ?」
正直何が良いのかわからないのでとりあえず肯定的な意見をだす。がしかし何かが気に入らなかったようで、エイノアはネックレスを店員に返し別の物を再度選びはじめた。
「あ!この月の様な形したものはどうですか?」
丸みを帯びた三日月の形をした物で、宝石等はついてないように思えるが、値段は6,000,000とそれなりの値段がする。
宝石も付いていいのにどうしてこんなに高いんだろう…。使われている銀色の金属が希少なのかな?
「可愛いんですけど、なんか微妙ですね」
「ならこっちの翼の形をした物はどう?エンジェルウィングっていって、神々に使えている'天使'の方々の翼をもしたものよ」
「いいですね」
エイノアがそう言って手にしたのは、翼の形をしていて羽一枚一枚が光を反射しキラキラと輝く宝石でできているネックレスだ。
値札には12,000,000と書いてある。
正直、自分がつけるアクセサリーにこんなに払いたくないが……。
「うん。これにしましょう。師匠」
エイノア……君本当に値札を見てるのかい?
値段を見ると顔が引きつりそうになるが、断れる雰囲気でもないため肯定的な意見を返す。
「…いいセンスだね、流石エイノアだ」
「ということで店員さん。これください」
「分かったわ。新品を包装して持ってくるから少し待っててね」
店員はアクセサリーをガラスケースに収めて別の部屋に移動する。新品の在庫が別にあるのだろう。
「…ねぇエイノア。このネックレス、俺がつけるには少し身の丈にあっていないように思えるけど…」
「そうですか?派手さも控えめですし、似合っていると思いますよ?」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、値段のことだよ」
「値段……あ…!し、師匠。こんな大金持ってきているんですか?」
本当に値段見てなかったのか…。どおりで遠慮がないと思った。
「お金は心配しなくていいよ」
師匠を見て学んだことだが、血の契約書にサインをすれば後日納金という形にしてもらえるはずだ。
「おまたせしましたわ。こちらが品物なのですけれど、お支払いはどういたしますか?」
「契約を交わして、後日一括でお支払いさせていただきます」
「かしこまりました。では、こちらをどうぞ」
専用の契約書に名前と期日を記入し、血を1滴垂らす。
契約書を確認した店員は高級感溢れる赤い紙袋を渡してきた。
「ご購入ありがとうございました」
「では僕らはこれで」
「ええ、またのご来店をお待ちしておりますわ」
店の扉を閉じた瞬間、エイノアが口を開く。
「ごめんなさい。私、選ぶのに夢中で値段見ていませんでした」
「全然いいよ。俺が買ったわけじゃないけど、実はエイノアがつけているネックレスよりは安いしね」
「えっ!?」
俺の言葉にエイノアは驚いて自分が身につけているネックレスを出す。
派手ではなく宝石もついていないネックレス。少々失礼かもしれないがまったく値段に釣り合っているように見えない。
「宝石もついてないしそうは見えないだろう?俺も最初値段を聞いたときはビックリしたよ」
「そういえば、私の服とかネックレスとかを買った人って、一体誰なんですか?」
「俺の師匠さ。生前、自分にエイノアくらいの年の孫がいるって想像して、大量に物を買っていたんだよ」
「生前っていうことは、もう」
「だいぶ前にね」
「…これ、私が着ても良いものなのでしょうか」
「勿論。エイノアが着れば師匠も嬉しがると思うよ」
「…そうなら、私も嬉しいです……」
俯き表情が見えにくいが、ちらと覗いた横顔は微笑んでいるように見えた。
用も済んだし、後は町の案内でもしようかな。どうしよう、俺もこの町に詳しいわけではないが、景色のきれいな所くらいは_
「私にそんなおばあちゃんがいたらな…」
…………。
誰に言ったわけでもない。空気にすぐさま溶けるような、ただぽろと出た呟き。
そんなエイノアの呟きにえも言われぬ苦しみを覚える。
…まぁ……そう思うよな………。
歪みそうになる顔を努めて明るくし口を開く。
「用事は済んだし少し町を見て歩いて…今日はもう、帰ろうか。出店の食べ物も美味しいものが多いんだ」
「いいですね、そうしましょう」
……ごめんねエイノア。もう少し、もう少しだけ俺のわがままに付き合ってくれ。
エジィリィ
「最後まで読んでいただきありがとうございます」
エイノア
「良かったら感想、ブックマーク、評価等よろしくおねがいします!」
エジィリィ・エイノア
「それでは、またのご来店を心よりお待ち申し上げております!」
【小話】
エイノア
「そういえば、店員さんとお話をしているとき、品物には全て魔力加工が施されているって言ってましたよ」
エジィリィ
「へぇ…。びっくりする程値段が高いのはそれが理由なのかな?」
エイノア
「多分そうだと思うんですが……いったいどんな効果があるのでしょう?」
エジィリィ
「んー……あ、この紙見て」
エイノア
「…耐久性上昇と劣化の防止……それに幸運を寄せると書いてありますね。幸運、ですか」
エジィリィ
「ははっ。まぁ、買った以上は信じたほうが得だよね」
エイノア
「そう、ですね。前向きにいきましょうか」