治癒のポーション
途中、ポーション作成のシーンがありますが、長い説明が嫌いな方は中盤あたりまで流し読んでもらっても大丈夫だと思います。
早朝、朝早くからやっている果物屋を訪れる。
店主は優しい顔をしたお爺さんがしており、店は狭く薄暗い。
先にお金をお爺さんに渡し幾つもある深い緑の色をした箱の中から果物を沢山、持参したバッグに入れていく。
あれも、これも。エイノアの好みがわからない以上とりあえず様々な種類の果物をバッグに詰めていき……やがて、バッグが果物で埋まった。
さて、用は済んだし帰ろうか。
とこ、とこ、とこ…
朝霧漂う静けさに紛れて、日中人が多く集まる商業通りから離れていく。
朝はちょっと肌寒いな…
もうすぐ生誕祭もあるし、少し経てば物置の掃除の時期か…少し、面倒くさいな…。
物置とかした以前住んでいた家の散らかり具合に頭を悩ませつつ店までの帰路を歩いて数刻、店の入口ではないもう一つの玄関についた。
ガチャ…
ドアを開け中に入ると昨日までは聞こえる筈のなかった言葉が聞こえてきた。
「おかえりなさい、師匠」
もう十数年聞いていなかったその言葉に少しドキリとする。
…起きていたのか。
「あぁ、ただいま。じゃあ、朝食にしようか」
「はい」
…サク、サク、サク、サク、コト…
「なんかごめんね。俺、朝はいつも果物しか食べてないからさ。明日からは何を食べたい?」
朝ごはんが果物しかないことについて申し訳無ささを感じつつ、テーブルに置かれた大量の果物の皮を剥き皿に乗せていく。
「いえ、私も沢山食べる方ではないので果物だけで大丈夫ですよ」
「そうかい?昨日も言ったとおり遠慮いらないよ?」
「いえ、遠慮なんてしてませんよ。それに私、果物好きですし」
「そっか」
嘘をついているようにも見えないのでひとまずは安心する。
けど、これからもっと寒くなるし…これからは温かいスープを朝食にするようにしようかな。
コト……
最後の果物を切り終わり、ふと忘れていたことを思い出す。
「あぁそうだ。エイノア、君にこれをあげよう」
「こへは?」
返事を返してくれるのは有り難いけど、口にものが入っている時に喋るのははしたないよ。
「フード付きのロングマントとポーション用のレッグポーチ、そっちはペストマスクって言うらしいよ。全部魔力付加加工が施されてる特注品だから、装備として使ってね。色々機能があるから、使い方はこっちの紙を確認して」
「分かりました」
「ちなみに今日の予定だけど、調合の勉強をしつつ店の手伝いをしてもらおうと思ってるからそのつもりで」
エイノアは俺の言葉に返事をしながら果物を口に入れる。そんな奴隷としてはありえない行動を見て、昨日感じた疑問が蘇る。
「ねぇエイノア。そういえば、何でそうも簡単に俺の言葉を信じたんだい?普通、奴隷の身分で遠慮するなって言われても困惑すると思うんだけど…」
そう何となく聞いてみると、エイノアは食事の手を止めほんの少しだけ考える素振りをする。
「…実は、空見の魔眼で嘘をついているかどうかわかるんです。嘘をつくと、体内魔力がちょっとゆらぎますから」
あぁ、なる程。魔眼の力で俺が発した『遠慮をするな』『お前は奴隷ではなくなった』といった言葉が嘘か真か分かったわけか。
そうなると、あの人の異様なまでの感の良さにも納得がいくな…。
けど…嘘がわかる、か…。少し厄介だな…。
「成程ね…。あぁそうだ、店に出る前にいくつか働いている最中に守ってほしいルールを決めたいんだけど、いいかい?」
「ルールですか?」
「ああ、働いている間は渡した装備をつけるっていうのもそのルールの一つだよ」
「なる程…。他はどういったことでしょうか」
「俺は偶にAのポーションと言いつつBのポーションを渡すときがある。そういう時、お客さんがいる間は『どうしてBのポーションを売ったんだ』って聞いちゃだめだ」
「どうしてですか?」
「お客さんがいる前で言ったら信用を失うだろう?」
「でもどうして違うポーションを?」
「んーー、理由はその時々で違うからなんとも言えない。聞いてくれればその都度教えるよ」
「分かりました」
「後は何が起こっても動じちゃいけない。本当にたまに殺されかけるんだけど、その時君が動じたらややこしくなるからね。何が起こっても、黙ってその場を過ごすか、『治癒のポーションはいりますか?』って聞くだけに留めてくれ」
「それ、師匠は大丈夫なんですか?」
「ああ、大丈夫だよ。俺の気味の悪さはこの国でもトップクラスって言われているからね」
「…それは、いいことなのでしょうか」
「不名誉極まりないよ。でもその不名誉に助けられている部分もあるから、良し悪しで言うならいいことなんだとおもうよ。さ、食べ終わったのならこのポーションと水で口をすすいで開店の準備だ。」
「このポーションは?」
「口内の食べかすとか歯の病気の元とかを消して、歯を守るコーディングができるポーション。売ってないし、名前はないよ」
「なんというか…何でもありますね」
「まぁ、生活が楽になるものは積極的に作っているから、なんでもあるように感じると思うよ」
余談だが。口内を傷つけずにいらないものを一瞬で消し溶かさなければならなかったため、このポーション作るのには少し苦労した。
…さて、口もすすいだし、行くか。
…
………
「____。で、最後に店の入口についているこの看板をオープンの方に裏返せば準備完了だよ。どうだい?覚えられそうかい?」
「大丈夫です」
「そっか、分かんなくなったら逐一聞いてね」
「はい」
さて、いつもより少し遅いけど開店は完了した。
この後も暫くは暇だろうし、次は調合の勉強をしてもらおうかな。
そう考え、カウンターの奥にある部屋のテーブルに、簡易調合セットを設置する。
「さ、調合の勉強だ。ここに座って」
がたっ…ことっ…
家の中、そして家の外も静かなため椅子を動かす音がやけに大きく感じられる。
「まずはエイノア、君は魔力はどういったものだと思う?」
「魔力、ですか。…確か、目に見えないすごく小さな生き物で、それがいっぱい集まると精霊になるとか。魔法はその小さな生き物に_」
「うん、それも一つの説だね」
真剣に答え始めたエイノアの話をわざと遮る。
「説、ですか?」
「ああ。人は今まで何千年もの間魔力というものを解明しようとし続けていたけど、未だに使い方がほんの少し分かっただけで、その正体は殆ど分かっていないんだ」
「では師匠はどう考えているんですか?」
「さあ?魔力はこういうものだ、何て決めつけていると、それは時として研究の妨げになるからね。だからエイノアも余計な固定観念は捨てた方がいいよ」
「な、なるほど」
魔力についての座学が始まると考えていたエイノアは少し面食らったように返事を返した。
「でもさ、エイノアは実際魔力を認識できるんだろう?どんなものなんだい?」
「どう、と言われましても…ただ、魔力が宙を漂っているとしか…」
「なるほどね」
空見の魔眼の保持者は本当に同じ反応しかしないんだな…。
「ま、それはおいておいて。ポーション調合において魔力は必要不可欠な存在なんだ。様々な材料に含まれる魔力を混ざり合わせて作る魔力物品がポーションだからね」
「魔力のこもっている丸薬とかとはどう違うんですか?」
「固形が薬、液体がポーション、魔力の状態のまま何かを起こすのが魔法だと思ってくれていいよ」
「なる程…」
「魔法は使えるらしいし薬は専門外だからそれらの説明はおいておいて、今はポーションに使う材料と旧型の治癒のポーションの作成をしようか」
「え、知識的な勉強はやらないんですか?」
本当は知識的な勉強を先に沢山やろうと思っていたしそのための資料集もあるのだが……今こうしてエイノアと対面してみると嫌でもわかってしまう。『俺に教師の真似事なんてできるはずもない』と。
まぁ、習うより慣れろって言葉がどこかの国であるらしいし、なんとかなるだろう。
「うん。やってればそのうち知識も身につくし、信用できる資料集をあげるから。知識的な勉強はそっちでやっておくれ」
「分かりました」
「あぁでも、わからないことがあったら何でも聞いてね。さ、じゃあ作っていこうか」
そう言いつつ
透明な液体が入ったコップと
緑色の液体が入ったコップと
透明な液体が入った蓋付きの瓶と
白色の液体が入ったコップをエイノアの前に置き、一つずつ指を指しながら短く説明をしていく。
「材料は4つだけ。透明な液体が調和水、こっちの緑色の液体が治癒草の葉をこっちの瓶に入っている魔力水で煎じたもで、白色の液体が浸透水だよ。治癒草は知っているかい?」
「はい。葉っぱを洗って傷口につけておくと治りが早くなるんですよね」
「正解。この治癒草が旧型治癒ポーションの主原料なんだ。詳しくは自分で資料を読んでおいて、相場とかも乗ってるから。じゃあさっそく、この治癒草の葉を切り取ってくれるかい?」
「こう、ですか?」
「いい感じだよ。次はそれを魔力水で煎じるんだけど。この魔力水が曲者でね、蓋を開けると空中の魔力を吸い取ってすぐ駄目になってしまうんだ。だから予め加熱用ランプで中身を熱してから蓋を開けてスムーズ煎じないといけない。ついでに煎じすぎると駄目になる」
「お手本とか見せてもらえないんですか?」
「ん、確かにそうだ。じゃあ説明しながらやってみせるから色に注目して見てみて」
加熱台にランプを設置して上段に魔力水が入った瓶を置く。
ランプに火を付け1刻(3分)ほど加熱する。
ぷく、ぷく、と泡が出始めたら耐熱手袋を使って蓋を開け、治癒草の葉を入れる。
すると徐々に濁りが出ていき、全体的に薄緑色になってきたら加熱台から下ろす。
それからゆっくり瓶を揺らし回す。
少しすると色が少し濃い目の緑色に安定する。
「後はこの中の不純物を漉して取り除けば完成。割と簡単そうだろう?」
「…多分。いけます」
「いいね、じゃあやってみようか」
道具を渡されたエイノアは黙々と作業をしていく。
ポーション調合の中では初歩にして最も簡単な作業ではあるが、一度説明されただけで器用にこなしている。
飲み込みが早いな、行動に迷いがない。
……あぁ…。ここにいるのが俺じゃなくて、あの人のだったら良かったのにな…。
叶うことのない情景を想像しながら、エイノアのポーション作りを見守る。
「できた…!ど、どうですか…?」
「上出来だよ。じゃあ次は浸透水を作ろうか。こっちはすごい簡単。ピクティムの脊椎液をこっちの分離液一号をつかって必要なものだけを抽出して、それにこの人壊キノコを乾燥させたものの一部を溶かすだけだ。ただしキノコが固形のままだとただの毒だからしっかり溶かしてね」
「わかりました、やってみます……えっと、分離したものはどうやって分ければ…」
「あ、それは少し色の違う浮いている液体をスプーンで掬ってとるんだ。掬った液体は要らないから捨てていいよ」
「なる程……この乾燥させたやつって素手で触って大丈夫なんですか?」
「できればやめたほうがいいね。こっちのスプーンで掬っていれてくれ、一回だけでいいよ。そう、そのままかき混ぜて」
浸透水制作も心配要らなさそうだな。今度ピクティムの解剖も教えようか。
「いい感じ、それで完成だよ。調和水と魔力水は作るのが難しいから、今度教えてあげるよ」
「分かりました。でも、魔力水って色んな所で売ってますよね」
「まぁね、この2つはモノ作りに必須だからどこにでも売っているよ。ただ、調和水は普通、天然で取れたものしか売られてなくて、常識では作成不可能なモノになっているんだ」
「師匠は作れるんですよね?」
「まぁ、譲り受けた技術だけどね」
「え、師匠って師匠がいるんですか?」
「いた、かな。まぁ気が向いたら話してあげるよ。さ、次はいよいよポーションの調合だよ。集中していこう」
「…わかりました」
潔く引き下がってくれてよかった。いつボロが出るかわらないからあまりあの人の話はしたくないんだなぁ。
「じゃあ調合をしていこうか。まずはお手本を見せるからしっかり見ててね」
まずは大口の瓶に浸透水とおんなじ量の調和水を入れる。
瓶を加熱代に設置して加熱し、泡が出始めたあたりで火を止める。
そしてそこに、かき混ぜながら緑色の水をすこしずつ入れていく。
この時、入れすぎたり温度が最適なものから遠のくとすぐに駄目になるから細心の注意を払う。
色が変化していき、薄いピンク色になれば完成。
温度調節か配分量を間違えるとピンク色から遠のいていき失敗となる。
「エイノアは初めてやるから、こっちのメモリがついた瓶でしっかり計量して、品質こそ落ちるけどやりやすい様に少し高めの温度で始めようか」
「分かりまた」
さて、いよいよエイノアの初めての調合だ。
何故か俺まで緊張してきた。
浸透水と調和水を混ぜたものから泡が出始める。
「あと少し……うん、もう火を止めていいよ。ここからはスピード勝負だ。でも焦ったらすぐに駄目にしちゃうから気をつけてね」
「はい……」
少しずつ、少しずつ。慎重に入れていく。
「かき混ぜる手を止めないで」
「!」
「焦らず、ゆっくり」
色が少しずつ変化していき、ついにピンクに近づく。
「ストップ。もういいよ」
「でも、まだ師匠が作ったものより色が濃いままですよ」
「いや、これ以上やっても濃くなる一方だよ。今の状態が一番いいんだ」
「そう…ですか」
「まぁ落ち込むことはないよ。初めてにしては上出来だからね。それで…なんだ、俺にこのポーションを売ってくれないかい?まぁ、初めて作ったポーションだし、記念に取っておきたいって言うのなら全然いいんだけど」
エイノアは少し考えてから
「いいですよ。お代は結構です」と言ってくれた。
「ありがとう。それじゃあ_」
カラン、カラン…
言葉の途中で店のドアについたベルが鳴る音がした。
「お客さんが来たようだ。片付けはいいからお客さんのとこに行こうか」
「はい。ちょっと、緊張しますね…」
「そうかい?まぁ、エイノアは俺の接客を見てるだけでいいから、ルールだけに気をつけてくれればいいよ。」
店へと通じるドアを開けると初老の女性が商品棚を眺めているところだった。たまに見る人だ。
眺めている棚から買おうとしているのが治癒のポーションだと予測できる。低級の治癒のポーションは安価で、一般人には最も需要が高いものになっている。
「いらっしゃいませ。今日はどんな物をお求めで?」
「あら、店主さん…と、新しい店員さん?」
「ええ、今日から住み込みで働くことになったエイノアです。ほら、挨拶して」
「こ、こんにちは」
「あら、綺麗な声。顔を隠しているのがもったいないわ」
「ははは。まぁ、諸事情と言うやつです。お気になさらず」
「そうなの?まぁ、人様の事情においそれと踏み込むものじゃないしね。…それで、今日は指を包丁で切ってしまったの、これから友達と買い物に行くのだけれど、傷があるとあれでしょう?」
「なるほど、手を見せていただいても?」
「ええ」
右手の人差し指に小さな切り傷、ポーションを取る手がいつも左手だったし、やっぱりこの人は左利きなのだろう。
傷以外に気になることといえば、手のシワや浮き出た血管なのだが…。
セットで美容に使えるポーションもいくつかオススメしようかな?いやでも、身につけている服は安く少し古めのものだと思うし、贅沢できる資金は無さそうだな。
安めのものは買ってくれるかもしれないけど、エイノアに教えたいこともあるし余計に時間をかけるのはやめておこうか。
「あんまり真剣に見るから、何だか恥ずかしくなってきちゃった」
「ではこのくらいで、切り傷は治癒の4級ポーションの小瓶で十分ですね。予備は買いますか?」
「ええ、小瓶を一つだけ予備で買うわ」
「かしこまりました。二つで600ルピーですが、一つここで使って瓶をお返しいただけるのなら450ルピーに値下げしますが、いかがなさいますか?」
「あらそう?ならそれでお願いするわ」
「かしこまりました」
棚から浅緋色の液体が入った小瓶を二つ取り出して、うち一つを了承を得てから液体が床に落ちないようにハンカチをそえつつ客の指にそっとたらす。
傷口がふさがったのを確認してから、手に色が残らないように指先を優しく拭きとる。
「ありがとう。これ、お代ね」
「はい、確かに。またのご利用をお待ちしてます」
カラン、カラン…
優しく扉をしてめ女性は帰っていった。
エイノアが来てから初めての売買が完了した。
さて…と、俺は感想を聞こうとエイノアに体を向け口を開く。
「何となく雰囲気は掴めた?」
「はい。私が作ったのとは色が違っていましたが、あれが新型の治癒のポーションなんですか?」
「そう、旧型は治癒の最中にすごく痛痒くなるんだ。それと違って新型は少しの間痛覚を麻痺させてくれるから痛みを感じなくなるんだよ」
「なるほど…商品に値札が無いのはどうしてですか?」
「ポーションの値段はその時々の物価や相手によって変わるんだ。それも今度勉強しよう_」
カラン!カラン!カラン!
俺の話を遮るように、今度は筋肉隆々の大柄な男が笑顔で勢いよく入ってきた。
常連のなんでも屋のおじさんだ。特徴としてはスキンヘッドで声が大きくいつも笑顔なことが挙げられるだろう。
お目当ての品は治癒か、解毒か、毒か、力か、まぁそのあたりだろう。
「よう薬売り!4級と3級の治癒のポーションを3本ずつくれ!」
「いらっしゃい。また中瓶でいいのかい?」
「ああ、それで頼む!ん?そっちのちっこいのは新入りか?」
「ああ、今日から入ってもらってるんだ。あそうだエイノア、この人相手に接客をしてみな」
「えぇ!?」
「はっはっは!いいぜ!可愛い声した嬢ちゃん!おらぁ小せえ事でキレたりしねぇからな!遠慮なしにやってみな!」
「ほら、本人もこう言ってるし」
「じゃ、じゃあ…」
見ているだけでいいと言っておいて何だが、体のいい練習相手が来たので前言を撤回した。
そんな俺の無茶振りを引き受けたエイノアは、文句の一つも言わず昨日俺が作った各ポーションの原価と値段の表を見てから口を開く。
「えっと、計六本で1,503,000ルピーですね。以前購入された時の瓶があれば少しおやすくなりますよ」
「あぁ、あれな!売っちまったよ!」
「では1,503,000ルピーですね」
「えぇーたけぇよぉ!もちっと負けてくんね?」
「えっ…!?」
エイノアは交渉をふっかけられたことに驚きつつ俺を見る。
顔はマスクのせいで見えないが『どうすればいい?』とうったえているのはわかる。
おじさんは今日は安く変えると思ってニヤニヤしているけど…まぁ、結果はどうなっても良いし好きなようにやらせてみるか。
「好きなようにやってみな。どんな結果になっても構わないよ」
「……で、では1,502,000ルピーでどうでしょう」
「全然安くなってねぇーじゃねぇか!せめて100万にしてくれ!」
「それは安すぎです。せめて1,500,000ルピーまでです!」
「えぇー。150万って割と大金なんだぜ?せめて120万でてをうってくれねぇか?」
一呼吸ほどの沈黙。エイノアはじっと相場や原価などが書いてある紙を見つめている。
「…1,400,000ルピーなら、お売りします」
「ん〜〜わかった!それで妥協しようじゃねぇか!」
瓶を紙袋にいれ、金貨14枚と交換する。
その間に会話はなかったが店を出るときの男はいつもより笑顔だった。
「駄目…でした?」
「いや?1,400,000ルピーなら全然悪くない結果だと思うよ」
「でも、治癒4級の中瓶100本分ですよね」
「確かにそうだけど、原価を考えれば80万弱の黒字だ。それだけあれば、四か月は余裕で生活ができるよ」
「四か月も…」
「そ、まだ店を開けてばかりでそれだけの儲けが出た。落ち込むことはないさ。それにそのうち慣れる」
けれど、俺の言葉も虚しくエイノアはまだ浮かない雰囲気をしている。
こういう時、なんて声をかければいいのだろう。お金には困っていないし、そう気を落とされるとちょっぴり困ってしまうんだけどな…。
そう、考えをつのらせていると、不意に「師匠だったらいくらで売りました?」と声をかけられる。
そうきたか…個人的に、人と比べる事は好まないんだけど…。
「あんまり人と比べるものじゃないよ。でもそうだな。俺だったら最初に300万っていうかな」
「えっ!?そんなに高く?」
「実はね、この世界で『調合師』って名乗れる人は多くないんだ。何故なら、大抵の人はポーションを作ろうと思っても4級、どれだけ頑張っても3級が限度だから、ポーションを作るだけで生計をたてるのは難しいんだ。だから普通は錬金術師になって、錬金術で作った物を売るついでにポーションを売るというのが一般的なポーションの販売法なんだ。だからこそ3級以上のポーションは貴重で、それ売る人は大抵その時々の気分で値段をつける。それに、あの人は実は最近少し大きめの手柄をたてたみたいでね、頭も悪いし多分今日はいつもよりお金を渋らずに使ったと思うよ。そんな感じだから、情報が無い状態で売ったエイノアが俺と比べる事はしないように、いいね?」
俺の問に、彼女は少し考える素振りを見せた後に頷く。
「分かりました。でも…3級以上のポーションの調合ってそんなに難しいことなんですね……私にできるでしょうか?」
あの人の孫なんだ、きっとなんの問題もなくできるだろう。
問題は、俺に教える技量がない事だ。あの人の教えも、最後の授業から長い時間が経ち、様々な事を体験した今の俺ではそう鮮明に思い出せるものではない。
ま、そこはエイノアの才能を信じて頑張ってもらうしかないか。
はぁ……。情けない事に、きっと俺じゃあそう上手く教える事はできそうにないからな…。
「…できるよ、それは保証する。けど、俺とは違ってエイノアには優秀な師匠が居ないからね。俺の教えじゃあきっとすぐに2級や1級を作れるようにはならないと思うけど、愛想つかさずついてきてくれると嬉しいな」
「そんな、私には……」
エイノアは言葉をすべて言い切ることはなく口ごもる。
少し位は心を許した様に接してくれているけど、『買われた身、愛想尽かして何処かに行こうだなんて思っていない』なんて事を考えているんだろう。
「いや、いいんだ。君がここを離れて自分が思い描く人生をおくりたいと言うのなら、俺はそれを全力で支援するよ。だから、ここにいてもいいと思える期間だけここに居て、外に出たいというのなら、その時は言ってくれた方が俺としても嬉しいかな」
「………」
言葉はない。反応に困っているのだろう。
でも今はそれでいい。いつか'自分をみつけた時'に言葉をくれるなら…。
「さて、実は俺のお店はあまり人の出入りが多い方ではなくてね、きっとこれから暇だろうし、またポーションの作り方の勉強をやりに行こうか」
「分かりました」
…
………
……………
それから、接客の合間にポーション調合のことについて様々なことを勉強してもらった。
それ以外にも客の特徴等なんかも教えようと思ったけど、色んなこと一気にたくさん勉強して、調合のことについての知識があやふやになるのを避けたかったからやめた。
そして、日も落ちあたりが暗くなって少しした頃。
「さて、外が暗くなったし夕飯にしようか」
「分かりました。じゃあお店の看板を裏返してきますね」
「あ、それはいいんだ。この時間帯はどうせ人も入ってこないし、店自体は夜中までやるからね」
「夜中まで?でもそんなこと…」
「ちょっと危険だからエイノアにはやらせないつもりなんだよ」
夜は日中と違い人の道を外れた者やただの屑が主な客となる。
それ故に相応の危険が伴うためエイノアにはやらせないつもりだし、エイノアも命の危険がある中働きたくはないだろう。
「…絶対に、駄目でしょうか?私、やりたいです」
「え、本当に?結構危ないよ?」
「色んな人を見たいので」
「色んな人っていっても、夜は悪人くらいしか来ないよ?」
「それでもいいんです」
「んー………まぁ、エイノアがやりたいと言うんならいいんだけど」
「ありがとうございます!」
本人がやりたいというのならやらせてあげたいけど…いくら装備をつけていても危険だよなぁ…。断った方が良かったなかな?
不安を抱きながら仕事の合間に作っておいた、夕飯のピギードットの腹肉を使ったシチューを口に運ぶ。
「美味しい。昨日も思ったんですが、師匠って料理上手ですよね」
「えっ?あぁ、そうかな?確かに料理はポーションの調合と割と似てるから、少し得意かも」
「なる程、私も頑張れば美味しいご飯作れるようになるでしょうか?」
「あぁ、うん。必ず作れるようになるよ。エイノアはポーション調合の才能があると思うしね」
俺の返答にエイノアの顔が曇る。どうやら、考えている事を察っされたようだ。
「……そんなに心配ですか?私が夜にもお店を手伝うの」
「まぁね。人体実験する俺と同じくらい屑なやつが来るからね…。逆に心配じゃない要素がない」
「でも、どっちみち師匠と生活していけば、師匠に復讐するために私が襲われることもあると思うんです。その時のために相手がどんな人で、どんな自衛をすればいいか学んでおくのも重要じゃないですか?」
「……まあ、確かに」
はぁ…。腹くくるしかないか。うじうじ思考を割いていたら逆に危険に対処できなくなる。
「わかった。ごめんよ、うじうじ考えるよりエイノアに自衛手段を与えるべきだった。それじゃあ、ご飯食べ終わったら地下に行こうか。そこに色々あるからさ」
「分かりました」
……
…………
コツ…コツ…コツ…
コツ…コツ…コツ…
地下の通路に二人の足音が響く。
昨日使用した実験室より更に奥、厳重な施錠が幾つも施された部屋の鍵を一つ一つ外していく。
ぎぃぃぃぃ……
重い扉を開く。
部屋の壁は大量の収納棚に隠され、吐いた息が白く可視化されるほど気温が低い。
「ここは…?」
「俺が生み出した物の中でも、特に世に出しちゃいけないようなやつがしまってある部屋さ。俺が死んだらエイノアがここのポーションを適切な方法で処理してくれ。あ、使いたいものがあれば使ってもいいけどね」
「分かりました」
棚の中から一本、鈍色の液体が'数滴'入った、握りこぶし1つ分ほどの大きさの細長い瓶を取り出す。
「エイノア。ポーションの等級を下から順に言ってみて」
「えっと、4級、3級、2級、1級ですか?」
「うん、そうだね。でも正式に等級と表すことがないけど、4級以下の物品もあるだろう?」
「はい。確か、クズポーションと言われているんですよね」
「あぁそうだよ。じゃあ……1級より上のものはあると思うかい?」
「えっ、それは……師匠の言い方的にあると思います」
「うん、名推理だ」
先程棚から出したポーションをエイノアに渡す。
「これは……?」
「睡眠の天級気化ポーション、1級よりも高い性能をもつものだよ」
「物凄い危険物じゃないですか!確か条件が揃えば1級でも街の人全てを5日は眠らせることができるって書いてありましたよね?!」
「いいね。俺が渡した教材をよく読んでいるのがわかるよ」
「そこまで危険なものを使う必要性無くないですか?」
「1級だと煙が出るし鼻か口で吸ってもらわないと効果が出ないからね。その点これは、この特殊な加工を施したガラス以外は壁さえ貫通して血液と反応する、さらに色もない」
「それ、私含め関係のない人も巻き込みません?」
「ああ、だからこっちの小さな丸薬を口に入れといて欲しい」
「これで私は大丈夫だとしても関係のない人が眠っちゃうじゃないですか」
「入ってる量が少ないから大丈夫だよ。使用した近辺を除いてこれで眠る人はいない」
「本当ですか?」
「ああ。本当だよ」
「…それなら…まぁ」
エイノアは渋々といった表情で納得してポーションを受け取り、専用のレッグポーチにいれる。
「ポーチに入らない余ったポーションは部屋にでもおいておいて」
「分かりました。けどその…丸薬の方なんですけど、ずっと口に入れてると多分間違えて飲み込んじゃうと思います」
「んーまぁ、飲まなくても眠るだけだから、袋にでも入れておいて危険を感じたら口に入れればいいよ」
「分かりました」
後は…あったあった。俺が作った危険物の中でも最高傑作とも言えよう再誕の天級ポーション。
こんなもの、使ってほしくはないが……まぁ、死なれるよりはましか。
「後はこのポーションも持っておいて。でもこれを使うのは最後の手段だ。絶対に、命の危機を感じたときだけ使うんだよ」
「これは?」
「秘密。こっちは間違えて飲み込んだりしないようにね」
「危険なものなんですか?」
「危険、ではないけど。とりあえず最後の手段だから」
「分かりました」
後は渡しても拒否されそうだからいいか。
「じゃあ、店に戻ろうか」
「はい」
…
………
……………
店に戻り数時間が経った時、店のベルがカランカラン…となった。
今宵最初のお客さんは、昨日来店してくれた青年であった。
「お、おい!あんだろ?昨日の薬。よ、よこせよ。金は持ってきたぞ?」
声は焦燥感で震えている。もう、居ても立っても居られない様だ。
たった一瓶でこの中毒症状。
青年はもう、昨日までの青年ではなくなってしまったのだろう。
「あぁあるよ。だけど、昨日ちゃんと払ってくれなかったしね、今日は10000ルピー持っていることを確認しないと出さないよ」
「はあ!?ふざけんじゃねぇよ!あんならさっさと出せよ!!」
バンッ!!とカウンターを叩いて、大声で怒鳴り散らす。
この辺はあまり人が住んでいないとはいえ、夜にも関わらず少し遠慮というものがなさ過ぎではないだろうか。
「そんなに怒鳴っても俺は売らないよ。さ、1万ルピー出して」
「テメェ…!舐めた口聞いてんじゃねぇぞ!!」
ドッ…!!
鈍い音が店に響く。どうやらこの一瞬で青年の沸点は最高潮に達したらしい。
「分かったか!?また殴られたくなかったらさっさと薬を出せ!」
「何度も言わせないでくれ、1万ルピーを先に払ってくれないと出さな_」
ドッ…!!
今一度鈍い音が店に響く。
いっ……あー、口の中切れちゃったな…。
にしても…この子も強情だなぁ。あまり殴られ過ぎるとエイノアが声を出すかもしれないし…。どうしたものか。
「お金を持ってないのなら_」
「ちっ!」
ドッ…!!
また殴られ、今度は殴るだけに飽き足らず胸ぐらをきつく掴まれた。
せめて、最後まで言わせてほしいのだが…。
いやそれより、胸ぐらを掴んでいる手をどけてくれないかな?ちょっと苦しくなってきた。
「おい!そこに座っているやつ!テメェでもいい、さっさと薬を出しやがれ!」
「はぁ……」
おや、それはよろしくない。口で止める間もなくエイノアの腰が少し浮いてしまったし…。しかたがない、これくらいでやめておこうか。
青年にポーションを売ることを諦め、レッグポーチに付いてある瓶の蓋をそっと外す。
瓶の中の液体が一瞬で気化し、直後に青年が倒れた。
「師匠、こちらをどうぞ」
「ああ、ありがとう」
エイノアが渡してくれた治癒のポーションを口に含み、痛みが消えて少ししたら飲み込む。
「エイノア、少し腰を浮かせたろう?俺は大丈夫だから、次からは絶対に動いちゃいけないよ?」
「ですが…!……殴られている人を見たらじっとしていられません」
優しい子だ。
でも残念ながら、このポーション店では無用な感性でもある。
「もう一度言うよ、俺は大丈夫だから動かないこと。いい?」
「…分かりました」
「いい子だ。まぁ、ダメそうだったら目を瞑っておくれ」
「………」
納得はしていないようだけど、次から気をつけてくれるのならそれでいい。
さて、それじゃあこの青年を適当な所に捨ててこようか。
エジィリィ
「最後まで読んでいただきありがとうございます」
エイノア
「良かったら感想、ブックマーク、評価等よろしくおねがいします!」
エジィリィ・エイノア
「それでは、またのご来店を心よりお待ち申し上げております!」
エイノア
「師匠。私やっぱり、師匠があんなふうに殴られてるところ見たくないです」
エジィリィ
「そっか…。ごめんね、次からは直ぐに自衛するよ」
エイノア
「……今まで、ずっとあんな感じだったんですか?」
エジィリィ
「いや、そういうわけではないよ。俺の事を少し深くを知っている人であれば、手を出してくることはないんだけど…彼は道を踏み外して間もないみたいだからね。殴られたのは久しぶりだよ」
エイノア
「そうですか。…じゃあ、次あの人が来ても_」
エジィリィ
「大丈夫。わかってるよ。心配してくれてありがとう、エイノアは優しいね」