あ
カコッ、ポコポコポコポコ………
瓶から瓶へと移し変えられた液体が元々入っていた液体と反応し泡を発生させ、それと同時に2種類の半透明の液体が変色していき柔らかいエルムグリーンになる。
しかし…
「残念、失敗だね」
「…失敗、ですか……」
エイノアは作業の手を止め落胆した表情をしてこちらへ振り向く。
「うん、自分でもわかっているだろう?魔力が綺麗に反応していない。残念だけど、これじゃあこのまま続けてもお目当ての色にならないよ」
「……どこが駄目だったんでしょうか?」
今作っているのは3級『平穏のポーション』、服用者に鎮静作用を発し精神状態を安定させる物。また、それと同時に軽い脱力症状と痛覚麻痺を発生させる。
材料は乾燥させたモルヘネの根、浸透水、調和水、強濃度魔力水酸、重化合鎮静水の5つ。
材料が少ないが、強濃度魔力水酸と重化合鎮静水の化合が難しく面倒くさいし、モルヘネの根を使っている事で調合が難しい。
特に、魔力水酸と鎮静水の精製は技術的にもうワンランク上の物のため、今回は俺が精製したものを使っている。
モルヘネの乾燥に問題はなく、他の材料にも問題はなかった。
だから今回の失敗の原因は調合にある。
「そうだね、見た限り…まず材料にはなんの問題もなかったと思う。だから問題は調合の方にあるのだけど……モルヘネの根を粉末状する時にほんの少しムラがあったのと、その後のモルヘネを熱した強濃度魔力水酸に溶かす作業で、温度管理は良くできていたけど粉末を入れるペースがほんの少し一定じゃ無かった。っていうのが原因だと思う。その後にやった調和水と重化合鎮静水の合成と、合成させた鎮静水を蒸留する作業に問題はなかったよ」
「そんな早くに……って、それならそうと行ってくださいよぉ…!」
「ごめんごめん、エイノアならもしかしたらこのままいけるかもとか思っちゃった。それに、俺に言われて失敗に気づくより、今みたいに薄々でも自分で失敗に気づいた方がいいと思ってね」
理解はできるけど納得はできていないのか、少し頬を膨らませて失敗作を捨て新しい材料の用意を始めるエイノアに少し頬が緩む。
…さて、マルブさん居なくなったから今年は特にうるさそうだと思っていたけど、国が俺に攻撃してきた事を理由に今年も『連盟会議』に出席するのは拒否できそうだな……元々出席するつもりはなかったけど。
となると、生誕祭はエイノアと一緒に町を回ることができるということになる。エイノアが『普通』に近づく為にもお祭りの楽しさを知ってほしいし、店をしめて出かけるのは確定なんだけど……問題は俺が祭りに一度も行ったことが無いという事なんだよな。
いや、正確には小さい頃師匠と一緒に行ったとんだけど…もう10年以上前のことだからあの頃とは何もかもが違う。
「………」
準備を終え、黙々と調合を開始するエイノアの手元に注目しつつぐだぐだ考えていると、一つ残酷な結論に達した。
そもそも…俺、いらなくないか?
必ずしも二人で出かける必要はない。エイノアももしかしたら一人で祭りを楽しみたいかもしれない。
影から彼女の身を守ればなんの問題も………って、こんな提案をしたら多分、エイノア口聞いてくれなくなるよな…。
思い上がりかもしれなく、杞憂かもしれない。けれどその可能性がある以上あまり下手を打ちたくはない。
はぁぁ……。何か、それとなく相手の考えを聞き出せるポーション無いかな…?
………自白のポーションと忘却のポーションの組み合わせでいけるかな?それとなくではなくなるけど…。
…いやいや、いけるとしてもそれがやっていい事とは限らないだろう。寧ろ駄目な事のように思える。何というか、卑怯というかなんというか…あっ……!
「待ってエイノア。呼吸が少し乱れているよ、今のまま粉末を入れたらまた同じ失敗をしてしまう。一度深呼吸をしてから呼吸を整えな」
「すぅぅぅぅぅぅぅ………はぁぁぁぁぁぁぁ………………いきます…」
……さて、さっき失敗したところは今度は成功に終わった。次の2つの工程はさっき成功したから大丈夫だとして、さっき中断させた2つの液体の合成も作業自体に悪いところは見られなかったから…たった2日でまた成功かな?最後の浸透水との合成は流石に失敗いないだろうし。
で、何考えてたんだっけ?…あ、そうそう。……あぁでも、何かもう面倒くさいからいいや。どうせ生誕祭はやってくるんだし、成り行きで結局話すだろう。
そんなことより、平穏のポーションの調合が確実にできるようになったら、次は何を学んでもらおうかな?素材の解体技術か、自生している植物の見分け方か、調合によく使う液体の作成…は、今の技術で習得できそうなのは全部教えてたよな…?う〜ん…普通に新しくポーションの調合方法を学んでもらうのも良いかもだけど…もしもの時やっぱり素材の調達は……………。
そう、長々と考えを巡らせてしばらく経った頃、漸く調合が完了した。
「お疲れ様。成功だよ」
「あ、ありがとうございます…」
相当神経を研ぎ澄ましていたのか、エイノアの表情には疲労が感じられる。
「さて、少し休憩_」
「休憩をしよう」と言おうとした時、遠くでカランカランとベルの鳴る音がかすかに聞こえた。
この店に長く居たせいかベルの音にはすごく敏感になった。
「あぁ、お客さんが来たみたいだ。エイノアは休んでいてもいいけどどうする?」
「いえ、私も行きます。それ程疲れてもいませんしね」
「そっか。じゃあ行こうか」
日が最も高い位置に来るにはもう少しばかり時間がかかるくらいの時間に、一人の少女、いや外見の年齢で言えばエイノアと同じくらいであるため少女と言うのは少し不適切、強いて言うなら妙齢の女性がキョロキョロと店内を眺めていた。
ブロンドヘアーを結わずにストレートにして、白のオフショルダーのワンピースに薄い肌色のニットカーディガンを着たていて、少し底の厚いハイヒールを履いている。
鼻が高く、目からは凛々しいという様な雰囲気を覚える。
だがどこを見ても肌が荒れている様には見えないため美容のポーションを求めてきたという感じではなさそうだ。
加えて、ただポーションを眺めていた事からポーションについての知識がある様にも思えない。
「いらっしゃいませ。今日はどんな物をお求めで?」
カウンターに出てきた俺とエイノアに気づき向かってきた女性に声をかける。
怪我をしているようではなく急いる雰囲気も感じられないので治癒や解毒のポーションでは無いだろう。
さて、彼女は何を求めてここに来たのだろう。
「あの……その………」
口を開いた途端顔を少し赤らめあたふたした様子で口ごもる。
顔や歩き方から感じられる凛々しい雰囲気とはかけ離れたその様子に、少し困惑してしまう。
男と話す免疫がないのか…それとも男に話せる内容ではないのかな?
「エイノア、俺は少し席を外すから対応してくれるかな?」
「分かりました」
身につけているマスクが不気味でならないが、声で女性同士だっていう事は理解してくれただろうから、後はエイノアに任せるか。
「さて、俺は何をしようかな…」
❛
師匠が隣の部屋に移動して少ししてからお客さんに声をかける。
「今日は何をお求めで?」
緊張からか、恥ずかしさからか、目の前の子はまだ顔を赤らめている。
「焦らずとも構いません、落ち着いたら声をかけてください」
……綺麗な人…。師匠、もしかしたらこういう人の方がタイプなのかな?
それに、凛々しい顔してる癖に口を開いたらあたふたして、私までかわいいって思っちゃったし……私もギャップを…って、どう考えても手遅れか……。
目を瞑り何度も深呼吸して自分をどうにか落ち着かせようとしている彼女に思わず「ずるい……」と声を漏らしてしまう。
声は凄く小さかったし聞こえてはいないと思うけど……
ズルすぎでしょ…!何このかわいい人!狙ってやっているのならまだしも魔力の乱れ的にこの感じが素だし!!
はぁぁ……。こういう子の方がモテるよね、絶対。少なくとも……
そう考えつつ自分のこれまでの言動を思い浮かべる。
買われた次の日から食事ではしたない事をして、遠慮するなって言われたからって本当に何の遠慮もせずに師匠の行動を否定して、値札を見ずに師匠にネックレスを見繕って大金使わせて、少し意地悪に思えるようなかと言って、それから……
私、少しは自分を見つめ直した方がいいのかな…?
そう考えたところで、以前師匠に言われた言葉が脳裏によぎった。
『エイノアはいつも通りのエイノアで良いよ。取り繕っていない、自然体のエイノアが良いな』
彼は確かにそう言ってくれた。
そうだよ。そう言ってくれたんだから、私はきっと大丈夫だよね?
それより、私まで取り乱しちゃだめだ。お客さんの対応任されたんだから、ちゃんと果たさないと。
「その……私………良くない事だとわかって入るんですけど……ズルいと思うし、何ていうか……はしたないと思うんですけど……」
やっと喋ってくれたと思ったら物凄く歯切れが悪い。
それに、俯いてまた黙ってしまった。
「良くない事」「ずるい」「はしたない」か。いったい何をしたいのかはわからないけど…。
「ご安心ください。どんなご要望であれ、私達はお客様の考えを笑う事はありません。それに、はしたない欲望くらい誰でも持っていますし、それを解消しに来るお客様も多いですよ」
「……そう……ですか………」
少しだけ落ち着いた様にみえる。
「私……じやなくて…今度、生誕祭がありますよね…それで……」
生誕祭。
唯一神キリシュアンがこの世界を作ったとされる日を盛大に祝う祭り。この大陸の真人の殆どがキリシュアン教に加入しているため、大陸全土で開催されるといっても過言ではないくらい盛大に大規模に開催される。
また、この日に告白した者は必ず結ばれるという迷信もある。
生誕祭か…。師匠を一級に指定した神託を受けた巫女がいるキリシュアン教は正直苦手意識があるけど……迷信は結構気になってるんだねなぁ…。
「…私、その日に…こ、告白しようと思ってるんですけど……その、こく、はく、する前に…その、それとなく、彼が私の事をどう思っているか聞きたくて……その、気づかれない様に…ききたくて……」
顔を真っ赤にしながら漸く言い切った。
………そんなポーションあったらまず私が師匠に使うんだけどなぁ…。
「申し訳ございませんが当店にはそのような商品はございません。ただ、告白したあとに結果がそぐわなかったら忘却のポーションで忘れてもらうことならできますよ?」
「…それは……」
駄目、だよね…。正直私もこの方法は取りたくないから気持ちはわかる。でも、正直これくらいしか思いつかないな。
「もしくは魅力のポーションで確実に射止めることもできますよ」
「それは駄目です!」
「(!びっくりしたぁ…)申し訳ございません。出過ぎたことを」
「い、いえ、私こそごめんなさい」
そういって深く頭を下げられた。髪が床に付きそうで少しハラハラしてしまう。
「頭を上げてください。私は気にしてませんし、髪が汚れてしまいますよ」
「えっ…あっ…」
うーん…でもどうすればいいんだろう…。こういう純情な悩み……そういえば、情報屋の人に以前師匠が明鏡のポーションを売ってたよね…?あぁでも、この人の可愛さはきっとこのあたふたしたところにあるんだろうし、明鏡のポーションを使うのは良くないか…。
そもそも、それとなく聞き出すんだったらそれこそ情報屋でも使ったほうが良いと思うけど…。
そうだよ!ポーションで解決できないのなら!
「なら…!絶対に告白が成功するように生誕祭までお客様を私がサポートするというのはどうでしょう?」
「えっ?」
「幸い美容や栄養のポーション等はありますから肌を更にキレイにしたりすることはできます。そして彼の好み等をこちらで調べ、デート中何度も何度も彼をドキッとさせて当日確実に落とすんです!どうですか?」
「えっ…その……どうやって調べるんですか?」
「安心してください、私はその人に近づきませんよ。知り合いの男性の情報屋に調べて貰いまして、その情報をお客様に渡します。彼の好きな髪型、メイク、服装、仕草、きっと何でも調べてくれますよ…!」
何だか言っている内に楽しくなってしまって凄く押しが強い感じになってしまった。
師匠に冷静にしていろって言われていたのに。
「お金って…どれくらい必要ですか?」
「そう、ですね…凄くお安くして5万ルピーで構いません。駄目だったらお金をお返しします。これは単純に、私が協力したいと思ったことなので」
彼女は俯き少しの間考えた後、また深く頭を下げてきた。
「よろしく…お願いします…」
「はい!任せてください!」
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