さて、ある程度状況は整った。
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_しゃ__
声が聞こえる
ゆう__ま
元気な笑顔が可愛らしい、あの少女の声が
「勇者さま!!」
彼女の声に呼応する様に瞼をひらく。
一斉に飛び込んでくる光に圧倒され反射的に目を細めるが、落ち着き、再度目を開ける。
泣きそうな顔で俺に覆い被さる様にして声をかけてくれていたミアの姿が視界一杯に映る。
『レティシエは……?』と、つい彼女の事を目で探すと、ミアで隠れていたがかろうじてレティシエの姿を見つけることができた。
「勇者さま!!!」
「おはよう、ミア、レティシエ」
「お目覚めになられたのですね。よかった……どんどん鼓動が弱っていきましたから、もしもの事があったらどうしようかと怖くて怖くて……でも、安心しました」
そう言って目を潤ませる彼女に俺も心が痛くなる。
だからこそこれ以上心配かけまいと、泥沼に浸かっているように重い体を、そう悟られないように必死に体を起こす。
ここは…確か治療所、病院の様なところだよな…?気を失った俺を誰かがここまで運んできてくれたのか。
そう理解すると共に、アズリーに手も足もなくあしらわれた記憶が蘇り、思わず掛け布団を握ってしまう。
いや、今は皆無事である事を喜んだほうがいいんだよな…。…そうだ、体は怠けど問題はなさそう何だから、二人にそう伝えないと。
俯いた視線を二人に向け直し、二人を安心させようと笑顔を作って声を発する。
「心配かけちゃったみたいだね。でも、俺は大丈夫だよ」
「ゆうじゃざまぁ〜わだじぃ〜ゆうじゃざまがじんじゃうがどおもっで〜」
「泣かないで、俺は死んだりしないから」
そんな言葉でミアが落ち着くわけもなく。
感情に埋もれて、俺に抱きつきながらどうしようもなく溢れる涙を流すミアの背中をそっと擦り、俺達はただ、ミアが落ち着くのを待つ。
それから、20分くらいがたった。
ミアは少ししゃくりあげているものの話ができるくらいは落ち着いたので、ずっと頭に浮かんでいた疑問を投げかける。
「それで、どうして俺達は生きてるのかな?正直、殺されてもおかしくなかったけど…」
「それは…実はアズ_」
「実際に!勇者様は先程亡くなりそうでしたけどね。どうやら、あの男はもう少し私達を泳がせておくことにしたらしいです。ですが、騎士の方々は見せしめにと4人殺されました」
「そっか……」
騎士の人が4人も……。俺がもっと強ければ、誰も殺されなかったのにな……。
それに、油断しなければもっとやれた筈だ。これじゃぁ良いとこ無しじゃないか…!レティシエにもっといいところ見せたいのに…。
自然と掛け布団を握る手に力が入り顔が熱くなる。
レティシエに失望されたらどうしようという不安ばかりが頭に伝う。
そんな不安のせいでレティシエが話してくれている事に集中できず、終始彼女の視線に気がそれた。
そればかりで、俺はミアが何か言いたいことがあるのに気づいてやれなかった。
❜
❛
黄昏時。
普段は仕事が一段落付きトッドが淹れてくれた紅茶で心の休ませている時間帯だが、今は別の事柄でホッと胸を撫で下ろした。
「そうか…アイツは大人しく帰ったか……」
部下からの情報を聞き安堵のため息を漏らす。
今日行われたアズリーの討伐作戦が失敗に終わったと聞いた時は胸を押し潰すような不安にかられ、エイノアを負傷させたと聞いたときは今すぐにでも部屋を飛び出したくなったが、どうやらヤツは慈悲というものを理解できるくらいには人に近づいた様だ。
「ラコロンド様、私としては自らの巣に帰って力をつけた後我々に報復するのではと考えてしまうのですが……」
部下の漏らす不安も最もだが……。
「いや、奥の手を使ったヤツであれば一国を滅ぼすなど造作も無い筈だ。特に、今のこの国であればな。ならば今回は見逃すと言ったヤツの言葉は本当だろう」
そう告げても部下の顔色が良くなることはなかった。
まぁ、気持ちはわかるがな。
化け物共が考えている事は逐一理解できん。襲撃を受け、仕返す力もありながらそれを許すなど……強者故の余裕なのかと知れないが、報復をされなかった事で馬鹿共がもう一騒ぎ起こすかもとは考えないのか?
コト……
脳に浮かぶ不安を流す家のように紅茶を口に含む。
疲れた頭に染み渡る旨味を堪能し、気が抜けたからか「はぁぁ……」と大きく溜息をつき言葉を続ける。
「不安な気持ちは理解できる。が、これに限ってはどうにもならん。後悔しても意味がないのだから我々は更に状況が悪化しないよう前を向くしかないだろう。まずは上流階級の者の内情を探れ、特に以前リストアップした馬鹿共を重点的にな。他は一先ず後回しだ。兎に角今はこれ以上アイツに接触する奴を増やすな」
「…了解しました」
頭を下げ部屋から退出する部下を見送り、渡された書類に再度目を通す。
ヤツは一度騎士団全員を殺そうとしたが思いとどまったと、確かにそう書かれている。
「はぁぁ……」
「エイノア様は、余程アズリー様に良い影響を与えているようですね」
声の主、トッドの方へ視線を逸らす。
あいも変わらず綺麗な佇まいと、いつにも増してにこやかな表情のコイツの危機感の無さに少々羨ましさをいだきつつ共感の声をあげる。
「ああ。本当に、感謝してもしきれないな。国の英雄だと讃えてやりたいくらいだ」
ヤツの行動が予測出来ず、何のアクションも出来ない俺達とは違って、彼女は自身の思うがままにヤツと暮らし、そしてヤツに良い影響を与えている。
俺達にできないことをほぼ完璧にこなしている。
「が、あの二人がお互いに依存しあってはそれはそれでまずい。出来れば、ヤツが人並の感性を身につけたあとに'事故死'してくれれば良いんだがな」
「………あまり、滅多な事をいうのは__」
「分かっている。分かってはいるが…やはり民の事を思うとそうなった方が都合が良いのも事実だろう」
「らしくありませんね。そう弱気でいると、悪い気がよってきますよ」
随分あの二人に肩入れしているなと考えつつも、「それもそうだな」と、一度深く呼吸をして再度口を開く。
不安から開放された余韻に浸っている時間はない。
「俺も仕事にかかる。外出の用意をしろ」
「畏まりました」
❜
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「___以上が、イーディンからの報告である。…さて、巫女よ、お前の見解が聞きたい」
はぁ……やっと終わった、要らない補足説明まで懇切丁寧に長々と…ほんと、よく噛まずに言えるものね。
で、見解だっけ?どうせ予想できている癖に態々口に出させないでくれると嬉しいのだけど……仕方ないか。
こんなクソ詰まんねぇ話より、帰って爪の手入れをしたいなぁ…と考えつつ、調合師アズリー討伐作戦についての話を長々と話してくれたブランシエラ教皇の目を見返し口を開く。
「……まず、今回の強襲についてこれ以上は手を出してこないでしょう。あの方がエイノアち……エイノアと言う少女に好意を持っているのは確実です、私達に構うのが面倒くさいのでしょう」
「誓約魔法についてはどう考えている?」
「有効でしょうね。ですが有効なだけです、剣の達人に自分の剣を当てれば倒せるとしても、その剣が当たらないという話になるでしょう」
「不意を突くという手段を用いた場合はどうだ?いや、違うな。不意をついてアズリーに誓約魔法を当てれば殺せるだろう」
私の力を頼る為に態々言い方を変えた教皇の言葉に'真意の魔眼を作用させる'。
ふふふ。本当にいつも一歩遅いのよね。平和ボケしていた昨日までのアズリー君に綿密な計画を建てて討伐を実行すれば殺せていた可能性もあったのに。
「残念ながら。アズリー君、今回の件で相当警戒心を強めたみたいです」
私の言葉に鼻息と共に「んーー……」と低い声を漏らす。
これからもう一度アズリーを殺そうと画策するのも、別の一級をターゲットにするのもどっちでもいいけれど……
エイノアちゃんが傷つくのは嫌だなぁ。
アズリー君が死んで精神的に追い詰められるのはいいけど……ふふっ、寧ろそうすればきっとあの子は私のものになるわ…!
そこまで妄想した時、魔眼が勝手に私の欲望を否定した。
はぁぁ……。幻想種が揃ったことで今の魔眼が強化されたのはいいけど、やりたい事を無理だと否定されるのは本当にクソみたいな気分ね。
「巫女よ」
今までになく重々しい口調で発せられた教皇の声にハッとなり頭を上げる。
「なんでしょう」
「幻創種が'また一体揃った'今、お前はどれだけ見ることができるのだ?」
私の魔眼の事への疑問だろう。
オラクル一族がもつ特異な能力。私が持つのは『予言』御神より賜る神託を人に伝え、導くために最善を選び取る為の力。
理由は不明だがその力が魔眼と融合したことで、多少の誓約はあれど私は好きに未来を見通すことができるようになった。
しかし、幻創種が1体絶命した時、この力は減衰し見通せないことも増えてきたのだが…。
では、減った幻創種が元に戻り力を取り戻した私の魔眼は、一体どれ程まで見通すことができるようになったのか。
うーん…。多分今なら完璧に全部見渡せるけど…正直、未来がわかるのって退屈なのよねぇ……。
いったら絶対『力』を酷使させられるし……
「そう、ですね…。確かに強化はされた様ですが、あまり大きく変化したようには思えません。精々少し見る事のできる未来が増えた程度でしょう」
「そうか……」
私の嘘に教皇は落胆したように声を漏らす。
そういえば、私の力が魔眼と融合してから、このじぃさんやけに私の力の強化に執着しているのよね……。
まぁ、どうせ深い意味なんて無いでしょ。そんな事より、これ以上追求されてボロを出したくないしここは話をそらそうかしら。
そう思い、ずっと疑問だった事を口にする。
「私から一つ質問があるのですが」
「…なんだ?」
「何故、虚偽の神託を報告するまでして、この国の方を焚き付けたのでしょうか」
そう。元々あんな神託なんて下っていなかった。教皇の命令で私はありもしない神託を彼等に告げたのだ。
これまでにも虚偽の神託報告で様々な人を騙してきたが、今回のはそれ等とはわけが違う。
何故なら一歩間違えばこの国の、最悪この星の文明が滅ぼされてもおかしくなかったからだ。
であればどうして、ブランシエラ教皇はこんな危ない橋を渡ったのだろうか。
「最善の未来を掴み取るためだ。それ以上でもそれ以下でも無い」
「最善の未来?」
彼の言葉に嘘はなかった。
最善の未来。今まで興味を持っていなかったが、教皇というくらいだからオラクル一族の様に何か力を持っているのだろうか。
「ああ。…時間も時間だ。近いうちに聖皇国に帰る故、その準備をする為にも今日は解散としよう」
「…分かりました。では、私はこれで」
そう言って席を立ち、部屋を後にする。
濁されたけど、一応情報が無いわけでもないし、後は魔眼を繰り返し使用すれば真実に辿り着ける。
さてじぃさん、あんたはその胸のうちで何を考えているのかしら?
そう考えた時、頭に鈍い痛みが走り私は意識を手放した。
❜
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「どうするのです!あの化け物用に訓練させた騎士達でさえ敗北したのですぞ!!これでは__」
「落ち着け…!!まだヤツを殺せぬと決まったわけじゃない、報告では追い詰めることができたと書いてあるではないか」
夜も更けた頃、
暗い部屋で10名を超える男達が集まり何かを話し合っている。
しかし、話し合いに似つかわしくない程に男達は気を荒らげ、不穏と焦燥に駆られた表情をしている。
「見せかけのものかもしれぬとも書いているではないか!」
「そ、そうです!私もそうおもいます!!」
「それでも、火葬隊をヤツが警戒したのば事実だろう。であれば、それを主軸にヤツを殺す手段を模索すれば_」
「それは無理だろう」
この集団の中でも特に年長者と思われる男が重苦しい声を上げる。
「何故そう思うのです?王は最早我等の傀儡、勇者も同様、オラクルにこの話が行かないように情報統制をすれば必要な装備は調達できるでしょう。であれば、一体何故『無理だ』なんて言う弱音をはくのです?」
「教会から言伝があった。『これより我々は調合師アズリーに手を出す事はせず、また調合師アズリーに不利に働く行動を控える』だ、そうだ」
その言葉にざわめきがおきる。
皆、'世界の秩序'とも呼ばれる『教会』からそのような言葉が出るとは思わなかったようだ。
「何故それをもっと早く言わなかったのです」
「皆話し合いに熱中していた故、言い出す機会を見誤った」
「……そうですか」
「教会は一級を飼い慣らしていると聞く。その教会が随分弱気なものだな!」
「であればもう手はないのでは?このままではヤツが報復に来るかもしれない…!!」
「ヤツの店に出資してやれば我々は……」
「本物の勇者に力を借りるのはどうだ?やはり作られた勇者では限界があったのだ」
「はぁぁ……」
新しい貶し相手が見つかったと意気揚々で御託を並べる者、杞憂と気づけず恐怖に駆られる者、短慮で浅はかな考えを抱く者、何処までいっても他人任せの腰が引けた者、軍部大臣にとって都合の良い者ばかりを集めたこの国の軍ではもう先も長くないと悟り亡命先を考える者。
それぞれがそれぞれの事を考え、まとまりの無くなったこの会議はこのまま良い案が出ることもなく終わりを迎えた。
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少し時は遡る。
❛
「おや、アズリー君が僕の死霊を……」
「呼んだ?」
ふと漏らした呟きに、'アズリー君'が反応をする。
「あぁいや、君ではなくて、君のオリジナルが僕の捕獲用の死霊を倒してね。それも、行動的に確実に狙って討伐したみたいなんだ。もしかして、彼は人の味方をする事にしてしまったのかな?」
少々都合が良いように脳を弄っているとはいえ、彼の複製体であれば、もしかしたら彼の思考も読めるだろうと思い。一抹の不安を抱きつつ言葉を綴る。
「さぁね。まぁでも、俺のオリジナルっていうのなら、それこそ人類が絶滅の危機になって被検体が無くなりそうになるまでやらないでしょう」
「うーん…ならどうして彼は僕の死霊を殺したのかな?」
「さぁ?他に何か情報無いのかい?」
「んーーー……」
そう言われ、偵察用の死霊から得た情報を思い返していく。
情報……。あぁそういえば、確か街を若い女の子と一緒に楽しそうに歩いていたっけ?人違いじゃないんなら…言葉を察するに彼には弟子ができたのだろう。
「もしかしたら、彼には弟子ができたのかもしれない。王都の商店街を、美しい白銀の髪の少女と仲睦まじく歩いていたよ」
「……仲睦まじく、ねぇ…。その時の俺は心から楽しそうな顔をしていたのかい?」
「どうだろう、あまり覚えてないや。でも楽しそうにしていたのは事実だよ。もしかしたら、あの少女に恋しているのかもしれないなぁ」
「いやいや、ないない。そんな事、あっていいはずがないよ」
『恋なんてする柄じゃない』ならわかるけど、『あっていいはずがない』とはどう言うことだろうか。
『恋』というモノが関わっている事で無性にそれが気になった。
「どうしてだい?柄じゃないなら分からなくもないけど、恋は誰にでもする権利があると思うんだけど」
「駄目なんだよ、その女の子はきっとエメラルド色の目をしていただろう?」
「ん〜……確か…そうだったかな?」
「なら駄目だよ。気色が悪過ぎる」
彼が顔を顰めるところを始めてみた。
思考を歪めても尚比較的温厚な彼が顔を顰めた事に驚き目を見開く。
「うーん、どうしてそこまで嫌悪するのかな?僕はその理由が知りたいんだけど」
彼は目線を下に向け、少し考えた後再度口を開いた。
「その少女は俺の師匠の孫なんだけどね、俺が師匠に拾われたせいで、その少女は奴隷に落ちたんだ。俺のせいで奴隷に落ちた少女を俺が買って恩を売って想いを寄せるだなんて、気色が悪いにも程があると思わないかい?」
「君のせいでって言うところが気になるんだけど、本当に君のせいなのかい?君が拾われた事と、少女が奴隷に落ちる事の何処がつながるのかな?」
「俺がとっとと野垂れ死んでれば、師匠が俺を拾う事もなく、国境超えができない俺の為に態々あの街に留まることもなかった。そうすれば、師匠がちゃんと家に居れば少女が売られることもなかったんだよ………!」
彼は悔しそうに言葉を紡いだ。
うーん。それは本当にアズリー君のせいなのだろうか。どちらかと言えば、少女を売った親が悪いような気もするけど……確かに、アズリー君が存在していなければ少女が奴隷にならない可能性もあったのも事実か。
だからこそ、彼は自分が許せないのかな?
「それでも、やっぱり君が恋をしては行けない理由にはならないでしょう。恋というのは_」
「まずそこからおかしい。俺が友情や愛情や恋愛なんてものを理解できているという前提がおかしい。感情を生むポーションを作ったのならその時点でそれは俺じゃないし、もしかしたら俺に似ているだけの別人があの人の孫を買ったのかもしれない。なんにせよ、もしマルブさんが見たのが本当にあの人の孫なら、俺はその男を殺しますよ。あの人の弟子は、あの人の元に帰るべきだ」
「別に良いけど……今すぐに飛び出すのはやめてね。オリジナル達を殺すのにはもう少し準備が欲しい。…でもそうか、彼はもう僕の知っている彼ではなくなってしまったんだね…」
あ、そういえば、アズリー君の師匠はエスメアさんだったっけ?'彼女にこの事を伝えたら'、一体どんな反応するかなぁ?
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