エッグい課題
卵について問われた時、あなたは何を思うだろうか?コロンブスの卵のようなことわざを考える人もいるだろうし、鶏が先か、卵が先かのような哲学的命題を頭に浮かぶ人もいるだろう。あるいは、シンプルに食べ物の卵を思い浮かべる人もいるだろう。僕は、そのどれでもなく、何故か切なさが心の底から湧き上がってきた。
机に向き合い、なれないことをした僕はふぅとため息をつく。先生もひどい人だ。卵をテーマに何か小説のような物を書けというのだから、たまったものじゃない。執筆なんて粋な事をする機会がなかった一学生風情に課していい課題じゃないと思う。なんて愚痴を言っても課題が減るわけじゃないけど、心から湧き上がるこの不平不満をA4サイズの紙に一筆したためて先生に送ってやりたい気分だ。
そんな怒りを胸に秘めつつも、仕方がないと割り切ってまた筆を執る。しかし、一度止まった筆が息を吹き返すには時間が足りなかったようで、
「あぁ、続きが思いつかないなぁ、先生もなんで卵をテーマにかけだなんていったんだろう? せめて、花とか、空だとかだったならまだ描きやすかったのに」
「おっしゃる通りだよ。全く勘弁してほしい物だね」
誰もいないと思っていた空間から、ポソリと10代前半程の少女のような高い声が聞こえる。
「やぁ、課題が全く進まないものだから気分転換しにやってきたよ。ほら、君の一番の友人で、大和撫子な私が遊びに来てあげたんだよ? 喜びのあまり舞い上がるくらいのことをしたらどうだい?」
当然だが、友達が彼女しかいないというわけではない。むしろ、僕の家に足繁く通う彼女の方こそ友人がいないと思う。そんな表情の機微を捉えたのか、彼女はムッとほほを膨らませる。このままだと面倒なことになるということは想像に難くなかった。
「……中々辛辣な顔をしてくれるじゃないか。そんなにも、私が来たのが不服かい?」
「そんなことより、君は今回の課題のテーマ、卵についてどう思う? 今行き詰っているから、他の人の意見が聞けると嬉しいな」
「……逸らしたね」
「触らぬ神に祟りなし。君子危うきに近寄らずってところかな?」
違いないと彼女は笑う。しかし、目は笑っておらず、本心では納得していないのがよくわかった。それでも、僕の質問の処理のためにその不満を飲み込んでくれるようだ。
「ところで、卵についてだったかな? 私が卵から連想するなら、親子丼かな。それで話を作っていこうかと思っているよ」
「花より団子ってことかな? 本当に君らしいね」
コテンと首を傾げ、僕の質問の意味を咀嚼する彼女。この場面だけ見れば、彼女の黒い髪と相まって、いい家柄のご令嬢程度には見える。口さえ開かなければ、大和撫子然としているのだ。口さえ開かなければ。
そんな感想を抱いていると、実に面白い物を目にしたかのように、彼女がケタケタと笑い声をあげ、話始める。
「ククッ、冗談はよしてくれよ。いつから私が腹ペコ系キャラに転職したというんだい? 私はいつも冷静で常に最善の行動をする、令和のシャーロックホームズといわれても差し支えない人間だよ?」
「万が一そうだったとしても、自分で言ってちゃ世話ないと思うなぁ……」
彼女は僕のそんな皮肉をものともせず、話を続ける。
「で、何を書くのかだったね。私は、親子の愛憎劇のような、グログロでドロドロなものを書くつもりさ。子のために献身的に身をささげる親鳥、その心を知らず心を痛める卵!そして最後は二人とも同じ結末を迎え、バッドエンドといった流れさ。ほら、私のキャラにピッタリだろう?」
「令和のシャーロックホームズが聞いてあきれるよ……。そんな発想をするなら、令和のマッドハッターとでも名乗ったほうがいいと思うよ」
そんなことはないさ。とすまし顔で否定する彼女。いけしゃあしゃあと何を言うかと思わなくもないが、そんなことを言おうものなら、彼女から何を言われるか分かった物ではない。僕は静かに口を閉じた。
「……さて、ここらで私はかえって執筆の続きでもするとしようかな。君をからかっていたら少し、いい案が思い浮かんだ。それでは失礼させていただくよ」
彼女はそう呟くと、颯爽と扉を開け、玄関へと走る。実に嵐のような人である。
……さて、彼女も帰ったことだし、執筆作業に戻ろう。そう考え、僕は再び筆を執る。彼女との会話が良い休憩となったのか、自分の書きたい文章が浮かんでくる。彼女はこれを見越して僕を訪ねてくれたのだろうか。そうなのだとしたら感謝しかないそんな思いを抱きながら、僕は黙々と机に向かうのだった。
結局のところ、僕の書いたものは自伝のような形になってしまった。門限の厳しい家に束縛された主人公が卵に嫉妬をする小説だ。実際、プロローグの時点で卵への切なさだとかいった、自分を投影した文章から始まっていたのだから、ある意味で順当だといえるだろう。
ちなみに、あの時僕の家に遊びに来ていた彼女は飯テロのような料理小説を書きあげていた。なんでも、ドロドロでグログロな昼ドラのような物を書こうと思っていたけど、マイルドな方が先生に受けやすいだろう?というのが彼女の言である。実際に、彼女の読みはあたり、学級内で優秀ともてはやされていたのだから、皮肉なものである。そう、彼女に伝えると、違いないと笑った。
絵・榛葉