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イコンな二人 3

 真子はしばらく押し黙っていた。清人はそんな真子の姿を見つめ


(しまった、無茶振りになってしまったかな)と考えた。


「真子のうんちくを聞きたい」というのは本音ではあるけれど、そういうことは自発的に言うことであって、他の人から聞かれてすぐに言えるものではないのではないか、と清人は考えた。


 しばらく沈黙があった後


「ふふ」と真子は突然笑い出した。


「賀野君、私に気を遣っていない?」


「いや、別にそんなことは……」


「なぜ私が極楽寺に関する知識を持っていると?」


「いや、何となくというか……山下公園の時もそうだったし、春川さんが何の理由も無しにわざわざ『極楽寺』に行きたいとは言わないだろうなって思って」


「ごめんなさいね、私の趣味に付き合わせてしまっている感じよね」真子は申し訳なさそうに言った。


「そんなことないよ! 俺は楽しかったし、知りたいんだよ。春川さんが何を好きで、何を考えているのか」


 真子は清人の言葉を真剣に聞いていた。


 清人は自分が、まあまあ恥ずかしいことを言っていることにしばらく気づかなかった。『正直』は彼の美徳であったが、その正直な言葉がどれだけ相手を翻弄してしまうか、その効果を彼はよく分かっていなかった。


 しかし真子はよく分かっていた。彼の『正直』の美徳と、その危うさを。


 おそらく清人のことをよく分かっていない人が清人の言葉を聞いたら、「こんな正直に人を褒める奴なんて裏があるに決まっている」「厚顔無恥な偽善者」という邪推をされる危険性があると真子は考えた。


 そう考えると、彼に強烈な信奉者と、根強いアンチが生まれる理由もよく分かる気がした。


 二人から数十メートル離れた場所にいた健次郎・善幸・一花の三人は、遠巻きにその様子を眺めていた。


「何してんだ? 門の前で立ち止まって……」


「喧嘩でもしているのかな」一花は心配そうに言った。


「あの二人が喧嘩するなんて想像つかないが……」


「あ、入ってったぞ!」


 二人は健次郎の言った通り門の中へと入っていった。


「どうする? 俺たちも中に入るか?」


「いや、極楽寺の境内はそんなに広くないから、中まで入ると見つかる危険性がある」


「そうか……しゃーない、ここで待ってるか」


「しかしあの二人は神社仏閣がよく似合う」善幸は答えた。


「そうだね、二人だけの神聖な雰囲気を邪魔しちゃいけないよね」


「お、蘇我さんロマンチックな言い方するね」健次郎は茶化した。


「二人もそう思ったでしょ!」一花は顔を赤くして言った。


 三人がそんなことを話している内に、二人は境内の中を散策した。極楽寺の境内は善幸の言う通りそこまで広くはなく、北条時宗ゆかりの桜や水の入った大きな鉢などがあった。境内には高齢の夫婦が何組かいるだけで、とても静かだった。


「……落ち着いた雰囲気だね」


「そうね、鎌倉駅の賑わいが嘘みたい」


「でも俺は、この雰囲気が好きだ」


「私もよ」


 二人は極楽寺内の立て札を見た。


「えーと……「開山 良観房忍性菩薩」』


「『忍性』って知ってる?」


「いや、分からない」


「忍性は鎌倉時代のお坊さんで、『鎌倉版マザー・テレサ』とも言われているわ。当時差別と偏見の対象であったハンセン病患者の救済活動などを行っていて、病者、貧者の救済活動に生涯を捧げた人なの」


「へえ……」


「土木事業なども盛んに行っていて、すぐ近くの『極楽寺切通し』を開いたことでも有名なのよ」


「そうなんだ。社会救済事業だけじゃなくて、土木事業もやっているなんて凄いね」


「本当に凄い人よね」真子はしみじみと言った。


 宮沢賢治に杉原千畝、忍性……。


 真子はこうした社会や人々のために尽くした人物が好きなのか、と清人は思った。その点に関しては自分も全く同意であったが、真子がどういった経緯でこの三人を知り、好きになったのかについて興味が湧いた。


「春川さんはどこで忍性について知ったの?」


「……父の作品ね」真子は少し言い辛そうに言った。


「お父さんって、二階堂栄一先生の?」


「そうよ。父はノンフィクション作家だから、こういう社会事業や偉業を行った人物に対する関心が強いの。忍性や杉原千畝も、父の作品を通じて知ったのよ」


「そうだったんだ」


 清人は感心した。真子に対してもそうだが、『二階堂栄一』に対してなお感心した。


 社会や人々の救済活動を行った人物に対する大いなる関心。そしてその関心を自らの作品へと昇華し、さらには娘にもこうした良い影響を与えていることに対して清人は感心していた。


「凄い良いお父さんだね」清人は笑みをこぼして言った。


「……そうね」真子は少し溜めてから言った。


 清人は少し戸惑った。真子の顔に一瞬『陰』が見えたのを、清人は見たからだ。


(しまった、何か悪いことを言ってしまったか)と清人は考えた。


 しかし真子はすぐに我に返り、笑顔になって


「極楽寺の切通しにも行きましょうよ」と言った。


「ああ、うん」清人はうなずいた。


 こうして二人は極楽寺の門の外へと出ていった。


 清人はさっきのことを考えていた。


(春川さんの一瞬だけ見せたあの顔……あれは何だったんだろう)


(何か父親に対して複雑な思いがあるのだろうか?)そう、清人は考えた。


 そうすると清人は真子に対して申し訳ない思いがあった。両親に対する複雑な思いというのは、自分でもよく分かっていたからだ。理由は分からないが、真子に対して不用意に父親の話はしない方が良いと考えた。


 そんなことを清人は考えながら、二人は赤い小橋を渡り、極楽寺切通しへと向かっていった。


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