迷いの森
ふむ。この森も吾輩が居なくなってどうなることかと思ったが、クェスのおかげで何とかなっておるようだな。良かったのである。
このクェスに吾輩は殺されたと言うのに、その殺した相手に抱っこされながらの帰郷とは、いったい何の冗談やら。
しかし、吾輩は分かっておるぞ。こやつは、クェスは確かに勇者と呼ばれるに相応しいのやも知れぬ。
吾輩亡き後、魔物の国を護ろうとしておる。
姫を娶り、地位も名誉も手にしたろうに、自分が愛する者を選び、自らも苦労に飛び込もうとしておるのだ。
まぁ、悪い奴ではないのは確かだな。
「ねぇクェス。結構歩いてるけど、まだ着かないの?この森、暗いし、初めて見る木ばかりでちょっと怖いかな?」
ふむ、ルーが怖がるのも当然であるな。この森の植物はこの森でしか生息しておらん。初めて見るのも当然であろうな。この木々は吾輩の魔導の力を毎日吸い、僅かではあるが、魔力を持つ。そして、迷い込んだ者を緩やかに森の外に排出するのだ。
最初は迷い込んだ者を吸収するとか、恐ろしい木であったが、吾輩の魔導の力で何とか躾ける事ができたのだ。
なので怖がる事はないぞ。ルー。
「そうだな。何か、魔物の国に向かう森って感じするよな。俺も最初来た時は不安になったよ。何度入っても森の入り口に戻されたからな。」
ほほう。クェスですら森の外に出されたのか。それは知らなんだ。吾輩の配下は、木々ですらも優秀であるな。
「まぁ、飛んでいけば問題なかったけどな。」
なんと!?
盲点であったわ。確かに森に入れば迷わせ、国に辿り着けぬように出来ようが、森に入らなければ、空を飛んでゆけば意味がないのか…。
というより、空を飛ぶ人間など貴様くらいである!吾輩は悪くないぞ。
「ねぇクェス。今は迷ってる、って事はないよね?」
「はは。ここ数日の俺の努力は無駄じゃないぜ。魔物の国までこうして目印を付けているんだ。」
ん?最近昼間にいなかったのはここに来ていたのか?
ああ、成る程。ルーを連れて飛ぶのは、ルーには酷だな。それで陸路を極める為に転移で通って目印を付けておったのか。案外マメよな。クェス。一定間隔で木に白い布が巻かれておる。
ん?
ちょっとまて。
クェス!この木々は自ら動くのだぞ!目印を木につけては…
「あれ?目印が途絶えてる。おかしいな。」
さてはクェス。「こうして目印をつければ迷わないぜー」なんて、独り言でも言いながら目印を付けていたのではないか?
この森の木々は人の思念を理解するぞ。恐らく、これまでの木は敢えて動かず、途中からの木は動いて迷わせようとしておるのだろう。まあ、迷ったとしても、殺されはせぬから安心致せ。吾輩の帰郷が遅れるだけよ。
「クェス…もしかして、迷った?」
「…。」
「……。」
「………うん。」
「えーやだよ私…こんな怖い森で野宿なんて」
「はは。大丈夫。俺がついてるって。」
「だって、魔物とか出てきたら…。あ、でも魔物はいい人?達なんだもんね?」
ふむ。魔物に悪い奴はおらん。じゃが、一つ教えてやろうルーよ。
世には悪魔という種がおってな。こやつらはあの創造主の遣いである天使共の成れの果て。あやつらには気を付けよ。遊び半分で命を奪うような外道よ。魔物達もやられたりしてな。吾輩が脅威と考えていたのは、正に天使と悪魔。しかし、本当の脅威は人間だったのだがな。
「ほらクェス。わんこちゃんも不安そうに鳴いてるよう。」
「はは。悪い悪い。じゃあ、これを使うか。」
自分の庭で不安などあるか。
ん?何じゃその筒は?
「何それクェス?」
「ああ、魔物の国の幹部から渡されたんだ。どんなに準備してもこの森は迷うって。だから迷ったらこれを使えと渡されたんだ。
大丈夫だと思ったんだけどな。」
幹部…誰じゃろう?
「ええと、先っぽの蓋を外して…、こうして掲げるんだったな。」
何と…筒の先から僅かだが魔導が空に放たれておる。成る程な。この魔導を目印に迎えにくるというのか。
「ねぇクェス。何も出てこないよ?」
「ああ、ルーにはわかんないか。この筒の先から魔力が放出されてる。多分これを目印に迎えにきてくれるんだろう。な?魔物達、こんなの持たせてくれるなんて、気が利いてるだろ?」
魔力ではなくて、魔導な。
とは言え、楽しみだ。誰がくるかな。
「ねぇクェス?本当に迎えにきてくれるのよね?」
ふむ。あれから随分と経ったな。不安に思うのも無理はない。
「はは〜大丈夫…だと思う。」
がさ。
がさ。
ばさー!
「きゃー!!」