吾輩、国に帰る。
…。
……うむ?
いかん…眠っていた様だ。
少し寒くなってきたからと、ルーが出してくれた「あったかいミルク」あれは美味かった。しかし、飲んだら眠くなってしまう。朝のあったかミルクを飲んで、ルーの膝の上で日向ぼっこをしていたら、随分と長いこと寝てしまった様だ。
寝ている間にクェスはまた何処かに出掛けたらしいな。姿が見えん。ここ最近、日中はどこかに出掛けて、夜には帰ってくる。魔物の国へ行く準備だろうか。しかし、毎日しっかりと剣は持っていっておるし。んん。分からん。
まぁ良いわ。
しかし、すっかりと陽が高くなっているな。昼時であろうか。
しかし…こうして長閑な時間を過ごしていると、魔物たちを集めて暮らし始めた時を思い出す。
あの頃は有象無象の魔物を集めはしたが、縄張りだの、飯の取り合いだのが毎日のように起こっていたな…。最初は一人づつ、縄張りを決めてやったり、他の者の食料は奪わないと言うことを教えてやった。
気が付けば、吾輩が教えた者たちが、周りの者に教えてやり、いつしか魔物達は学ぶ事を覚えた。そして、余った食料は、飢えた者に施してやれるようにもなった。
吾輩は城を建てて貰い、バルコニーで、日を浴びながら、そんな光景を眺めて嬉しく思ったものだ。
姿は変わってしまえど、もう一度あの地へと行ける。どうやるのかは知らぬが、魔物達はクェスが守ってくれるのだろう。
ならば、吾輩はわんことして、のんびりと行く末を見守るだけでも幸せなのかもしれない。
クェスが何をしようとしているのかは分からぬが、今は魔物達の元に帰れるだけでも良しとしよう。
「わんこー。いるかー?」
おお…びっくりした。なんじゃクェス、居たのか。ああ、二階に居たのか。今の吾輩の体では、あの階段は、魔物の国の奥にそびえる須弥山の如く険しき道。登ることができぬ故、すっかり気にしてもおらなんだわ。
「さって…。準備も万端だし、いよいよこれから引っ越しだ。お前も俺の家族みたいなもんだ。一緒に来てくれるよな?」
ん?これから?随分急な話ではないか。そもそも吾輩は寝起きである。昼食も食しておらぬ故、その後にいたせ。あ、こら、抱っこするな。
「何だわんこ。日向ぼっこの昼寝のせいで寝ぼけてんのか。まぁいいや。ほら、行くぞ。」
待たぬか!確かに微睡んではいたが、そこそこ目は覚めておるわ。
「はは。くぅんくぅんって。よっぽど日向ぼっこが気持ちよかったんだな。でも今から出発だ。抱っこしててやるから、まだ寝てろ。」
起きておるわ。しかし、確かに気持ちよかったせいで、体を動かすのが面倒である。
良いであろう。連れてゆくが良い。どうせ、魔物の国までの旅路、一年はかかるであろうし。歩いてゆくわけでもあるまい。飯は車の中で食すとしよう。
「ルー。お待たせ。わんこ昼寝中だったよ。」
「そっか。悪いことしちゃったね。」
おや、ルーの親も出てきておる。見送りか?
「ルー。どうしても行くのかい?お母さん、心配だわ。」
「大丈夫よ。宿屋を手伝って、家事もしっかり出来るようになったし、クェスをしっかり支えていきます。」
「クェス君。娘を守ってやってくれよ。ルーは君のように強くはないんだ。魔物の国に行くなんて、私はまだ喜んで賛成はできない。」
「大丈夫だよ親父さん。俺の命に変えても、ルーだけは護り抜く。心配しないでくれ。何より、魔物達は、人が思うほど悪い奴らじゃない。」
ふむ。ルーの両親は流石に不安が隠せないようだな。分からぬでもない。若く賢い魔物達が、人の世で暮らすと言い始めたら、吾輩も不安で胸が裂けそうだ。
どの世でも、親心は変わらぬものよ。
「お父さん、お母さん。本当に大丈夫だから。忘れたの?私の旦那様は、創造神に認められた伝説の勇者様よ。何かある方がおかしいんじゃない?」
ルーは覚悟が決まっているのだな。良い笑顔だ。
「大丈夫よ。時々遊びに帰るから。」
ルーよ。お前は知らぬであろうが、魔物の国から一番近い人の里でも、魔物の国に辿り着くのに一年はかかるのだ。そうそう帰れはしまい。親を悲しませたくはないのだろう。良い娘だ。
「それじゃあ、行ってきます。」
「親父さん、おばさん。ルーの事、絶対大事にします。魔物の国に連れてゆく事、許してくれてありがとう。」
まぁ、普通の親なら反対するであろうが、子の決めた事を尊重してやるこの両親だからこそ、ルーは素直に育ったのであろうな。良い両親である。
…結局、飯はやはり馬車の中となったか。
「行ってきます!」
それは良いが、クェス、馬車は何処だ?まさか歩いてゆくなんてことはあるまいて。
しゅん
「さあ、着いたぞ。わんこ。魔物の国だ。」
…転移魔法か。確かにクェスは魔物の国に来ていたな。長い旅路を行くよりは楽であろうが…。風情がない。
「ねえクェス。周り森ばかりで街らしいものはないよ?」
そうじゃのう。ここは魔物の国の面前に広がる、通称「迷いの森」。人が迂闊に近寄らぬよう、吾輩が永久にかけた魔導術によって、人を迷わせ、、奥に進もうとしても、森の入り口に出てしまう。その迷いの森の中だと思うが…。
「ああ。此処は迷いの森。魔物が外に出ないように、魔王が魔法を掛けてる森さ。魔物の国に外からの人が入らないように、俺が結界をかけたと言ったろ?」
ふむ。吾輩のは魔法ではなく魔導である。法で縛る力など、所詮は拘束に過ぎぬ。魔を導き、解き放つ事こそ、我が力の真髄…と言っても分からぬか。そもそも、魔物達はこの迷いの森は迷う事なく動けるようにしてあるわ。
「ここが、結界の入り口さ。此処から以外は魔物の国に近づくことすら出来ない。まぁ、此処からは一時間くらい歩くけどな。」
成る程。クェスのかけた結界の境か。随分広くとっているのは、魔物達の行動範囲を阻害しないためか。
「ねぇ。クェス。やっぱり、ちょっと怖い。手、繋いで。」
「ああ。」
いよいよ皆に会えるのか…楽しみである。