長閑なわんこ日和である。
ニルヴァ王と謁見してから数日。クェスはいつも吾輩を置いて何処やら動き回っておる。謁見の日に上手いこと転移魔法に飛び込めたせいで、最近はルーが離してくれぬ。
だが、数日、この宿屋でルーを見てきたが、中々献身的な娘ではないか。宿の女将としてしっかりと働きながら、決まった時間に吾輩のミルクを用意してくれる。夜になれば帰ってくるクェスの飯まで用意したりと、随分と忙しく動き回っておるわ。
「ふう。わんこちゃん。ちょっと休憩ー。もふもふさせてー。」
ふむ。もう慣れたわ。ルーは何故か吾輩の背中に頬を押し付けたがる。最初は無礼なとは思ったが、日に何度もやられたら慣れもしよう。まあ、飯の礼だ。背中くらいは貸してやろう。
「わんこちゃんもふもふしててミルクの匂いで癒されるよー。」
ふん。吾輩とて、もう少し大きくなれば、肉なども食すようになる。そうなればきっと、魔物の国で吾輩のために戦ってくれたフェンリルのようになるだろう。さすれば、このようにもふもふされることもなくなる。ルーよ。今のうちに楽しんでおくが良い。
「ねぇわんこちゃん。もうすぐ、クェスと、私とわんこちゃんはお引っ越しだよ。わんこちゃんは気に入ってくれるかなぁ?私は不安だし、怖いんだ。だから、わんこちゃんが守ってね。」
引っ越し?
ああ、魔物の国に行くのだな?
ルーよ。安心するが良い。お前たち人間が思うほど、魔物達は愚かでもなければ怖くもない。吾輩は魔物達が平穏に生きられるよう、協調性や思いやりを説いてきた。彼奴らは吾輩に応えてくれた。恐らく人間なんぞよりもはるかに心優しい者たちだ。お前もきっと暖かく迎えられるであろうよ。
だから不安がるな。
「クェスがね。言ったんだ。魔物達はとても良い奴らだったって。みんな魔王のことが好きだったんだって。不思議だよね。魔物なのに。」
それが偏見というのだ。人が魔物の姿形で忌み嫌うからこそ、今の別れた世界になったのであろうが。
「魔王、きっと素晴らしい王様だったんだろうって。その魔王を倒した事、クェスは後悔してるみたい。」
…クェスがそんな事を言っていたのか。それで魔物達を救うと言い出したのか。懺悔ということか。クェスが頑張らなくとも、吾輩の育てた魔物達は、きっと平和に暮らしてくれると思うぞ?悔いの念で助けを受けようなどと恥知らずは魔物にはおらぬ。
「馬鹿だよね。後悔があっても、それで終わりにしておけば良いのに…。自分からまた戦いに戻る事ないのにね。」
ん?どういう事だ?戦う?
さっきまでの話とは流れが違う気がするぞ。
「んー癒された。じゃあまた後でね。わんこちゃん。」
またそれか!
お主らは吾輩が気になることを言うだけ言って、途中で止めおる!気になるではないかー。
「やん。わんこちゃん。そんな悲しい声で泣いちゃダメ。ママも側に居てあげたいけど、お仕事があるの。ごめんね。良い子で待っててね。」
行ってしまった。勇者の新たな戦いか。本当に魔物相手ではないよな。もしそうだとしたら、吾輩が許さぬ。この牙でクェス、貴様を……。牙、早く生えぬかなぁ…