わんこを抱いた勇者の凱旋
「ねえクェス。そろそろ準備しないといけないんじゃない?」
む?
昨晩、吾輩にミルクを献上した娘ではないか。名は確か…ルーといったな。随分とクェスと親しい様だが、馴染みの宿屋の娘といったところか?
まぁ良いわ。
これクェス。勇者を終えるという話を聞かせるが良い。
「この子すっかりクェスに懐いちゃってるね。ほら、クェス。くーんくーんって呼んでるよ。」
そんな呼び方はしておらん!
クェス!聞いておるのか!
「カワイイ〜。ひゃんひゃん。どうしたの?クェスに抱っこして欲しいの?」
こら娘。わしを抱き上げるとは何事か!身の程を弁えよ!こら!首元を撫でるな…
「ほら、クェス見て。ここ撫でてあげると気持ちよさそうに目を瞑ってる。かわいい〜」
むうぅ。心地良い。これはきっと、この小さき獣の特性であろう。このまま撫でられ続けたら…眠ってしまう。
「なぁルー。今日は王との謁見だから、このわんこの面倒を見てくれないか?流石に連れてゆくわけにはいかないからな。」
「うん。いいよ。しっかり見ておいてあげるから安心して。」
……何?吾輩を置いて行くというのか。吾輩も行くぞ。創造神と共に吾輩を悪役にした王を一目見てやろうではないか!
こら娘!撫でるな…むー
「あらどうしたの?わんこちゃん。クェスパパと行きたいの?だめよ。クェスパパはお仕事なのよ。」
「誰がパパだ」
誰がパパだ
くそ。クェスとハモってしまった。
「えーいいじゃない。私とクェスのところに来た最初の赤ちゃんじゃない。」
ほう。宿の娘かと思ったら、クェスとはそういう仲であったか。だが、吾輩は王を見なければならぬ。お主がクェスの妻となる者だとしても、吾輩はクェスと共にゆくのだ。
「おっと」
「ごめんクェス。受け止めてくれて良かった。この子、急にクェスに飛んでっちゃうんだもん。」
クェスに飛び付いたつもりであったが、この体では跳躍力が足りぬらしい。クェスが手を出さなければ、床に激突するところであったわ。
「わんこちゃん…そんなにクェスパパが良いの?ママじゃ嫌なの?」
お主らは吾輩の父母ではなかろうが!
まぁ良いわ。さぁ、クェスよ。案内いたせ。
「はは。ルー。まだルーに慣れていないだけさ。すまないけど、わんこの面倒をよろしく。それじゃぁ行ってくるよ。」
おのれ。また娘の手に戻されてしまった。
クェスよ。我も連れてゆけい!
クェス!
「こんなにきゅんきゅん泣かれちゃうと、クェスと離すのが可哀想になっちゃうね。」
「まぁ、仕方ないよ。すぐに戻ってくるからさ。」
む。クェスの周りに光るのは、転移魔法の光。此奴、転移で城までゆく気だな。ならば…。
「あ、こら!わんこちゃんー」
ぱしゅーん
「…何でお前まで来ちゃうんだよ。わんこ」
ふう。転移に間に合った様だな。娘の腕から転移魔法に向かって飛んでみたが、やはりこの体ではうまく飛べぬ。落ちるところを魔法の範囲にうまく入った様だな。
「まぁ、来ちまったもんはしょうがねえか。行くぞわんこ。勇者の凱旋だ。」
ふむ。ここは大人しくクェスに抱かれておくとしよう。人の街など分からないからな。迷ってしまっては元も子もない。
「ほら、わんこ。見えるか?あのでっかい綺麗な建物が、この世を治めるニルヴァ王の居城だ。」
ふん。随分と豪奢な城だ。ただ、豪奢なだけだ。
「このニルヴァ王が世を統治して始まったのが、今のニルヴァ暦だ。創造神の加護を受けた王族が治める間は、この世は平和であり続けるんだとさ。」
何ともトゲのある言い方だな。クェス。だが、お前の言うことも理解できるぞ。あの城の周りには何やら不快な結界が張られておる。あの忌々しい創造神の加護か。
「まぁ、人の世はってことだろうな。創造神は人以外は守ってくれないのかね?」
クェスよ。お前も創造神の使徒、勇者であるのだろうに。その言い方は怒られるのではないか?
ぷぁーぱぱぱーぱぱぱぱーーー
どんどん
な…何だ!?
このけたたましい音は!
「怖がらなくて良いぞ。わんこ。なんか俺が凱旋するからって、音楽隊が町中に配置されてるんだと。」
確かに周りを見ると、楽器を持った者たちが並んでおるな。城ばかり見ていて気づかなかったが、通りの両端に人の山が出来ておる。皆クェスに手を振っておる。
まぁ吾輩を倒す程の勇者だ。これだけ多くの者から慕われるのも無理はないな。
「さて、さっさと城に行こう。見せ物みたいで恥ずかしいしな。」
こら、クェス!走るな。吾輩はまだ小さいのだ。揺らすでない!