第21話 戦いの爪痕
街をぐるりと囲む大きな長い壁に開いた穴――街の南側にある、私たちがこの街へ来た時に通った門に着くと、少し離れた場所から何かを金属で叩くような鈍い音が響く。
それに、門を出る前から感じる鉄の――血の臭い。
魔物の血か騎士の血かは分からないけれど、かなりの血が流れていると思われる。
「クロードさん! 私を急いで降ろしてください!」
「リディア様!? 何をなさる気ですか!?」
「怪我人を探します! 門からは絶対に出ないので、少しの間だけ時間をください」
「しかし……」
「お願いします!」
「……絶対に門からは出ないでくださいね」
クロードさんの目をジッと見つめ、馬から降ろしてもらうと、大急ぎで人気の無い場所へ。
精霊の姿は私以外には見えないけれど、その効果は目に見えちゃうからね。
(エミリー! 大急ぎで退魔の力を!)
『分かってる! じゃあ、行くよ! ……精霊王の娘エミリーの名において命じる。悪しき者よ、退けっ!』
門から少し離れた壁の内側――今、私が居る場所を中心に、虹色の光が広がっていく。
その光は壁をすり抜け、騎士をもすり抜けてドーム状に広がって行くにつれて薄く、透明になっていき、街の南側の一角を完全に覆い尽くす程の大きさへと広がった。
『おっけー。リディア、退魔の結界を張ったよ。これで、この中には魔物は入ってこれないよ』
(いつもありがと、エミリー。じゃあ次は怪我人を探さなきゃ……)
今度は急いで門に向かおうとした所で、
「聖女……様?」
「く、クロードさん!? い、いつから、そこ……に?」
驚きの表情を隠せず、茫然と立ち尽くすクロードさんの姿があった。
い、いけない。急いで誤魔化さないと。
「やだなー、もう。私が聖女だなんて。これですよ、これ。効果は違いますけど、初めて会った時にも使ったじゃないですか。魔導具ですよー」
「……あ、そ、そうですね。確かに、リディア様は優れた魔道士でもありましたね」
「ですです。ですってば。さぁ、その魔導具を使って、負傷者を助けないと。クロードさんも探すのを手伝ってください」
「そうですね。畏まりました」
良かった。何とか誤魔化せたみたいだ。
「……スタンピードを防ぐ程の魔導具? そんな物があったとして、発動させるにはどれ程の魔力が……」
走りながら、何かを考え込んでいるクロードさんの呟きが聞こえてしまった。
あ、あれ? もしかして、誤魔化しきれてない?
『じゃあ、とりあえずクロードには眠ってもらう? リディアが可愛過ぎて聖女に見えたっていう夢オチって事で』
(ここでクロードさんだけ眠ってたら、あからさまにおかしいよっ!)
『じゃあ、全員に眠ってもらう? そもそも、魔物が攻めてきたのが夢だった説とか』
(ここに集まっている時点で無理があるよっ! とりあえず、クロードさんの事は後で考えるとして、今は怪我人を助けないと! 怪我は治せても、流石に死んじゃったらどうにも出来ないよっ!)
いくら精霊王の娘であるエミリーでも、死んでしまった者――この世界ではなく、冥界へ旅立ってしまった者に関与は出来ない。
だけど逆に言うと、命さえあれば何とでも出来るという事だ。
門の近くは軽傷の人ばかりなので一先ず後で診るとして、門から離れると、所々に目を覆いたくなるような重傷の人がポツポツと倒れている。
(エミリー! ディーネちゃんをっ!)
『ウンディーネ!』
水の精霊の力で怪我を治して一命を取り留めさせると、すぐさま走り出す。
騎士さんたちが分散しているから、移動に時間がかかってしまう。
門を盾にして籠城してくれればベストだったんだけど、今更それを言っても仕方がない。
点在する重傷者を癒しつつ、最前線――大勢の重傷者と軽傷者が入り混じる場所へとやってきた。
(エミリー! シルフちゃんをお願いっ!)
『了解っ! シルフッ!』
風の精霊の力である「癒しの風」で、騎士さんたちの集団を纏めて治療する。
ただ、この能力は範囲が広い分、効力が低いので、
「今ので動けるようになった人は、一旦離れてくださいっ! 先に重傷者を診ますからっ!」
一先ず立ち上がった人を後回しにして、起き上がる事が出来ない人たちをディーネちゃんの「癒しの水」で治していく。
そんな事をあちこちで繰り返し、殆どの負傷者を助ける事が出来た。
……ただ、私たちが到着する前に亡くなってしまっていた騎士さんも居たけれど。
殉職してしまった数名の騎士さんは、月の精霊ルナちゃんにお願いして出来る限り綺麗にしてもらい、家族の元へと運んでもらう。
そんな様子を目の当たりにして、
(うん。私、自分が聖女だって事を皆に伝えてくる。そうしたら、あの騎士さんたちも護れていたし)
『だ、ダメだよリディア! また聖女の勤めに忙殺される日々になっちゃうよっ!』
エミリーと意見が分かれてしまった。
2020/10/18 誤字を修正いたしました。ご指摘ありがとうございます。




