挿話1 聖女と呼ばれたい第四王女ユフィ
「ちょっと! テーブルの隅に汚れが残っているじゃない! 王宮に仕えさせてあげているんだから、ちゃんと働きなさいよね!」
まったく……私はこの国の第四王女なのよ!?
どうして部屋がこんなに狭くて、メイドも一人しか居ないのかしら。
……また汚れがあった。
部屋をチリ一つ残さず掃除して、私の気分を害さないのがアンタの仕事だっていうのに。
「すみません。お花の水を替えて参ります」
あぁもうっ! 花の水なんてどうでも良いのよっ! それより、私はこっちのテーブルや椅子の汚れの方が嫌なのよっ!
あのバカメイド……立場を弁えさせないといけないようね。
この怒りをどうやってぶつけてやろうかと考えながらメイドを探していると……居た! しかも、他のメイドと立ち話なんかして! そんな暇があったら、窓の一つでも磨きなさいよっ!
「……あぁ、またユフィ様? あの人の所へ配属されるなんて、貴女も運が悪いわね」
「……同じ働くなら、聖女様の所が良かったです。けど、幼い弟たちが居るから……」
へぇ。私の居ない所で、そんな話をしていたんだ。
「……そうね。でも聖女様はね、部屋は広いけどご自身……」
「アンタ。明日から来なくていいわ。クビよっ!」
「ユフィ様っ! 申し訳ございませんっ! どうか、それだけはご容赦くださいっ!」
「うるさい。アメーニア王国第四王女ユフィ=アメーニアとしての言葉よ。従わなければ国家反逆罪として、投獄するわ」
「そ、そんな……」
バカメイドがヘナヘナと崩れ落ちるけど、そんなのどうだって良い。お父様に言って、早く新しいメイドに替えて貰わなきゃ。
だけど、あの使えないバカメイドも一つだけ良い事を言っていた。
聖女……毎日適当な所へ散歩に行くだけで、何もしていないのに広い離宮での暮らし。
適当に散歩しているだけで良いんでしょ?
それなのに、私より広い部屋で暮らしているなんて許せない!
だから、私がその聖女になれば良いのよ。
この国、王女が多くて、第四王女じゃイマイチ箔が無いのよね。
……お父様に妾が多過ぎるのが悪いのだけど。
うん、第四王女ユフィよりも、聖女ユフィの方が響きが良いわ。
とにかく、そうと決まれば、善は急げね。
今すぐ聖女の居る離宮へ突撃よ。
……
「ユフィ様。ユフィ様に加護を授けてくださった精霊さんは、何て名前なんですか?」
「名前? そんなのある訳ないでしょ。精霊は精霊よ。変な事を言っていないで、早く荷物を纏めなさい。今日からここは私の部屋になるんだから」
な、何なのよ。精霊の名前? この女、頭がおかしいんじゃないの!?
「ユフィ様。精霊は居ます。この国の魔物を封じてくれていたり、生活を便利にする魔導具を動かす源になっていたり、何より……」
「これが最後よ。今すぐ荷物を纏めて出て行かないのなら、衛兵を呼ぶわ」
魔物って何? 野生の獣の事を言いたいの!?
それに、魔導具が精霊の力で動いているだなんて、宮廷魔道士たちが聞いたら、お腹が捻れるくらいに笑われるわよ!?
本当、どうしてこんな常識知らずの女を、国のお金を使って住まわせているのかしら。
「わかりました。では、今日でここを出て行きます」
ふぅ。やっと出て行くのね。
変な事を言う女だけど、出て行ってくれるならそれで構わないわ。
「……では、失礼いたします。長い間、お世話になりました」
「ふんっ。さっさと消えなさい!」
「わかりました。では、国王様によろしくお伝えください」
そう言って、変な女が小さな鞄を一つだけ手に持ち、敷地から出て行った。
しかし、最後にお父様によろしくって、どういう……ま、待って。まさか、あの女……聖女っていう名を隠れ蓑にした、お父様の妾だったんじゃないの!?
考えてみれば、あの女は私には及ばないものの、それなりに可愛らしい。
それに、あのスケベ親父――こほん。お父様好みのダークブラウンの長い髪の毛に、パッチリ大きな瞳で、だけど胸は主張し過ぎない、だけど小さくも無い程良いサイズ。
間違いないわね。あの女は妾で、聖女って事にして離宮に住まわせていたんだわっ!
……まったく、男って本当にバカよね。
まぁ流石のお父様でも、実の娘に手は出さないでしょうし、広い離宮でのんびり優雅に暮らさせてもらいましょうか。




