第六話 闇の中
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さてさて、ミーネちゃんを追い詰めるのも、あとちょっと。
それでは、どうぞ!
「分かった。今、行こう」
狂気の主が、恐怖の化身が、私から離れる。それを、安堵する一方で、何か、嫌な予感が拭えない。
「あ、の……何が、始まるのですか?」
去り行くその背中に声をかければ、ソレは、私の方へと振り向く。
「王室裁判、と言えば分かるかな?」
「っ!?」
王室裁判。それは、王家に対して不利益をもたらした貴族に対して行われる、有罪が確定した裁判。その存在の目的は、王家の権威を示し、それを陰らせようとした者へ苛烈な制裁を与えるためのもの。または、罪人の刑を広く知らしめるためのもの。
瞬時に、その知識を浮上させた私は、同時に『誰が』裁かれるのかまで理解してしまう。
「お、お待ちください! どうかっ、母の命だけはっ」
「ごめんね。さすがに、王族を殺害しかけた人間を、生かしておくことはできない。優しい君には悪いけど、今回ばかりはどうしようもないんだ」
私達以外に人が居ないからだろうか。気遣うような声音で、申し訳なさそうな音を出すソレは、うっすらと笑みを浮かべて、その瞳に愉悦を乗せていた。
「それに、もう、夫人とミーネの縁は切れている。ミーネが嘆く必要なんてないんだよ?」
「ぇ……?」
どういうことかを問う前に、ソレは外に居る者に催促されて、出ていってしまう。そして、その入れ替わりとして、すぐに、レアナがやってくる。
「お嬢様……」
どこか気まずそうな顔で、水を新しいものに替えてくれるレアナを見れば、彼女が何かを知っているということくらい、当たりをつけることはできる。
「レアナ、話して」
「っ、しかし、お嬢様はっ」
「話してっ、私はっ、何も知らないままではいられないのっ」
何も知らないままであれば、あの悪魔に、良いようにされてしまう。そんなつもりで力強く告げれば、レアナはしばらく躊躇した後に、現状を話してくれる。
「ミーネお嬢様は、ローゼス家の養子となり、奥様は、ミーネお嬢様とは無関係という形になりました」
「っ、なっ」
「も、元々、その予定での手続きはなされておりましたが、隠したままで、申し訳ありませんでした」
ミーネ・ラトリャは、実の母親に虐待され続けた可哀想な女の子。そして、その女の子を見初めた王子様は、彼女を救うべく手を尽くし、ようやく、母親から解放することができたのだった。というのが、世間的に知られた物語、らしい。実際、これは、周りから見て間違ったものではない。ただ、私の記憶は、温かなお母様のことを覚えていて、王子様は、その皮を被った悪魔だというだけ。
「お母様は……どう、なるの……?」
分かりきった答え。しかし、それでも、尋ねずにはいられなかったそれを、私は震える声で尋ねる。もしかしたら、あの悪魔とは違った答えが返ってくるのではないかと、絶望的な中で、ほんの少しだけ、希望を持って。
「……私の口からは、何とも……」
そう言いながら逸らされた視線。それだけで、答えは十分だった。
(お母様が、処刑されてしまう……っ)
私にできるのは、すぐにでも、あの悪魔の元へ行き、お母様を助けてもらえるよう、懇願すること。必要ならば、契約を結ぶこと。そうしなければ、私は、一生後悔する。
それ、なのに……。
(動け、ない……)
先ほど浴びた狂気の渦。それを反射的に思い出してしまった私は、ガタガタと震えて、動けなくなる。助けたいのは本当なのに、お母様が大切なのは本当なのに……浅ましくも、自分のことで、今の私は手一杯だった。
「お嬢様……大丈夫。大丈夫です。もう、お嬢様を傷つける方はおられません。これで、きっと、幸せになれますよ」
見当違いなレアナの慰め。震える私の手を取って、優しい言葉をかけるレアナ。一番信頼できる侍女なのに、今は、何も、信じられない。ただひたすらに、あの悪魔が怖くて仕方がない。
「レアナ……わ、私……」
「さぁ、もう一眠りしましょう? 次に起きたら、ちゃんと、何もかも、終わっていますから」
それはダメだと、心が叫ぶ。レアナは、少しだけ、人を眠らせる程度の魔法を扱える。魔力を持つ人間など、貴族であってもほとんど存在しないこのご時世で、彼女は、その能力を隠して生きてきた。ただ、彼女は、私のためにだけ、その力を使ってくれる。
「ダ、メ……」
「お嬢様は、何も心配なさらないでください。きっと、全部、カイン殿下が何とかしてくれますよ」
今、力を使われるのは不味いと思うものの、私に、それを止める手段はなく、意識がどんどん、闇に落ちる。
(あぁ、これが、ただの悪夢だったら…………)
何度目かの、同じ希望を抱きながら、私は、闇に囚われるのだった。
次回、最終話です!
それでは、また!