ネオンの町
今の現代、光がないと生活ができない。
いやいや、光が無くても太陽があるじゃないか。しかも未だにジャングルで生活している人もいるらしいし、光なんて必要とまでは言えないだろう。 という反論はもっともだ。
しかし考えても見て欲しい。君は夜、光がない状態に耐えられるかい?人々は夜の時間に光がないと仕事ができない状態ではないかい?そう考えると、僕たちの生活には光は必要不可欠にまで生活に直結してしまっている存在と言えるだろう。
ここで僕が言いたいのは、今の世の中は無駄にエネルギーを使っているからけしからんとか、そんな一般論というか、つまらない提案をしようってわけじゃない。
はっきりと、簡潔にいうと、人は光が無くても生活できるという事だ。
さっき必要不可欠と言ったこの口で言うのもなんだが、光なんていらない。ネオンの街中は一種の綺麗で現代が表すことのできる素晴らしい芸術ともいえるだろうけど、でもいらない。
問題は、いらないと言えるけど、欲しいという欲求だ。人は、一度手に入れたものは話したくなく、過去の栄光というか、名残を懐かしむ。そして愚かにもその衝動にやられて手の届かない領域まで進んでしまう。
ある日、僕は目が見えなくなってしまった。
人の顔は見える。四肢も、その他大勢の動物も、頑丈なタワーも美術品も見える。ただ、光だけが見えない。僕の世界はいつも暗闇だ。心が強い人は僕のような状態になったら、一般人には見えることのない世界が見えて幸せだというのだろうけども、残念ながら僕はそこまで強い人間ではない。無くしたものは素直に欲しくなってしまう人間だ。
光、光
希望の光という表現があるけど、僕には光が希望だった。あの七色以上に光る街並み、陽と陰を区別する存在である光。
僕は当然の結果として、光を求めた末に手術をすることにした。
「本当にいいんですか?もう後には戻れませんよ?」
「はい、大丈夫です。もうこれ以上光がないのが耐えられないのです。先生、お願いします」
「わかりました。おい、麻酔を」
これで、僕の目には光が戻る。これで、普通に戻れる。
「あの子大丈夫なんでしょうか?いくら人と違うからってあそこまでするなんて」
「それでもお金と本人の意思がある限り、私たちにはする理由がある。たとえ、両眼をくり抜くという行為でもな」
ああ、これで僕には、光が戻る。




