一:消失(16)
「そんな・・・!」
鈴は唖然としてそれ以上言葉が続かなかった。
大外は、あらかたかかわっている人物の話を聞いているのか、ふんふんと小さくうなずく。
「あくまで推測だが、おそらく秀夫が暇を持て余している松田に声をかけたんだろう。そして、水谷も巻き込まれ、最終的に加担した」
永遠はそこで言葉を切った。
「でも、何で、自分の娘を殺す必要があったの?」
「彼女には、多額の保険金がかかっていた・・・」
「保険金・・・?」
よく、ドラマなんかの殺人の動機で使われる「保険金」。
まさか、現実でそんなことが起きるなんて・・・。
「秀夫は、保険金目的で、娘を殺した」
永遠が苦虫を噛み潰したような表情で視線を落とす。
「そして、それを聞いて激怒したのが沼市だった」
「え?」
「沼市はな、有理の実の父親だったんだ」
鈴も、大外も驚きで声も出なかった。
「自分の娘が殺されたことを聞いて、沼市は秀夫をバーに誘った。二人がバーに酒を飲みに来たことは、バーの店員が証言してる。そして、有理を殺した犯人を聞きだした。まさか、目の前で酒を飲んでいる男が、犯人だと思いもしなかっただろう。酔いつぶれた秀夫は、軽々と娘を殺したことを告げた―――――」
自分の娘を殺された悲しみ。
私には、わからない。でも、肉親を失った悲しみは、知ってる。
鈴は、思わず涙ぐみそうになって、あわてて下を向いた。
「そして、秀夫は、高校生に手伝ってもらった、と、告げたんだ」
永遠が正面に向きなおり、鈴を見据える。
「沼市は、復讐を誓った―――――。そして、その日から数日後、秀夫がまた金目的の犯罪を犯そうとしていることを知った。今度は、誘拐事件を起こして身代金を取ってやろうと考えていた。そして、誘拐する対象にあたっていたのが、緒方雄二だった」
「え?」
「沼市は、緒方雄二を誘拐したんじゃない、守ろうとしたんだ。
あの、職務質問があった日。緒方雄二は、公園で遊んでいたらしい。沼市は、その身を案じ、絶対に家に送り届けようと思った」
きっと、沼市は彼を守ることで頭がいっぱいだったはずだ。
今度は、娘のようにむざむざと殺させはしない、と。
そんな状態で、職務質問を受けて、きちんと答えられるはずもない。精神状態によっては、警官が、秀夫に見えてしまっても、おかしくはないのだ。
「そして、緒方雄二を家に送り届けた後、沼市は警察に秀夫のことを告発した。
道中有理殺しは、洗いなおされ、秀夫は警察に捕まった」
永遠はそこで言葉を切った。
「そのことに、松田と水谷は焦った。自分たちが加担したことが、ばれてしまうと思った。だから、あの日、あの廃墟に忍び込んだんだ。そこに、沼市がいることも知らずに」
「・・・」
「おそらく、秀夫に加担したことの写真でも取られていたんだろう。自分のことをばらしたら、お前たちも終わりだ、とかで脅されていたんじゃないか?そして、沼市はそのことを知った。あの日、沼市が二人に言ったんだろう。あの廃墟に、証拠の写真が置いてあるらしいぞ。秀夫の仲間を装って」
そして、沼市は二人を襲った―――――。
「緒方雄二は、あのあともたびたび廃墟を訪れていたはずだ。沼市と約束でもしていたんだろう。学校がなくて、親が家にいない日は、あの廃墟に来いと」
イメージのはずなのに、その光景が、鮮やかに鈴の脳裏に浮かぶ。
おじさんが、守ってあげるから。
聞いたこともないはずの、沼市の声が聞こえた気がした。
「そして、あろうことか僕と君は、あの廃墟に入った。沼市は、また松田と水谷が来たと勘違いした。だから、緒方雄二を守るために、僕らを襲ったんだ」
松田と水谷の精神状態がおかしくなったわけがいま、わかった。
そして、少年が消えた謎もいま、わかった。
あれは、沼市の愛情だった。
この子だけは、守る。
そのたった一つの決意だったんだ。