一:消失(9)
「でも・・・なんでこんな話を私に?」
鈴は永遠に尋ねた。
「別に、依頼人には、よく話してることだよ。みんな、冗談だと思って帰っていくけどな」
「ふぅん・・・」
なぜだろう。
自分で尋ねておきながら、こんな返事しか出来ない。
永遠の顔を見ながら鈴は思った。
ただ、他の返事がしたくても、出来なかったことは確かだった。
そう言って、ごまかすしかなかった。
「でも、参ったなぁ・・・あそこにいたっていう子供の正体も探らなきゃいけなくなった」
「すいません・・・」
「別に、前払いでお金もらっちゃったからな」
「それは、そうですね。3000円、ちゃんと渡したんですから」
口にしてから鈴は後悔した。
こんな事言ったら、突き放される――――。
衝動でそう感じた鈴は、反射的に謝った。
「ご、ごめんなさい!」
「は?何が?」
しかし、永遠は意味がわからないというような表情で鈴を見ている。
「いや・・・依頼してる側なのに、こんな事言っちゃって・・・」
「・・・」
永遠は鈴の目を見た。
「気にすることはない。もっとひどい罵声をずっと聞いてきたから」
「でも・・・」
「大丈夫だ」
それっきり会話が続かない。
二人とも、口を開こうとしなかった。
「私・・・見えるんです」
不意に鈴が口を開く。
永遠が顔を上げた。
「遠くにあるものとか、壁が突き抜けてるみたいに見えるんです。千里眼って言うんですけど・・・それは、人のことも同じで、骨が折れてたら、それが皮膚をすかして見える。本当は環子さんの状態のことも、見ようと思えば見られた・・・けど、出来るだけ、見たくなかったんです」
「やっぱり、そうだったか・・・」
納得したように永遠がつぶやく。
「時々、無意識に見たくないものまで見えたり・・・見たくないのに・・・目を閉じたって、見えて・・・」
鈴の目に、涙がたまっていた。
「私も、捨てられたんです・・・母に」
明白に鈴の頭によみがえってきた記憶。
忘れたくても、記憶という箱の中から、いっこうに消えてくれないものだった。
「こっちに来ないでよ、バケモノ!」
外では、雷が鳴り響いていた。
「何で・・・なんでそんなこと言うの、ママ!」
「ママじゃないわ!私は、あなたの親じゃない!私は、バケモノの親なんかじゃないのよ」
鈴は必死で母親の足にしがみつく。
それをなぎ払うかのように、母は足を振り回した。
「触らないで!」
アパートの一室で、ヒステリックな女の声と、むせび泣く子供の声が響き渡る。
「じゃあね、バイバイ」
「ママァァァァァ!」
母親は鈴をあざ笑い、部屋を出て行った。
「そうか・・・」
永遠はそれだけポツリとつぶやくと、鈴に自分のハンカチを差し出した。
鈴は涙をぬぐう。
初めて自分と同じような人を見つけた瞬間だった。
似た生い立ちを持つ永遠と鈴。
その生い立ちは、二人の性格を違うものに変えてしまった。
滅多に感情を表に出さなくなった永遠。
人におびえるようになった鈴。
そんな二人だからこそ、お互いを理解できたのかもしれない。