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夜になり、携帯の時刻は19時を指し、あたりはすでに暗くなってるが、月明かりに加え平原ということもあり辺りを見回すのに不便は無かった。
(道があるし誰か通ると思ったのに誰も通らねえ、あたりも暗くなったしもしかして野宿かよ)
幸い、バイトの休憩中に食べようと思っていた菓子パンや飲料水により、とりあえず今日の食料に問題はなかったが、
(明るいうちは気づかなかったけど、動物とかいるよな野宿して大丈夫だろうか)
いまだ人どころか動物さえ見ていないとはいえ、何がいるかも分からない状況でのんきに野宿というのは危険ではと思い始めたころだった。
不意に何かが走る音が背後から聞こえた。久しぶりに聞く物音に吃驚しながら振り返ると
(なんだあれ)
それは普通の馬車のように見えた、二頭立てで屋根があり、帽子を深く被った御者が手綱を引いている。うっすらと見える馬車の中には数人の乗客と大きな荷物を積んでいるのが見えた、
そこまでは良かったのだが、その真上、ずっと月が昇っていると思っていた場所には、月が一つではなく重なるように二つ並んでいた。
(今日はわけの分からないことばかり起こるな)
もううんざりだといわんばかりに肩を落とし顔を上げると馬車がかなり近くの距離まで近づいて徐々に速度を落としていることに気づいた。
(ここに止まるつもりか?人に会いたいけど月のある位置にあるものからして、地球じゃないし人でもなさそうだし言葉も通じなさそうだし、ここはスルーしてどうか走り去ってくれ!)
縋るような気持ちで神に祈るもここは管轄外だと言わんばかりに無常にも馬車は止まった。
馬だと思っていたそれは、馬の姿に良く似ていたが足が6本あり、目も蜘蛛のように左右に二つづつ付いていた。
(近づくにつれ馬じゃねえなと思ってたけど間近でみると糞気持ち悪いな、特に目が、)
次に近くにいた御者に目を向けるとやはり人間ではなかった。
(目が一つしかないんですけど、帽子の中に角生えてたらあのゲームのキャラみたいだな、肌青いし、絶対人語を理解しないタイプの敵キャラだな)
心の中で馬と御者の容姿に悪態をつき、突然のことで溜まったストレスを吐き出そうとする。
彼らは何者か、なぜ止まったのか、自分はどうなるのか、ぐるぐると頭を回り過負荷を起こしショートする前に思考を停止させ、あるがままを受け入れる準備が出来るまで時間が欲しかったが、その時間は足りず、やがて馬車から何者かが降りてきた。
降りてきたそれは、残念ながら人ではなく、人のようなものでもなかった。
(RPGで出てくるボスみたいだな、降りるのは一人?一匹?だけか)
それは、四足歩行で向かって来るように見えたがこちらの前で直立した。オランウータンみたいだなと思った、肌が硬い岩のようなもので出来ていることを除けばだが、
「ここでなにをしている」
日本語だった。なぜ化け物が日本語を話すのか意味が分からない。
「ええと、人がいるところを目指しています」
日本語を話すとは思っておらず、思わず面食らってしまう。
生死を分けるかもしれない問いの答えがこれでよかったのかは疑問が残るが、
「それならまだかなり歩かなくてはいけないな、この街道を夜抜けようとすると無謀すぎる、ここであっ
たのも何かの縁だ君さえ良ければ乗っていかんかね?」
直立歩行の岩からそんな提案を持ちかけられた、
(あやしすぎる、が、他に頼るものが無いのも事実、言葉が通じるようだし何とかなるか?この街道も夜に何かあるというのが本当なら危険だし、人がいるところまで遠いならなおさらだ、ただこれら全て嘘なら俺をどうするんだろうか?食べられるだけならまだいい方か、仕方ないもう少し話し聞いてみるか)
とりあえず話を続けるために話題を振ることにした
「ありがたい提案だが、見返りに出せるものが何も無いんだ」
そういうと岩は、
「見返りなどいらんさ、若いうちの無謀は見ててひやひやする、それだけだよ」
長時間歩いて疲れている今、好意だけで乗せてもらえるならこれほどありがたいものは無い、ここが地球でしかも日本語が通じる日本でなら、すぐに馬車に飛び乗っただろうが、相手は岩のような皮膚を持つ化け物である。さらには無償の善意、簡単に信用しろというのが無理でである。
「? この街道夜になれば何か変わるのか?」
「知らずに通ってるのか、エルマウスが出るんだよ、名前くらい聞いたことあるだろ」
(まったく無いんだよなあ・・・普通に話してるし、俺のような種族もいるんだろうか?そもそもなんで日本語通じてるんだよ、俺をどうこうしようってんなら数で勝ってるんだからさっさとするよな普通、ただもう歩きたくないのも事実)
考えても長時間歩き続けたことに加え度重なる状況の変化に疲れ果てまともな案も浮かばなくなり思考もまとまらなくなっていた。
結局出した答えは
(もういいや!今日いろいろあったし考えるの辞めて流されてこう!)であった。
その後は早かった
「本当に!?」
さも知ったげにそんなものが出るなんて知らなかった、と言わんばかりに大げさに驚いた後
「ならご好意に甘えて同席させて貰います」
そう言って俺は、会ったばかりの彼らの馬車らしきものに同乗させてもらうのだった。