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昔の話をあなたに  作者: SINO
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 別に、秘密だったわけではありません。

 誰も信じてはくれないと思っていただけです。

 きっと、あなたも信じてはくれないでしょう。

 それでも聞きたいですか?

 

 ……そうですか。

 では、退屈でしょうが聞いていただきましょう。


 あなたには経験があるでしょうか?

 私は幼い頃、何度も同じ夢を見ていました。


 薄暗く広い、とてつもなく広い部屋に一人でいる夢です。

 床は真四角のタイルを敷き詰めてありました。

 明かりがないのに、なぜかタイル同士の継ぎ目がほんのりと光っています。

 そこは、家具もなにもなく、空間の突き当たりすらありません。

 ともかく広い、としか言えない部屋なのですが、なぜか圧迫感だけはつきまとっていました。

 息苦しいのです。

 それがどういうわけか、怖かった……。


 いつから見ていたか、いつ頃から見なくなったのかは覚えていませんが、長じるに従ってそのような夢は忘れていきました。


 もう一つの経験は、左の薬指の痺れです。

 これも幼い頃の一時期のことでした。

 なにがきっかけかはわかりませんが、時折薬指先の、爪との間がチリチリと疼くのです。


 今ですか?

 おかげさまで、今はなんともありません。

 ただ……。

 思い返してみると、心に不安があったときに痺れていたような気がします。

 あるいは、嫌な予感……とでも言えばいいでしょうか。


 ええ、もちろん、気のせいでしょう。

 なにしろ子供の頃のことですから。

 

 霊感、ですか?

 ありませんよ。私は至って普通の人間です。


 そう、普通なのです。

 読書が好きで、運動はそこそこできましたが、どちらかというと家にいることを好むような子供でした。

 手芸も好きです。

 その頃は、冬になると母が編み物をしていました。

 私は、その仕草を見るのが好きでした。

 時折、毛糸玉を手繰り、母の手伝いをしたものでした。

 それが小学生になり、見よう見まねでマフラーを編んだことから趣味のひとつになったと言えるでしょう。


 いいえ。母から教わったわけではありません。

 母も、教えようとしていたわけではなかったでしょう。

 なにしろ、両親とも放任主義にも近かったのですから。

 

 え?

 いえ、決して冷たい家族だったわけではありません。

 ただ、あるいは初めての子供ということで育て方がぎこちなかったのかもしれませんね。


 私は覚えていませんが、幼児期にはいろいろなところへ連れて行ってくれていたそうです。

 決して裕福な家庭ではありませんでしたが、その頃の写真が、まだ実家に残っています。

 

 放任主義に近い、と言ったのは、はっきりと何かを教える、ということがなかったからです。

 

 じつは、私は中学の頃まで、箸使いができていませんでした。

 それが世間ではみっともないことだと自覚したときに直さなくては、と思ったのです。

 母からは言われていました。

 箸使いを直しなさい、と。

 だからと言って、持ち方を教えてはくれませんでした。

 父の箸使いは、やはり私同様でおかしなものでした。

 そのため、私は母の見まねで矯正したのです。


 勉強にしても同じでした。

 宿題を忘れても、成績が下がっても、両親は怒ることはありませんでした。

 全ては自分が悪いのだから、将来苦労をしても自己責任だ、というのが母たちの考えだったようです。

 

 ……とんでもない。

 恨みなどありません。

 むしろ、私という人格をいい意味で育ててくれたと思っています。

 決して褒めてはくれませんでしたが、その代わり、自由に自分の考えを持つことができたのではないでしょうか。

 ただ……。

 やはり不満はあったのは確かです。

 年頃になっても、悩みを打ち明けることはできませんでした。


 人見知りも、そのせいかもしれません。

 なにしろ、人との会話が苦手なのです。

 友人と遊ぶことは好きでした。

 好きだったのですが、やはりそこでも、友人の話を聞くことのほうが多かったのです。

 話に加わって一緒に騒ぐのは、今でも苦手ですね。


 

 ……あ、失礼しました。

 お茶が冷めてしまいましたね。

 続きは入れ直してからにしましょう。



 

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