六話 覚醒と暴走
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光の柱が立たれ、エアリス王国全土にその光景を目撃した。
あまりにも奇怪的な現象で滅多に見られない。
だが、その中で行われている行為を誰も知らない。
ただ、その柱の目の前にいる衛兵達とその光の中にいる二人以外は。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!」
痛いを連呼する俺に、規格外の痛みが全身に染み渡る。
「覚悟していたでしょ、もっと我慢しなさい!!」
「無茶言うな!これで死んだ人が大勢いるんだろ。そりゃ覚悟はしていたけどさ、これは流石に予想外だよ!マジで痛てぇえぇぇ!!」
今までこの痛みで死に絶えた者達の思いが理解できる。
これを並みの人間が行ったら明らかに死ぬ。
全身が悲鳴を出している。
骨が軋み、内臓が焼き切り、身体中に巡る水分が沸騰する感覚に見舞われながら、リルは彼女自身の魔力を注ぎ続けていた。
『貴様ら正気か!?禁忌を犯すなどと……』
衛兵隊長がそう叫ぶが、その声は届かず、ただ光の中にいる二人を見守るのみ。
『成功する筈がない……絶対に……』
「貴方の魔力回路を一つずつ開いているの解かるか?」
「えっ、何?回路って一つだけじゃないの?!」
何々、痛みで上手く思考が回らない。
「回路の中には無数の扉があると想像して、その扉を一つずつ抉じ開けている感じだ」
要は、魔力を通す通路を開いているって感じか。
「私の魔力と大気と大地に巡る大量の魔力も一時的に貴方の身体の中に取り込んでいる」
魔力の絶対量を決める様相の一つに身体の中にある回路、その回路に巡回する魔力は、最初に扉を開口した魔力量で決まる。
そして、リルの魔力は元よりかなりの量に加え、大気や地面に流れる魔力も加算されている。
俺の中の魔力絶対量が構成されている最中って訳だ。
抉路を行った者の目的はそこにあった。
魔力の絶対量を増やす手っ取り早い手段。
だが、尽く死を齎した儀式。
禁忌になった理由である。
意識が薄れる中、俺の頭の中にある映像が映し出された。
それは、この世界が火の海になる情景。
それが未来なのか過去なのかは判らないが、とても悲惨な情景だ。
死肉が目の届く範囲に大量に散らばり、生の欠片もないその情景に吐き気を誘う。
痛みの感覚が薄れ、徐々に身体に力が入るようになる。
「うそ……本当に、成功――」
リルは、言葉を終わらせず、目を真ん丸く開かせる。
『馬鹿な、こんな事があり得るのか?』
衛兵隊長も言葉を失う。
歴史的成功者は今までにいない為、目の前に起きる奇跡とも言える現象に衛兵全員の身体が固まる。
光の柱が段々と細くなり、やがて消え去った。
その中心にいるのは俺であり、身体から力が湧き出る。
「漫画やアニメで『力が漲っている』とよく言っていたが、なるほど、これがその感覚なのか――そして、こっちからも言いたい事があるぞ衛兵共め。俺は、彼女を誘拐などしていない!!勝手な解釈するな!」
誤解から生まれた俺の別の罪。
殺人、誘拐、これ以上の事が広められたら、いよいよ持って、世界中に追われる身になってしまう。
それだけは阻止せねばなるまい。
「見様見真似だが、こんな感じだったけか――風を司る大精霊よ――」
「待て、ナオト!!貴方は、まだ精霊の加護を受けて……」
「――我に力を与えたまえ」
リルの言葉が届かず、詠唱を言い終わらせる。
「フーラ!!」
風が都度集まり、俺の手の中で空気を圧縮し始める。
高密度な透明度百パーセントの小さな球が出来上がり、にやけ面で、まさに悪党の顔でそれを衛兵部隊目掛けて放つ。
「喰らえぇぇぇぇえぇえぇ!!」
正しく暴走。
自我を失い、混沌を齎さんばかりに、力加減せずに撃ち出す。
勢い余って、空気砲とも言える『フーラ』は、僅かに衛兵隊の真上にずれ、真っ直ぐ森の中へと消えて行き――そして、爆散した。
膨大な爆風と共に、森の木々が空の彼方へと消え去った。
その初級魔法で、森の約十分の四が一瞬で消えた。
規格外までの力、リルもその魔法攻撃を逃れられた衛兵達も目を見開く。
『これが、抉路の儀を成功した者の力なのか?』
「今の魔法……上級風魔法の【フーリューリラ】」
俺は、魔法を放つ瞬間……中から何かがカチャッと開いてはいけない扉が開いた予感がした。
そして、その音と共に意識が遠のく。
「あはははは!!」
薄れ行く意識の中で遠くから誰かの笑い声が聞こえてくる。
※※※※
「リルゥ~――最高の気分だ。枷が外れて解放された気分だ!」
「ナオト?」
明らかに様子がおかしいナオト。
その晴れやかな気分を見せる彼に、寒気がリルの全身を駆け巡る。
ナオトの全身からは視認できる程の魔力が溢れ返っていた。
「目の前の敵を倒せばいいんだよね」
今度は、冷徹な声音で衛兵隊に凝視する。
『ひっ!!』
『怯むな!!相手は先程の大規模魔術を行使したばかりだ!!返って我々はまだまだ魔力が有り余っている!!殺しても構わん!!俺が全責任を負う!!』
怯える、衛兵部隊を活気溢れる音量と前向きな言葉で皆の恐怖を取り除こうとする衛兵長。
「いいね、いいね。隊長らしいくてさ。そういうのそそるよ、最高だよ、エクセレントだよ。これ以上ないってぐらいに心が昂っているよ」
「ナオトじゃない。貴方は誰?!」
急変した態度、力を得た事によって慢心しているのか、あるいはまた別の何かに憑り付かれたのか、リルには判断できない。
しかし、今の彼を見れば後者の可能性が高い。
「くくく、まあ、こんだけやれば気づくわな……俺は、ナオトであってナオトではない存在。そうだな~、彼が俺の事を【悪魔の囁き】として認識していたな。まあ、名前なんてどうでも良いけどさ、お前には感謝しているんだぜ、リル。漸く、この身体を乗っ取る事ができたんだからな」
不適な笑みを浮かべ、偽ナオトは、悪意を含んだ視線をリルに向ける。
「だが、その前に、片付けないといけない連中もいるしさ。話は、後にしようぜ」
視線は再び衛兵達に向けられる。
殺気立った偽ナオトに怯まない衛兵は一人としていなかった。
圧倒的な強さ、純粋な殺意を含んだ視線を浴びされれば、至極当然の反応なのだろう。
そして、偽ナオトもそれを承知の上で、更に圧力をかける。
『怯むな!!攻撃を続けよ!!相手を人間だと思うな!!』
前からは怪物染みた強さをもった罪人圧力、後ろからは部隊長の圧力。
『あ、あああああぁあぁああぁぁあぁあぁ』
二つの圧力に衛兵達が冷静さでいられる訳もなく、暴走する兵も続々と現れ始めた。
気が動転し、魔法で偽ナオト目掛けてぶっ放し、武器を取って突っ込んだりして、統制があまり取れない状況に陥っていた。
「やれやれ、煽ったはいいが、これじゃ、全然面白味がなくなるな」
圧倒的勢力差に対する圧倒的な個人の強さ。
果たして、どちらが優勢に立つのか。
偽ナオトは、そんな理性を失った衛兵達を見て失望する。
『うおおぉぉぉぉぉぉ!!』
剣使いの衛兵が先陣を切って斬り込む。
垂直に、偽ナオトの頭の天辺目掛けて――しかし、その剣は、偽ナオトの額間近で動きが止まる。
『くっ、何、この出鱈目な怪力は!?』
ピクリとも動かない剣。
その不可解な出来事に剣士衛兵が、すぐさまその理由を知る。
三本の指。
たったの三本で日々鍛練してきた戦士の全力を受け止める。
「くくく、初っ端から敵の頭を狙うのは定石すぎやしないか?剣の振りも大きく、力はあれど回避もガードも容易に行える――そして、最大のミスは、考えなしに相手の力量を見誤ったところ、だ!」
少し指に力を込めただけで剣は呆気なく砕かれた。
衛兵は、その場で倒れ込む。
足が竦み、身体が硬直する。
『嫌だ、まだ死にたくない!』
一気に死への恐怖が全身を汚染する。
そして、偽ナオトは剣士衛兵の怖がっている表情を見た瞬間――
「良いねその表情。その生への執着を感じるよ。そうだ、もっとだ、もっとそんな表情を俺に見せてくれ」
歪んだ笑みを晒しながら、衛兵の襟を掴み取り、持ち上げる。
『や、止めろ!!クレイストを離せ、この化け物』
衛兵仲間、接近戦士二人と後方支援魔法使い二人、合計四人が偽ナオトを包囲する。
「へへへ、面白い。友情とは何とも素晴らしいものだ。戦友の為に命まで賭けるとは、お前の命だけで済んだものをわざわざ増やしてくれるのだから」
偽ナオトの余った左手を後方支援部隊に翳す。
同時に右手が光り出す。
「【フーラ】」
今度は、以前リルが放ったのと同じ竜巻を起こし、周りにいる衛兵を退けた。
「ナ、ナオト……!!」
だが、とリルは思う。
(しかし、今のナオト、何だか怖い感じだ)
ナオトの顔で、ナオトの声を持つ彼に一体何に写って見えるのだろう?
「どうした、リル。そんな戦うような姿勢をして……俺達、仲間じゃないのか、はははは」
にっこりと歪な笑みを浮かべ、偽ナオトの眼球の反射光が黒光りした気がした。
■■■■
――ここは、一体……?
暗闇のどん底に宙を舞いながら、己の認識を再確認していた。
俺は誰で、何をやっていたのか。
――そうだ、俺はリルに抉路の儀を頼み込んで……それで……あれ?……リルって誰だっけ?
壮大な力を得る代わりに、意識と記憶の断片を持っていかれた。
そして、朧の世界で彷徨い続けている。
何もなく、自由に時を過ごせる。
何も考えずに何も思わずに何も感じずに……
これが俺の待ち望んでいた理想郷なのか?
痛い思いもしない、飢えにも苦しまない、何もやらなくてもいい理想の世界。
ここで、ずーっと暮らしていけるのかと思うと……なんて素晴らしいのだろう。
――だが、何だこの胸の奥にモヤモヤする気持ちは……
理想郷を手に入れた筈なのに……どこか落ち着かない。
だが、その靄の正体を見出せないし、思い出す事もできない。
頭の中の記憶が何かを遮断しているような感覚だ。
はっきり言って、かなり鬱陶しい。
――【ナオト!!】――
最近よく聞く声がした。
凛として、鈴の音のようで、だが同時に心を突き刺すような強い意志を持った、そんな声が。
だが、何故だろう?
何故、こんなにも懐かしく感じるのだろう?
人との関わりは俺に取って、一番面倒な事だとばかり思ってきたのに、何故……?
――【お願い、目を覚ませ!!】――
呼んでいる、俺の名前を……
でも、一体誰が、何の為に?
ここから、理想郷から俺を引き剥がそうとしているのに、何で、俺は、声がする方向へと手を伸ばしているのだろう?
望んだ筈なのに、この理想郷を、この人生を歩みたいと。
何もしない毎日、何かをやる必要性もなく、ただダラダラと過ごせる生活を過ごそうって。
なのに、惹かれてしまう。
あの人の、名前を思い出せない、気高き華麗な少女の事を……俺は……
暗闇の底から聞こえる、少女の他に、不気味で身に覚えのある声もまた聞こえる。
少女の声からは、心配の念を感じ、そのもう一人の声の人に向かって怒りの感情も感じ取れる。
俺は、必死に右手を伸ばし……そして――視界に光が灯された。