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五話 抉路

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 木々に囲まれて俺とリルは、木漏れ日を浴びながら一息ついていた。

 追手が来ない事を確認しての休憩だが、衛兵が動く可能性だって捨ててはならない。

 だが、それよりもリルは、俺にこの世界の構図、状況を説明しようとしていた。


「私達がいるのはエアリス王国の西端の街――メイルシタット。エアリス王国では、()(こう)()(どう)()を創り出した唯一の国。貿易を栄え、大いに貢献した国よ。後言える事は、エアリス王国とビクトリアン王国が犬猿の仲って事だね」


(なるほど、これで、何であの衛兵がそんなに俺をそのビクトリアン国人だと疑った訳だ)


 疑問は少しずつ解けていくが、一つ気になる事がある。


「さっき、お前が言っていた魔道機なんだけどさ。それって人が魔法を使える事を前提にしている訳、それとも、魔力が込められた道具を使うって事か?」


 気になる事は、ただ一つ。

 この世界に於ける魔力は、誰しもが使えるか否だ。

 特別な人間が魔法を有するのであれば諦めがつくが、もし、そうじゃなかったのなら……


「魔法は、誰でも使える筈だよ。貴方だって……どういう事?!」


 リルは、俺の右手を握り、何かを確かめるように探る。

 しかし、ただ触れているとしか見えない俺に取っては、彼女の柔らかな手の感触を堪能する他ならなかった。

 だが、リルは険しい表情で違和感を覚える。


「魔力回路が開いてない……?」

「魔力回路?」

「魔力を伝える為の回路だよ。しかし、その歳で回路が開いていない筈がない……」


 内容にさっぱりついていけない俺は、ぽつりとリルに呟く。


「これで、俺が異世界から来たって証拠になる?」


 首を傾げながら、今度こそ真実を信じてもらおうと。



 リルの話によると、この世界で魔力回路を開いていない例が一つだけある。

 それは生まれる瞬間だ。

 大気や地面には多く魔力が流れている。

 そして、その魔力は肌と干渉する事で徐々に身体中にある魔力回路を少しずつ開かせている。

 開くまでの時間を尋ねると。


「一年から二年の間だ」


 生まれた瞬間に魔力回路を開放している人間はいるようだが、それは極稀の奇跡とも呼べる事らしい。

 しかし、逆に十数年もの間に魔力回路を開いていない人間など存在しないらしい。

 事実上は無理である。

 徐々に開くその回路が十数年でも開かない何て事はあり得ないからだ。

 しかし、そのあり得ない(・・・・・)状態の俺が目の前にいた。



 例外であり、唯一説明がつくなら、それは――


「貴方、本当に異世界から来たの?」

「だから、そう言ってんじゃん、俺はこの世界の住民ではないって。まあ、確かに、証拠はなかったけどさ、これでやっと信じてくれるよね」


 弁解する余地もない。

 俺の言う事は最も信憑性が高い説明だ。


「それで、聞きたいんだけどさ」

「何、改まって」

「俺もその魔力回路が開いたら魔法が使える訳でしょ」

「う、うん」


 リルは、何か悪い予感をしながら頭を縦に振る。


「その魔力回路を強引に開ける事って可能か?」


 彼女の予感が的中したのか、今までで一番難しいそうな顔で俺を見詰める。


「うくっ、た、確かに貴方が言うように魔力回路を開く事は可能だ」

「じゃあ、お願い、開けてくれないか?」


 苦し紛れのお願いをリルに強いるが、彼女もまた険しい表情で中々頭を縦に振ってくれない。


「駄目だ!!それはできない――」


 衛兵が静まっている今、できるだけこの世界の事、魔法の事を理解する必要がある。

 だが、肝心な魔力を使えないのなら、そこに意味など存在しない。

 だから、俺は無理を承知にまたしても、頼み込んだ。


「お願いだ、リル。俺はこの世界の事まだ何も知らねぇ。そして、生き残るにも力が必要なんだ!だから、俺の魔力回路を抉じ開けてくれ!!頼む、この通りだ!!」


 俺は、頼む時の最大の武器『土下座』を発動し彼女の前に額を地面に擦り付ける。

 だが、顔を上げると、疑問に思いながら首を傾げるリルがそこにいた。


(しまった!!この世界では『土下座』の効果は皆無だった!!)


 人生初の土下座を間違った相手に見せてしまった失態。

 恥ずかしさのあまり、顔をまた地面に戻し、暫くの間そのままでいた。

 人生をやり直せるのなら、ほんの一分で足りるから戻りてぇー!!

 しかし、それでもリルの表情が変わらず、頭を横に振るのみ。


「駄目なんだ。この世界では魔力回路の解放は禁じられている。だから、すまないけど貴方の頼みは聞き入れられない」



 禁止されている?

 何らかのリスクを負うなら解かるけど、そこまでする程危険なものなのか、それとも何か別の理由があるのか。


「何故駄目なのかって訊いてもいいか?」


 恐る恐る、その訳をリルに尋ねる。


「タブーなのさ。この世界での魔力回路の解放を行う人は、異端者か、国から追放された者達ばかりだ。そして、彼ら全員――」


 そこでリルは言葉に詰まる。

 これ以上の事を話すのを避けているような感じた。

 下唇を噛み締め、少し血が集まった所で少し口を開け、話した。


「彼ら全員の死亡が確認された」

「……」


 俺は、絶句し、リルは続ける。


「魔力回路の強制的な開口は、送り込む相手の魔力、それと大気中に溢れる魔力を一時的に吸い込む。そして、彼ら全員は既に回路の一部が開いている者達ばかりだ。それでも強烈な痛みに耐え切れずに死を迎えているんだ」



 激痛が伴うのは覚悟していた。

 おそらくは魔力回路っていうのは神経と何らかの関係を持っている。

 そして、その回路を一つずる開くと言う事は、神経に直接干渉するという意味を持つ。

 神経には痛覚が備わっており、その痛覚は身体が持つ限界を知らしてくれる機関でもある。

 だから強引に開かれる回路にその限界を超える刺激を与えるのであろう。

 故に、激痛が伴うのである。

 しかし、その程度はその行為を受けた者のみしか知らない。

 だが、それを語り継げる者などいないと聞くではないか。

 そして、目の前のリルは、その真実を知らずになる事を思っているのだろう。

 だが、俺なら、その語り手になれる可能性がある。

 極めて厳しい賭けに出る事になるが、試す価値は充分にある。



 ――の筈だった。



 しかし、リルはその行為を行う罰を綴る。


「回路の強引な開口、それをこの世界では、回路を抉るの意を表して『(けつ)()』と呼んでいる。例え両者が了承を得ても、儀式を受けた者の報いは死、そして、その儀式で相手に魔力を送り込んだ者の末路は、当然禁忌を犯した無法者は、その証として右肩に黒百合(くろゆり)の紋章が浮かび上がるの」



 黒百合、恋という花言葉とは別の意味を持つ。

 そして、その意味とは即ち『(のろい)

 そこで俺の考えの浅はかさを思い知る。


(俺は、一体リルにこんな過酷な事を頼み込んでいたんだ!!)


 知らなかったとはいえ、いや、例え知っていたとしても彼女に頼み込んでいたのだろう。

 所詮、俺は自分の為にしか動かないんだ。

 だから、今の俺は、おそらく凄く醜いだろう。

 だが、リルにその重みを背負わせる訳にはいかないと思う俺もいる。



 ――何故?



 再度、己の中の悪魔が囁く。



 ――己の理想郷の為の踏み台じゃないか。何故利用しない?



 ここまでに非道な思考を持っていたのか、と再度思う。

 だが、俺はその悪魔を振り払おうと頭を激しく振る。



『いたぞ!!』


 森の入り口付近から雄たけびをする衛兵一人の声が森中に響く。


「げっ!もう見つかった」

「もう、だからもうちょっと奥の方がいいって言ったよね」



 ※※※※



 休息を取る少し前、俺の身体の限界に気づいたリルが休むように言われた直後。


「少し奥の方に移動してから休んだ方がいい。万が一、衛兵が来た時にすぐには見つからないわ」


 そうリルが提案するが、俺の身体はもう既に限界を超え、止まらなかったらまだ行けた筈だが、休憩という単語を聞いてしまった俺の身体は、休憩モードに移行し、ピタリと動きを止めた。


「すまねぇ、リル。俺、もう限界だ。ここで休もう」


 これ以上の移動はもう俺にはない。

 暫く休めば何とかなるが、果たしてその時間を衛兵がくれるのだろうか?



 ※※※※



 森の入り口付近。

 衛兵に見つかる可能性は高いが、逆を言えばこっちから見張ってさえいれば、逃げる反応が早くなるって訳だ。

 しかし、その見張りの役目を担っていた俺は、一瞬の気の抜けで接近している衛兵に気づかず、すぐ側までの侵入を許してしまった。



「もうすぐ来る。ナオト、すぐにここから離れるぞ」

「お、おう……って、あれ?」



 この場をできるだけ早く離れなければならない。

 衛兵に捕まったりしたら、おそらく、国家転覆罪で処刑は確定。

 この時代、いやこの文明だからこそ、罰には厳しい。

 すぐ処刑命令を言い渡す、まあ、ファンタジーっぽいて言えばぽいけど……



「どうした、ナオト!?」

「ごめん、何か中途半端に休憩した所為か、全然足に力が入らねぇや、へへへ」

「なっ!?貴方っていう人は……」

「マジですまん」


 過度な走りの休憩、足にはまだ力が戻らず、腰が抜けたというよりも、足が鉛と化した方が正しい言い方なのだろうか。

 リルに助けてもらえた上に足まで引っ張る始末。

 貸しばっかりの異世界巡りなど、俺自身も望まない所だが……


「リル、俺を置いて、早く――」


 せめて、お前だけは生き延びろ。


「少し痛むけど、我慢して――穿て、フリューラ」

「へぇっ?――って、イッタァーー!!痛い痛い痛い痛い――何これ、めっちゃ痛いんだけど」


 身を引き裂かれた痛みに右足に見舞われ、しかしながら鮮血らしき痕はない。

 痛みは本の一瞬だけですぐに消えた。


「あれ、立てる?どうして?」


 どのような原理でまた動けるようになったのかは全く判らなかった。


「神経に直接干渉したのさ。筋肉がまた動いたのもそのお陰だ」


 休憩モードになっていた筋肉が刺激を受ける事で緊張が身体中に巡回し強張り、目覚めた訳なのだが、直接神経に刺激を与える事は痛覚に干渉する。

 その結果、一瞬の激しい痛みを感じたって訳だ。


「走れるな」

「おう」


 さっきまでの覚悟がどこえやら、リルの後ろを着いて行くのみ。



『見つかったか?!』

『いいえ、隊長、まだ見つかりません!』

『さっさと見つけ出せ!!』



「……はぁはぁ……どうにか上手く紛れたな」


 人気のない茂みにリルと一緒に隠れて、どうにかして森の外へ目指していた。


「油断はまだできないわ。衛兵以外にもここら辺に狼が生息している。警戒を怠りしたら、死ぬぞ、ナオト」


 走りっぱなしな筈なのに未だにリルからは呼吸の乱れというものが全く見られない。

 まあ、見た感じ騎士っぽいし、身体の方は幼少の頃から鍛えているのは、この世界では定番っちゃ定番だけど。

 所謂、お約束ってやつだ。



 だが、それにしても森が静か過ぎる。


「なあ、リル」

「ん?」

「この森に生息しているのって狼以外いるか?」

「当たり前な質問をしてくるね、ナオトは……いるよ。だけど、襲ってくるのは多分狼だけよ。他は草食系の動物か鳥、後は昆虫だけだ」


 先日見た看板。

 絵が下手くそでまだ何書いているのかさっぱり判らないけど、そこに描かれていた狼以外の生物はなかった。

 だから、こんなに森の最深部に近づいているというのに、狼を全く見かけないのは可笑しい。



 更に奥へ進み、森の中心部分に当たる所に広い空間が存在していた。

 その中心分に妙な塊が散らばっていた。


「な、何だこれは!?」


 無数の狼の死体が倒れ込んでいた。

 総計で六匹。

 丁度俺を襲った数の狼がいる。

 しかし、何でこんなに倒れ込んでいるんだ?


「外傷はない。口からは泡が吹き出ている……ん?……この匂いは?」


 リルは、狼に近づき、その様子を伺う。


「――ッ!!これは、ベノムレムの匂い!!」

「えっ?ベノムレムってあの毒林檎?」


 狼がそんな毒林檎を食う程この森の生息動物が枯渇している雰囲気な感じでは勿論ない。


「ああ、だけど、間接的に喰らったようだ。最近あの林檎を食べた者がいるな。そして、その死肉をこの狼達が喰らった。全く、飢えで気が動転したのか?その最期が飢えを癒す食い物とは、何とも皮肉な話だ」


 あれ、それって……

 どこかで聞いた話な気が……


(――って、俺じゃん。という事は、ずっと毒林檎を食べていたって事?!)


 内臓が悲鳴を上げたりとか、口から血が吹き出たりとばかり思っていたが、もしかして、平気なのはあの体質のお陰なのか?


「しかし、この子達も不運な事になってしまったな……あの死肉さえ喰らわなければもっと生きられたというのに」


 まるで人間相手に狼達を弔うリル。

 その後姿が妙に美しく、気高い本物の騎士みたいだ。


(まあ、騎士みたいなものか……腰に剣を携えている事だし)

「時間がない。ナオト、とっととここから出るぞ!」


 リルは立ち上がり、狼達を目の前に手を合わせ、いつもみたいな凛とした表情で手馴れた指令みたいな口調で俺を先導する。



 僅かに零れ落ちる陽光で足場を確認しながら森を走り抜ける。


『いたぞ!!追え!!』


 だが、足捌きが悪い俺は、枯れ枝を踏み付けては音を奏で、衛兵に気づかれる。


「はぁ~、今更だが、貴方は本当に足を引っ張るのが得意だな」

「うるせぇ、こんな風に森の中で走るなんて初めてなんだ。仕方ないだろ!」


 体力の限界が近づき、呼吸もどんどんと苦しくなるばかり。


「もう少しで森を抜ける。そこまでの辛抱だ」

「お、おう~」


 裏返った声で応答し、一段階加速して目の前に一筋の光が見え始めた。


「あ~、出口だ!」



 光が近づくに連れ大きく広がり、全身を包み込む。

 視界が回復し、そこには広大な大空が見えていた。

 踏める大地は僅かでその先は見えない。

 唯一気がかりなのが、視線の下に雲が見えるのが何とも違和感を覚えさせる。


「うっわぁぁぁ!!」


 急ブレーキを掛け、何とか崖のぎりぎりの所で止まる事に成功する。


「何だこれは?!」


 崖に顔を出して見ると、遥か下に無数の雲の塊が飄々と動く。

 そして、その更に下には広大な海が広がっていた。


「なあ、リル?ここってもしかして……」

「あら、気づかなかったの?前にも説明したでしょ、ここ――エアリス王国は初の飛行魔技術を生み出した国だって」

「だからって、まさか浮遊(ふゆう)(じま)だって判る訳ないでしょ!?」


 標高、おそらく五千メートルはくだらない高さに位置しているのだろう。

 その圧倒的高さから飛び降りたとして生き延びる確立は非常に低い。


「ど、どどど、どうすんだよ?!追手はすぐそこまで来ているんだぞ!逃げ場なんて何処にもないんだぞ!」

「うるさい!そんな事判っているわよ」


 追い込まれるとはこんな感じなのだろうか?

 非常事態なのに、どこかわくわくしている俺がいる。



 そして、間も無くして衛兵総数五十人が集い出した。


『もう逃げ場なんて何処にもないぞ、悪党!誘拐したその女性を放してもらおうか?』


 隊長らしき正義感の強い若い男がそう発言する。


「はい?」


 誘拐した女性?

 はて、一体この男は何を仰っているのやら?


『これ以上罪を重ねるな、そのままその女性を返すのであれば、投獄だけで済む』


 いやいや、それ人生詰んでるから。

 異世界に来て投獄されるのは死ぬより悲惨じゃん。



「リル、話をよく聴いて欲しい」

「どうしたんだ、ナオト改まって」

「お前に酷い事を強いるかもしれないけど、この状況を打開する為に無言で俺を信じて欲しい――お前に禁忌を犯して欲しい」

「なっ!?正気なのか、ナオト。そんな事したら、貴方は――」


(お願いだ、リル。今は俺を信じてくれ)


 俺の真剣な表情が届いたのか、リルは表情を改め、こくりと頷いた。


「不思議ね。貴方は本当に駄目なやつだけど、何故か信じられる――いいわ、私の将来、貴方に責任を取ってもらうわよ」


 リルは、俺の背中に両手を翳し、詠唱を唱え出した。



『お前ら、何を?!』


 衛兵総数五十人は、ここで起きる歴史的出来事の証人になるであろう。

 この世界で初めて【(けつ)()】を成功する者の瞬間を――


 エアリス王国の最西端、国の境界線に光の柱が天を穿った。

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