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四話 リベルター=ベイリル

 4


『まだ近くにいる筈だ!!追え追え!!』


 衛兵隊の追跡が継続していたのだが、俺は、誰かの手に引っ張られ、暗い蔵みたいな場所にいた。

 埃が多く被さり、軽く床を叩くだけで、霧のように辺りの視界を奪える。

 だが、それよりも目の前にいるこの麗しい声の持ち主の方が気になって仕方が無い。

 追っ手から救っていただいたご恩もあり、今は彼女の柔らかな手の感触が叫ばんとする俺の口を押さえている状態だ。


「んんん」

「あっ!ごめん、大丈夫?」


 突発的な行動を取る彼女。

 声を上げそうになった俺の口を閉ざし、衛兵から守った。

 未だに思う、声だけしか聞けないこの状況を何とも惜しい、と。

 しばらくして、衛兵が離れ、空間には静寂が覆われようとしていた。


「俺の事、知っているのか?」

「ああ、知っているよ。今この街のお尋ね者、商人殺しでしょ……あ~あ、名前は確か載ってなかったね……貴方(あんた)、名前は?」


 そこまで知っていながら、何故?


「いや、ちょっとタンマ!」

「タンマ?」


 聞き慣れない言葉を彼女は首を傾げたような気がする。


「今は、そんな事はどうでもいい。俺がお尋ね者だと知って、何で助けた?!」


 それだけが、身体中に這い回っていた違和感。

 復讐でなければ、まだしも、何も関係なければ助けるなんてあり得ない。

 何か裏があるとか、もしかすると、衛兵に引き渡す作戦とか。

 充分過ぎる程あり得る話だ。


「しー、声が大きい」


 彼女に静止するまでにどの音量で発声していたのかは判らない。

 だが、運悪く外に聞こえていたとしたら、また衛兵が集まってくる。

 一先ず、彼女の指示に従った方が無難だ。


「ああ、すまない」

「ううん、こっちこそ……えっと、何で助けたかって質問だったね」


 そう彼女が呟くと、少し低いトーンで話し続ける。


「貴方の事、ずっと見ていたのよ……あの事件から、ずっと……」


 えっ?!それって……目撃されていたのか、彼女に。

 なら、やっぱり。


「でもねしばらく見ていると気づいたの、絶対凶悪犯ではないって」


 一体何時から、いや待て、今さっきずっとって言ったよね。

 それって、ずっと観察されていたって事だよな。

 つまり、彼女は何時だって俺を通報できたって事だ。

 でも――


(そうはしなかった……)


 では、何故?

 復讐でも罠でもなければ……一体?

 彼女の意図が全然読み取れない。

 しかも、彼女の行動――あれだよね、ストー……

 いや、その考えは止そう。


「あの~、聞こえているか?手配書の人」

「その呼び方は止せ!!」

「だから、声がでかい!」


 両手で口を塞ぎ、蔵の外から足音が聞こえてくる。


『おい、ここの近くに聞こえてきたぞ!』


 衛兵が近くに寄り付き、蔵のドアにある小窓から目を通す。

 幸い、俺達がいる位置からは死角になっている為、見つかりはしなかったが……声を発せれば簡単に見つかってしまう。


「しばらくこのままでいよ」


 彼女の指示に従って、頷くのみ。

 と言いつつも、かなり厳しい位置のお陰で密着具合が……

 混乱の末、頷く事しかできなかった。


(くっそ~、そもそもの原因は一体何なんだ?俺は一体何処で間違えた!?)


 悔い改めても、時間はもう戻らない。

 今になっては、原因を探ってもどうしようもないが……



 暫くして、衛兵がまた散乱し、静寂が訪れる。

 収まりが付き、少女は俺から距離を取る。

 落ち着きを取り戻した俺は再度彼女に問うた。


「あの~、まだ俺を助けた具体的な答えを聞いてないんだけど」


 彼女は俺をずっと監視した上で危険ではないと判断した。

 しかし、それでは根本的な回答にはならず、まだ俺を助けた理由を明確にしていない事になる。

 なるほど、敵意はない事までは判っても、やはり助ける義理はない。

 ならその理由(わけ)を聞かなければ、目の前にいる彼女を信用てきる筈もない。


「具体的ね……」


 頭を抱える少女にじっくりと時間を掛けて考え込む。


「実は、私――同じく追われている身で~す」



 ――……はぁっ!!……



(何を言っているんだ。この人……)


 あっさりと打ち明けられた意外な真実。


「待て待て待て」

「?」

「いや、確かに聞いといて何だけど……本当にそんなあっさり喋ってよかったのか?」


 青ざめる俺の顔は、当然彼女には見えない。

 しかし、彼女が何をそんな慌てた様子を見せるみたいな疑問を抱いているように思えた。


「――っ!!」


 そして、僅か一瞬、彼女は短い呼吸をし、自分の発言に漸く気づく。


「あ、いや、今のは冗談……ていうか……ははは」


 辛い言い訳を吐く。

 今更撤回できない状況に観念したのか、冷静に自分の失言を認めたのかは判らないが、少し間をおいて、少女は語り始めた。


「貴方を助けた理由は本当に単純なの……さっき言ったみたいに、私は追われる立場にあるの。詳しくは話せないけど、信用できる人を探していたの」

「それが、犯罪者成りかけの俺って事?」


 いよいよ話についていけなくなってきた。

 信用できる人を探す為に犯罪者になってしまった俺を助けた?!

 しかし、これは……


「いやいやいや、普通犯罪者は一番信用したらいかんでしょ!?……いや俺は、違うけどよ」


 不可抗力で運悪く犯罪者に成り下がってしまったけど、それでもそんな理由で簡単に信用したらいかんと阿呆でもわかる。

 だが、少女は、今度は優しい声音で続きを綴る。


「だからこそ、貴方を監視していましたの……犯罪者でありながら、誰も殺める事も傷付ける事もせず、必死で逃げ切ろうと、ただ只管(ひたすら)、懸命この街を去ろうと考えていただけ」


 少女の語る言葉に重みを感じる。

 誰を頼ればいいのか、追われる身で、誰かが助けようにもつい考えてします。

 本当に信用していい相手なのかと。

 本当は、追手の仲間で助ける振りをしているのでは。

 疑心暗鬼になり、全ての人間が敵に思えてくる。


「だから、貴方が危険じゃないと解かった時、この人ならって思えたの」


 聞けば聞く程、彼女の事を見捨てられない気持ちが芽生えてくる。

 しかし、それは俺が求めている生活と間逆。

 絶対に相容れない道だ。

 それに、俺は彼女の事をまだ全然知らないし、助ける義理は……


「俺、まだお前の名前知らないけど……今後の事云々を言う前にお互いの名前ぐらいは知っとかないと困るだろ」



 ――あれ!?



「そうですよね!名前、ちゃんとお互いを知る事も大事だものね」


 思っている事と口にしている事が一致していないんだけど。

 彼女めっちゃ嬉しそうにしているんですけど!?


「私は、リベルター=ベイリル、よろしくね」

「俺は、片桐直人、よろしく、リル(・・)

「リル?」


 早速に、俺がリベルターの呼び名に混乱する。


「あ~あ、リベルター=ベイリルって長ぇじゃん、名前……だから略してリル。短いし、可愛いと思うぜ俺的に」

「な、ななな、何を言っているんだ貴方は!!私の名前を勝手にし、ししし、省略して、それに加えて、か、かか、可愛いだなんて……そ、それより、貴方珍しい名前をしているじゃない」


 照れ隠しのつもりか、話を逸らそうと話題を変える。


「お、おう。そうだな、まあ、珍しいのも無理もないよ。俺、多分別の世界から異世界(ここ)に送り込まれたみたいだからよ」


 俺の言葉を聴いた瞬間、場の空気が変わった気がした。


「異世界から来たって事か?」


 一音を下げてリルは問うた。


「ああ、そうだけど」


 何、違うのか?

 異世界ものって召還とか無縁なのか?


「すまないけど、貴方が異世界から来たって話、そう簡単に信じられない」

「いや、事実を言ったまでだけど……ま、まあ、信じてくれとまでは言わないからさ、俺はこの世界について何も知らないんだ。何か知っていたら教えて欲しい」

「百歩譲って、貴方が異世界から来たとして、その話はここから出てからしない。暗くて気が滅入ってしまう」

「ああ、そうだな。今も追手はいないみたいだし。出るなら今しかないな」


 俺達は、暗い蔵の扉を少し開けて、外の様子を伺った。

 どうやら、本当に衛兵の姿がない、俺の予想が当たり、周りには至って静かそのものだ。


「よし、今の内に行こう!」


 扉を静かに全開させ、飛び出した。



 俺は、手配書に載ってから日が浅い為、地面に転がっていたマントを羽織る。

 幸い、全身を覆い尽くす程のマントで助かったが、少しばかり湿っていて、あまり着心地が悪い。


「うぇ~、気持ち悪っ!!」

「仕方ないでしょ、貴方の格好、目立つんだから」

「そりゃ仕方ないかもしれない、け、ど……」


 俺は、彼女の前で息を呑み込んだ。

 気品溢れる太陽のように輝く長い金髪と燃えるような緋色の瞳、サクランボ色の唇と透き通るような艶やかな白い肌。

 赤い短めのドレスの上には銀色の胸当てを装備し、腰には、かなり高そうな剣を翳している。

 しかし、妙な事にその剣の鍔に布を巻いていた。


「リル、お前、本当に綺麗な人だ……まるで、お姫様みたいだ」


 素直に思った事を口にする。


「なっっ!?また貴方そんな事を軽口で……それにひ、姫様って、そ、そんな訳ないでしょ!!」


(怪しいぃぃ)


 疑心の目でリルを睨みつける。


「さ、さあ、行くぞ、カタギリ・ナオト」


 彼女は素っ気無い態度をして、道案内をし始める。


(俺の名前はやっぱり言い辛いようだな)


 退屈凌ぎになりそうな感じだな、リルは。

 などとリルという娘に多少なり、悪戯心が芽生える。


「ナオトでいいよ。堅苦しい」

「そうか、じゃあ、ナオト、よろしくな♪」


 満面の笑みを見せるリル。

 そんな彼女を見て、俺が僅かに頬を緩ませた事に全然気づかなかった。



 ■■■■



「追手は来ていないが、やはり門には二、三人の兵が張り巡らせているようだな」


 街の外れの東門の所まで何とか衛兵に見つからず辿り着いていた。


「これからどうするんだ?」

「三人相手なら、私の魔法で何とかなると思うが……しかし、目立ち過ぎる」


 つまり、あそこの衛兵をどうにかできるが、居場所がすぐにばれるって意味か。

 だが、それなら一層の事。


「やっちゃえよ。それで例え、衛兵が来ても、もう外だ。幾らでも隠れる場所だってあるし、衛兵も街を離れる訳にもいかないだろう」


 リルは、眉間にシワを寄せながら、俺が出した提案を呑むかどうかを悩んでいるようだ。

 確かに、今の提案はあくまで推測だ。

 衛兵という職業柄、街を守るお巡りさんだと、俺は認識している。

 ここを逃げ切る為なら何でもしてやる、大きな賭けだが最悪の場合、リルだけでも逃がす事も考えなければなら――



 ――はははっ……何を言っているんだ、お前は。


 内心に向かって俺自身の声が届く。


 ――楽な人生を歩みたいのだろう?なら何故、彼女を見捨てない。そうしたらお前は逃げ切られる。せめて次の街までは追手が来る筈もない。怯える日常からお去らばできるんだぜ。


 悪魔の囁きはこういうのを呼ぶのだろう。


(誰かの犠牲で成り立つ人生なんて、後味悪くて、もっと面倒だ。だからお前の提案……断っとくぜ!)



 ――へへへ、そうか。なら精々後悔するといい。


「おい」


 悪魔の声が途絶え、俺を呼ぶリルの声が聞こえる。


「姫様みてぇな容姿で全然姫様らしくねぇな、リルは」

「だから、言っているだろう、私は姫でもなんでもない。それよりやるぞ」


 今度は、狼狽える事もなく、俺の発言をばっさり切り捨てる。

 そして、右手を衛兵達に翳し、目を瞑った。


「風を司る大精霊よ、我に力を与えたまえ、フーラ」


 瞬間、リルの周りに大量の気流が集まり、竜巻が如く勢いで門の前に立っていた衛兵達を全て彼方まで薙ぎ払った。

 本物の魔術を目の前に、興奮が収まらない俺に、リルは厳しい目で睨みつける。


「追手が来るぞ、行くぞ、ナオト!!」


 俺は、リルが命じるがままに後ろを着いていった。



 ■■■■



 俺達は、以前俺が拾い捲った(リーラ)林檎(リンゴ)の森に身を潜めていた。


「お、おい、本当にここは無事なのか?狼が出るんでしょここ」

「獣の気配はしないから心配無用だ」


 その勘の鋭さは素直に感心する。

 何を隠そう、今まで衛兵に見つからずに済んだのも彼女の勘あってのものだ。

 だからリルが大丈夫と言ったら大丈夫だと、俺も勝手に思うようしている。


「ここなら、話せそうだな。ナオト、ここで一先ず休憩をするぞ」

「な、何を言っているんだ。俺は別にまだ、全然、平気、だけど……」


 息を切らし、今にでも倒れそうな俺の強がりもリルの前では何の意味もない。


「いいから、休め、身体が持たないぞ」


 それと引き換えにリルは呼吸を乱すどころか汗一つ搔かず平然と木の幹に背を預ける。


「で、は、話は一体、何だ……?」


 一息つく安息感を噛み締めながら、リルに問う。


「何、ナオトが言った事じゃない、この世界の事もっと知りたいのでしょ」


 蔵の中で確かにそんな話をしていた事を思い出す。

 そして、俺は彼女がこれから話す、この世界の全貌を、俺は息を呑みながら聴き入る。

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