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三話 逃亡生活

 3


 はぁはぁ。


「いきなり逃げて出して来たけど、本当ぉ~……マジで面倒な事にぃ~」



 咄嗟の反応で商人の死体を放置して、逃げて逃げて、逃げ続けた。

 やっとの思いで路地裏の誰の気配もしない場所まで来たけど、これからどうしたらいいのだろうか?

 折角の出世コースが刑務所コースに移行される何て――

 またため息を吐き出して、今後の事を考えた。

 顔を見られ、手配書が回り始めるのも時間の問題。

 唯一助かったのは、ここでは写真みたいなものが存在しない事だ。

 だから顔の詳細は紙で表現される。

 何せ一番の問題は勿論――


「この格好をどうにかしないとな」


 文化が違い、時代も違うと来た。

 当然服装も異なる訳で、この格好は目立つに決まっている。

 全身泡模様の水色の服を来た正体不明の異国人。

 唯一救いと思えるのが、服装が派手過ぎて、顔が朧に記憶される事だ。

 つまり、服装を変えれば、事実上、逃げ切れる筈。


「しかし、何で彼は死んだんだ?」


 彼とは勿論若き商人の事だ。

 素朴な疑問。

 あのベノムレムという毒リンゴが偶然に一つだけ入っていたのか?

 それなら、納得――は、いかないけど、可能性の一つとして挙げられる。

 だが、とふと思う。


「――いや、そうじゃない!」


 もしも俺が持ってきた(リーラ)林檎(りんご)が全て、あのお兄さんが言っていたベノムレムだったとしたら……俺だけに効かなかった理由は、まさか……!?


(いやいやいや、ないないない、そんな筈はない。これは偶然だ、そう単なる偶然……そんな訳がない)


 考えた可能性、しかし、それは違うと何度も頭に言い聞かせる。

 そんな筈はない。

 だって――

 もし、考えている事が正しければ、この身体は……


「毒の無効化……?」


 だが、しかし、頭で考えているとは異なる回答を口にした。

 何故なら、探偵小説によく出てくる毒殺はこんな感じじゃないからだ。

 普通はもっとこう、苦しんだり、息が詰まったり、血反吐を吐いたりするだろう。

 あのお兄さんのように。


 ――まあ、実際に毒は飲んだ事はねぇけど……


 だが、口にしても何も起きない(どころ)か美味しさしか感じない。

 そんな果実を口にした若商人はもぐもぐと食べて――そして死んだ。

 そのお陰で犯罪者となった訳なのだが……


「いや、本当……どうしたらいいんだぁ~!!」


 泣き叫ぶ以外何もできない。

 というよりも、異世界来て早々、逃亡生活が始まるって、どんな状況だよって話しだ。

 自分の能力をまだちゃんと把握していない状態で、最悪の場合――国家テロリストになりかねない行為まで果たした。

 商人の殺人ともなると、その国の貿易――つまり、国に入る金を妨害している形になる訳で、国家転覆に入るではないだろうか?

 だから、今の俺の立場を考えると……ただの殺人犯ではなく、国家を翻す可能性のある他国から派遣されたスパイ……て、こと?!



 ※※※※



 ははは。

 何じゃこりゃ……

 どうせ絵だし、もしかしたらと考えたのが甘かった。


「何よこれ。念写能力者でもいるのかこの世界では……殆ど写真と変わらないじゃねぇか!!」


 目の前にある一枚の手配書。

 その中心に写されているのは、目の下の(ほくろ)も詳細に描かれている。

 勿論、服装の泡模様水色パジャマも完璧に描かれていた。

 服装ならまだしも、顔まで鮮明に描かれていれば、前に考えていた服装を変えて逃げ切る作戦は完膚なきまで粉砕される。

 冗談でも笑えねぇよ、こんなの。

 これで正式にお尋ね者として、この街を去らなきゃならなくなった。

 ここから送る筈だった楽々ライフも始まる前に終了し、最も面倒で最低な生活の始まりって訳だ。

 何でこんな人生を送らなければならない。


「何、俺がそんなにぐうたらに過ごしていた事が気に入らなかったのか、神様さんよー!」


 横暴にも程がある。

 魔法も特殊能力なしでこの世界で生きろと――冗談じゃない!!

 それだけに止まらず、住める可能性の街まで追い出そうとしているではないか。

 金も住みかも魔法も特殊な能力もない村人A的存在である俺に、何の目的でこの世界(ここ)に送り込まれたのも知らず、これから何をやれるかのも判らず、これからどう生きるかだけ、与えられた唯一の自由だ。

 知っているのは、俺に不死の力がある事。

 ただ、死ぬ感覚を感じなければ再生しない身体になったって認識だけだ。

 そして、その時に発生した光、それが何だったのかが謎に残ったが、まあ、今更何を考えてもこの力を使う事は多分もうないだろう。

 一回切りの能力、だから事実上、無能力者の村人A――それが今の俺の肩書きと言えよう。

 救いもねぇ、異世界転生者だよ、全く!


(こんな事になるんだったら、まだ、あっちの世界の方がまだましだよ)


 この街を去らなければならない。

 それはあの手配書を見た時から決めていた。

 だが、この街の近くに他の街があるのか?!

 誰かに聞く前に指名手配犯になってしまったから今更訊けないし、街を出て無計画に移動するのも愚策もいい所だ。

 それに、この国の規模がどうなっているのかも解からないし、もしも、他の街にもこの手配書が配られていたら、永遠に野宿しなければならなくなる。

 それだけは阻止しなければ!!

 ――だが……


(どうやりゃ~、全っ然わかんねぇ~よ!!)


 こんな感じで思い悩んでいる。

 追われる身として、これからどう行動したらいいのか?

 まずは、最初の目標を決めないといけないな。


『おい、いたぞ!!』

『あんな変な格好、我が敵国――ビクトリアン王国の者に間違いない』


 衛兵隊による見回りによって、手配書の件についても知っているであろう。

 ――しかし、敵国に対して、こんな格好で出回っている方に驚きだ。

 そんな国を敵国として認識しているこの国もどうかしている。

 いや、でも、街の人の反応は別に気にしていなかったような。

 しかし、密偵だとして、馬鹿でも敵国の格好のままに入国するとは思わないし、あの衛兵の見間違いか?


「捕らえろ!!」


 二人かと思っていた衛兵が叫び出すと同時に、角から最低五人はいるであろう他の衛兵が一斉に取り掛かった。


「うわっっ!!」


 何を呆けていたのか、接近してくる衛兵に一歩遅れの反応で逃げ出した。

 幸い、距離があったから捕まりはしなかったものの。


「発砲許可を認める。撃て!!」


(おいおいおい、冗談じゃあねぇぞ。あんなの喰らったら、一巻の終わりじゃねぇか!?)


 確保する事が難しいと判断した衛兵隊の隊長が下した判断は実に正しい。

 犯罪者を取り逃がすより、殺した方が何倍もましだ。

 しかし、だ。

 それは明確に罪を犯した輩に成す事だ。

 殺す気など毛頭なかった俺に取って、この事態不条理だと考えている。

 何故に、こんな世界に連れて来られて、いきなり犯罪者扱いになっているんだよ。

 何この鬼モードを遥かに上回るレベル設定。

 もっと易しい設定にできなかったのか?


『撃て!!』


「かはっ!」


(おいおいおい、マジか……俺、撃たれたのか?本当に、脅しをいうかと思いきやいきなりの発砲――何考えているんだこの国の連中は)


 節操なし、無鉄砲、後は、何だ――まあいいや。

 兎に角、今は大変ヤバイ状況にあるって事だ。



(撃たれた?!)


 着弾が十二発。

 右腕に二発、左足に三発、背中に五発に心臓の一発と頭に一発。

 その他にも壁や地面に被弾し、合計で三十発を超える弾を発砲していた。

 たった一人の為に、この弾の数は多すぎる。

 人数もそうだけど……

 でもやっぱり、これは――


「イッテェェェーーー!!」


 頭に弾丸を受けた場合、人間は死を迎えるまで約三十分掛かると言われている。

 心臓に撃たれれば大量出血に一時間も掛かる場合もある。

 この時の感覚は非情にしんどい。

 気分が悪く、吐き気がする。

 今度こそ、ここで終わるのか?

 呼吸が乱れ、身体の正面に生暖かな感触が。



 ――ああ、これ全部俺の血か……?



 何て、暖かい。

 だけど、同時に、身体の内から冷えていく感覚もあった。

 まるで、身体の熱が全部漏れていく感じだ。



『『『うわっ』』』


(何だ?何でそんな目でこっちを見るんだよ!?)


 俺の死亡を確認に来た三人の衛兵が同時に喚き声を上げ、一斉に不気味なものを見たように不快な視線を向ける。


『『『ば、化け物ぉぉーー!!』』』


 瞬間、その三人は一斉に逃げ出した。

 ちっ、誰が化け物だ。

 俺は、舌打ちをし、無意識に起き上がっていた。

 カランキーンカランキーン、と次々と金属音が弾ける。

 それが、身体から排出された弾丸だと気づくのに時間は掛かった。


 ――あれ?これって……


 一回切りの不死身の能力じゃー?

 消えたはずの能力が復活しのか?!

 またしても、あの時と同じ、気持ち悪い感覚が蘇る。


「うぇ、まだ二回だけど、慣れそうにねぇなこの感覚」


 何とも説明し難いこの感覚に近しい表現があるなら、やっぱり気持ち悪いとしか言いようがない。

 三人の衛兵が逃げ出して、異様な光景を見た他の四人の衛兵達は、目の前の脅威より後ろに立っている衛兵隊長の方が恐ろしいらしく、隊長の『捕らえろ!!』の命令に従い、両腕両脚を抑えられた。

 逃げた三人の処罰の想像がつく。

 職務放棄に値する行為、この時代を考えると監獄行きなんて奇跡だろう。

 最悪の場合、処刑って事も充分にあり得る。


『あいつら、職務放棄とは――処刑だ!!』


 この時代に於ける不条理の一つだ。

 だが、市民の安全のため、警備は非情に重要な機関である事は充分に理解できる、だが警備隊である前に他の市民と同じ人間だ。

 怖いものにあって逃げる権利はある筈。

 勿論、罰を与える事は重要だ。

 しかし、その罰が処刑って……厳し過ぎるではないか!



「へっ!ちっと部下に厳しすぎるんじゃないか、衛兵隊長さん」


 誰かを庇うなんて、俺も彼らに同情し過ぎた。


「黙れ、ビクトリアン王国の怪物め!!」


 いつの間にか、敵国が生み出した怪物扱いにされているが、まあいい。


「そうさ、俺はこの国をめちゃくちゃにする為に作り出された人間型の怪物だ!!貴様の血肉を引き裂いて丸呑みにしてやってもよいぞ」


 脅しに屈しれば、逃げって行ったあの三人に処罰を与える事はないだろう。

 しかし、今の発言……言い訳できない状況にどんどん行っちゃっている。

 他人の為に、自分を追い込む日が来るなんて。

 何で、こんな事になったんだっけ?

 この世界に来て、本当に俺の頭ん中変になったんじゃねぇのか!?

 これで、この街に住める可能性を完全に潰してしまった。


(はぁ~、この鬼モードを更に難しくしてどうすんだ、俺!!)


 俺の発言で、隊長は一歩下がり、取り押さえていた衛兵達も抑える力が緩んだ。

 その隙を突いて逃げ出した。


「お前ら、何怖気ついている!!」


 何もしていない隊長が何を言うって感じだが――

 この場は一時撤退しか他あるまい。

 生き残る為に――

 奇跡にもあの力が蘇ったお陰でこうして逃げ切れた、しかし、また同じようになるとは限らない。

 今は、できるだけ逃げるしかない。



 ■■■■



 既に三日が過ぎていた。

 街の出入り口は強固に警備が張っており逃げ出す事はままならない。

 かと言って、街の中にいたら何れ衛兵に見つかる。

 食料も調達できず、空腹状態。

 水も同様に一滴すら口にしていない。

 正しく餓死寸前って言った状況だ。


「餓死かぁ~、全然実感ねぇな。空腹と喉の乾きはあるが……身体の方は全然力は出る」


 不思議と力は衰えず、全力疾走しても問題ない程、自信はある。

 だが、いつまでも逃げてばっかりでは身が持たない――精神的な意味で。

 だから、夜は大抵下水道で立ったまま寝ている。

 最っ低に寝心地悪いが、衛兵隊の目から逃れられるにこれ以上の場所はない。

 これを三日間も続けていれば身体も臭くなる訳で、外出に気をつけなければならない。

 日光を充分浴びて、臭い匂いを分泌する菌を殺す。

 それで多少匂いを消す事はできるが全く消える訳ではない。

 死んだ菌は当然いるが、無数の菌は所謂仮死状態に陥っているだけで湿気のある場所に戻れば復活する。

 だから、余計に気をつけなければならない。

 相手に不快な思いを掛けるのではなく、衛兵に俺が隠れている場所がばれる事をだ。



 何で楽に人生を送ろうと思った矢先に一番面倒な方に向かっちゃったのだろう?

 何処でどう選択ミスをしたのか、それとも、これは、何らかの罰なのか……楽に暮らしたい思いを否定される筋合いはないが、もし、今の状況が原因ならば、俺が相手すべき敵はおのずと解かって来る。


「くそぉ~、神様め~……いつかぶっ飛ばしてやる」


 存在するかどうかは解からない神様を恨む以外にこの鬱憤を晴らす事はできないまでに追い込まれているって事か……ははは、情けねぇな~全く。

 どういう原理か、三日前に打ち抜かれた身体は勿論、服まで再生している。

 有難いが、何か違和感も覚える。

 再生という言葉が本当に正しいのかどうか?

 首を傾げる案件だ。

 他にこの能力に相応しい表現がある筈だ。

 そうぼやいて街を歩いていると――


『いたぞ!!』


 ついうっかりと衛兵に見つかってしまう。


(しまった!!つい、ぼんやりとし過ぎた、ここまで来てこんな失態……空腹によるものじゃねぇだろうな?!)


 自分のうっかりを空腹の所為にするとは、何とも滑稽(こっけい)な話だ。


「ちっ」


 舌打ちと同時に、路地に逃げ込んだ。


「待て!!」


 衛兵は一人、見失う事なく追いかけてくる。


「足が速い奴め。全然切り離せない!」


 距離は刻一刻と詰められている。

 空腹状態でも走れる事はできるが、やはりというべきか、速度は激落ちしている事は明らかだった。

路地裏の十字路の所だった。


「こっち」


 突然の出来事に困惑するが、右腕を引っ張られる感覚とドアの開閉する音だけがした。

 目の前の景色が一変し、薄暗い(くら)の中に連れ込まれてしまったみたいだ。


「すいません、ごめんなさい、お許しください。ですから、俺を殺さないでください!」


 誰かに薄暗い部屋に連れ込まれ、挙句の果てに指名手配犯である俺にやられる事はただ一つ。

 恨みのある人が復讐の為に行動している。


「何よ、助けてあげたというのに」


 その声を聞いて、驚嘆した。

 俺ぐらいの年齢の少女の声。

 静かだが、しっかりとした凛々しいその声の持ち主に惹かれたのは確かだった。

 薄暗くてあまり顔が見えないが、頬に触れる髪が、彼女が長髪である事を教えてくれた。


「何黙っているのよ。何とか言いなさいってば……(例えば、感謝とか……)」


 最後の一言は聞こえなかったけど、彼女の行動は間違いなく救助だ。

 どんな理由で何の目的があるのかはわからないけど、助かった事には変わりはない。


「お前は、一体……?」


 自然とでた言葉だ。

 助けていただいた人にいきなり失礼な言い方だがな。


「クッサイ……アンタお風呂入っているの?すっごい臭いよ」


 三日三晩下水道で暮らしていれば当然この反応になる。


「いや~追い駆けられてね、へへへ」


 風呂に入っていない事を打ち明ける。


「はぁ~、知っているわ。指名手配犯の変な格好の少年、ふふふ♪」


 笑い声のような優しいトーン。

 そんな彼女お顔が見られないのが残念だと思った。

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