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二話 商人、やってみた結果――

 2


 待って、待ち続けて。

 そう、ただただ死を待ち続けた。

 なのに、それが訪れない。

 どんなに待っても、どんなに内臓が飛び散っても、死神が舞い降りてこない。

 

 ――これはどんな拷問だ!?


 激しい痛みだけが残ったまま、感覚を失い、天を仰ぎ、真っ青な空を見ながら、傍らでは、ムシャクシャと自肉(じにく)を食われている音だけが聞こえて来る。

 もう一度言おう、これは一体、どんな拷問だ!?

 死に直結しているような傷なのに、死ねない何て、本当に勘弁してくれって話だ。

 あり得ないだろう、普通に考えてみたら。

 不死身の身体に憧れていた時期も確かにあった。

 これならどんな事があろうとも死に怯える必要はなく、思い悩む要素が一つ減るからって考えたものだ。


 馬鹿馬鹿しい愚か者が持つ考え事だ。

 普通ならあり得ないから安易に思ってしまう。

 でもいざなってみると、とんでもない!!

 痛いわ、苦しいわで一杯で、内臓が飛び散ったままで生き続けている状態だ。

 どんな絵図らたっつーのさ。

 肉を引き千切られて、一体何分経つのだろう?

 痛みは限界を超えて、最早何も感じない。

 普通この時点で死んでいるからな、自分の肉が食われている様子を拝めるのは貴重な体験かもしれない。


(まあ、あまり見たくはないけども)



 ※※※※



 いつまで続くのだろう?

 彼此(かれこれ)3600秒を数えているような。

 冷静に一秒一秒を数えている自分に呆れつつ、狂ってしまったのではとまで考え始めたものだ。

 それでも、狼達は、俺を食い尽くす事ができずに食事を続けていた。


「いい加減にしろ!!」


 ドンと地面を叩くと、妙な現象が起きた。

 地面に皹!?

 一体何が起きた?

 狼達は走り去って、俺を置き去りにした。

 身体は血色に染まり尽くされて、内臓もやはり飛び散っていた。


「へ~、俺の腸ってこんな形や色をしているのか?」


 などと遠目でふざけた事を言ってみた。

 すると、どうした事か。

 時間が巻き戻されるかのように、見る見る身体が再生に向かっていた。


「おいおいおい、何だこれ!?」


 内臓が蛇みたいに身体の中に収納し、皮膚の細胞がそれを覆い尽くしていく。

 感想はたった一つだけ。


「気持ち悪っ!!」


 見た目もだけど、再生している身としては、あまり心地の良いものではない。

 体内に暴れている獣か虫がいて吐き気を誘う。

 折角食べた林檎もどきもどこら辺に散らばっているのやら。



 再生は、約5分で終わった。

 この気持ち悪い再生を5分だよ。

 耐えられるか!?

 これで、俺の中の不死身の印象ががらりと変わってしまった。


「ただの生き地獄じゃねぇか!?」


 唯一感心できたのは、服までも再生できるという事だった。


「へぇ~、これは便利だな」


 身に着けているもの全てが再生されるなら、今後も役に立ちそうだ。



 ――ぐっぐぅ~~



 腹がもう一度食事を求めてきた。


「まあ、食べ物なら幾らでもあるから良いけどな」


 俺は、再び木に生えている林檎もどきを手にがぶりと食らう。


(しかし、あれは一体何だったんだろう?)


 振り下ろした右拳が光ったかのように思えた。

 そして、その光を地面にぶつけた瞬間、大地が砕けた。

 格好の餌だった筈の俺が放った一撃に脅威を感じた狼達は一斉に逃げ出した。


「不死身の他に何かしらの能力があるって事なのか?」


 今一ピーンッとこないが、今は腹を目一杯満たすのが先決だ。

 十個程の林檎もどきを平らげ、俺は、再び町に戻ろうと決意する。

 町中に散らばって捨てられている箱を全て拾い集めて、町の西側にある川で洗う。

 そして、その後にもう一度森の中へ入り、林檎もどきをかき集め、町で売り出す。

 我ながら完璧な計画だ。



 して、その計画は順調とかというと……

 何処にも、箱が落ちておらず、見つかるや壊れていたり、見た目が酷かったり、修復不可能な状態のもあった。

 川に持っていくのにも重量を考えれば二箱が限界、そこに林檎もどきを入れるとなると抱えるのにも苦労が付き物。

 完璧な計画の筈が穴だらけの失策だったという訳だ。



 計画では、箱四個の中にそれぞれ三十個もの林檎もどきが入る予定だった。

 しかし、その重さにして、一箱約八キロ、どう考えても重過ぎる。

 それを四個だ。

 計三十二キロ――そして町までの距離、約五キロメートル。


(ないわ~、単純な計算でも無理だっつーの。本当に阿呆だな、俺は)


 こんな誤算を見過ごすなんて、学生時代の俺にはなかった。

 何、異世界転生で鈍ったのか?!

 そうなのか!?

 だから、現在では箱二個、林檎もどきの数は計十五個。

 これで一箱に於ける重さは計画の半分だ。

 それも箱自体が半分になるからして、全部で四分の一の計八キロだ。

 これなら、休憩しながらの移動は可能な筈だ。



 あの一件以来、狼の姿が見えなくなった。

 勘だが、おそらく俺が放った一撃に脅威を感じ続けているに違いない。

 しかし、あれ以降、その妙に強い力は出てこない。

 その力が発揮された状況を考えると俺が窮地に追い込まれた時のみに発生すると考え、時には自ら鋭い小石を使って、自分を傷付けたものだ。

 痛いし、再生時のあの気色悪い感覚に耐えながらも、結果は一目を於いて変化なしと来た。


「身体に危険を感じさせるだけじゃ成り立たないって事か?」


 身体だけでなく頭も危険を感じる必要があるのか?

 死を感じる事で発揮される能力なら、それは、つまり――


「あの時が最後だって事ぉぉ!!」


 死なないと自覚すれば死を恐れなくなるのではないのか?

 そして、不死身でありながら、死を感じないと発揮できない能力。

 矛盾のあるこの能力。

 いや、矛盾は一回使ってからだろう。

 不死身である事を自覚しなかったから、できたものを。



 これで俺は、ただの不死身やろうっていうの?

 魔力皆無、剣術、いや武器自体の扱いもままならない、平々凡々の村人Aに過ぎない。

 まあ、平和で暮らせれば何の問題もないが……戦争とか面倒だしな。

 並みの兵士以下だと判れば、戦場に駆り出される心配もなく平然とした暮らしを得る。

 ただ、この林檎もどきを売りつけ、金を得て、この世界の知識を得て、服装も買って、なほほんと生きていく道を俺は選ぶ。

 まさに理想郷だな。

 まあ、働かず金を稼げればせり越した事はないが、そうは言っていられない。

 死ねないと判った今、飢えがもたらす強烈な苦しみを永遠と続く。

 それは、何もしなかったらの話だが。

 だから今は、金を稼ぐ事だ。

 それが何よりも大優先だ。

 一つ不安要素があるとすれば、売り込む際の交渉だ。

 互いに言葉が判らなければ売り込めない道理。

 恐れるも町に一歩を歩み出し、無数の林檎もどきと共に道端を通る。

 しかし、どういう訳だろう?

 気の所為ではないよね?



『奥さん、新鮮な魚だよ』

『あらまあ、じゃあ一つお願いしようかな♪』



 耳を穿(ほじく)っても、やっぱり、気の所為ではない。


「理解、できる」


 言葉が判る。

 原理も原因も判らない。

 だが、今はそんな事はどうでもいい。

 これはチャンスだ。

 何かしらの奇跡というやつだ。

 言葉が理解できるのなら、通じる筈。

 もし、通じるのであれば、抱えている言葉の壁も簡単に崩せる。

 初めての世界、初めての人々。

 プロの商人との交渉もかなり難易だろう。

 金銭の価値観が皆無な今、どれ程のものだろうと考える必要がある。

 だが、それ自体は心配ない。

 ただ、慎重にならなければならない。

 急に高額を述べれば商談決裂になりかねない。

 だから、まずやるべき事は――



「どうも、こんにちは」


 愛想良く振舞う事から始めよう。

 笑顔を欠かさず、常に相手が有利だと思い込ませる。

 そして、できるだけ、商品の良さをアピール。


「しがない見習い商人でございますが、こちらに世にも不思議な(リーラ)(りん)()を提供しに参りました」


 市場の一商人に、初対面ながらもあっと驚くような対話術。

 自分が格下である事を認識させ、且つおそらくまだ未発見の少量の商品(りんご)を見せびらかす事で商売を始めたばかりという更なるアピールを見せ付ける。

 そして、発言後の礼儀正しい姿勢に一礼する事によって、さり気なく断る発言を引っ込ませる。


(多少強引だが、明日を生き抜く為だ、悪く思うなよ、お兄さん)


 紺色の頭、涼しさを感じさせる程の爽やかな黄緑色の瞳。

 時代も関連してか、模様が豊富な茶色をベースにしたベストを着衣している。

 初心者向けとして、できるだけ気弱な商人を選んだ。

 そして、この素晴らしき演技の前で、堕ちない人など、いない!!

 しかし……どういう事だ?

 一礼したまま、顔のみを見上げると、商人のお兄さんが顔色を変え、冷や汗が流れている事も見受けられた。


貴方(あんた)……本気でそれを売りに来たのか?」


 ん?どういう事だ……未発見の果実じゃないのか?

 なら何故、畏怖するような目で俺を睨む?


「あの~、訳を聞いてもいいですか?」


 何か間違えたのか?

 未だに、恐怖している目でこちらを見ていた男が次のように述べた。


「だって、それ……ベノムレム、だろ……あの、最上位指定毒物果実の……?」

「はっ?」


 え、何?最上位指定毒物果実?

 いやいや、どこかの検討違いに程がある。


「違います。これは、ベノム、レム?……に似ているけど、違いますって……だって、ほら――」

「早まるな!!」


 俺は、動揺と焦りで商品の一つを手に取り、口に運ぼうとしていた。

 俺の行動を見た商人は止めようと手を伸ばす――が、間に合わず、時に既に遅し。

 自称したリーラリンゴをがぶりと齧った俺は、そのあまりにもの美味しさに頬が緩み、身を震わせていた。


「止められずに、すいません……あまり強く拒絶しなければ……今頃、彼は」


 まだ、何の反応を見せていないのに、まるで死んだ者扱い――まずその態度を改めるべきだと俺は考える。

 周りの人も俺らの会話を聞いていたのか、同情して祈る形で手を合わせていた。

 本当、何?

 何のつもりだこいつら。

 違う果物だって言っているっつーのによ。

 齧り続け、リーラリンゴを全て平らげた俺は、目を閉じ祈り続けている商人に話し掛けた。


「おい、だから何もないって言っただろ!?」

「あ~、神よ。今、私の目の前に死んだ彼の幽霊が現れてます。私は一体、どうすればよういのでしょう?」

「生きているっつーの」

「えっ!?」


 今や、あの時見せた態度は消え失せた。

 こんな大騒ぎにさせておいて、商談も何もない。

 だが、これで証明された。

 これがあの毒リンゴではなく、また別の果実だっていう事に。


「それで、買うの、買わないの?」

「えっ、あ、いや……」


 まだ確証を持てずにおどおどと左右に目を泳がせながら男の商人ははっきりとしない。


「なら、お前も食え。そうしたら、この素晴らしい商品の良さが判るから!」


 半ば強引に、リーラリンゴを勧めてみせる。

 男は震える手でリンゴを手に取り、恐怖しながらゆっくりと口へ運ぶ。


「大丈夫、彼は平気だった。これは、ベノムレムじゃない、そうに決まっている――はーむ」


 シャキシャキと良い音を立てながら、男商人はがぶり付く。

 こんなに美味しい果実、何故未だに発見されていなかったのかが不思議にさえ思う。

 だが、まあ、森の狼が出る場所に、それと見た目が毒リンゴにそっくりだと考えれば口にできないし、そう思う事もないだろう。

 だから、異世界に飛ばされ、この世界の予備知識がなかったからこそ起こりえた発見かもしれないな。

 グッジョブ、俺。

 これで出世コース間違いなし。



 だが、やはり運命とは常に予想外を提供してくる。

 リーラリンゴを口にした男は、二口目で手を止めていた。

 ドンッと、リンゴを落とし、急いで手を口の中に入れた。

 まるで飲み込んだリンゴを急かさず出すかのように見えた。

 目が赤くなり、口からは大量の血が吹き出していた。

 断末魔みたいな声で叫び出し、一分も満たない時間で倒れた。


「おい、どうした?嘘、だろ……おいってば……」


 これは何の冗談だ!!

 何で俺には何もなくて、この男が苦しみだしたんだ!?

 救急隊員の真似事で倒れた男の脈を測ってみた。


「……し、死んでいる……」


 呆然と立ち尽くす周りの人々。

 これは――


(まずいまずい!!これは非情にまずい!!)


 この状況を見られた人の数。

 軽く計算しても二十人はいる。

 そして、最初からいた人は五人。

 だがそれはどうでもいい。

 この現場は誰がどう見ても――


(俺、犯罪者じゃん!!)

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