6.旅は道連れ①
額の汗を拭い、そう言えばと此方へ向かっていた荷馬車のほうへと目を向ける。
どうやら俺の戦闘が目に入った様で、ここから50M程手前で荷馬車は停止していた。
御者台に乗る恰幅のいい男性は見るからに商人と言った感じだ。
その隣に立っているのはエルフだろうか。
そして、周りにも馬車から降りて、みんなが何故か俺を凝視している。
全員分の視線が刺さる。
フルプレート姿の男性に、魔法使い風の女性、ちみっこい派手な全身鎧の女の子に、何だか見たことある様な服装の少女。
え?多くない?
どんな大所帯だよ、と内心突っ込む。
荷馬車は確かに立派ではあるが、そんなに凄い商人なのだろうかあの人は。
VIPという奴なのか。
まぁそれは兎に角、どうやら俺は少し警戒されている様子だ。
特に、前に出てきているフルプレートと魔法使いは、あからさまに俺の方を睨んでいる。
まぁいきなり現れて、戦闘が始まったらそりゃぁ警戒するだろう。
しかし、俺みたいな人畜無害のいたいけな少女を捕まえて、失礼な奴らだ。
まぁ、にこやかに近づいて、誤解を解いて、あわよくば馬車に乗せてもらおう。
そう計画を立てて、ゆっくりと歩を進める。
あぁ!ちょっとまって!何故さらに警戒するの!?
ほら、怖くない、怖くないよー。
くっ、敵対の意志を見せず、武器を仕舞ってゆっくりと歩を進めたというのに、なぜ更に警戒して少し後退るんだ、あの二人は。
少し傷つき、自然と足が重くなる。
俺ってあんまり人に好かれるタイプじゃないんだろうか。
え?でもあの人達初対面だよね?
ってことはひょっとして見た目で?そこまで酷いかなぁ……。
確かに目付きは悪いと思うけどさぁ……。
まぁいい、城でも嫌われてたんだ!どうってことないさ!
泣いてなんかいない!これは心の汗だ!!
ふぅ、よし、落ち着いた。
と、ここで状況が一変する。
御者台の上に立っていたエルフの少女が、ピョンッと地面に飛び降りたかと思うと、一目散に俺の方へと駆けて来たのだ。
その勢いにビクリッと体が跳ね、身構える。
近くまで来たエルフは不躾に俺の顔を、何故かキラキラした瞳でジロジロと眺めている。
近い、近い。
一通り、グルリと俺の周囲を回りながら、エルフは俺の体の隅から隅までを眺めた後、また正面へと戻ってきた。
なに!?ちょっと怖いんだけど!?
はっ、これが視姦というやつかっ!エルフっ恐ろしい子っ!
「ねぇ!!君何!?冒険者!?強いねー!さっきのどうやったのー?やってみせて!あ、私?私は、ユーリン・ウッドロウだよ。よろしくねー」
え?いや聞いてないけど?
テンションたけぇこの子。
俺は狼狽えつつ、「はぁ」と生返事を返し、向こうから近づいてきてくれたのだし、相手も名前を名乗ったのだ。
こっちも名乗るのが礼儀だろう。
「私は、エミリー……、です」
危ない、釣られて家名まで言う所だった。
慣れないと行けないなぁ等と思いながら先程からずっと俺を見つめてくるユーリンと名乗ったエルフに視線を戻す。
すると、嬉しそうに無理矢理俺の手を取り、強引に握手をしてブンブンッと振った。
その様を呆気に取られて見ている俺に向けて、ユーリンは歯を見せたニカッとした子供っぽい笑顔を浮かべる。
「エミリーちゃんかー!よろしくねー。……ふふふ、私の事はお姉さんと呼ぶがいいよ!」
「ん?ええっと、……はい。よろしくお願いします、お姉さん」
何故お姉さん?と疑問が浮かぶが、きっと俺がまだ小さい女の子だし、彼女はお姉さんぶりたい年頃なのだろう。
素直に頷いた後、行きたくも無い社交場の挨拶回りで身に着けた笑顔をトッピングしておく。
それにしても、どうやら悪い子では無さそうだし、このままこの子に紹介して貰って、馬車に乗せてもらおう。
深夜からずっと走った後、一睡もせずに更に歩いて戦闘までこなした為、いい加減疲労が酷いのだ。
と、そう考えて声をかけようと未だ手を握ったままのユーリンを見上げると、俺を見たまま何故か固まっていた。
その表情は少し驚いた様子で、目を見開いて口が少し空いているという、間抜けな物だった。
「え?あ、あの、大丈夫ですか?」
「……はっ!!」
俺が心配そうに顔を見上げて声をかけると、ビクリッと体を震わせるユーリン。
そして何を想ったのか、俺の手をグイッと引っ張り、慌てた声を上げる俺にはお構いなしに、俺を抱き上げた。
そう、誰がどう見てもお姫様抱っこです。
一体どういう状況なんだか訳が解らない。
慌てる俺が抱き抱えられたまま、ユーリンの顔を見上げると、すっげーいい笑顔で目がキラッキラッしていた。
そして、その余りにもいい笑顔に少し引いている俺を他所に、今度は一目散に後方にいた馬車へと向かって駆けだした。
見た目に反して、驚く程力が強いなこの子。
そんな事を考える。
訳の分からない現実を逃避している間に、荷馬車近くまで来たユーリンは、またもいい笑顔を浮かべながらこう言った。
「何この子!!笑ったら超可愛いんだけど!!森に持って帰る!!」
「「「「「「はぁ!!?」」」」」」
そこに居る一同、総出で困惑の大合唱が巻き起こる。
そしてその直後には何故か殺気の様な物が辺りに広がり、気のせいであったかの様に一瞬で霧散した。
その殺気に気づいた数人が辺りを少し見回すが、気のせいかと首を傾げている。
確かに一瞬の事だったので、俺も自信は無い。
まぁそんな事は今はどうでもいい。
未だ俺を離そうとしない、この本能のままに生きているようなエルフが問題だ!
こうして、周りに何とか説得されて俺を解放し、直後に襲ってきた疲労感を、他の皆と共有しながら自己紹介を終え、無事に荷馬車に乗せてもらえる事になったのでした。