4.家出道中
森を抜けきり、息を整えながらゆっくりと小高い丘を登る。
丘を登りきると、街へ続く街道へと出た。
ようやくここまで来たかと、安堵の溜息を一度大きく吐き出した。
そして今しがた出て来た森の出口を振り返る。
どうやら追手は今朝方に遭遇した男だけだった様で、心配事は杞憂に終わり、ほっとする。
追跡者も居ない様だし、ここからは少しだけゆっくりと行けそうだ。
西に進めば王都フェムリル、東に進めば商業都市リムール。
勿論、向かうは商業都市リムールだ。
方角を何度か確かめた後、俺はゆっくりとした足取りで街道の端を歩き出した。
現在は既に陽も登り切っており、ポカポカとした陽気に眠気を誘われるが、こんな所で寝る訳には行かない。
日が暮れる前にはリムールに辿り着きたい所だ。
暫く進んだところで、ふと違和感に気づく。
今進んでいる場所から、前方。街道から逸れた場所にある茂みが、不自然に揺れている。
風かもしれないが、何かいると考えた方が自然に思える揺れ方だ。
二度三度と揺れた所で、ピタリと止まる。
何者かが隠れているとしても、随分とお粗末だ。
子供の隠れんぼを彷彿とさせる。
俺は立ち止まり、どうするかと辺りを見回す。
これ程開けた街道となると、あちらも俺に気づいているかもしれないが、まだ少し距離はある。
時間的に、早馬を飛ばしたとして、城から先回りするにはギリギリ間に合うかどうかという所だ。
絶対にないとは言い切れないだろうという結論に達し、俺は『隠形』を用いて街道から逸れる。
前方の茂みに動きが無い事を確認し、更に逸れて大きく迂回し、先程の茂みの丁度後方に位置する場所へと回り込んだ。
そして、こっそりと覗き見る。
身長は俺よりも少し低いぐらいだろうか。
肌は緑色で、鼻が低く、クシャリと潰した様に歪んだ醜悪な顔。
ボロイ腰布に、ボロボロの銅鎧を纏い、右手にはこれまたボロイショートソードを装備している。
もう一体の方は鎧は無く、ボロイ腰布に右手に棍棒を装備している。
その二体が、ソワソワと落ち着きなく茂みから街道の方を伺っていた。
「……ゴブリン、か」
ポツリと呟く。
見紛う事なく、ファンタジーの定番モンスターであった。
街道を伺っていると言う事は、恐らく、そこを通る獲物を待っているんだろう。
追手じゃなくてよかった。
そう胸を撫で下し、どうするかを考える。
ここから奇襲すれば簡単に倒せそうではあるが……。
と、ここまで考えた所で、どこからか音が聞こえてくる。
ガラガラと言う何かが転がるような、そんな音だ。
まぁ音が街道の方から聞こえて来ている時点で、察するに余りあるのだが。
そして案の定、街道を進む一台の荷馬車が目に入った。
前方のゴブリンを見ると、何やら二匹で相談している風に見える。
どうやら荷馬車に気づいた様子だし、襲う算段でもしているのだろうか。
二匹は武器を構え、近寄る荷馬車を今か今かと待っている。
後3分もすれば、真横まで荷馬車が来るだろうという所で俺は駆けだした。
この距離ならば、戦闘になれば此方の姿が目に入るだろう。
もし苦戦となれば、急げば助けに入れる距離だ。
ある程度大きさのある荷馬車なので、乗っているが御者一人という事はまず無いだろうし、商人であるならば、道中用心棒を雇うのはこの世界の常識だ。
何しろモンスターと戦うのは初めての事だ。人より強いというのは聞いたことがある。
流石にゴブリン相手に苦戦するとは思いたくないが、俺は自分の強さがはっきりとは解っていない。
何しろ、常に格上としか稽古をしていないのだ。
自分の強さを実感するなんて事は、全くと言っていいほど無かったのだ。
まぁその分、人相手に戦うとなると、物怖じは恐らく余程の相手で無ければしないだろうという変な自信がある。
何しろ、セバス以上に強い相手というのが、今の俺には想像出来ないからだ。
それに、相手に言葉が通じるというのも大きいだろう。言葉の虚実が通じるのは大きい。
卑怯、姑息、って誉め言葉だよね?あれ、違う?まぁいい。
陰から飛び出して駆けてくる俺に気づいたゴブリン二体は、慌てたように荷馬車と俺を交互に見た後、鎧ゴブリンは俺の方を指さした後、街道のほうへと走り出した。
「ギャギャッ!ギャッ!」
「ギャギャゥ!!」
そう意味不明な言葉を発して走り出した鎧ゴブリンに、答える様にまた意味不明な言葉を発して棍棒を持ったゴブリンが俺に向かってくる。
察するに、俺が向こう行くからお前あっちな、って所だろうか。
段々と縮まる距離に、醜悪な顔がだんだんと近くに迫る。
うん、気持ち悪い。
生理的に無理とはこの事か。ゲームや漫画、小説等では男前なゴブや可愛いゴブがいる事は認めよう。
だがこいつはそんな物では無い!
兎に角、汚いという一言に尽きる。
過去の偉人は良く言った物だ。
汚物は消毒だぁぁぁ!!
ある程度、これ以上は近づきたくないというギリギリの距離まで来た所で、俺はあらかじめ詠唱しておいた魔法を発動する。
「グギャァウ!!」
「炎弾」
棍棒を振りかぶり、奇声を上げながら大口開いているゴブリンへ向けて、虚空に生まれた3つの炎の弾丸の内の一つが撃ち出された。
拳大程度の炎の弾丸は、まず棍棒に直撃する。
直後に棍棒は燃え上がり、ゴブリンは慌てて燃え盛る棍棒を手放した。
足が止まったゴブリンに向けて次の炎の弾丸が迫る。
腹に直撃し、炎が上がる。
「グギャァ、ガボッ!!」
大口を開けて、悲鳴を上げようとした口の中へ向かって最後の炎弾を放り込む。
外に、更には内からも焼かれ、最早悲鳴を上げる事も出来ず、唯々燃え上がる。
そんなゴブリンを横目に、俺は次の獲物、鎧ゴブリンを追う。
見ると丁度、街道近くまで進み、急に上がった炎に驚き、此方を振り返った所だった。
依然駆けてくる俺と、馬車を交互に見やり、醜悪な顔を更に歪めながら街道へと更に駆けだした。
荷馬車はまだ少し距離がある。
先に襲う事が目的ではないだろう。とすると、街道を渡って反対側へ逃げるつもりか。
俺はここで『縮地』を使って加速する。
足場が少し柔らかい土の為に不安定だが、スピードは十分だろう。
鎧ゴブリンは街道まで出たところで、急にスピードを上げた俺に驚き、逃げ切れないと悟ったのか、振り返ってショートソードを構えた。
最早、彼我の距離は目と鼻の先だ。
俺はそのままのスピードで、正面から突っ込む。
走りながら左手に短剣を抜き放ち、同時に詠唱を開始。
距離が更に縮まった所で、鎧ゴブリンはショートソードをそのまま俺に向けて突き出した。
突き出されたショートソードを、逆手に持った短剣で受け流しながら、側面へと回り込む。
そして、詠唱を終えていた魔法を発動。
右手に宿った紅蓮の炎を拳に乗せて、脇腹へ叩き込む。
「炎拳!!」
「グッギッ!!」
ゴッ!!ボンッ!!
拳が鎧に当たり、大きな音を立てた後、フワリと浮いたゴブリンの体から炎が上がる。
マッチを擦った様な、一瞬での着火は、弾ける様な音を発して瞬く間にゴブリンの体を焼き尽くしていく。
「ギャァァッ!!ヒィャァァァッ!!」
断末魔を上げながらゴロゴロとのたうち回るゴブリンをしり目に、俺はフゥと、息を吐き出し、思ったよりも弱かったな等と思いながら、被っていたフードを下ろし、額に滲む汗を拭うのだった。
ブックマークしてくださった方、読んでくださっている方に感謝をorz
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。