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3.予想より早い追手

「さて、一緒に来てもらいますよ、お姫様」


 不意に声をかけられてビクつき、声がした方向、目の前にある木の上へと目をやると、その木の中ほどの枝に立っている男が目に入った。


 歳は30代ぐらいだろうか。中肉中背の男だ。

 有り触れた服装はいかにも旅人の服と言った様な物で、茶色いマントを羽織り、腰にはショートソードを帯びている。

 茶色い短髪に、平凡な顔。その姿の全てが、いかにも普通過ぎて、故意に怪しさを隠すための偽装であるかのように目に映る。

 今のこの状況も助長しているだろうが、そう邪推してしまう程に男は平凡そのものの様な姿形で木の上に立っている。

 木の上にさえ立っていなければもっと普通に見えただろうに。


 というか、なんで木の上に立っているんだろうという疑問が何より先に頭を過る。

 聞いたら教えてくれるだろうか。いや、こういう森の中で起こるイベントを考えると、登場シーンとしてはテンプレなのかもしれない。

 いや、きっとそうだ。この人もそう考えたから、こうやって空気を読んで登場シーンを演出してくれたに違いない。

 これは、木の上に居る理由は聞かないのが正解か。


 そう結論を出した俺は、いまだ木の上から俺を見ている男を生暖かい目で見守る事にする。


 そしてふと辺りをキョロキョロと見回してみる。他に人は居ないと思われるがどうだろうか。


「ええっと、お一人ですか?私を追って来たんですか?王都から?他に仲間は?……素性を知ってるって事は、城の者ですか?」

「ちょっ、ちょいと待ってくださいよ。質問が多いですって……。お姫様にしては肝が据わってますねぇ。落ち着いていらっしゃるようだ……、それとも、口数が多いのは、恐怖の裏返しですか?」

「……」


 男の言葉を聞き、少し考える。

 どうだろう。怖くは無いが、内心すごく焦ってはいると思う。

 予想していたよりも、驚くほど追手が掛かるのが早い。

 だが見た所、一人なのは間違いないと思われる。

 仲間を伏せて置く理由が思いつかないし、俺みたいな小娘に伏兵なんて必要ないと考えるだろう。

 仮に仲間がいるのなら、2人でも3人ででも取り囲んで押さえ込んだ方が話が早い。


 とここまで考えていた所で、急に黙り込んだ俺を訝し気に見ながら、男はようやく木の上から地面へと降り立った。

 そして、ゆっくりと此方へと近づいてくる。


 小娘相手に怖いかと問うこいつは、悪者なのは間違いないだろう。

 家出したとは言え、お姫様相手に、そんな事を言う兵士も恐らく居ないと信じたい。

 どれだけ俺があの城で嫌われていようともだ!


 という訳で、賊だな。そう結論づける。

 どこから漏れたのかは解らないが、裏通りを走り抜けたのがまずかったのだろうか。

 まぁ今は考えても仕方ない。もし城からの追手だったとしても、捕まる訳には行かないのだ。


「取り合えず、殴るよ?」

「……は?」


 そう告げた後、スキル『縮地』を発動。

 此方へゆっくりと近づいてきていた男へと向かって地面を蹴る。

 急に向かってきた俺に対して男は慌てて身構えている。殴るという言葉は耳に届いたハズだ。

 そして俺は馬鹿正直に正面から突っ込んでいる。意識は完全に前に向いているはずだ。

 そして、俺はそのままの勢いのまま、不意を衝いて男の横を走り抜ける様に進み、丁度男の真横付近で飛び上がり、男の延髄へと目掛けて蹴りを叩き込んだ。


「おぶっ!!!」


 無防備な後ろからの攻撃に、男は間抜けな声を出し、前のめりに受け身も取れずにぶっ倒れた。


「ごめん、やっぱり蹴る」


 卑怯?なんとでも言うがよい!ふはは。

 ピクピクと痙攣する男の顔を、回り込んで観る。

 見事に白目を向いていた。

 どうやら意識を刈る事に成功したようで、ほっと胸を撫で下す。

 彼が本当に賊だとしたら殺してしまってもいいのかもしれないが、もしも城の兵士だったら流石に殺すのはまずいだろう。

 敵の素性が解らないと本当に面倒くさい。


 それにしても、前世と比べて、酷く考え方が変わった様な気がする。

 ここまでバイオレンスな性格では無かったと思うのだが……。

 前世の記憶があるというだけで、最早俺は全く違う者になっているのだろうか。


 そんな事を想いながら、気を失っている男を横目に、俺はまた森の中を駆けだすのだった。




 時同じくして、エミリーと男を近場の陰から見守っている人影があった。


 男を簡単にのした後、走り去っていくエミリーの後ろ姿を、その人物は暫く眺めた後、十分にエミリーが離れたのを見計らい、未だ気絶している男の元へとゆっくりと歩き出した。


 朝日がようやく顔を出し、辺りを明るく照らし始めている。


 今まで木々の陰に邪魔され、上手く姿をうかがい知る事の出来なかった人物の姿が、照らし出された。


 背中まで伸びた艶やかな銀髪をオールバックに撫でつけ、完全に露出された額は狭く、その下には形の良い整った眉に、鼻梁の通った目鼻立ちをした美しい女性。

 観る者の目を引く事は間違いない容姿をしているのだが、その赤い瞳の目付きは鋭く、獲物を狙う獰猛な肉食獣を思わせる。


 服装はと言うと、女性には不似合いな黒い燕尾服を身にまとっている。少し着崩し、胸元のボタンが数か所外れているようだ。

 ふくよかとはお世辞にも言えない胸元ではあるが、覗くきめ細かな白い素肌は、観る者を十分に魅了する妖艶な気配を醸し出している。


 彼女はゆっくりと、横たわる男の傍まで近寄ると、何もない虚空から一本のブロードソードを取り出した。


「ふむ……」


 小さく声を発し、そのブロードソードの切先を男の首筋へと添え、一気に地面まで突き下ろした。


 怨嗟の声も、悲鳴も、何も上げずに男は絶命する。

 恐らく気を失った中、自分が死んだ事にすら気づかないままに。


 胴と切り離された首を、彼女は爪先でつまらなさそうにコツンッと蹴る。


 予想よりも勢いがあったそれは、ゴロゴロと血の跡を付けながら暫く転がり、近くの木の根元に当たって止まる。

 丁度計算されたようにこちらを向いた男の顔は、血の気の無い青白い顔で白目を向いている。


 彼女の手には既にブロードソードは無く、先程殺した男の事等、既に目に入っていない様だ。


 エミリーが走り去った方角へと目をやり、深い深い溜息を吐いた。


 半ば呆れたように、そして半ば諦めたように、頭を振る。


「はぁ……、全く、お嬢様には困った物ですね。型にはまらぬお方だとは解っておりましたが、まさか家出なさるとは……」


 そう独り言を零し、彼女は腕を組み、物思いに更ける。


「それにしても、本当に予想通りに動かない方ですね……」


 彼女は考える。

 これからの事を。

 そもそも、ここまで逃げられるとは思っていなかった。

 エミリーが以前から何かを準備していた事を察して、今回の家出にいち早く気づき、彼女は策を講じた。


 まずそもそもが、エミリーがまだ幼い子供だと言う事を仮定しての策だ。


 まず街に潜伏していた、他国の裏で仕事をしている輩(現在ここに転がっている奴だ)に情報を流してお嬢様に嗾ける。


 追いかけて来たのが兵士だったならば、強気に出るのは解る。どれだけ強気に出ても、兵士がお嬢様に怪我をさせる訳には行かないのだから。

 だが、追いかけて来たのが、自分を攫う為だと解るような、ならず者だったらどうだろうか。

 武器を持ち、暴力を振るう事も厭わない賊がいきなり現れたら?

 お嬢様の年齢を考えると、悲鳴の一つでも上げて助けを求めるはずだ。


 だがどうだろう。何なのだろうか?あの落ち着きようは。


 彼女の計画では、ならず者に襲われるお嬢様→涙を流して怖がるお嬢様→自分が颯爽と登場して賊を成敗→これに懲りて家出を思い止まる。

 そしてエミリーの中の彼女の評価も、天井知らずにうなぎ上りになるはずだったのだ。

 他国のスパイもついでに始末できて一石二鳥、いや一石三鳥の策であったはずだ。


 だが、その策は見事に外れ、妙に落ち着いているエミリーは、淡々と賊を倒し、さっさと走っていく始末だ。


 彼女はまた考える。


 精神が早熟すぎる。薄々気づいては居たが、エミリーはどこか可笑しいのだ。

 いくら戦闘訓練をしていたとは言っても、初めての実戦であそこまで物怖じしないとは予想外だった。


 才能、だろうか?常人とは何かが違うのだろうか?

 あの落ち着き様は、自分に絶対の自信でもあるのだろうか?

 今まで見てきた中では、そこまで自分に自信を持っているとは思えなかった。

 戦闘に関しての才能は、感じているが、しかし……。と、そこまで考えた所で彼女は頭を振った。


 彼女は、決断する。


「暫く、好きにさせて見守ってみますか……。どうしても城には居たくないようですし」


 まぁ彼女にとってはそれ程重い決断ではない。今回の騒動だって、彼女の中で握りつぶすつもりだった。

 

 そう、彼女はエミリーの事が可愛くって仕方がないのだ。


 彼女はブルリッと身を震わせ、頬は赤く染まり、夢現の様な、トロンとした表情を浮かべながらエミリーを想う。


 血を別けた家族でさえも一切信じていない、あの捨てられた子犬の様な瞳。

 しかし、彼女を見る時だけは、エミリーの瞳は様々な色を帯びて輝いていたように感じられた。

 勿論彼女に取って都合が良い様に解釈されている事は否めない。

 一方通行という考えは、彼女の中では皆無だった。

 尊敬や情愛と言った感情の色が浮かべば、庇護欲を擽られる。

 イタズラが見つかった時の様なバツの悪そうな表情は少し苛めたくなる。


 変わり者のレッテルを貼られ、家族や使用人に至るまでに避けられて、独りぼっちだったエミリーを独り占めできていた時間は、彼女に取って、自分でも驚く程に充実した毎日だった。

 そんな可愛いエミリーを厄介払いの様に嫁にやろうとした現魔王を想うと、殺意すら沸いてくる。


 そもそも彼女が忠誠を誓っていたのは、今は亡き先代魔王だ。

 100年間続いた大戦で、戦場を駆けぬけ、「金色の炎魔王」と呼ばれて恐れられた乱世の雄。

 しかし、強大だった先代魔王もよる年波には抗えず、50年前に亡くなり、代が変わったことで、彼女の王家に対する忠誠心は段々と薄れていった。

 まぁ元々、彼女は先代の魔王個人に惚れ込んでいたのだ。彼が居なくなれば、心が離れるのは必然だったのだろう。


「あぁ、それにしても、これから楽しくなりそうですね……」


 これからの事を想い、彼女は笑みを浮かべる。

 先代魔王が亡くなってからという物、久しく失っていた他人への興味を思い出させてくれた可愛いエミリー。

 城に居てもエミリーを独り占め出来るのだが、周りの目と言う物も気にしなければならない。


 取り合えず今は家出を認め、好きにさせる事にする。

 無理矢理に連れ帰っても、同じことを繰り返すだけだ。

 どうせなら、自分で納得して戻った方がいいだろう。


 そう考え、彼女はウンウンと大げさに大きく首を縦に振る。決して自分に対する言い訳ではなく、これはあくまでも客観的に判断しての事だ。

 決してこれ幸いと、エミリーと一緒に外で色々としたいなどとは思っても居ないのだ。



「く、くふふっ……、短い髪も可愛かったですね……。おっと、急いで城へ一度戻らねば」


 彼女はそう言った後、右手を顔に当てる。

 その右手を離すと、その顔は今までの女性の物とは違い、初老の男性の物へと一瞬で変わっていた。

 先程と同じなのは、その髪の色と髪型ぐらいだろう。

 しかし、その長い髪も、段々と短くなり、体つきも、女性特有の丸みが取れ、スラリとした男性の物へと変わっていく。


 物の数秒と掛からず、変身を終えてそこに立っていたのは、見紛う事なく、エミリーの世話係であり、師匠でもあるセバス。その人だった。


 彼となった彼女は笑う。


「私が一人で捜索をする旨を了承して頂いてから、合流しますか……。邪魔が入ってはいけませんからね」


 顔ノ無イ悪魔、そう呼ばれた彼は200年の時を生きている。

 今では最早、名も忘れられた種族。

 性別も、年齢も、顔さえも無い悪魔は笑う。これからの楽しい日々を想って……。


「冒険者になるおつもりの様ですし、まずはパーティにでも潜り込んで、お嬢様と仲良くなりましょうか。男性があまり好きではないようなので、女性の方がいいでしょうか……。男性が苦手と言っても、セバスとしての私は別の様ですが……くふふっ、あ、いや、しかし、年齢等はどうしますか……?」


 ブツブツと独り言をつぶやきながら、笑みを絶やさず、一先ず王都へと戻っていく彼であった。



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