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8.ナグリア坑道②

 ナグリア坑道を探索し始めて数時間が経過した。


 恐らく外ではそろそろ日も暮れる頃だろうか。


 予定としては、探索2日、帰りに1日として、食料は大事を取って5日分を買い込んでいる。


 そろそろ野営の準備に取り掛かろうと言う事になり、俺達はその場で一度腰を下ろした。


「……さて、今日はここまでで探索は切り上げますか」

「そうですね。私は付近に光虫苔と魔物避けの設置に行ってきます」

「……なら私とシルヴィアさんで食事と寝床を準備して置く」

「んじゃぁ、お願いねー。じゃぁ師匠、ちょっと行ってきます」


 そう言って俺はよっこらせっと立ち上がり、一人で少しだけ先へと足を進めた。

 二人より数十メートル程離れた所で立ち止まり、腰に提げたアイテムボックスの袋から拳大の黒いもじゃもじゃとした物を取り出した。

 渡された時から思っていたが、これがまさか洞窟等で光源に使用されている物だとは見ても解らないだろう。


 作業場等になると手元を照らすために魔道具のランプや松明などを使用している事も多いが、それ以外、通路等に使用される物で、ダンジョン探索等をする折にある程度の数を支給されるのだ。

 草とはまた少し肌触りが違う不思議な感触をしたそれは、苔という名前の通り、植物には違いないのだが、これ自体には特に何も無い。

 まぁ成長するのに光だとか水だとかが必要では無く、岩に含まれる魔素を栄養にする事が特徴と言えば特徴か。

 詳しい事はよく解らないので省くが、要するに何やら特殊な方法でこの苔に寄生させている虫が光源になるのだ。

 幼虫の時にこの苔に寄生させると、その虫は蛹になり、冬眠状態に入る。

 この苔を洞窟等の壁に埋め込み、成長すると光を放つ成虫になるという訳だ。

 義務付けられている訳では無いが、未探索部分を探索する場合は、この光虫苔の設置が推奨されている。

 これが設置されている場所は探索が終わったという事で、後続が助かる事は勿論、ここ、ナグリア坑道の様に安全確保されれば採掘場として使用される様なダンジョン等になると、報酬も少量ながら支払われる。


 まぁこの光虫苔の様な、この世界独自の技術だとか、専門の物を詳しく知りたいと思う程俺は好奇心旺盛では無いし、知的好奇心も持ち合わせてはいないので、他の魔道具等と同様にそういう物なのだと納得して使用する事にする。

 因みに、現在このダンジョンを探索しているのは、予定を含めて俺達以外には居ない。

 ここ最近、ナグリア坑道は魔物の動きが活発化しているそうで、ある程度の強さが無いと安全に探索を進められないのだ。

 ランク2やランク3ぐらいならばCランクパーティーでも問題無いだろうが、ランク4になってくるとランクBは欲しい所だ。

 現在活発化している現状、それらが群れになって襲ってくるとなれば、安全の保障等できた物では無い。

 まぁ俺達にしてみれば邪魔が居ないのがありがたいと思う程度だろう。

 だって、実力はSランク相当という噂の師匠がいるし。

 その強さに置いて、信頼も信用もしている師匠がいる事と、逃げる程度ならばどうにかなるという自負もある。

 うちの師匠を倒したければランク8以上の化物でも連れて来るんだな!はっはっは。

 ん?虎の威を借る狐?

 何とでも言うがいい!


 それにしても、俺の思考はどこかバトルジャンキー染みた方向に偏っている様な気がするのだが気のせいだろうか。

 俺の興味がある事と言えば師匠の強さとそれに近づく事ぐらいな気がする。

 極端な話、性欲等も激減していると思われる。

 まぁ、多少、あると言えばあるのだが、前世で男だった反動で、現在の異性である男に対して魅力等一切感じない。

 まだ女性に対しての方が魅力を感じるが、俺も現在女性なのだ。

 なんというか、そういう世界に理解が無い訳ではないのだが、いざ自分がとなると理解が得られるかどうか微妙な所だよね。

 まぁ、師匠やルルフレアにも言える話では無いだろう。

 引かれると泣きたくなりそうだし、そこまで意識している訳では無い以上、今のいい友人としての立ち位置を壊したくはない。


 そんな事を考えながら、岩肌の隙間へムギュムギュと苔を押し込む。


 押し込み終わった所で、またアイテムボックスに手を突っ込み、魔物避けのアイテムを取り出す。

 螺旋状に作られたお香の様なそれは、もう見るからに蚊取り線香を思わせる。

 それの先端付近で俺はパチンッと指を鳴らし、火を付けた後、軽くそれを振るうとモクモクとした白い煙が昇りだす。

 うん、前世の夏を思い出す。

 それをそっと地面に置いて、踵を返した。

 次は反対側に設置しないと行けない。


 効果はそれなりに強いこのアイテムは、魔物達の嫌う匂いを配合していて、俺達の鼻にはなんの匂いも感じない。

 ランク5以上の魔物等になるとあまり効果は無いが、この洞窟で確認されたのはランク4が最高だと言う事なのである程度は安心だろう。

 まぁそれでも見張りを立てる事は怠る訳には行かないが、休憩する分には十分だ。


 少し進んだ先で設置を終えた俺が、野営場所として選んだ付近まで戻ってきた所で食事の準備をしているルルフレアと寝袋等を取り出している師匠が目に入った。

 火を起こして鍋と食材等を取り出しているルルフレアに、アイテムボックスから寝袋を取り出す師匠は何故か少し威嚇しあっているというか、なんというか、チラチラとお互いの出方を伺っている様に見える。


 不思議に思いながらも段々と二人に近づき、寝袋を並べる師匠を見たルルフレアが急に立ち上がり、ガシッとその腕をつかんだ。

 こら、また喧嘩かと少し小走りで近づく。


「それはエミリーの寝袋。エミリーは真ん中と二人で決めたはず」

「チッ……、おやー、うっかりしていました。私の寝袋と勘違いしていた様で、すいませんねー」


 ……舌打ちしたな、あの人。

 うん、放っておこう。

 ダンジョンという未知の場所で、いつも通りの言い合いをする二人を見るとすごく安心するよ。

 頼もしい事この上ない。


 まぁ、それとこれとは話が別だ。

 触らぬ神になんとやら。

 俺は足早にその場を横切り、魔物避けの取り付けに急ぐのだった。


 ささっと取り付けを終え、火にかけた鍋をグルグルとかき回すルルフレアを横目に、俺は寝袋の上に腰かけて組合で発行された地図の複製を取り出した。


 縮図は適当だが、取り合えず自分が進んできた道を記して置く。


 途中で数ヵ所別れ道はあったが、数える程だったので覚えるのはそれほど苦では無かった。


 取り合えず適当に気分で選んだ道だ。

 何もこのダンジョンを虱潰しにする気は当然ながら無い。

 2日探索し、1日でこのダンジョンを出る予定なので、道程を記して置かないと迷う可能性もあるだろう。

 前世でやったRPGなどでおなじみのオートマッピング機能などある筈もないので面倒だが手書きするしかないのだ。


 まぁ、面倒だと思う反面、少し楽しいとも感じる。

 なんだか、本当に冒険してるなーと言う感じで、少年心が擽られるのだ。

 俺今少女だけど。


 地図へと進んできた道程を書き込む俺を、隣から師匠が地図を覗き込み、声を掛けてくる。


「楽しそうですね、エミリー」

「ん?そうですね……。楽しいです、師匠達と冒険してるなーって感じで」

「ふふっ、そうですか。楽しいのであれば何よりです。それにしても、何だか男の子に様な物言いですね、エミリーは」

「えぇ?うーん……、確かにそう、かもしれませんね」


 まぁ確かに女の子が楽しいと感じる様な事では無いか。

 だが仕方ない。

 例え何者であろうと、俺に少年の心は捨てさせられんよ!


 と、ここでどうやら食事が出来た様で、ルルフレアが木で出来た器にシチューの様な物を注いで俺へと持って来てくれた。


「……出来たよ。はい、エミリー」

「ん、ありがとう、ルル」


 スプーンを刺してあるが、手が塞がっている事もあって受け取った器越しに、ズズッと音を立ててそれを口に含んだ。

 まぁ地図を置けよと言う話だが、つい、という奴だ。

 行儀が悪いが目を瞑ってくれ。


 うん、美味い。


 干し肉と野菜を煮込み、塩コショウにミルク等を入れて味付けがしてある。

 前世のクリームシチューと比べると少し薄味だが、家庭の味という奴だろうか。

 ホッとする味わいがある。

 料理スキル皆無な俺に言わせればこれ程の物を作れるルルフレアは尊敬に値する。


「美味しい!ルル料理上手いね」

「……そうですか?唯一母に教わった料理なんだけど、エミリーの口に合ったならよかった」

「うん、ホント美味しい。今まで食べた中でも一番かもしれない」

「そ、そんなにですか?……ふふっ、一歩リード」

「ぐっ……」


 ぼそりと何事か呟くルルフレアに、何やら苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる師匠が目に入るが、何時もの事だろうと気にしない事にする。


 俺のこの世界での母親が料理などする筈もなく、お抱えの料理人が作った高級そうな食事ばかり食べていたのだが、どうやら俺は余程家庭の味という奴に飢えていた様だ。

 変わり者として避けられていた事もあり、食事はほぼ一人だったし、小奇麗に盛り付けられた少量の料理を口に含んだ時の事を思い返してみる。

 味等思い出せない程に味気ない物だった。

 高級な食材に、腕のいい料理人だった事は違いないだろうが、やはり俺にはこっちのほうがいいな。


 もう一口また口に含んだ所で、師匠に器を奪われた。

 このやろう!何すんだ!

 避難の目を向ける俺に、師匠は微笑みを浮かべながら俺を見返す。

 暫く無言のまま、見つめ合い、俺はツイッと目を反らした。


「行儀が悪いですよ。エミリー」

「……はい。すいません」


 素直に謝り、手を差し出して器を返してもらおうとするが、師匠はスッとその器を引いた。

 ……えー、謝ったよね?何故返してくれないのかな?

 意味が解らないとばかりに首を傾げていると、師匠が自分の器を地面に置き、俺の器に刺してあったスプーンにシチューを掬い上げ、俺の方へと差し出す。


「行儀が悪いので、食べさせてあげます」

「……結構です。地図置きます。すいませんでした」

「……」

「……」


 なぜ沈黙で返されるのか意味が解らない。

 地図置いたぞ。

 俺のシチューだぞ!

 かーえーせーよー。


「……あーん」

「……」


 ニコニコとした表情を浮かべる師匠と、微動だにしないその差し出されたスプーンを交互に見る。


 あ、これは話を聞かない時の師匠だね。


「解りましたよ……、じゃぁ一口だけ。あーん」

「くふふっ……」


 何だこれ。

 無性に恥ずかしいのは言うまでもないだろう。

 まぁ、シチューは相変わらず美味い。


「もういいでしょう?返してくださいよ」

「嫌です」


 嫌ってハッキリ言っちゃったよ、この人!

 そしてまたシチューを掬い、俺の前へと差し出してくる。

 上手いシチューか、羞恥心かを天秤にかける。

 ぐっ、これが俗に言う究極の選択と言う奴か……。


 負けん!俺は決して負けんぞー!!


 あーん。


 うん、美味い。


 空腹と美味い飯と言う、最大にして究極の敵に屈した所で、俺の肩をトントンと叩かれ、振り返ると、そこには師匠と同様に自分の器からシチューを掬い上げて此方へ突き出すルルフレアの姿があった。


 えー。何この状況。


「……んっ!」

「ん?」

「んんっ!!」


 何だよう。言葉を失ったのか?

 敵の攻撃か?サイレンスの魔法でも食らったのか?


 未だにスプーンを突き出し、グイグイと迫ってくるどこか不機嫌そうなルルフレア。

 食えばいいのか?


「……あーん。うむ……んん、美味しい」

「……ふふっ、……んっ」

「ほら!エミリー、こっちにもありますよ!こっちの方が美味しいですよー!ほらほらー」

「……どっちも一緒。私が作った物だし」

「関係ありません!私の手から食べる事によって更に美味しくなるんです!」


 もうどっちでもいいよ。

 ゆっくりと自分で食べたいのだが、それを許してくれる様な雰囲気ではない。

 右から左からと交互に差し出されるスプーンへ口を伸ばし続ける俺のマヌケな姿がそこにはあった。


 なんだこの餌付け大会は。


 はぁ、ご馳走様。


 ケプッ、お腹いっぱいだ。


 結局、二人前を平らげさせられた俺であった。



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