7.ナグリア坑道①
ナグリア坑道の閉鎖が解除された当日。
俺、師匠、ルルフレアの3人は早速ダンジョン内へと足を運んでいた。
深部から溢れて来た魔物の討伐は、閉鎖された翌日にルルフレアも参加していた討伐隊によって片付けられた。
後日には採掘場の安全も確保され、今日閉鎖が解除されたという訳だ。
俺と師匠の当初の予定通り、俺の防具作りの素材集めと、修行を兼ねてのダンジョン探索をする事になった。
予定と少し違うのはルルフレアも参加している事だろう。
これから先は3人パーティーを組み、依頼を受けていくことになる。
因みに、パーティーの数が3人以上になると、個人のランク以外にパーティーランクという物が発行される。
パーティーとしての力量は単純に足し算として図れる物では無い為に、個人のランクとは別けられているそうだ。
俺達に与えられたパーティーランクは、Cだ。
何故か俺がリーダーとして名前を登録されたのだが、まぁ二人ともが俺を押したので仕方ないと諦めるしかない。
パーティーの登録や、ダンジョン内の探索申請を午前中に済ませ、昼過ぎにここ、ナグリア坑道内部へと足を踏み入れた。
採掘場となっている部分は足早に抜け、暫く未探索部分を探索した所で、現在、俺達はジャイアントバット4体、ロックリザード1体と相対している。
坑道の薄暗い洞窟の中に相応しいとも言える見たまんまの巨大蝙蝠4体は、師匠が相手をしている。
暗闇からの不意打ちを得意とする魔物だが、3人共『暗視』があるので不意打ちは効かない。
師匠はチョロチョロと周りを飛ぶジャイアントバットを一刀の元に切り伏せていく。
正直、俺達二人と師匠の間には隔絶とした力の差がある。
仮に、3人で組んで戦うとなると、俺達のやる事はほぼ無いのだ。
その為、俺達二人が師匠にある程度近づく事が出来るまでは、二人と一人で別れて戦う事になるだろう。
ランク2相当とされるジャイアントバット4体を師匠が相手をし、俺達二人がランク3相当のロックリザードを相手にする事でこの場は決まった。
少し格上か、同程度の力量でなければ俺達二人の修行にならないからだ。
仮に、ジャイアントバット4体とロックリザード1体が戦ったとすると、ほぼ100%の確率でロックリザードが勝つ。
ロックリザードの体は堅牢な岩の様な鱗で覆われていて、体躯は3メートルをゆうに超している。
その名の通りの蜥蜴を模した姿形に、鋭い爪と牙を持つ魔物だ。
何より厄介だと言えるのは、その岩の様な鱗だろう。
剣等の斬撃に耐性を持っているとされ、メイス等の打撃が弱点と言われいる。
弱点とは言っても、ただ効きやすいと言う程度で、生半可な打撃ではヒビさえ入れる事は出来ない程の硬さを誇っている。
まぁ斬撃が効かないと言っても所詮は耐性に過ぎない。
絶対耐性でない以上、師匠に掛かれば一瞬で一刀両断だろうが、今相手にしているのは俺達だ。
2体目のジャイアントバットを笑みを浮かべながら真っ二つにしている師匠を横目でチラリと見た後、隣でハルバードを構えるルルフレアに視線を送る。
一瞬目が合い、お互いに少し距離を取った。
パーティーとして戦うのはこれが初めてだが、ハルバードという長物を扱う以上、少しは距離を置いた方が戦いやすいだろう。
俺は射程が短いので懐に飛び込むしかないが、さてどうするか。
相対するロックリザードは、ジリジリと距離を詰めてくる。
どうやら手に何も持たずに構えている俺よりも、少し斜め前方の位置に居るルルフレアが構えるハルバードに意識が向いている様だ。
そして、ロックリザードは3体目のジャイアントバットを斜めに斬り裂いた師匠を横目に見た後、3人を同時に相手取るのは愚策と考えたのかどうかは解らないが、今相対している俺達二人を直ぐに片付けるべく距離を一気に詰めようと動く。
それと同時にルルフレアも動いた。
前に構えていたハルバードを引いて腰に構え、大口を開いてその鋭い牙を向けてくるロックリザードに突っ込む。
赤い口に鋭い牙が並ぶ大口をルルフレアに向けて閉じようとした瞬間、急ブレーキをかけたルルフレアはその場に踏み込み、腰構えからその下顎へ向けて思い切り上へとアッパースイングをぶちかました。
「グァァァッ!!」
「……ふっ!!」
ガゴッ!!
無理矢理に口を閉じられ、余程強烈な打撃だった事を物語る様に下からかち上げられた勢いのまま、前足が浮き、その巨大な体躯は斜めに持ち上げられた。
その上体を覆う堅牢な岩の鱗とは裏腹に、真っ白で柔らかそうな下腹部が目の前に晒される。
そしてルルフレアは道をあける様にサイドステップしてロックリザードから距離を取った。
俺はそれを目視した後、先程の睨み合いの内に詠唱を終え、四肢へと纏わせていた炎装を体内で循環させながら『縮地』を発動させた。
急激に視界はゆっくりとした時間の流れへと変動し、上へと上がり切ったロックリザードの体は、重力に逆らう事無くまたゆっくりと降り始める。
ゆっくりとした時間の中、俺だけが通常とそう変わらない速度で走る。
俺は、その前足が地面へと降り立つのに十分な時間を残してその懐へと潜り込んだ。
左足へと纏わせた炎装は、炎を纏う震脚としてその岩肌の地面に円状に広がり、ドンッ!という衝撃音と伴に地面に少しのヒビを入れる。
四肢に纏う残りの3つの炎は振りかぶっている右拳へと収束している。
そして、振りかぶった右拳を思い切り斜め前方へと向けて思い切り放つ。
その右前足の付け根付近へと向けて。
「おぉぉっ!!らぁぁっ!!爆裂剛炎!!」
瞬間、ズッシリとしたロックリザードの体重が右拳へと掛かり、と同時に、放った右拳に纏う炎装を解き放ち、押し出す様に振り抜いた。
ゴッ!バッァァン!!
その場に破裂音が響き、弾ける炎を伴う局所爆撃はロックリザードの右前足の付け根付近で炸裂する。
ロックリザードの体は拳を振り抜いた体制の俺の体を避ける様に、斜め横へと仰向けに音を立てて倒れた。
「ふぅ……」
そして『縮地』を解き、横へ転がるロックリザードを見る。
その右前足の付け根付近は、まるでそこだけで爆発が起こったかのように円状に大穴が空いていた。
ピクピクッと痙攣を繰り返す体は最早起き上がる事は無いだろう。
心臓が爆散してまだ動ける様な化物が居れば話は別だが、そこまでの魔物では無い。
先日ルルフレアにロックリリザードの弱点を聞いておいて良かったと、安堵の溜息を吐く。
まぁ弱点とは言っても狙うのは容易でない。
体を覆っている堅牢な鱗は、守る必要が余りない下腹部までは至っては居ないのだが、ひっくり返すのも一苦労だし、そのままでは勿論狙う事も出来ない。
ルルフレアが前体を上へかち上げたのを見て狙ってみたのだが、上手くいった様で何よりだ。
ゆっくりと近づいてくるルルフレアに気付いた俺は振り返り、拳をルルフレアに向けて突き出し、笑みを浮かべた。
「やったね、ルル。初めてにしては上出来な連携だったんじゃない?」
「ん……、私とエミリーの友情があれば余裕」
「ははっ」
俺が突き出した拳に、そう言ってルルフレアは軽くコツンッと自分の拳を当てる。
お互いに笑みを浮かべた所で、そう言えばと師匠が戦っていた方へと視線を向けようとしたところで俺は驚き、後ろへと飛び退いた。
何故って?
何やらジト目をした師匠が、俺の真横、目の前に居たからだよ!
あー、びっくりした。
ドキドキッと動悸を繰り返す心臓を落ち着けようと、二度三度と深呼吸し、やっと落ち着いた所で口を開いた。
「ビックリしたじゃないですか……、気配を消して近づかないでくださいよ……」
「別に、消してません。イチャイチャしてたから気づかなかっただけじゃないですか?」
「……あの、なぜご機嫌斜めなのでしょうか……」
珍しく笑みを消してプイッとそっぽを向く師匠に少し焦りを覚える。
別にイチャイチャなんてしてないと思うのだが……。
「別に、私は普通ですとも。まぁ、私の方がエミリーとは付き合いが長いですし、連携の一つや二つ、私の方がうまくできますとも!」
「……ふっ、それはどうでしょう?」
「ぐっ……、いいでしょう、私がお手本を見せて上げましょう!エミリー!次は私と組みますよ!」
「えぇ?それじゃぁ修行に……、いえ何でもありません。組みましょう、是非とも」
何を競っているのだろうかこの二人は。
修行にならないからと断ろうとしたら睨まれたので、俺にもう否の言葉は無い。
付き合いますとも。
小さく溜息を付きながら、大股で前を歩いて行く師匠を追いかける俺であった。




