25.邪魔になりそうなので退場
さて、邪魔になりそうなゴブリンをある程度掃除した私は、前方から此方へと向かってくるゴブリンイーター2匹と、一人の男へと駆けていく。
2匹の内の1匹は明らかに今までのゴブリンイーターと違う様だ。
恐らく成長しているのだろう。
と、そこで、男の足が縺れたのか、バランスを崩して転がった。
直ぐに起き上がったが、挟まれてしまった様だ。
「おっと、聞きたい事もありますし、あのままでは行けませんね……」
独り言を零し、少し速度を上げる事にする。
あの男には聞きたい事がある。
エミリーの事がバレたにしては余りにも早すぎる為に、時間的に有り得ないという事は解りきっている事だが、芽は早めに摘んでおかないといけない。
遠距離の連絡方法も無いわけではないのだから。
顔を見ただけでは思い出す事は無かったが、態々私達に挨拶をする為に近づき、エミリーのあの男に対する態度で完全に思い出した。
昨年のパーティーにエミリーと一緒に出席した折、堕天族の貴族の護衛として同席していた男だ。
あの時から既にエミリーはあの男にイイ印象を持っていなかった。
まぁ、あの時のエミリーは、セバスとして一緒に居た私以外に好印象を持っていた人物は皆無に等しかったが。
私にとってエミリーの敵は私の敵だと言う事は変えようがない事実。
どうやら、ギルバートやアルド達の事は気に入っている様なので、私もそれなりに愛想よくしなければいけない。
甚だ不本意ではあるが、エルフの小娘の事も嫌ってはいない様なので愛想良く……、いえ、そこは譲れない何かがあるので、直接攻撃しないだけで良しとして貰いましょう。
まぁそれはさて置き、あの男が仕えていると思われる堕天族の貴族が問題だ。
確か、王族に連なる貴族で、レッドの家系。
そしてあの男を見る限り、明らかに『堕落』に侵されている。
堕天族の固有能力である『堕落』は堕天族達、当の本人でさえ制御しきれていない種族の成り立ちから続く業の深い物で、近しい人物に伝染するから厄介だ。
効果としては、まぁ言葉の通りの堕落だ。
バッドステータスでしかない。
そして伝染したものはその感染源に依存する様になる。あらゆる面で。
能力と呼ぶのも憚られるが、堕天族の面々は欲望に忠実な種族でもある。
ワザと伝染させる事も是とする様な輩は数多くいるだろう。
『魅了』と併用されると厄介である事に違い無い。
まぁ私は性別が有って無い様な物なので、効きませんがね。
それはそうと、堕天族のあの貴族、挨拶に来たと同時にスキル『魅了』を発動していたのだが、先のあの青い鎧の男も粗末な物ではあったが『魅了』の劣化版とも言える『魅力』をエミリーと私に使用していた。
性別の無い私には効かないとして、これは城に居た時から解っていた事だが、どうやらエミリーにも効果が無いようだ。
勿論社交場でそのようなスキルを使用すれば、いい顔をされない処か、不敬を招く事もある為に、基本的にそんなスキルを使用する輩は居ない。
とされているが、実際の所、ほんの一部ではあるが、権力等を笠に着る輩は往々にして存在するのだ。
エミリーの許嫁候補として数人居た吸血族や堕天族の貴族や王族が偶にエミリーに対して使用した事を確認したのだが、エミリーに効果は無かった。
勿論効果が出て居たらそれなりの手段を用いただろうが、効果が無いのだから私も黙認していたのだ。
何故効果が無いのかは良く解らないが、生まれ持っての耐性持ちなのかもしれないし、どうやらエミリーは異性に対して魅力と言う物を一切感じていない節があるので、恐らくそのせいだろう。
ギルバートやアルドの事も、どうやら異性としてと言うか、友人として気に入っている様だ。
まぁ、話が逸れましたが、閑話休題。
あの青い鎧の男は、王族貴族と深い繋がりを持っている。
そんな輩を放っておく訳には行かない。
あの挨拶の後、エミリーの事を盗み見ていた事を思うと、バレないとも限らないし、既にバレている可能性も無い訳ではない。
バレたら面倒になるのは目に見えている。
まぁ建前としてはそんな所ですか。
あの男は私のエミリーに色目を使ったんですよ?許せませんよねぇ。
今はほら、不測の事態が起こっている最中ですから、何が起こっても、不思議じゃないですし、ね。
そして、私はスキル『神速』を発動し、一瞬で男とゴブリンイーターの間に到達、目の前に居る片方のゴブリンイーターに向けて刀を振るう。
左右を挟まれる形になっていたので、反対側の攻撃はどうしようもないが、装備を見る限りでは恐らく何発かは耐えるだろう。
限定殲滅型『神速一閃』
『神速』を腕へと集中させ、剣速のみをその域へと到達させる。
横一文字に刀を振るい、鞘へと戻した。
チンッという澄んだ音と同時に、ゴブリンイーターの体が横に裂ける。
「あ、貴女はっ!……た、たすかった!」
「攻撃が来ますよ」
「あ、うわっ!ぐっ……」
私の声に反応し、男は手に持ったタワーシールドで目の前に居るゴブリンイーターの攻撃を辛うじて受け止めた。
その様子を私は落ち着いて観察する。
どうやら予想以上にいい装備の様だ。
流石は大物貴族が後ろに付いているだけの事はある。
「ふむ……」
「お、おい!落ち着いてないで早く助けろ!!」
「助けろ、ですか」
「え?いや……、た、たすけて下さい」
「あ、ほら。もう一度来ますよ」
今度の攻撃は拳を振りかぶり、振り下ろすという物だった。
「ぐっ……」
私の言葉に反応し、男は後ろに転がる様にしてその攻撃を躱した。
そこでゴブリンイーターの動きが少し止まる。
一撃で同胞を屠った私が現れた事で、少し慎重になったのかもしれない。
それなりに知能がありそうな個体だ。
私が手を出してこないので訝しんでいる様だ。
動きは無いと言っても、男にとって目の前に居るゴブリンイーターは絶対的強者だ。
目を放す事は出来ないし、逃げだしたとしてもこの距離ではすぐに捕まるだろう。
おや、どうやらエミリーは頑張っているようですね。
短剣を使用せずに、炎魔武闘のみでゴブリンを相手にしている様だ。
その様子が少し気になったので、エミリーの事を見守る事にする。
ん?何ですか?
私は忙しいんですよ。後にしてください。
少し視線を感じたので其方をみると、盾を正面に構えたまま、懇願する様な眼差しを私に向けている男がそこに居た。
「ふむ……」
その表情をエミリーに向けられたら私はどうにかなってしまいそうだ、などと考える。
くふふっ……、おっと、いけない。
妄想すると背筋をゾクリとした物が駆け巡った。
今はエミリーを見守らないといけないのだ。
「すいません。先程使用した技は少し充電が必要でして……、少しだけ耐えて下さい」
「え?そ、そんなぁ……」
「あ、ほら、来ますよ」
「うあっ……!!ああっ!」
それから暫くの間、ドンッドンッという音と男の悲鳴の様な物が辺りに響いていた。
そしてようやくエミリーの方が一段落ついた所で視線を戻すと、男は見るからにボロボロになっていた。
息も絶え絶えという感じだ。
しかし、どうもかなりの業物らしいその鎧にはあまり傷や凹みが無いのだから少し驚きだ。
私がそちらを向いた事でまた少し警戒したのか、ゴブリンイーターの攻撃が止んだ。
「はぁ……はぁ……」
「お疲れですね。」
「あ、あんた……、いったい、どういう……」
「レッド様はお元気ですか?」
「え?なんで……、今はそんな事関係ないだろ!早くこいつを!」
声を荒げる男。
「いえね……、今朝から今までに連絡はしていないのですか?例えば、エミリーの事などについて……」
「してねぇよ!!そんな暇……」
「そうですか」
「いや、まて。やっぱりあの子は、そうなのか……」
「おや、気づかれてしまいましたか。仕方ありませんね」
「いやまて!何か事情があるのは解った!誰にも言わない!言わないから助けて!!」
また懇願の表情を浮かべてそういう男に、私は溜息を吐いた。
どうやら今までは気づいていなかった様だ。
連絡していないという言葉に恐らく嘘は無いだろうと思われる。
しかし、気付いてしまったという事は、その後の言葉は信じられるだろうか?
うーん、と暫し考える。
あ、貴方、危ないですよ。
「ァアアァァァアアアァッ!!」
あ、声が出ていませんね。
あ~。
ドグチャッ!!
「あ、危ないですよ。遅かったですか……」
そして、ゆっくりとゴブリンイーターの振り下ろされた拳が持ち上がっていく。
その陥没した地面には、頭だけが潰れた首なしの鎧が地面にめり込んでいた。
どうやら更にこの鎧の評価を上げなければいけない程頑丈だ。
「さて、そろそろ私もエミリーの元へ帰らなければ行けません。これ以上離れているのは耐えられそうもないので……」
一歩私が前へと踏み出すと、ジリッとゴブリンイーターが後退る。
どうやら私の気配に尻ごみしている様だ。
そしてもう一歩踏み出すと、それはあからさまに一歩後ろへと後退った。
逃げるつもりのようだ。
本当に、ある程度の知能を持っている事を確信する。
まぁ逃がすつもりは私には無かった。
いい加減、ゴブリンイーターの相手をするのにも飽き飽きだ。
ここいらで退場して貰わなければ、また相手をさせられそうで、それだけはもう勘弁してほしい。
暫くは簡単な依頼でもこなして、エミリーとイチャイチャしたいんです!!
そして、私は本気で『神速』を発動し、一気に間合いを詰める。
限定殲滅型『神速八閃』
まずは逃げられない様に四肢を切断、続いて体を8等分に切り裂く。
向き直り、チンッと言う音を伴い、刀を鞘へと戻して歩き出した。
「さて、帰りますか。エミリーが寂しがっているでしょうし」
私は歩きながらハッとする。
あれだけ斬ってしまうと素材が……。
後悔するが、仕方ない。
後から悔いるので後悔と言う様に、後悔は先には立ちませんからね……。
まぁ、エミリーさえいれば、お金等どうでもいい事ですね。
すぐに持ち直し、手を振るエミリーの元へと急ぐ私であった。
そう言えば。
と少し別の事を思い返す。
同じ馬車に乗り合わせたもう1人、ルルフレア・パープルの事を。
あれから接触は無い上に、気づいた素振りは無かったが警戒は続けなければならない。
どうも、エミリーはここまで逃げた事で少し安心しすぎている様な気がする。
全く警戒していない訳ではないと思いたいが、エミリーの考えこそ私には読めない。
私がエミリーを守らなければと、誓いを新たにするのだった。
「パープル家、竜人族ですか……。厄介な……」
今しばらくは平気だと思うが、後少ししたら、あの街を離れる事も考えますか。




