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23.ゴブリン掃討&ゴブリンイーター討伐④

 ゴブリンと冒険者達が戦う戦場。


 上下を森に挟まれた開けた草原で行われていたゴブリン掃討作戦は、滞りなく、終始冒険者側に傾いた戦況のまま続いていた。


 ゴブリン達は、開戦当初の620という数を大きく減らし、その数は半分以下、250程まで減らされている。


 現在、開戦から大凡1時間という時間が経過しようとしていたのだが、今から約30分前に更に戦況は冒険者側に傾くことになった。


 今から30分前、南の森から二人の少女が現れた。


 当初は旅人が迷い込んだかと思われたその二人の闖入者は、戦場を前に怯んだ様子も、驚いた様子さえなく、まるで散歩でもしているかのように戦場へと近寄ってきた。


 異国の服を身に纏い、その上から黒いローブを羽織った美しい少女は刀と呼ばれる珍しい武器を腰に差し、血生臭い戦場には明らかに場違いと言える柔らかい微笑みを浮かべて。

 一方、もう一人の少女は、隣に居る少女よりも更に、見るからに年若い。

 10代の前半、恐らく成人さえ来ていないだろうと思われるその小さい少女は、黒いズボンに黒い皮鎧を身に着け、その上から漆黒のロングコートを纏ってる。

 武器らしい武器は、その腰に覗く短剣ぐらいで、手には何も持っていない。

 彼女もまた、隣に居る少女と同様に、異様な雰囲気を身に纏っている。

 それはまるで、観光客が物珍しい物を見つけた時の様な、まるでその血生臭い戦場が観光名所であるかの様な、街を歩いているのかと錯覚する程の普通の顔をしてキョロキョロと辺りを見回していた。

 当初、戦場を見て笑っていると思われた少女だったが、それは近づくにつれてはっきりと違うと認識できた。

 何故なら彼女の視線は、終始斜め下に位置する小さい少女に向けられていたからだ。

 キョロキョロと辺りを物珍しそうに見回している少女を見て、まるで姉か母親か、もしくは父親、あるいは恋人が浮かべる様な、そんな親愛や愛情を感じさせる微笑みを小さい少女へと向けていたのだった。


 未だ戦闘は続いているのだが、ゆっくりと近づいてくる二人の事が、周りは気になって仕方がない。

 一体何だと言うのか、邪魔しに来たとでも言うつもりだろうか?もしくは見学でもしに来たとでも言うのだろうか。

 そんな周りの不満とも言える不安は、少女が誰かを見つけて手を振った事で少し解消された。

 何故ならその相手が、この戦場を指揮しているBランク冒険者、ギルバートその人で、少女が彼の知り合いだと解ったからだ。


「おーい!ギルバートさん!」

「あ?ん?エミリーちゃんか?それにシルヴィアさんも?」

「はい!お疲れ様です!」

「お疲れ様です。ギルバートさん」


 名前を急に呼ばれたギルバートは、前線に身を置いているにも関わらず、声が掛かった後ろを振り向き、少女達の名前を呼んだ。

 エミリーと呼ばれた少女は、笑顔を浮かべて元気に返事を返す。

 ギルバートはその姿を確認し、少し後ろへと下がってきた。


「おいおい、まさかもう終わったのか?こっちもまだ始まって少ししか経ってないぞ?」

「えぇ、師匠がすぐ片付けちゃったんで……」

「ちゃんとギルバートさんが仰っていた通り、毛皮が取りやすい様に真ん中から開いて来ましたよ」

「え?あぁ……、そうかい?そいつは、よかった……」


 二人の言葉を聞いたギルバートは、呆れた様に苦笑いを浮かべながら、そのスキンヘッドを後ろへ撫でつけた。

 そんな様子のギルバートに二人は特に気にした様子も無く、エミリーは少し背伸びをしながら戦場を見回した。


「私も参加したいんですけど、どうすればいいですか?」

「私も、エミリーを見なければいけないので、参加します。師匠として!」

「あぁ、まぁそいつは助かるんで構わないが……、そうだな……、まぁ二人共前衛だろう?なら俺と一緒に前線だな」

「はい、じゃぁついていきます」

「よろしくお願いします」

「おぅ、じゃぁ行くか」


 そして、3人は連れだって前線へと出ていく。

 そこから先は、唯々観る物が目を疑う様な光景が広がった。


 シルヴィアは腰に差していた刀を抜き放ち、構えさえ取らずにだらりと下げたままで戦場へと歩いて行く。

 1匹のゴブリンが近づいてくる。

 首が飛んだ。

 3匹のゴブリンが近づいてくる。

 首が飛び、胴が断たれ、頭上から縦に真っ二つにされ、転がる。

 その光景は、戦いと呼べる物では無かった。

 それは正に駆除。

 そうとしか言えない。

 ゴブリン達はシルヴィアに近づくたびに、その命を散らせていく。

 まるでそれは、命を奪われる事など知らず、盲目に炎に飛び込む虫の様だった。


 エミリーはその腰から短剣を抜き放ち、戦場を駆ける。

 何時の間にか詠唱を終えていた炎弾(フレアバレット)を駆けながら放ち、生まれた炎の弾丸が3方向に飛び、それぞれが着弾、3匹のゴブリンが炎上した。

 目の前に迫るゴブリンの振るう棍棒や、ショートソードをヒラリと避けながら、短剣を振るう。

 派手に首が飛ぶと言った様な事は無いが、その斬撃は首の中ほどまでを斬り裂き、彼女が通り過ぎた後には血しぶきが戦場を舞った。

 迫るゴブリンの攻撃を避け、あるいは短剣で受け流し、まるで舞う様に敵を屠っていく。

 瞠目すべきは、所々で振るわれているのが、短剣だけではない事だろう。

 攻撃を避けると同時に懐に飛び込んで、体に拳を叩き込み、あるいは攻撃を避けると同時に回し蹴りが首を刈る。

 そしてその短剣以外の攻撃を受けたゴブリンが、悉く炎上しているという事に周りは驚きを隠せない。


 静かに、無駄な動き無く敵の命を刈り取るシルヴィアに対し、大きな動きで舞う様に敵を圧倒するエミリー。

 戦い方が対照的な二人であったが、一つだけ似通った点がある。

 それは種類こそ違えど、お互いに、その顔には、笑みが浮かんでいた。


 二人の少女が参戦した戦いは、終始圧倒していた冒険者側を更に勢いづけた。

 ゴブリンはここから更に目に見えてその数を減らし、最早全滅は時間の問題かと思われた。


 しかし、そんな戦いは、突如現れた新たな闖入者によって一時中断となる。


 北の森から現れたその1人の男と二匹は、先に現れた二人の闖入者とは違い、その場に居る誰も知り得ない不測の事態だった。


 まずは突如響いた2つの咆哮から始まった。


「グリィァァァッ!!」 

「グルゥァァァッ!!」


 皆が皆、その咆哮が聞こえた方角を見る。

 そこには転げるように森から出て来た一人の青い鎧を身に纏った男と、その後ろから続けて飛び出して来た2匹のゴブリンイーターの姿があった。


 男はどうやら2匹に追われているようで、戦場へと向かって走ってきている様だ。


 冒険者達は勿論、ゴブリンでさえもその攻撃の手を止めて後ろを振り返る。


 このままではまずい。

 双方に同じ空気が流れた。


 今まで決して通う事の無かったゴブリンと人の、気持ちが通じ合った瞬間だった。

 まぁ、一瞬であったが。

 何故ならば、置かれた状況もそうだが、根本的に魔物とその他の種族は相容れないのだ。


 現在ゴブリンが置かれた状況は、前門の虎後門の狼、まさにこれに尽きる。

 前方は冒険者達に、後方からはゴブリンイーターが迫っている。


 ならばどうするか。

 逃げる、と選択する場合もあっただろう。

 上下に挟まれているとはいえ、ここは開けた草原だ。

 左右に全員は逃げきれないまでも、活路はあった。

 しかし、この場にいるゴブリンが選んだのは逃げる事では無かった。

 いや、行きつく答えは逃げる事に違いは無かったのだが、それは手段の違いだ。


 逃げる、目の前に居る邪魔な敵達を殺して。

 その意志を確認するでもなく、この場に居た200近くのゴブリンの気持ちは一瞬で統一された。


 それは冒険者側に取っては最悪の選択だ。

 自分たちも逃げるから、ゴブリン達にも逃げて欲しかった。


 あくまでもゴブリンイーターが食いたいと本能で感じるのはゴブリン達のはずだ。

 追いかけてくるとしても、まずはゴブリン達を盾に出来る。

 この場にいる冒険者の誰もがそう考えた。


 しかし、それをゴブリン達は許さなかった。

 足元の数えきれないほどの同胞の死体がそれを許さなかった?いや、彼等に仇討ちの概念や気持ちがあったかどうかは疑問が残る。

 ただ、唯一言える事がある。

 それは、ゴブリン達は、いや、魔物と呼ばれる全ての存在は、魔族や人族、知的生命体とも呼ぶべき彼等が、心の底から大嫌いだと言う事だ。

 それは狂気とも呼べる程に、見かけたら襲わずにはいられない程にだ。

 勿論それはゴブリンイーターとて例外ではない。

 余り目撃されない事もあってか、その生態は判明していない事も多いが、それでも魔物である事には変わりが無い。

 もしも近くに人が居れば、攻撃せずにはいられないのが彼等の性なのだった。

 以上の事を踏まえると、例えゴブリン達が散り散りに逃げる事を選んだとしても、冒険者側の安全は保障されたものでは無かったのだが、それはもう何方でもいい話だ。

 

 事態はもうゴブリン達が決断した結果へと動き出しているのだから。


 そんなゴブリン達の狂気を孕んだ様な、今までにない必死の攻撃は、一人に対して近くに居る物すべてが飛びかかる様な、決死とも呼べる攻撃だった。

 そしてそれは、今まではそれぞれが個別に、好き勝手に唯攻撃を行う様な、統率など有って無い様な攻撃を繰り返していたゴブリン達だったが、一つの意志の元に不可思議な統率を得たゴブリン達の連携の取れた攻撃でもあった。

 そんな攻撃に、今さっきの闖入者達の登場から未だ立ち直っていなかった者達は不意を突かれ、この戦闘で初めて冒険者側に犠牲者が出る。


「ギャギャッ!!」

「ギャゥギャッ!!」

「ギャギャッ!!」

「は?な、なんっ……。うああっ!たすっ……」


 それは余りに一瞬の事で、隣に居た者もただあっけに取られた様に見ているだけしかできなかった。

 ここから至る所で悲鳴が上がる。

 と同時に、我に返った冒険者達の反撃も始まり、また均衡へと移行していく。

 こんな事をしている場合ではないという焦りを感じながら、どうすればいいのか考えていた彼等に、救いの手は案外すぐに差し出された。


 その人物、シルヴィアと言う名の少女はボソボソと独り言の様な物を呟いた後、まるで飛ぶように跳躍し、ゴブリン達の群れの中へと飛び込んだ。


「やれやれ……、折角エミリーの勇姿を目に焼き付けて居たと言うのに。こうなっては仕方ありませんね、出来る限り数を減らしておきますか」


 瞬間、ゴブリンの群れの中で空間を裂く様な一筋の閃光が走る。

 その一筋の閃光は軌道上のゴブリン達の体を、まるで紙の様に容易く斬り裂いていく。

 そしてそれは一度では終わらない。

 一閃、二閃、三閃、と続くそれは、ゴブリン達を斬り裂きながら縦横無尽に駆け巡り、必ずのその軌跡の最後には少女の姿が垣間見える。まるで瞬間移動をしている様に。

 全部で10度続いたその閃光が止まった時、シルヴィアを中央に、その周りは死屍累々の様を見せていた。

 この攻撃によって命を刈り取られたゴブリンの数は100匹以上。

 残ったゴブリンの数は、80にも満たない数だった。

 その場にいる全員に恐怖を抱かせるには十分な光景だ。

 彼女は、「化物」、そう呼ばれる類の存在であると、誰もが確信した。

 その光景を見て、恐怖に背筋を凍らせている冒険者達の中で、一人だけ違う反応をしている存在がいた。

 それはエミリーと言う少女だ。

 彼女はまるで憧れの者を見つめる様な、少年の様にキラキラとした瞳でその光景を見ていた。


「師匠すげー……」


 そしてポツリと呟く。


 シルヴィアの先程の攻撃であるが、スキル『神速』を用いて行った物だ。

 シルヴィアの攻撃で使用されるのは、ほぼこれだけだと言っても過言ではない。

 速度増加のスキルの中で、最上位に位置するこれは、最早下位互換である『縮地』等とは別次元だ。


 勿論『縮地』までスキルが育っていれば、その力の一端は垣間見える。

 『縮地』と『神速』の性能に越えられない壁はあれど、その性能事態は似通っている。

 『加速』までしか収めていない者には実感はほぼ無いだろうが、『縮地』まで行くとそれは実感無しに使いこなせる物では無い。

 要するに、『縮地』『神速』の双方は、この世界の人の動体視力等を持ってしても制御しきれる速度では無いからだ。

 いや、『縮地』の速度であれば、辛うじて可能だとも言えるが、事『神速』に至っては不可能だ。

 『縮地』『神速』の双方のスキル効果は、速度増加、それは、筋肉の動き、眼球運動、動体視力、頭の先から爪の先まで、そしてさらには、その思考速度さえも増加させるスキルだ。


 ここで先の攻撃に戻るが、あれは、『神速』の断続的発動と同時に刀を振るっていた。

 本人曰く、広範囲殲滅型『神速十閃』。

 本人にしてみれば、唯、広範囲に無差別で、『神速』を発動して、十回斬った。

 そんな認識だ。


 ならば『神速』を収めれば誰にでも出来るのかと言うと、そう簡単な事でもない。

 それを行うのに技量は勿論の事、『神速』を収める事が、容易ではない処か、文字通りの神に至る程の速度を出すというのだ。

 この世界で『神速』を極めているのは、知られているだけで2人しかいない。

 まぁここで彼女が知られたので、3人という事になる。

 それ程の狭き門なのだ。


 閑話休題。


 その惨劇を繰り広げた後、シルヴィアは即座に移動を開始した。

 迫る二匹のゴブリンイーターへ向けて駆け出す。


 言葉を残して。


「私がアレをやるので、皆さんに後の処理は任せますよ。エミリー!!怪我をしないように!!」


 そう声を掛けられた冒険者達は、言葉を発する事の出来ない冒険者達の代表としてギルバートが震えたような声で答えた。


「お、おう……」


 そして、もう一方の、個別に声を掛けられたエミリーは、笑顔を浮かべて返事をする。


「はい!師匠!」


 そして返事と共に、エミリーは駆けだし、スキルを使って『跳躍』する。


 その顔に笑みを浮かべて、心底楽しそうに。



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