22.ゴブリン掃討&ゴブリンイーター討伐③
「グルゥァァァァァッ!!」
突如響いた咆哮共に、前方から姿を現したゴブリンイーターに、皆が即座に動いた。
一番後方に位置しているエルフの男は、手に持っていた弓に矢を番え、正面に向いて引き絞る。
その前に居る男一人、女二人のローブを身に纏う魔法使いは、その弓の射線から飛ぶようにして退くと同時に詠唱を開始。
前方に居る二人の戦士の、その内の一人はその手に持ったショートソードとスモールシールドを構え、もう一人はメイスとバックラーを構えた。
そして一番前に居るアルフレッドは、左手に持つタワーシールドを前面に突き出し、槍を構える。
少しの揺れと音を伴い、武器を構えた冒険者達へと向かってゆっくりと歩いてくるそのゴブリンイーターの様は、まるで王者の様に堂々とした物だった。
ゴクリッ、と誰かが唾を飲む音が聞こえた。
いや、恐らくそれは自分が出した音だろう。
アルフレッドはチラリと後ろを伺い、戦闘の準備が整っている事を確認した後、スゥッと息を吸い込んだ。
そして、足に力を込め、前へと進もうと、足を踏み出す。
「行くぞっ!……っ!?」
「グリィァァァァァッ!!」
アルフレッドが言葉を発し、勢いよく前へ出ようとした正にその瞬間、その後ろから、別の咆哮が響き渡った。
「なっ!!!」
「もう一匹っ!?」
「聞いてねぇぞ!!」
「ひっ……」
勢いよく後方から飛び出して来たそのゴブリンイーターは、弓を番えて構えていたエルフの男へと向かってその手を振るう。
ブゥォンッ!!
と、大きな音を発しながら迫りくるその開かれた巨大な掌に、虚を突かれたエルフの男は反応する事も出来ず、唯々その向かってくる掌へ視線を向けるだけで精一杯だった。
ドグチャッ!!
妙な音が辺りに響く。
何かにぶつかり、何かが潰れた様な、そんな音。
振るわれた手は近くに会った木にぶつかって止まり、その振るわれた軌道の上に、そこに居た筈のエルフの男の姿は無かった。
ゆっくりと木にぶつかった手を退けると、そこには赤いナニカがあった。
ズルズルッと音を立てて、その何かが木から滑り落ちていく様を、固まった様に見つめる。
その惨状を作り出したゴブリンイーターは、その醜悪な顔を笑みで歪め、今度は拳を握って大きく上へと振りかぶった。
「ヒッ!やめ―――」
「おい!早く撃てっ!!」
ドグチャッ!!
同じような音が響いた時、そこに居た筈の魔法使いの女の姿は無い。
「くそっ!!早く撃てって!炎弾!!」
「あぁぁっ!!火炎玉!!」
ボフッボフッと次々と音を立ててその体へと当たり、弾ける火の粉に、ゴブリンイーターは少し嫌そうな顔をするが、それだけだ。
それは、多少の火傷程度で怯むような可愛らしいものでは無かった。
ただ一発だけゴブリンイーターの顔を歪ませたのは、女魔法使いが放った火炎玉と呼ばれる、バスケットボール大の火の玉が当たった時だ。
それが直撃した瞬間、ドンッ!と火の玉がその巨大な体で弾け、焦げ臭い匂いが広がった。
しかし、それでも致命傷には程遠い。
顔を歪ませたゴブリンイーターは、手を広げ、ブオンッとその女魔法使いへと振るう。
さっきそこにいた筈の女は、その巨大な手に捕まれてもがいている。
「キャァッ!!イヤッ!!早く、助けてっ!!」
「っ!!お前等!後衛を放って何やってんだ!!さっさと助けろよおおお!!」
「ぐっ!!馬鹿野郎!!こっちにも居るんだよ!!」
「嫌だ……、もうだめだ。逃げよう!!」
「待てっ!勝手に逃げる事はゆるさん!!」
魔法使いの男が慌てて前方へと助けを求めるが、そこで目に入ったのは振るわれた巨大な拳をタワーシールドで受け止めるアルフレッドの姿と、その手に向かってメイスを振り下ろす男の姿だ。
泣き言を言う男はショートソードを構えてはいるが、今にも逃げ出しそうな程の及び腰だった。
そう、ほぼ同時に前と後ろで戦闘が始まっていたのだ。
「やだっ!やだぁっ!!誰でもいいから!!助けて!!ヤアアアアアッ!!」
半分狂った様に、泣き叫ぶ女の声を聞いて、魔法使いの男が振り返る。
その目に飛び込んできたのは、今正に大口を開け、その中へと放り込まれた女魔法使いの姿だった。
グチャッグチャッとという咀嚼音と共に、籠った様な甲高い絶叫が聞こえる。
カチカチッと歯が鳴り、この絶望な状況を前に、魔法使いの男は手に持った杖を放り出し、逃げようとする。
しかし、食事を直ぐに終えたゴブリンイーターの迫る手から逃げる事は出来なかった。
男はその巨大な手に掴まれた瞬間に、気絶し、声を上げる事無く巨大な口の中へと消えた。
もう最早ここまでだ。
アルフレッドはそう判断する。
後方を抑える者が既に居ない時点で、二匹を同時に相手にするなど出来るはずもない。
そう判断を下した後の彼の行動は、驚くほど速かった。
まず隣に居るメイスを振りかぶった男を、前方に居るゴブリンイーターへと向けて槍の柄を使って突き出した。
短く悲鳴をあげ、怨嗟の声をアルフレッドへと向かって投げかけるが、その声が彼の耳に届く事は無い。
すぐさま振り返り、後ろに隠れていた男が逃げ出そうとした所で、思い切りその体を後方のゴブリンイーターへと向かって蹴りだした。
そして踵を返し、そのまま南へと向かって駆けだす。
悲鳴が聞こえた。
しかし、彼はなんとも思わない。
彼を支配しているのは、生への執着。
それだけだ。
唯々彼は森を走る。
追いかけてくる音が聞こえるが振り返る事は怖くてできない。
何故こんな事になった?俺は悪くない。自分が助かればいい。
そんな考えが何度も何度もグルグルと頭を巡る。
ここから南へ行けば、ゴブリンと冒険者達が戦っている筈だ。
そこへ辿り着けば、餌が沢山ある。
囮には事欠かないはずだ。
そう考えての逃亡だった。
まず、彼等を襲った不測の事態だが、これにはどうしようもないほどの理由があった。
まず前方に居たゴブリンイーターだが、これは個体の脅威度ランクで言えば5である事は間違い無かっただろう。
彼等が連携し、落ち着いて相手をすれば、少し時間はかかるが勝てない相手では無かった。
しかし、それは後方から突如現れたもう一匹のゴブリンイーターによって出来ない相談となった。
まずこのゴブリンイーターが、進んできた方角から現れた事に疑問が残る。
しかしそれは、相手が知能の低い獣同然だという考えを改めれば、簡単に解消される事でもあった。
このゴブリンイーターは、気配を殺し、気付かれないであろう位置からずっと冒険者達を見ていたのだ。
そして、同胞であるゴブリンイーターと遭遇する所を見計らって行動を開始し、そして見事に冒険者達の虚を突く事に成功した。
挟み撃ちを作戦として実行したのだ。
それが出来る程の知能を持った個体がいると言う事を、彼等は知らなかった。
そのゴブリンイーターは他のゴブリンイーターとは明らかに違っている。
他のゴブリンイーターの毛皮が茶色に赤が少し混じった様な赤茶色なのに対し、その毛皮は混じりっ気の無い赤。
白い濁った瞳を持つ他の者とは違い、黒いその瞳には知性の輝きがあった。
ゴブリンイーターの成体、脅威度ランク7の化物の姿が、そこにはあったのだった。




