21.ゴブリン掃討&ゴブリンイーター討伐②
この話が思った以上に長くなりそうです。
更新は暫くは今のまま維持出来そうですが、序章が終われば一日一話を目標に頑張ります。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
上下を小さい森に挟まれた、視界の広く開けた草原。
そこで、総数620に及ぶゴブリンと、55人冒険者達との戦いが繰り広げられていた。
唯雑多に寄り固まっているゴブリン達に対して、冒険者は陣列を組み、接近戦の得意な前衛部隊、主に魔法使い等が配置された中衛部隊、弓兵等の後衛部隊に其々別れて、広く広がる様に相対していた。
前方にいるゴブリンの塊と相対すると、その陣形は歯抜けを思わせる程に開いては居るが、この方が武器が振るいやすいのだ。
もしもこれが、知能を持った人対人であるならば、その圧倒的な数量の差に物を言わせて包囲すればお終いだろう。
しかしそこは、武器を持って振るうぐらいの知能しか持たないゴブリンだ。
唯々前方に居る敵へと向かってくるだけという、お粗末な戦い方だった。
冒険者の中で、数の一番多いのはCランクと呼ばれる面々だ。
見習いとされるE等は、初めからこの戦いには参加していない。
Cランクの次に数が多いのはDランクだが、これは使い物になる者とそうでない者の差が激しいので、基本的に後方部隊で弓を引かせている。
今回集まった冒険者を、人数で分けてみると、Bランク10人、Cランク32人、Dランク13人だ。
Bランクの面々はそれぞれが指示を飛ばせる位置に離れて配置されていて、所々で飛び交う言葉は、殆どがこのBランク冒険者達の声だろう。
個々での実力では、圧倒的に冒険者の方が上ではあるが、如何せんその数だけは圧倒的に負けている。
しかし、統率の取れた冒険者に対して、相手は唯前に向かってくるだけの烏合の衆だ。
その数は段々と減り、辺りには血の匂いが充満していた。
そしてまた、前衛部隊に配置されている一人の男が、その手に持ったバトルアックスを横にフルスイングし、目の前に居た1匹のゴブリンの胴を吹き飛ばした。
更に迫るゴブリンの体を、頭上からバトルアックスを振り下ろして真っ二つに両断する。
「よーし!押せ押せっ!!前線上げろぉ!!」
「おぉぉぉっ!!」
「おらぁぁっ!!」
スキンヘッドの頭に滲んだ汗を、バトルアックスを持っていない方の手で後ろに撫で付ける様に拭いながら、男が声を上げると、周りに居た男達が声を上げながら前方に居るゴブリン達を次々と屠っていく。
そのスキンヘッドの男、ギルバートはこの前衛部隊を任された部隊長だ。
この男が居る場所が、前線を押し始めたのを見て、それに呼応する様にその勢いは横へと広がっていく。
それとほぼ同時に、今度は中衛部隊の中で声が響いた。
「放てぇっ!!」
「水弾!!」
「炎弾!!」
「岩弾!!」
「風斬!!」
響いた女性の声を皮切りに、それぞれ詠唱を終えていた魔法使い達の声が重なる様に木霊した。
それもまた、呼応する様に左右へと広がっていく。
放たれた魔法は、その色取り取りの破壊を、ゴブリン達の塊へと向かって炸裂させる。
ある者は燃え上がり、またある者は不可視の弾丸に頭や体を貫かれ、そしてまた、ある者はその体を斬り刻まれて……。
そして、そのさらに後方ではまた声が響く。
「用意っ!構えっ!!撃てぇっ!!!」
それと同時に、統率の取れた動きがまるで伝染したかのように広がっていく。
矢を番え、上空へと向け、弓を引き、放つ。
ヒュンヒュンッという音が至る所から聞こえてきたかと思うと、その上空へと舞い上がった影は、暫くの時間を置いて、地上に居るゴブリンへ死と悲鳴の雨を降らせた。
この流れをまるで作業の様に繰り返す。
既に3度程行われたこの一連の流れにより、ゴブリン達の足元には既に同胞の亡骸が転がっていない場所は無いと言える程だ。
当初、620に及ぶ数は、既に100を超える程の数が減らされていた。
終始安定した戦いを続ける冒険者達の顔には、最早戦闘が始まる前に浮かんでいた不安の色は無い。
このまま、何事も無くこれが続けば、殆どの者が大した怪我も無く、家路へと付ける。
そういう余裕を浮かべるには十分に安定した戦い振りだった。
それはそう遠くない未来に、叶えられるはずの約束された結果だった。
事実、このまま戦いが進めば、時間はかかってもゴブリンの殲滅は間違いなかっただろう。
しかし、そこに一つの咆哮がこの場に響いた事で、それは最早約束された未来では無くなり、酷く脆い、不安定な物へと変わる事になる。
それはこの場に居る全て、ゴブリン達も、冒険者達をも飲み込む絶望を伴った咆哮だった。
少し時は遡り、この戦闘が始まる少し前。
アルフレッドは、ゴブリン掃討の戦場となる開けた草原の上方、北側の森の中を歩いていた。
彼は、この北側の森で確認されたゴブリンイーターの討伐隊の指揮を任されている。
青く輝く魔法鎧は、軽量化の魔法が掛かっている為に驚く程軽く、他にも様々な魔法を付与された一級品の魔法防具だ。
そして左手には、同じ色のタワーシールドが握られ、右手にはシンプルな作りの槍が握られていた。
何方も鎧に見劣りする事のない一級品と言えるだろう。
Aランクの冒険者とされている彼だが、実際の所、その実力があるかどうかは少し疑わしい。
確かにAランクの冒険者でも揃えるのが難しい様な一級品の武器防具を装備しているのだが、これには理由があった。
彼には昔からパトロンとも呼べる人物が後ろに付いているのだ。
その人物によって、周到に用意された高難度依頼を、平たく言うと出来レース的に解決してきた為に彼はこの地位まで登ってきた。
確かに彼は、その人物に見初められる以前は、他の冒険者達と同様に鍛錬を重ね、修練を積み、泥臭く依頼をこなして来たどこにでもいる様な冒険者だった。
しかし、その容姿、見た目だけは平凡な冒険者を遥かに凌駕していた。
そこを見初められたという訳だ。
その人物に会う以前の彼のランクは、Bランクの中位と言った所だろうか。
彼の現在の歳が26歳で、当時20歳という若さを考えると、それなりに才能はあったのだろう。
そこから、その人物に見初められて5年の年月が流れた今、武器防具に頼った戦いを覚えてしまった彼に向上心は無く、危なげのない出来レースでこなす任務に緊張感など無い。
彼が日課であった鍛錬を止めてしまうのに、そう長い時間はかからなかった。
そして、その見初めらた人物に話を戻す。
その人物の名前は、ジュリーヌ・クル・レッド。
堕天族の国、天崩国ウィンドの王族に連なる女貴族だった。
王族の性であるレッドの名を、嫁いだ後も名乗る事を許されている程の実力者、国の重役とも呼べる人物だ。
歯に衣着せぬ言い方をするならば、彼は彼女の夜の相手をする男娼として囲われていた。
彼にしてみれば、最早彼女の愛人としての何不自由無い生活を約束されている今、冒険者として死地に向かうのは正直言って乗り気では無い。
だが、せっかくAランク冒険者としてチヤホヤされる地位に居るのに、それをみすみす捨てると言うのも面白くない。
夜の方でも相手に不自由しないというのも彼にとっては手放し難いと思う理由だった。
そう言った理由もあるのだが、一番の理由は、パトロンであるジュリーヌだ。
彼女は自分の飼い犬が、Aランクの冒険者であると自慢する為にこの地位を彼に与えたと言っても過言ではない。
パーティー等の社交場に、護衛として連れ歩いて自慢をする程だ。
そんな彼女が、この地位を捨てる事に同意するとは到底思えなかった。
そんな実力に不安が残る彼が、何故こんな所にいるのかと言うと、それは暗に、リムールに休暇として来ていた所を他の冒険者に見つかり、支部長の所へと連れていかれたからに他ならない。
初めは彼は断ろうと思っていた。
危険な橋を渡るつもりなど毛頭無いのだから。
いくらAランクとは言っても、彼がソロだと言うのも断る口実としては最もだ。
確かにAランクのパーティーともなれば、化物に片足を突っ込んでいる様な者が殆どで、脅威度ランク5程度の魔物であれば楽に処理できるだろう。
しかし、一人で相手取るとなると、それは最早数人しかいないSランクの正真正銘の化物クラスでなければ不可能だ。
だがここで、彼のほかに、腕利きのBランク冒険者パーティーを、2つ付けるという話が出た事で、彼は少し考える。
中堅処と言った所のパーティーではあるが、3人の魔法使いに1人の弓使いのエルフが居る。
彼がなんちゃってAランクであるとは言っても、彼もBランク以上の実力があるという事は確実だ。
しかも、そのAランクの冒険者でも用意できない程の防具で固められた彼は、防御力だけはそれ以上だと言っても過言ではない。
自分が前衛で耐える事が出来れば、攻撃は後ろに任せればいいのだ。
折角のAランクの地位に、この戦いで逃げたという噂が広まるのは彼としても面白くはなかったのだ。
ランク5の魔物と言えば、本来ならばBランクパーティーが二つ以上で組んで討伐されるぐらいの魔物だ。
2つのBランクパーティーに、防御力だけはAランクの彼が居れば、楽にとは行かないまでも、勝てない道理は無いだろう。
そう試案し、この依頼を受ける事にしたのだった。
討伐対象であるゴブリンイーターを探して、森の中を警戒しながら進む中、一人の男が、一番前を行くアルフレッドへと近づき、横並びになった。
アルフレッドが訝し気に横に並んだ男に視線を送る。
ショートソードを肩に担ぎ、スモールシールドを持った、鉄の胸当てを付けた戦士で、見るからに粗野な風貌をした男だった。
見様によっては山賊やならず者を彷彿とさせるような見た目に、下卑た笑いを浮かべている。
そんな男を見て、アルフレッドは少し顔を顰める。
ジュリーヌに見初められてから彼は、見た目こそが自分の磨くべき武器だと信じている。
ジュリーヌに見捨てられない為というのもあるが、女性にチヤホヤされるこの見た目を磨く事に、彼は普段から余念が無い。
そんな彼は、この隣に来た男の様に、見るからに不潔で、粗暴な男が、自分の近くに寄る事に嫌悪感を抱いたのだ。
しかし、そんなあからさまに嫌な顔をしているアルフレッド等、男は一切気に留める様子は無く、下卑た笑いを浮かべながらその歯並びの悪い口を開いた。
「スツェルバーグさんが居れば、今回の依頼なんて楽勝ですねぇ。こんな依頼さっさと終えて、……どうです?今晩一杯。奢らせて下さいよぉ」
「……そうだなぁ」
そんな事を言ってくる男だったが、勿論アルフレッドは乗り気では無い。
こんな男と酒を飲みに行かなくても、自分であれば奇麗な女性と酒を飲む事も簡単なのだ。
それなのになぜこんな男と酒を飲まなくては行けないのか。
それこそ、今朝出発する前に会ったあの姉妹と思しき二人組の姉の方、シルヴィアと名乗った美しい女の様な……。
そこまで考えた所で、アルフレッドは小さく首を振る。
あそこまで美しい女等、そんじょそこらの女と比べるには無理がある。
それこそ、どこかの王城で囲われていても不思議ではない程の美貌だった。
妹の方もかなりの物ではあったが、如何せん若すぎる。
そんな事を考えていたアルフレッドに、未だしつこく誘いを続けていた男が、更に下卑た笑みを近づけて来た。
その余りの急接近に、腰を引くようにして逃げるアルフレッドだったが、男の次の言葉に目を見開く。
まるで自分が先程考えていた事を読まれたかの様だった。
「それにしても……、今朝見た姉妹は驚くほど上玉でしたね?」
「……そうだな。それは同意する」
少し驚いたが、アルフレッドは直ぐに持ち直し、冷静に言葉を発する。
「どうです……?私は確実に無理でしょうが、スツェルバーグさんなら、飲みに誘うぐらい容易いでしょう……?」
「……まぁ、そうかもな」
この男は何が言いたいのだろうとまた訝し気な表情を浮かべるアルフレッドに、男はクツクツと言った含み笑いを零した。
「クックッ……、いえね……、私が行きつけの店があるんですがね。そこが女性に人気の良い酒を出すんですよ……。それはもう、すぐ酔っぱらっちまうぐらいでして……、酔っぱらっちまって、次の朝までぐっすり、なんて……」
「ほう……、そんなに良い酒なのか……、少し興味があるな」
男の言葉に、ある程度の事を察したアルフレッドは今まで毛嫌いしていた男に浮かべていた表情が消え、歪んだ笑みを零した。
アルフレッドはまた、今朝方の事を思い返す。
彼が本気で誘えば、付いてこない女など居るはずがないと、自分の容姿だけには絶対の自信を持っている。
それが、今朝のあの二人はどうだ?
あれがこの俺に対する態度か?
彼はそう考え、苦虫を嚙み潰したかの様な表情を浮かべる。
あの二人は自分を軽く扱い、嫌悪感さえ感じている様な態度だった。
それが彼には許せない。
そして、彼は未だ下卑た笑いを浮かべた男の方へと視線をやる。
こういう男にこそ、嫌悪感を抱くものだ、決して俺の様な選ばれた男に取っていい態度では無かったと、そう考える。
「……と、どうです?」
「あぁ、そうだな……。いいだろう、付き合おうか」
「そうこなくっちゃ!!帰ったらすぐに話は通しておきますよ!」
「あぁ、頼んだ」
「それでぇ……、そのー、私にもおこぼれを頂戴したいなぁ……、なんて」
胡麻をする様な仕草と言い回しで告げる男に、アルフレッドはチラリと視線をやる。
「……姉の方は俺だ。後で良いなら構わないが」
「あ!いえいえ、じゃぁ、私は、妹のほうで……」
「物好きだな……、好きにしろ」
その言葉を聞いたアルフレッドにまた嫌悪に表情が歪むが、傍から見れば同族嫌悪と取られても大差ない会話だろう。
アルフレッドは、話が付いた以上、これ以上男の顔を見たくないとばかりに足を少し早め、会話を打ち切った。
その様子に、男は特に気にした様子も無く、これ以上アルフレッドに絡む事は無かった。
前を歩くアルフレッドは歩調をまた元に戻し、今晩の事を思い描く。
自分をぞんざいに扱ったあの姉妹と思しき二人の末路を妄想し、後ろに歩く男と大差ない程の下卑た笑みを浮かべた。
そこでふと、思い立った事があった。
挨拶をした時から感じてはいたのだが、彼の中で、その姉妹と思しき二人組の妹の顔を思い浮かべると、やはりどこかで見た覚えがあったのだ。
それがどこだったかを彼は考え、一つの答えに行きついた。
それは昨年の事、ジュリーンとその息子の護衛として、ここ魔王国フレイムの城で開かれたパーティーに出席した時の事だ。
そして、この国のお姫様である少女に、許嫁候補というジュリーンの息子の挨拶に、後ろへ控えて同席したのだ。
その時、彼自身も挨拶をしたのだが、その挨拶をした相手、お姫様にあの少女が良く似ていたのだ。
そこまで思い出した所で、いや、まさかな、と自分の考えを投げ捨てる。
こんな所で、女二人、共もつけずにお姫様がゴブリンイーター退治などする訳がない。
どんな御伽噺だ、とそれ以上考えるのを止めた。
彼の足取りは軽い。
警戒を怠っては居ないが、これからも続く自分の輝かしい未来と、この後に来る欲望を満たせる事に、一片の疑いも持ってはいないのだ。
その件の二人が、たった二人で自分たちが挑むゴブリンイーターを討伐に行ったこと等、既に頭からは消えている。
あの二人が自分たちよりも強いかもしれないという発想が、彼の頭からは奇麗さっぱり消えているのだ。
彼の頭にあるのは、彼女等が女であるという事。
その欲望を発散させる為の物としてしか、その目には映ってはいないのだった。
しかし、その欲望が果たされる事は無い。
南の草原で戦うゴブリンと冒険者達と同様に、彼等が信じる未来は音を立てる様に脆くも崩れ去る事になる。
その事を彼等はまだ知らない。
自分が今歩いている道が、絶望という名の地獄に続いている事など、知る由も無いのだから。
そして今、その絶望の咆哮が、森の中で木霊した。
「グルゥァァァァァッ!!」




