19.お買い物
冒険者組合からの依頼を受けた後、俺と師匠はまず、ギムレットさんの商店へと足を運んだ。
俺達を助ける為に依頼を出してくれたという事もあり、一言お礼でも言っておこうという理由と、明日の為のアイテムを購入する為だ。
結局その依頼に付いては、俺達が出発前にリムールへと辿り着いた事で、有耶無耶になってしまったのだが、急な依頼のキャンセルによる罰金を支払うよりも、そのまま前払いで払っていた依頼料の方が安いという事で結局、そのまま成功と言う事で受理されている。
師匠としては、ギムレットさんに借りがあった為にあの行動に出たと言っていたので、恩の押し付け合い、とはまたちょっと違うが、まぁここでギムレットさんのお店でお金を使って、借りを相殺して置きたいという事だ。
それでギムレットさんのお店を訪れ、少し話をした後、取り合えず、入用な物を購入する事にした。
ギムレットさんの店に入って思った事は……、取り合えず、統一感は余り無かった。
店に並べられていたのは、武器に、防具、魔道具に衣類、ポーション等の薬、倉庫には小麦粉や野菜等もあるらしい。
取り合えず、売れる物には何でも手をだすと言う事と、客に頼まれた物を仕入れていたらこんな事になったと、そう言って、その恰幅のいい腹をポンポン叩きながら笑っていた。
荷馬車に乗っていた時は、そんなに話す機会も無く、どんな人なのか結局知らないままに別れたのだが、今日話して思った事は、取り合えずいい人だな、という感じだ。
何と言うか、田舎の小さい商店を経営している気のいいおっちゃん、と言うイメージだろうか。
まぁあくまでもイメージであり、聞いた話では案外やり手の商人であるらしい。
その多種多様な商品を、雑然とせずに並べる事が出来る程の店舗スペースを持ち、他の街に1店舗支店を構えているとの事だった。
店のイメージとしては、前世での某ディスカウントストア等の縮小版と言った感じだろう。
建物は三階建てで、2階までは店舗スペース、3階が住居兼事務所として使用しているらしい。
俺は初めて見る様な商品に目移りしながらウロウロと店内を見て回る。
ウィンドウショッピングって何でこんなに楽しいんだろうね。
そう言えば前世でも、電化製品等を置いている巨大店舗とかで、時間を潰すのが好きだった。
師匠も同様に、店内を見てくると言って別れたので、好きに見て回っているのだろう。
さて、そんな様々な商品に目移りしながら、取り合えず明日必要になりそうな物を手に取っていく。
まずは下級ポーションが10個。
下級ポーションは基本的に患部に振りかけるタイプの物で、一般的に広く出回っている。
家庭にもそれなりに置いてある程のメジャーな物だ。
しかしその分効果としても、やはり一般的に使われているだけあってかなり薄い部類に入る。
まぁちょっとした怪我等には重宝するので、持っていて損は無いだろう。
そのちょっとした怪我と言うのが本当にちょっとした物しか治せないが、例を言うならば、擦り傷、浅い切り傷、打身等だろうか。
価格は安く、銀貨5枚程度だ。
ただの傷薬で、日本円に無理矢理換算すると5000円という少し高く思える価値だが、それはファンタジーな即効性の所以だろう。
次に、中級ポーションを4個。
これは主に冒険者や旅人に広く使用されている物だ。
後はまぁ兵士等も持っているだろうが、現在は国同士の関係は平和そのものなので出番は殆ど無いだろう。
中級ポーションになると、振りかけるも良し、飲むも良し、と言う優れ物で、かなり深い傷でもたちどころに塞がり、飲めば骨折程度ならば少しの時間ですぐに治るだろう。
価値としては、下級と比べて遥かに跳ね上がり、金貨5枚から10枚という所だ。
値段に変動があるのは、その時の在庫状況や、著名な薬師等になるとネームバリューがあるのだ。
まぁただ名前だけで価値があるという訳では勿論無く、やはり著名で腕利きの薬師の作成したポーションは総じて通常の物より効果が高いので、当然といえば当然だ。
今回ギムレットさんの店に置いてあったのは、通常に量産された中級ポーションで、最低価格の金貨5枚という値段だった。
余談ではあるが、その更に上である上級や最上級のポーションになってくると、それはもう話が変わってくる。
その価値は金貨100枚処か、それを遥かに超え、白金貨数十枚で取引が行われる様な商品だ。
上級になると、部位欠損さえ治るという噂で、主に王族などがもしもの時の為に保管している様な物だ。
そして、更に最上級となってくると、これはもう伝説や噂話の類だ。
それには様々な呼び名がある。
エリクサー、完全回復薬、神の雫、辺りが有名だろうか。
それは最早、他のポーションの性能とはかけ離れすぎている。
何故ならそれは、失われた命すら取り戻す事が可能な、奇跡の様な回復薬だからだ。
そこまで来ると最早、本当にあるのかどうかも疑わしくなってくる。
御伽噺の世界だ。
閑話休題。
まぁ、取り合えず必要な物はこんな所だろう。
前もって師匠と二人で相談して購入する物を決めたのだが、正直これ以外に必要な物がお互いに思いつかなかった。
武器や防具はとりあえず手持ちで事足りるので、本当に雑貨ぐらいしかお金の使い道が無いのだ。
いずれは入用になってくる時もあるだろうが、今はまだ平気だ。
まぁこのポーション購入だけで、金貨25枚がぶっ飛ぶので、買いたくても買えない状況なのだが……。
そんなわけで、俺はポーションを持ったまま店内を歩き、サイフを持っている師匠を探す。
1階を全て回ったが、姿が見えない。
取り合えず俺は、手に持っていたポーションを会計台へと置き、衣類品や下着等、装備がメインである二階へと向かった。
さっきまでは少しこっちを避けて、1階をメインに回っていたので、また目新しい物が目に飛び込んでくる。
まぁ何故避けていたかと言うと、服に余り興味がないからだ。
という建前と、女の子用の服等を見るのに余り免疫が無いというか、今までは用意されていた物を唯履いていただけなのだ。
城から持ち出した物があるので、暫くはダイジョブだろう。
いずれは買わなければならないが、別に男物でもいいかなぁと思っている。
少し辺りを見渡してみると、さすがギムレットさんの店という所か、男性用から子供用まで品揃えは多種多様を極めている。
獣人用の穴が開いた服まで置いてあった。
さて、少しの場違い感と居心地の悪さを感じながらも、女性用の服が置いてある所を探していると、二着の服を見比べている師匠が目に入った。
直ぐに声を掛けようとしたのだが、その表情は何時になく真剣で、邪魔をするのも憚れる。
師匠も女性なのだ。
服を選ぶのに真剣になるのは解る。
どんな服を選んでいるのか少し気になって、手に持った服を見てみる。
片方の手に持っているのは、黒を基調としたフレアドレスと呼ばれるタイプの服だ。
白いフリルレースが覗いていて、フリフリの非常に可愛らしい感じだが、少し子供っぽいだろうか。
師匠はかなり素材が良いので、どんな服でも似合いはするだろうが、流石にそれは余り似合わない気がする。
そしてもう片方を見てみる。
もう片方は、前世で言うメイド服によく似た感じの服だった。
此方も色は黒を基調にしていて、袖口と襟元、エプロン部分は白で、首元には赤いリボンが付いていた。
こっちも似合わないとは言わないが……、師匠が着ている姿を余り想像できない。
その道着袴の姿からか、和風のイメージが強いせいもあるのだろうが。
まぁ双方甲乙付け難いと言うのが俺の感想だ。
まず二つ共に言える事だが、どっちもスカートが短くてフリフリだ。
それに少し思ったのだが、師匠がその二つを着るには少し両方共サイズが小さく無いだろうか?
まぁ女性にサイズがどうのと言うのは失礼だな。
本人がその二つを手に持って選んでいる以上、自分に合うサイズなのだろう。
俺が気にする様な事では無いと、それ以上は考えない事にする。
まぁ、確かに両方共女の子っぽいと言える様な服ではあるだろう。
前世で考えると、メイド服等はコスプレの域を出るのは難しいが、この世界ならば別に有りだ。
普通に職業としてメイドいるし。っていうか城にも居たし、もう見慣れた。
まぁ何方を選んだとしても、それが師匠の趣味なのだとしたら何も言うまい。
ああいう服に憧れるのも、少し解る気がするし。
あ、別に俺が着たい訳じゃないんだからねっ!
誤解しない様に!
そんな事を考えながら、暫しその場で待っていると、師匠は意を決した様に、片方をプルプルと振るえる手で置いた。
どうやら決めた様だ。
手に残ったのは、メイド服風の奴だ。
まだチラチラと、置いた服と持っている服を見比べている所を見ると、余程迷いがあるのだろう。
しかし、泣く泣くと言った感じで、やはり手に持った方に決めた様だ。
断腸の思いという奴だろうか、少し悔しそうな師匠を見て思う。
両方買えばいいのにと、思わなくもないが、そこは何か譲れない物でもあるのだろう。
まぁでも確かに、気に入った服を一度に数点買うと、どっちか着なくなる事って多々あるよね。あれ、俺だけ?まぁいい。
そこでようやく俺が少し離れた所で待っていた事に気付き、今度はニコニコとした笑顔でその服を抱える様にして此方へ歩いてくる。
どうやら、悩んでいた方の服の事は振り切れた様だ。
そこで近寄ってくる師匠が服と一緒に持っている物が目に入り、直ぐに顔を反らす。
白で小さいフリルとリボンが付いてた三角の物なんて俺は見なかった。いいね?
俺は少し視線を反らしながら、口を開く。
「決まりました?師匠」
「えぇ!これはきっと両方共良く似合うはずです!」
どうやらその二つに、すごく自信がある事は伝わってきた。
俺は少し考えるが、まぁ似合わないという事はあるまい。
素材が超級なのだ。
「そうですね。きっと似合いますよ」
「エミリーもそう思いますか?」
「はい。勿論」
「そうですか、そうですか!それは良かったです!これは私が持っていたお金で払いますね!くふふっ」
「え?いや、別に構いませんよ?今あるのって殆ど師匠のお金ですし……」
「いえ!これは、これだけは私が払いたいのです!」
「そうですか?それならまぁ……、いいですけど」
「……んー。やはり、思った通り、いいですね、くふふっ……」
「ん?師匠何を?」
その後の師匠の行動に少し疑問が浮かび、反らしていた視線を師匠の方へと戻した。
師匠は、その手に抱える様に持っていた服を、少し前に、俺の方へと突き出してそのまま、少しジーッと真剣な表情で、服越しに俺の姿を眺めると、一度頷き、直ぐに服を引っ込めた。
「いえ、やはり少し合わせて、着た所を妄想……、じゃない、想像したほうがいいかと思いまして」
「んん?……そう、ですか」
「えぇ!大丈夫です。おかげ様で、確信出来ました!」
「……なら、良かったです」
「さぁ、お会計に行きましょう」
「……はい」
そう言って微笑む師匠に、少し首を傾げながら、俺は前を歩き、会計へと向かう。
途中また、服を眺めてニコニコと笑う師匠を後ろに、今日のご飯は何を食べようかなぁ等と考える。
「くふふっ……」
時折後ろから聞こえる師匠の声に、ゾクリとした物が背筋を通るが、きっと気のせいだろう。
こうして俺と師匠の初めてのお買い物は終わりを告げ、宿屋への帰路につくのだった。




