17.新たな生活
カーテンの隙間から差し込んでくる光が顔に当たり、ゆっくりと目を開ける。
時間的には、陽の高さから判断して、城にいた時に起きていた時間よりも少し遅いぐらいだろうか。
体感的には、午前5時から6時の間と言った所だ。
基本的にこの世界は、早寝早起きが通常で、娯楽が余りないという理由もあるだろうが、夜は早くに寝て、朝早く起きて活動を開始するのだ。
まぁこの時間ならば、遅いという事も無いし、特別早いという事も無いだろう。
それはさて置き。
目を覚ました俺は、一度チラリと隣を見た後、天井へと視線を向けた。
「うん、知らない天井だ」
そして、ポツリと呟いた。
お約束だね。
まぁ紳士の嗜みとして、ある程度のお約束は大事ですよね?……まぁいい。
現実逃避はここまでにして、さっさとこのホールドされている手から抜け出さなければならない。
俺はがっちりと捕まえられている手から何とか抜け出して、ベットから降りる。
そして、今しがた抜け出したベットを見ると、師匠が幸せそうな顔をして眠っていった。
極力離れて眠ったと言うのに、いつの間にかその位置はベットの隅の方、俺の方へと近寄り、眠っている間にガッチリと俺の体をホールドしていたのだ。
起きてすぐに現実逃避出来るぐらいには焦った。
「はぁ……」
俺は小さく溜息を吐き、ゆっくりとした足取りで部屋に備え付けられた洗面台へと向かいながら、昨日の事を思い返していた。
まず、眠気と疲労感にやられて意識がはっきりして居なかったのだが、いつの間にか俺は師匠と一つのベットでいいと言ってしまったらしい。
はっきりと返事をしたという覚えは無いのだが、師匠が嘘を付く理由も無いし、恐らく本当に言ってしまったのだろう。
まぁそれは百歩譲って良いとしよう。
問題はその後だ。
何をとち狂ったのか、その朦朧とした俺は事もあろうに、お風呂まで一緒に入ると約束していたと言うでは無いか……。
その時の俺を全力で叱り飛ばしてやりたい衝動に駆られるが、いくらスキルや魔法があるファンタジーな異世界でも、流石に時間の壁は超えられない。
そして少し、そのお風呂での出来事を思い出してしまう。
まず、俺はいつも通り、少し夜が更けた所を見計らってお風呂へと向かった。
城に居た時はもう少し早い時間に行っていたのだが、ここは他のお客さんも使用する大浴場だ。
その他のお客さんと鉢合わせる訳には行かないので、遅い時間にしたという訳だ。
お城に居た頃、いざ自分で入れるぐらいの歳になった時には、喜々として、お風呂に向かったのを覚えている。
そして向かった先、いざ入ろうとして固まったのも鮮明に覚えている。
何故なら、一緒に付いてきたメイド達まで脱ぎだしたんだからもう大変だ。
服を脱ごうとした所で固まり、何故か聞くと、「はい?いえ、お体をお洗い致します」なんて言うもんだから、「いえ、結構です」って返すよね?
だが聞いてもらえず、そして俺は脱兎のごとく逃げ出した。
それはもう某RPGのメタルな奴さえ目じゃないぐらいの勢いで。
もっと小さい時は諦めてたさ。
だってその時はメイドも服着てたしさ……。
そもそも!誰かと一緒にお風呂に入るなんて可笑しいよね!
大体俺は、前世で銭湯やら温泉何かもあんまり好きじゃなかったのだ。
恋人どうしでもどうかと思うねっ!羨ましくなんて無かった!本当だ!
まぁそれは取り合えず置いておこう。
まぁ結局、簡単に言うと、誰かと一緒にお風呂に入るのは恥ずかしいので、一人で入りたい、って事だ。
そして昨夜、俺はこっそりと大浴場へと向かい、見事に貸し切りのデカいお風呂を手に入れたのだ。
そこまでは良かった。
それはもう、体を洗った後、そのデカイお風呂でちょっと泳いじゃうぐらいには浮かれていた。
そして、俺が平泳ぎを堪能し、そろそろバタフライに挑戦しようかと考えていた所で悲劇は起こった。
いや喜劇か?
まぁどっちでもいい。
スパーンッ!!
と勢い良く大浴場のドアが開き、その音があんまりにも良く響いたもんだからビクつく。
そしてすぐに思考が戻り、泳いでいたから叱られるかも知れないと少し身構えた所で、今度は声が響いてきた。
「エミリー!師匠が来ましたよ!!さぁ、約束通り、背中を流してあげましょう!さぁ!さぁ!さぁ!」
「え……?」
まぁ固まりますよね。
だって大浴場の入り口で、美少女が裸で仁王立ちしてたんだから。
俺は勿論直ぐに逃げようとしたが、師匠を前にそれは不可能だった。
それはもう見事なディフェンスだったと、敵を褒めるしか無いだろう。
俺が前世で愛した某バスケ漫画の、ディフェンスに定評のある、あの男を彷彿とさせるディフェンスだったとだけ、言っておこう。
ん?解らない?まぁいい。
兎に角、俺は大浴場で師匠に捕まり、もう体は洗ったと断ったのだが、もう一度背中だけ流される事になるのだった。
泣きそうな顔になるのは卑怯だと思う。
俺のステータスを見る事が出来るのならば、その耐性値は恐らくマイナスになっているだろう。
まぁそこからもなんやかんやと、押し問答等があったのだが、それはもういい。
これ以上思い出すと、羞恥心に押しつぶされそうだ。
洗面所に付いた所で、水を出す為に魔道具の水道へと手をやる。
洗面所の見た目は、前世と驚くほど変わりが無い。
ただ水の出し方だけが少し違う。
洗面所の、蛇口の直ぐ傍にある水色の玉に手を翳し、少量の魔力を流し込む事で、水を生み出すというシステムらしい。
詳しい構造等は解りかねるが、そういう物なのだと納得して使用している。
まぁそれで水を出し、顔を洗ってベットの方へと戻った所で、どうやら師匠が起きた様だ。
体を起こして目を擦っている師匠が目に入る。
「おはようございます。師匠」
「んー、おはようございます。エミリー」
朝の挨拶をした後、師匠はベットに座ったままで少し伸びをした後、俺の顔を見てこう言った。
「今まで知りませんでしたが、朝起きて直ぐに、誰かがいるというのは良い物ですね」
「ん?んー……、確かに、そうですね。私もそう思います」
「おや、エミリーもそう思いますか!では、話に聞く別の朝の挨拶も、体験して置きますか!」
「へぇ、そんなのがあるんですか?どこか別の国の物ですかね?」
「いえいえ、ごく一般的な物だと思いますよ?」
「そうなんですか?どうやるんですか?」
「簡単ですよ。それは……」
「それは……?」
少し溜を作る師匠に、自然と喉がゴクリとなる。
この緊張感は一体……?
「おはようのキスです!」
「……はぁ」
「さぁ、エミリー!」
唇を突き出して両手を広げている師匠を、暫く無言で眺める。
「あ、師匠。お腹空きましたね、朝ご飯食べに行きましょう」
さぁ、今日から新しい生活が始まる!
気合を入れなおす俺であった。




