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16.宿屋にて

 私がエミリーの師匠に永久就職が決まったその後。


 そこからは、特に問題が起こる事も無く、エミリーとの親交を深めながらリムールへと急いだ。

 辿り着いて早々にエルフの小娘の襲撃があったのだが、私は師匠として余裕を持って対処し、色々と些事はあったが、それも問題なく片付いた。

 そして現在、こうして宿屋へと辿り着いた訳だ。


 肝心のエミリーはと言うと、どうやら余程お疲れの様で、先程から随分と眠そうに目を擦ったり、ウトウトしたりと、心ここにあらずといった感じだった。


 私はこれ幸いと……、ごほんっ、もとい、私は師匠として、立派にエミリーの面倒を見る必要がある。


 宿屋は至って普通の所を選んでおいた。

 高くも無いし、安くも無い。アルドに紹介して貰ったごく一般的な宿屋だった。


 私はお疲れのエミリーをフロントの近くの椅子に座らせて、一人で受付をしている若い女性の元まで歩いて行った。


「いらっしゃいませー。ええっと、お二人様ですか?」

「はい。二人です。部屋は空いていますか?」

「はい、空いていますよー。それでどう致しましょうか?大部屋はお一人様銀貨2枚、相部屋ですと銀貨5枚頂きます」

「そう、ですね……。一人部屋は、いくらですか?」

「え?一人部屋、ですか?一人部屋ですと、銀貨3枚ですが……、相部屋も空きがありますので、そちらの方がお得ですよ?」

「あ、いえいえ、一人ずつで部屋を取るわけではないんですよ。二人で、一人部屋で構いません」

「え?……あ~、はい、それは勿論構いませんが……」


 私の言葉に、少し訝し気に首を傾げた後、チラリと椅子に座てウトウトと船を漕ぎだしているエミリーを見る。

 その様を見て、実際の年齢よりも更に幼く見えたのか、なんとか納得した様だが、まだ少し疑問はある様だ。

 だが私も引くわけにはいかない。ちゃんと私はエミリーに確認したのだ。


「ベットは、一つでもいいですか?」

「んー?んー」


 と、このように快く了承して貰っている。

 別に一つのベットに二人で寝ようと、問題など無いだろう。

 しかし、ここは体裁という物も少し考慮しなければならないだろう。


「実は恥ずかしい話なのですが……、私達二人は今日、さっきこの街に付いたばかりでして……、その手持ちが余り……」

「あっ!いえ!此方こそすいません……、配慮が足りず、失礼な事を……」

「いえいえ、構いません。それで、えっと銀貨3枚、でしたね。それじゃぁこれで。それで、部屋はどちらになりますか?」

「はい、確かに。ええっとそれじゃぁ鍵は此方になります。部屋は階段を上がって、右側の二番目です」

「ありがとうございます」

「お食事の方は別料金になりますが、ここの隣、あちらの方に食堂がございますので、其方で好きな物を注文して召し上がってください。あ、あと、当店には大浴場がございます。夜分遅くに来られるお客様もいらっしゃいますので、基本的に時間の方は何時でも、好きな時にお入りになって結構ですよ。ただ朝方には一度掃除が入るので、その時だけはご遠慮下さい」

「そうですか。それは有難いですね。また好きな時に、入らせていただきます」

「はい、ごゆっくりどうぞ。」


 そう言って営業スマイルを浮かべる女性に、私も笑顔を浮かべてペコリとお辞儀する。

 そして既に寝息を立てそうな勢いのエミリーを立たせて、部屋へと向かう事にする。


「すいません……。師匠……」

「いえいえ、構いませんよ。……抱いていきましょうか?」

「いえ、結構です」


 私の提案に、何故かそこだけははっきりとした声で断れた事に少しショックだが、仕方がないと諦める。

 そして、受付の前を通り過ぎようとした所で、受付の女性に声を掛けられた。


「ふふっ、可愛らしい子ですね。ご姉妹ですか?」

「えぇ、まぁ、そんな所です」

「……?そう、ですか」


 不思議そうに首を傾げる女性に、笑みを返し、二階への階段を上がる。


 部屋まで辿り着いた所で、私がカギを開け、ようやく一心地付けると、部屋に入り、ドアを閉めた。

 部屋の暗がりを進み、部屋に備え付けられた魔道具のランプに火を灯した所で、ドアの前に居たエミリーが目を見開いた。

 さっきまでの眠そうな表情は何処かへと消え去り、固まっている。

 何かあったのだろうか。


「……師匠。部屋、間違えました?」

「はい?いいえ?ここで合っている筈ですよ。鍵も開きましたし……」

「可笑しいですね……、ベットが一つしか無い様に見えるんですが、私の気のせいでしょうか……」

「いえ?この部屋にベットは一つですよ?」

「そんな、馬鹿な!!どこで寝ればいいんですか!?」

「一緒に寝ればいいじゃないですか」

「え?……いや、無理です」

「え……?」


 そんな馬鹿な……。この短時間の間に、どんな心変わりがあったと言うのか。

 いつの間にか私は、そこまでエミリーに嫌われてしまったのか?


 グニャリと視界が歪み、まるで床が抜けたかの様に足場が不安定だ。

 それ以上立っている事も難しく、私は膝を付き、がっくりと項垂れてしまう。


 何だかオロオロと慌てているエミリーが目に入る。


「先程、ベットは一つでもいいのか尋ねたら良いと言いました……」

「えぇっ!?いや、言ってな、い、……いや、確かに、言ったかもしれません……」

「それなのに、この短時間で、そこまで私の事を嫌いになったのですか……」

「はいっ!?いや!そんな馬鹿な!そんな事無いですよ!?師匠の事が嫌いなんてそんな……」

「じゃぁ、好きですか?」

「んぐっ……、そりゃぁまぁ……、嫌いじゃぁ、無いわけですから……」

「好きですか?」

「んぎっ……、う、ん、……はい」


 よし!

 はっきりと言った訳ではないが、嫌いな訳では無いようだ。

 それに、好きかと言う問いに対して、頷いたのを確認した。


 はー、よかった。私は胸を撫で下してスクッと立ち上がった。


 おや、エミリーの顔が赤いですね。風邪でしょうか。

 いや、段々と平常に戻っているので問題は無さそうだ。


「じゃぁ!一緒に寝てもいいと言う事ですね!」

「えー……」

「やはり……、私の事が……」

「いや!違います違います!もう……、いいですよ。……その変わり、本当に今日だけですよ!?明日は別の部屋を取ってくださいよ!?ベットは二つですよ!?」

「えぇ!勿論!」


 これで今日という記念日に、エミリーと同じベットで寝る事が出来る。

 本当に今日は、人生で一番いい日かもしれない。


 自然と頬が緩んでしまうが、仕方ない。


 さて、二人してローブ等を脱いで、ベットへと腰かける。

 エミリーも隣で腰を下ろして、疲れた様子でハーと息を零していた。


「そう言えば、食事はどうします?」

「あぁー、師匠は食べてきてもいいですよ。私は何だか空腹もどこかへ行ってしまったので、このまま寝ます」

「そうですか?なら、私もあまりお腹も空いていないので明日の朝にでも一緒に食べましょう」

「はい」

「あ、そう言えば、大浴場がある様ですよ。時間は朝方以外なら何時でもいいそうですが、どうします?」


 私のその言葉に、エミリーは一度大きく目を見開き、何故かソワソワとしている。


 恐らく、入りたいのだろうという気持ちが伝わってくるが、悩んでいる様だ。


 私は何故悩んでいるのか察しが付いている為に何も言わず、唯言葉を待つ。


「い、今は眠いので……。あっ!でも……、汗臭い、ですかね……」

「あー、いえいえ!全然平気ですよ。お風呂の中で寝てしまっては危ないですし、汗の匂いなんて全然しませんよ。寧ろいい匂いがします」

「はぇ!?……いや、いい匂いってことはないでしょう……。まぁ師匠がそう言うなら、お言葉に甘えて……」

「はい!ではもう寝てしまいましょう!」


 そう言ってランプを消し、二人並んでベットへと入る。

 少し距離が遠く感じるが……、まぁいいでしょう。

 この後の行動は、恐らく私の予想通りに進むだろうから。

 その後またベットに入った時には、ちゃんと師匠として捕まえて寝ますとも。

 えぇ、余り端っこの方で寝て、もしエミリーがベットから落ちたら大変ですからね!


 それから数時間の時間が流れた。


 目は瞑っているが、ベットの隅の方でモゾモゾとした動きがあるのを感じ取る。

 一応スキル『隠形』を使って、私を起こさない様に慎重に動いている様だが、私の常時展開スキル『気配探知』の前では無意味だ。


 暫くそのまま目を瞑り、エミリーが部屋を出て行った所でムクリと体を起こした。


「やはり、行きましたか」


 そう呟き、私もベットから降りた。


 どうもエミリーは、城に居る時から誰かと一緒にお風呂に入るのを嫌がる傾向があった。

 お城では、使用人のメイド達が数人がかりで体を洗うのだが、それは極端に嫌がったのを覚えている。

 物心がつく前は別として、それ以降は結局唯の一度も、メイド達はエミリーを洗う事は出来ず、遅い時間に一人で入っていたのだ。


 大浴場と聞いて少し悩んでいたのは、恐らく早い時間では、誰か他の人が居るかもしれないと思ったのだろう。

 浅い眠りで、丁度この夜遅い時間に目を覚ましてお風呂に向かうとは、かなりの徹底ぶりだ。

 

 私は逸る気持ちを抑えながら、部屋の中を少しウロウロとして時間を潰し、ある程度の時間が経過した所で、ドアへと手をかけた。


「さて、行きますか」


 ん?何をしているのか、ですか?

 勿論お風呂に行くのですよ。それ以外に何がありますか。


 いや、言いたいことは勿論解りますよ?ですが、それには及びません。

 何故ならば私は師匠ですよ?弟子の背中を流すなど、当然の事では無いですか!


 それに、です。

 私はちゃんと、エミリーにも許可を頂いているのです。


「お風呂は、一緒に入りましょうね。背中を流してあげましょう」

「んん?……んー」


 と、ほらね。


 さぁ直ぐに行きましょう!エミリーとお風呂が私を待っている!



 こうして、私とエミリーの初めての夜は更けていくのだった。



読んでくださっている方、ブックマークしてくださっている方に感謝を。

励みにして頑張ります。

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