15.人生は以外とうまくいく
さて、私の敵認定を受けたエルフの小娘。
その小娘と繰り広げられた死闘の第一戦は、悔しくも私の惨敗で終わってしまった。
悔しい事だが、一歩リードと言わざるを得ないだろう。
何故ならば、この姿でお嬢様と出会う事に成功した暁には、是非こう呼んでいただきたいという希望を、数個用意していたのだが、その内の一つである「お姉さん」をエルフの小娘に取られてしまったのだ。
だがしかし!
まだ希望はある。何故ならば小娘の呼び方は「お姉さん」だ。言うならばそれは、もっと親しくなっていく為の一つの過程、通過点に位置する呼び方なのだ。
言うなれば、そのニュアンスは、近所のお姉さんや、もしくは知り合いのお姉さんと言った位置づけに他ならない!
そこから更にランクが上である「お姉ちゃん」とか、「〇〇姉ちゃん」もしくは「〇〇姉」と言った上位互換も存在する。
まだ奴はそこまでには至っていないのだ。
故にまだ、慌てる様な時間じゃない。
と、言う事だ。
今は束の間の栄華を、精々味わっているがいい、小娘よ。
そして、そこから先の展開からは、流石は私だと、褒めてもらっても一向に構わない。
まぁ焦らず順を追って話していこう。
暫くは問題なく街道を進み、頬を膨らませて一心不乱に昼食を頬張る可愛いお嬢様を堪能した後、事は起こった。
昼食を取った後、また少し進んだ所で、ゴブリンの群れと遭遇してしまったのだ。
その明らかに異常とも言える数は、一つの仮定へと行きつき、それは見事に的中していた。
慌てに慌てた一行は、直ぐ様逃走を開始したのだが、予想外にゴブリンイーターは此方に興味を持ち、追いかけてくる始末だ。
あの場で直ぐに切り伏せても良かったのだが、まだ少し体が訛っている為、以前のカンが戻っていなかった。
まぁそれでも勝てはするだろうが、逃げられるならば、その方が楽でいい。
そんな軽い気持ちで逃走を選んだのが失敗だった。
だが、後から思えば、あの選択は間違ってはいなかったと思っている。
何故ならこれから先の結果は、この選択によるものが大きかったからだ。
追いかけてくるゴブリンイーターにどうしたものかと、後ろを眺めながら考えていると、ふとお嬢様の気配を感じてちらりと見る。
案の定お嬢様だった。
まぁ、私程になると、気配は勿論だが、その足音等でもお嬢様であれば判断可能だ。
そして、お嬢様はゆっくりと落ち着いた歩調で、私の横に座り、後方から少しずつ迫ってくるゴブリンイーターを眺める。
これはチャンスだ。
ここで頼りになる所を見せれば、お嬢様の中で私の評価は、天井知らずに上がる事請け合いだ。
今現在、もしあのゴブリンイーターに勝てる者が居なければ、絶望し、恐怖しても仕方がない様な状況だろう。
私があれに勝てる事など、この荷馬車に乗る誰も知り得ない事なのだから。
私は、逸る気持ちと、これからの展開を考えると、ついついにやけてしまう顔を抑えつつ、お嬢様に尋ねてみる。
少し笑みが零れてしまったのはご愛嬌だ。
堪えきれなかったのだから仕方ない。
「くふふ……、怖いですか?」
「え?」
そう尋ねる私に、お嬢様は不思議そうに小首を傾げたかと思うと、少しの間考え込み、こう告げた。
「んー……、あんまり、怖くは無い、ですかね?」
何でもない様な顔をして、彼女はそう言ったのだ。
少し驚いたが、予想通りに行かなかったにも関わらず、私の中に落胆の色は無かった。
「……くふふっ、そうですか」
私は堪えきれない笑みを零しながら、そう言葉を返すのが精一杯だ。
落胆よりも、あぁやはり、と言った気持ちが強い。
本当に何なのだろうか、この人はどこまで私を惹きつければ気が済むのだろうか。
本当にお嬢様は私の予想通りに動かない。
まぁ彼女が型に嵌らないのは今に始まった事ではない。
豪胆で、自由で、落ち着いている様に見えてその実、少年の様な子供っぽさがある。
そんな彼女が、私は好きなのだ。
まぁ、予想通りに行かないのは、彼女が相手であるならば仕方がない。
取り合えず、アレを何とかしないといけないと考えた私は、一人でここに残り、この荷馬車を逃がす事にする。
ギムレットさんには借りもあるのだ。
早々に返しておくのもいいだろう。
そう考え、近くにいたルルフレアに視線を送り、ゴブリンイーターを止める事を伝えた後、私は荷馬車から飛び降りる。
背中越しにお嬢様の視線を感じて、少し誇らしい気分を味わいながら、迫ってくるゴブリンイーターを迎え撃つとしよう。
そう思っていた矢先、またもお嬢様は私の予想外の行動に出た。
なんと、私を追って、荷馬車を飛び降りたのだ。
最早、驚きを通り越して笑ってしまう。
そして、ゴブリンイーターの接近を待つ少しの間、お嬢様と会話を楽しむ事にする。
その後は、少しお嬢様の戦いぶりを楽しんだ後、強敵に出会ったら逃げる事をそれとなく諭し、私の勇士を見てもらおうと、張り切って愛刀を振るった。
そして、無事にゴブリンイーターを殺した後、私にとんだサプライズなご褒美が待っていた。
なんと、お嬢様が弟子入りしたい等と言って来たでは無いか!
勿論私は諸手を挙げてオーケーする。
師匠と弟子、なんと甘美な響きだろうか。
それはもう、運命共同体と同義語であると言っても過言ではない。
それ以上の関係となると、もうそれは夫婦以外に無いだろう。
師匠と弟子になったからには、最早私とお嬢様は切っても切れない関係へと至ったという事だ。
勿論素晴らしい関係ではあるのだが、現実はそこまで甘い物では無い。
夫婦や、少しランクは落ちるが恋人などの関係でもある様に、別れと言うのはどう足掻いてもやってくる時はやってくる。
しかしどうだろう。
師弟関係での別れは、基本的に弟子が師匠を超える事によっておこる物だ。
ならば私は、お嬢様が決して越えられない壁であり続けよう!そうすればあら不思議!ずっと一緒に居られるでは無いか!
素晴らしい、本当に素晴らしい事だ。
ひょっとして夫婦よりも素晴らしい関係じゃないのかとも思えるが、それはそれだ。
そこはやはり、越えられない壁と言うものがあるだろう。ま、まぁ、いずれ?師弟でもあり?的な?くふっ、おっと行けない鼻血が。
まぁ師弟関係の素晴らしさを語った所で、お嬢様を呼び捨てにしてもいいという素晴らしい許可まで頂き、最早私の勝ちは揺るぎないと確信した。
エルフの小娘!最早恐るるに足らず!
私はエミリーの師匠に、永久就職したのだ!
こうして私は、エミリーの中で不動のポジションを勝ち取ったのだった。
次の話で時間軸も合流して少し先に進み、シルヴィア視点が終わります。
読んで下さっている方に、感謝を。




